39話
「さて、真夜中までまだ時間があるからな、ここは手つかずだった装備を見てみるとするか」
ヒュージフォレストファングを倒した秋雨は、その足でグリムファームへと帰還していた。
結局ヒュージフォレストファングは、彼の放った魔法【水泡の玉】で窒息死という哀れな最期であったが、それを実行した秋雨に忌避感は全くといって皆無であった。
元々この世界がRPGに似た世界であるということも要因の一つだったが、最初にこの世界にやって来た際に事故とはいえ盗賊を殺してしまっていたからだ。
そんなわけで、ヒュージフォレストファングをあっさりと倒した秋雨は、約束通り群れを追撃することなくそのまま転移魔法で戻ってきたのだ。
ちなみに当然のことだが、転移魔法が使えることは秘密のため、街の近くの誰も見られない場所に一度転移してそこから徒歩で街まで帰還していた。
さて、そんなわけで、秋雨の今回の目的は新しい装備を新調することであった。
といっても、この世界に来て実質的に四日ほどしか経っていないのだが、何故か内容の濃い生活を送っているせいか、ここまでくるのにかなりの時間が経過している錯覚に秋雨は陥っていた。
グリムファームの正面玄関である正門から真っ直ぐ直進すると、大きな広場へとたどり着きそこから道が3つに大きく分かれている。
向かって左に進むと、現在秋雨が泊っている宿【白銀の風車亭】に行き着き、右に進めば様々な商品を取り扱う市場が見えてくる。
最後に残った真っ直ぐ進めば、秋雨が所属する冒険者ギルドにたどり着くのだが、そこからさらに進んで行くと、今度は様々な装備品を取り扱う店が建ち並ぶ区画が見えてくるのだ。
装備屋に向かう途中に冒険者ギルドをちらりと覗いてみたのだが、どうやら新人の冒険者と“お節介な先輩冒険者”が決闘をしている真っ最中らしく、ギルド前の通りでは異様な盛り上がりを見せていた。
(やっぱり、明るいうちからギルドに行くもんじゃねえな)
しばらく様子を見ていた秋雨だったが、明日は我が身と気を引き締め、盛り上がりの輪から遠ざかって行った。
ちなみに決闘の勝敗は、言うまでもなくお節介な先輩冒険者の圧勝で幕を閉じた。
喧騒から遠ざかり、街の雑踏を進んでいると、店が建ち並ぶ一角へとたどり着く。
そこには、冒険に必要な武器やら防具やら道具を売っている区画で、店によって販売されている品のグレードが異なっている。
店ごとに狙っている冒険者のランク帯が異なるらしく、AランクやBランク冒険者向けの装備を販売する店もあれば、新人向け装備を取り扱う店もあってその種類も豊富だ。
どこの店に入ればいいのか分からず、秋雨はしばらくその一帯をうろついていたが、とある店に目が止まるとそこに引き寄せられるように入って行った。
(なかなか、落ち着いて雰囲気の店だな)
店の内装は余計な調度品など一切なく、棚に並べられた装備のみという至ってシンプルな展示方法であることから、扱う商品の質で勝負している事が窺える。
入り口付近でキョロキョロしていた秋雨だったが、不意に掛けられた声によって我に返った。
「らっしゃい、坊主そんな入り口で突っ立ってないで、もっと中に入ってきたらどうでぃ?」
「うん?」
そこにいたのは、会計をするためのカウンターの奥にある椅子に腰かけた髭もじゃの物体Xだった。
ずんぐりむっくりな体型であるものの、体つきは筋骨隆々で服の上からでも筋肉が隆起しているのがわかるほどだ。
「あんたがここの店主か?」
「そうだ、俺はウルグスっていうもんなんだが、見ての通りドワーフだ。ここで武器と防具を作って売ってるんだが、今日は何しにここへ?」
その問いに秋雨は、自身の装備を新調したい旨を伝えると、店に展示された中からいろいろと見繕ってくれた。
「これはどうでぃ?」
「全身甲冑はちょっと動きづらいかな、できれば動きが阻害されないタイプの軽鎧がいいんだが」
「わりぃな、坊主の体格に合う軽鎧系の装備は今ちょうど在庫が無くてな、女の子が使う装備と坊主よりも体格の大きい男の物ならあるんだがな」
そう言って、ウルグスは顎髭を撫でつけながら、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
だが、無い袖は振れないという言葉もあるため、ここでごねても仕方がないと秋雨はウルグスに提案する。
「なら新しく作ってくれよ、その方が手っ取り早そうだ」
「そうしてやりてぇんだが、それもだめなんだわ」
「なぜだ? 仕事が立て込んでるとかか?」
「そういうわけじゃねぇんだ。坊主の装備を一から作ることに関しては問題ないんだが……」
ウルグスがそこまで言いかけたところで、秋雨はとある考えに行き着いた。
「素材か?」
「ああ、実はそうなんだ。坊主が欲しがってる軽鎧は、基本的にモンスターの皮を使って作るんだが、肝心のその皮が今品薄でな、作りたくても作れんのだわ」
ほとほと困ったと目を瞑りながら、お手上げ状態とばかりに 両手を上げるウルグス。
だが、そんなことで諦めるほど、秋雨という男は聞き訳のいい人間ではない。
「素材がないなら、取ってくればいいじゃないか」
「それができりゃあ苦労はないわ!」
秋雨の言葉に、即座にツッコミを入れるウルグスだったが、そんなことは気にせずさらに秋雨は提案する。
「だったら、俺が取ってきてやるよ。そしたら作ってくれるか?」
「あん? そりゃあ、素材があれば作れるが……ホントに坊主が狩ってこれんのか?」
今の秋雨の恰好は、駆け出し冒険者らしく、服の上から装備している少しへたった革の胸当てと、革のブーツのみという必要最低限の装備しかなかった。
そのため、ウルグスが秋雨が“本当にモンスターを狩ってこれるのか?”という怪訝な表情を浮かべていたのも無理はない事だった。
「任せとけ! それで、何の皮がいるんだ?」
「とりあえず、坊主の装備ならフォレストファングで事足りるだろうから、フォレストファングの皮で十分間に合うと思うぞ」
「わかった、それじゃあ取ってくるから待っててくれ。夕方には戻ってこれると思うから、その時にはよろしく頼む」
「わかった。だが坊主、無理はすんじゃねぇぞ? お前さん見たところ駆け出しだろ? 無理な狩りは命取りになることを忘れるな」
ウルグスの忠告に対し素直に礼を言うと、秋雨は装備の素材となるフォレストファングの狩りへと出かけるのであった。
いよいよギルドマスターとの直接対決編に入るのか!?
その前に装備を新調しよう、流石に平民の服に革の胸当てだけではキツイ(-_-;)
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