71話
ケイトとの一件が終わり秋雨がベッドで眠りに就いた時、彼は夢を見た。ただ、夢というにはどこか現実味を帯びた感覚があり、なんとなくだが既視感もある。
それもそのはず、そこは彼が初めて異世界に転生する前、女神サファロデと初めて出会った場所である謎の空間だったのだ。
「なんだ、また死んじまったってのか?」
「久しぶりですね」
秋雨が僅かながらに困惑していたその時、突然後ろから声を掛けられる。振り返ると、そこにいたのは秋雨が良く知る人物である女神サファロデであった。
「これはこれは、この世界の神にしてこの私(わたくし)を転生させた救世主であらせられる、女神サファロデ様ではありませぬか」
「……その喋り方、なんか気持ちが悪いのだけど?」
「おやおや、不快に思われたのであれば、謝罪をしなければなりませんねぇー。大変申し訳ございませぬ」
「……」
女神サファロデが姿を現すと、わざとらしく仰々しい態度を秋雨は取る。その意図が単なる皮肉であることを理解しているサファロデはため息を吐き出すと、不興を買ってしまった原因を一つ一つ謝罪することでようやく彼の機嫌も直りいつもの口調に戻っていった。
「それで、私があなたの夢に出てきたのはね。実は――」
「当ててやろうか? 恐らくだが、お前が俺のとこに来たのは記憶編集……メモリーエディターの魔法についてだろ?」
女神が夢の中に顕現するというイレギュラーが発生したが、秋雨は持ち前の頭の回転の速さを活かし彼女の目的を的確に言い当てた。
自分の目的を言い当てられたサファロデが目を見開き驚愕する。そして、その理由に至った経緯を彼女が問いただす前に秋雨がその内容を語り始めた。
「実際に使ってみてわかったが、あれは人の身で使用するにはチート過ぎる。まさに神の所業といっても過言ではない。そんなトンデモ能力を一人の人間に与えておくには都合が悪いと考えたんだろ? 俺も同意見だ。例え俺が悪用しないとわかっていても、それを知った第三者の悪人が利用する可能性は大いにあるだろうからな」
まさに秋雨が指摘した内容そのものずばりのことを考えていたサファロデが、再び呆然とした表情で彼の顔を見つめていた。サファロデほどの絶世の美女に見つめられれば、並の男などひとたまりもないところだが、彼が並の男なのかという問いに対して、彼の人となりを知る人物に問い掛ければ十中八九首を縦に振ることはないだろう。
「もしもーし、女神の間抜け面を見せられた俺はどうすればいいんだ?」
「え? あー、コホン。よ、よくわかったわね」
秋雨の指摘に慌てて取り繕うとするサファロデであったが、もはや手遅れ感は否めない。それについてさらなる追求をしようという悪戯心が秋雨の中で芽生えるが、寸でのところで思い留まることに成功する。
仮にも一つの世界を管理する神であるのだ。機嫌を損ね、怒らせるようなことがあればどんなペナルティを課せられるか分かったものではない。
「私をそこらの邪神と同じにしないでちょうだい!」
「心を読みやがったな、この変態め」
「誰が痴女よ!」
「そこまでは言ってねぇよ!!」
そのあとも下らない応酬が続いたが、本来の目的を失念するのは愚の骨頂だと感じたサファロデが、話を元の場所へと軌道修正する。
「ともかく、あなたの言う通りその記憶改竄の魔法は強力なものだから封印させてもらいたいの」
「俺としても納得のいく話だから、封印についてはやぶさかではない。ただし、条件が三つある」
「条件? 内容次第だけど、どんなものかしら?」
サファロデの封印の申し出に対し、秋雨はそれを受け入れる条件を三つ提示する。
「一つは記憶改竄の魔法であるメモリーエディターの封印は仕方がないが、他人の記憶を読み取る記憶精査、メモリースキャンは今まで通り使えるようにして欲しい」
「それは問題ないわ。それで、二つ目の条件は?」
記憶を消去または改竄可能な記憶編集は問題になるが、記憶を読み取る能力についてはそれほど重大ではないため、一つ目の条件はあっさりと受け入れられた。
「二つ目は、失った記憶改竄の魔法の代用となる魔法として【結界魔法】と【契約魔法】を作りたいんだが、これを許可して欲しい」
「結界魔法と契約魔法の具体的な内容は?」
サファロデの言葉に秋雨は二つの魔法の概要を説明する。まず結界魔法は、その名の通り結界を張るという魔法だ。ただその対象は様々で、人であったり物であったり、あるいは特定のテリトリー内のみにその効果を発揮させるといった多様性を持つ魔法だ。
それに加え、指定した対象に付与する効果も様々で、対象の周囲を結界で覆い攻撃を防いだり、動きを封じたりといった状況に応じた使い方ができるようになっている。
次に契約魔法に関しては、術者が指定した条件を遵守させその条件が破られた際、あらかじめ決めておいた効果を発動させる魔法である。
例えば、期日までに金貨一枚を返さなければ体中に激痛が走るといった、特定の契機で発動する呪いのような使い方ができる。
「そんな感じだ」
「なるほど、これも問題ないわ。じゃあ最後の三つ目の条件を聞こうかしら?」
「……」
先に提示した二つの条件とは打って変わって、秋雨の表情が真剣なものとなる。それほどまでに三つ目の条件が厳しいものなのかと、サファロデも固唾を呑んで彼の言葉を待った。そして、彼の口から予想だにしない言葉が告げられた。
「三つ目の条件、それはなサファロデ。あんたのおっぱいを触らせて欲しい!!」
「……はい?」
彼の口から出た言葉にサファロデは耳を疑った。あまりにも予想していた内容とはかけ離れていたため、思わず聞き返したほどだ。
女神であるサファロデは見た目の若さとは相反して、何千年何万年という幾星霜の年月を生きている。そんな彼女ですら、このようななんの突拍子もない願いを言われたことはなかった。
そもそも人間という種族にとって神という存在は、信仰や崇拝の対象にこそなれ性の対象にはなり得ない。彼女自身数多くの人間の男と出会ってきたし、最初はそういう目を向けてくる者も少なからずいた。
しかし、秋雨のように直接的な体の要求をしてきた人間は後にも先にも彼だけであり、彼女の神としての人生の中でも初めての出来事であった。だからこそ、否それ故に――。
「ななな、ななにを言っている、いるのかしらぁ~?」
「何をって。だからあんたのおっぱいを揉ませてほし――」
「ふ、ふざけないでちょうだい!!」
自分の耳が拾い上げた内容が間違っていないことを理解したサファロデが、秋雨に対し張り裂けんばかりに声を上げる。
無茶な要求だったのかと秋雨自身が思い始めたため、冗談だったという方向に持っていくことにした。
「なーんてな。三つ目はただの冗談――」
「で、でも、あなたがどうしてもというなら私もやぶさかではないわよ?」
「いや、やっぱいいわ。それにあんたのような美しい女なら、おっぱいを揉んでくれる男なんてわんさかいるだろうしな」
「ぐはっ」
秋雨の何気ない一言が、サファロデに精神的ダメージを与える。なぜ彼女がそんな状態になるのかは言うに及ばずだが、敢えて言及するのならそんな男など皆無だからだ。
サファロデとて女神である前に女である。今までそんな目で見られてこなかったため、美しい見た目をしていても女としては枯れきっていた。
そこに“やっぱいいわ”という一言が彼女の女としてのプライドをいたく傷つけ、今までのことと相まって妙なスイッチが入ってしまった。
「……わよ」
「は?」
「いいわよ! そんなに揉みたいなら、いくらでも揉みなさいよっ!!」
「えぇ……」
この瞬間、秋雨は自分が口にしたことを珍しく後悔した。
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