62話
面倒事がやってきた?
「いただきます」
日本人独特の両手を合わせて感謝の言葉を述べる食事の前の作法を行うと、秋雨はそのまま出来上がった料理に齧り付く。
「はむっ、もぐもぐ……う、うまぁぁぁぁあああああああい!!」
自分で作った料理とはいえ、久しぶりのまともな飯にありつけた反動で思わず歓喜の叫び声を上げてしまう。秋雨が今食べているのは、ライ麦から作ったライ麦粉を原料とした生地に市場で手に入れた色とりどりの野菜といつか必要になるだろうと取っておいた【フォレストボア】の肉を使った“なんちゃってタコス”だ。
メインの猪肉と彩りである野菜を塩で味付けたクーレプのような生地に包み込んだだけのお手軽な料理だったが、予想に反してかなりの仕上がりとなった。
ここまで上手くいった要因としては、この世界の農業技術が要因だろう。この手の異世界ものの小説ではあるあるなのだが、“ファンタジーな異世界”と呼ばれる世界は総じて文明力がそれほど高くはない。秋雨が転生したこの世界も例に漏れず、文明力は中世に毛が生えたようなレベルだ。辛うじて魔法という超常的な異能があるお陰で原始的な文明よりも少し高いというレベルを保てているだけに過ぎない。
とどのつまり、何が言いたいかといえばあらゆる技術という技術が発展途上という段階であり、農耕の分野においてもその例に漏れず低レベルだということだ。だがしかし、レベルが低いということは必ずしも悪いことではなく、体に害を及ぼす可能性がある農薬や遺伝子操作を用いた種子での栽培などは一切やっていないため、野菜本来の味を楽しむことができるのだ。
先ほどこの世界は文明レベルが低いと言ったが、農耕という分野においては昔ながらの栽培法で作物が作られているため、野菜の“味”だけを見れば現代よりも高品質だったりするのだ。もちろん、形や大きさを度外視しているという注釈は入るが。
そんな味だけはいい食材を使って作られた料理が不味いわけもなく、現在進行形で秋雨は料理を貪り食うように胃に納めている。もちろん、元の世界の食材を使えばもっと味のいいものは出来るだろうが、この世界に転生して数週間の食生活を鑑みればその生活の中で一番美味なるものを口にしていると自負するくらいには、秋雨が今回作り上げたなんちゃってタコスは美味かったのである。
「はあ……料理やってて良かったな」
そう、秋雨は元の世界では料理ができる人間だった。いくらいい食材があったとしても、それを十全に活かすことができる料理の腕が無ければなんの意味もない。まさに宝の持ち腐れというものだろう。ただ、秋雨のもともとの料理の腕はプロ並みという訳ではなく、チャーハンやオムライスといったあまり手間の掛からない簡単な料理ができる程度だったのだが、この世界に来る前に女神サファロデから貰った能力が料理の技術を高めていた。
スキル【料理】により、簡単な料理程度の腕しかなかった秋雨も料理慣れした主婦の腕前にまでなっており、それが今回のなんちゃってタコスという料理にかなり反映されていた。
自身の料理の腕がスキルによって補完されていることを理解しつつも、今は目の前の料理にご執心のためすぐに次のタコスに手を伸ばし始める。
元の世界と比べて調味料の種類に限りがあるものの、食材の品質がいいためかなり美味しく仕上がっている。いつの間にか作った料理を全て平らげてしまった秋雨は、食事というものにこれだけ執着があったのかという自分自身の新たな一面に苦笑いを浮かべつつも、今後のためにできるだけタコスの量産作業に没頭した。
それからどれくらいの時が経ったのだろう。気が付くと、空が茜色に染まり始めていた。
とりあえず、今回の量産作業で作り上げたタコスは百五十個ほどだったが、全てアイテムボックスへと収納した。これでしばらくは持つだろうと内心でほくそ笑んでいる秋雨の耳にドアがノックされる音が届く。
「この時間帯に来る奴はケイトだな。まあ、気配感知で分かってたけどな」
時間帯的には夕飯時だったため、そろそろケイトが夕食を持ってくる頃合いだと読んでいた秋雨だったが、見事その予想が的中した。
だが、それとは別の二つの気配に気づいた秋雨は、その気配の正体に怪訝な感情を抱きながらも、部屋の外で待っている人物を出迎えるためにドアを開けた。
「よお、今日は時間ぴったりじゃな……おい、飯はどうした?」
「実は、アキサメさんに会いたいっていう方が二人来てるんですけど、どうしますか?」
「ふーん」
ケイトが手ぶらだったため、それを不審に思った秋雨がそのことを指摘すると、自分に来客があるという答えが返ってきた。それを聞かされた瞬間、秋雨の脳内では凄まじいほどの情報が行き交っていた。
まず訪ねてきた人物が二人だということだ。これはそれぞれが別の用件で来たのか、それとも用件は一つでその二人が同じ組織に属している二人組なのかのどちらをはっきりさせる必要があった。故に、秋雨が次に投げ掛けた質問は必然的にこうなる。
「その二人の容姿を教えてくれ。どんな奴だった」
それは今階下で待っているであろう二人の風貌の確認だった。これを聞くことで、その二人の関係性を探ろうとしたのだ。
「一人は冒険者ギルドの職員の女の子で、もう一人が貴族様に仕えている執事風の老人でした」
「……なるほど」
ケイトの言葉を聞いた瞬間秋雨は内心で頭を抱える思いだった。その二人の格好から予想するに、二人はそれぞれ別の用件で来ていると秋雨は予想した。
(しかも、その二人が来る心当たりがある。あり過ぎる!)
できることであれば会いたくはないというのが本音ではあったが、裏で糸を引いている人間の性格からあらゆる手段を使って自分に接触しようとするのが容易に想像できたため、秋雨はさらに頭を抱える事態に陥っていた。
「あのー、アキサメさん?」
「はぁー、わかった。会おう」
どう転んでも最終的に接触してくるだろうと結論付けた秋雨は、その手間を省くべく下で待っているという二人に会うことにした。
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