179話
「店の商品が勝手に補充されて、売り上げの入った皮袋が空っぽになっているだと?」
「はい、三日三晩例の露店に張り付いていた人間はそう証言してます」
「……時空魔法か、はたまたそれに準ずる高度な魔道具か。どちらにせよ、只者ではないようだな」
派遣した調査員の報告を聞いて、ジェイドは口元に手を当てて思案に耽る。新たに市井で起きた【無人露店騒動】が、ウエストリアの都市内で取り沙汰されている。
販売されている商品はたったの一種類ではあるものの、それ自体がかなり高度な技術を使われているもので、興味を持った商人が知り合いの鍛冶師に同じものを作れないかと依頼したが、再現するには至っていない。
そもそも、細長い針金を作ること自体が難しく、それをさらに手を加えて物を作るなど正気の沙汰ではなかったのだ。
それでも、何とか可能な限りの細い針金を作製し、見本の商品と同じになるよう見よう見真似で作ってみたが、どうしても上手くいかず、数多の鍛冶師が匙を投げたのである。
そして、商業ギルドの一部の人間がその話を聞いてある推測を立てる。それは、この騒動にある一人の少年が関わっているということだ。
理由としては、無人の露店で取り扱っている商品が洗濯バサミという名前の服飾関連の道具であり、以前ジョンたちが扱っていたハンガーと商品の系統が類似しているということだ。
さらに、店主の姿が見えないという点についても、件の少年と行動パターンが酷似しており、そのようなことをする人間がこの短期間に複数現れるとは考えにくかった。
しかしながら、あの少年と今回の一件を結びつけるような証拠は一切なく、例え本人を追及したところで、以前のようにはぐらかされてしまうのは火を見るよりも明らかであった。
「ご苦労であった。次の指示だが、あのエチゴヤという少年の行動を監視しろ」
「……はあ、わかりました」
ジェイドの指示に調査員は訝しんでいる様子であったが、上司の指示ということもあって深くは聞かず、与えられた任務をこなすため、部屋をあとにした。
「あの少年がボロを出すとは思えない。だが、確実な証拠を押さえなければ、このままのらりくらりと躱されるだけだ」
彼は件の少年を疑っている。だが、今までの少年の言動から動かぬ証拠を手に入れることは困難だと考えていた。それでも、こちらから何かしらのアクションを起こさねば、あの少年から言い逃れできないような証拠を掴むことは不可能であるともジェイドは思っている。そのため、骨折り損のくたびれ儲けになろうとも、彼は調査員に少年の監視する指示を出したのである。
「それにしても、あんな奇抜な方法で店を構えるとはな」
それはそれとして、ジェイドは無人露店という新たな営業形態に興味を持った。
今までからして、店には必ず店員がおり、その店員が客の対応から扱っている商品の補充など店に関連する大抵のことを行うのが普通であった。
しかし、今巷を賑わせている露店は、店員がおらず商品の補充や売り上げの回収など、必要最低限の業務に関して、人手を使わず何かしらの手段で行っていた。
「人を使わない分、経費を削減できる。これなら、店内に盗難防止のための人員を配置すれば、うちでも実現可能なのでは?」
ジェイドの興味は、無人露店そのものに移行していた。人を使わないことで経費を抑えることができ、放っておいても収益が上がるというこの営業形態に、彼は商業ギルドでも実現ができないか思案する。
実際は今設置されている無人露店のように盗難防止の魔法的ななにかを施すことはできないが、それの代わりに人を配置すれば、実現することは難しくないと彼は考えた。
「それはそれとしてだ。今は、あの無人露店を設置した人間を特定するのが先決だ」
彼の中での心当たりは例の少年だが、明確な証拠はないため、それも彼の推測でしかない。しかし、長年商いを生業としてきた商人としての勘が、今回の首謀者があの少年だと言っている。
あとは、無人露店とあの少年が関連する証拠を見つけ出せば、形勢は一気にこちらに傾くとジェイドは考えていた。
「待っていろ。必ずや証拠を掴んで見せる」
これより、商業ギルドが本腰を入れて無人露店の調査に乗り出したことを当の本人である秋雨は知らなかった。
「……つけられてるな」
秋雨が無人販売店を設置して数日が経過する。その間にもせこせこと内職で洗濯バサミを量産し、表の仕事である木材の納品を繰り返していた。
売り上げは好調で、複数の無人販売店を設置したことで、一日に入ってくる金額もそれなりのものとなっている。まさに不労所得というやつである。
もう働かなくともただ洗濯バサミを作っているだけで日々の生活には困らなくなっていた秋雨であるが、残念ながらそんな美味しいことをしている人間が平穏無事でいられるはずもなく、現在秋雨は誰かに尾行されていた。
おそらくは、無人販売店と自身の関連を探ろうとしている人間の仕業であることは予想ができ、それは商業ギルドにおいて他にないと秋雨は結論付ける。
「だが、残念ながらいくら俺をつけ回したところで、証拠は出てこないんだな」
こういったことが起こることをあらかじめ予測していた秋雨であるからこそ、管理をする必要のない無人販売店を設置したのであり、その関連を疑われるような失態を犯すなどあり得なかった。
仮にこのまま監視され続けたとしても、秋雨がボロを出さないことは想像に難くなく、ギルドとしてもそれを理解した上で監視していると彼は見ている。
ボロを出さないからといって、そのまま野放しにするのはどうかということで、無駄足になろうとも監視の目を付けておくことは重要なことであり、そういった方針は重要であると秋雨も理解している。
「だが、だからといってはいそうですかと監視を受け入れるわけがないんだがな」
そう言うと、秋雨は懐からなにやらカプセルのようなものを取り出してそれを地面へと落とす。しばらくして、彼を尾行しているギルドの調査員がカプセルの上を通過するタイミングで突如煙に包まれる。
突然の出来事に慌てふためく調査員だったが、煙がおさまるとそこにはぐったりとなった調査員の姿があった。
「じゃあ、そういうことで」
秋雨が使ったのは、カプセル状に加工した時限式の眠り薬である。ある一定の時間が経過すると、自動的に中の眠り薬が煙となって噴出するというものであり、相手を罠にかけたいときに重宝する代物だ。
薬が効いて眠りこける調査員を見下ろしながら、秋雨はその場から悠然と去って行く。それから、調査員が目覚めたのは数時間後であり、ギルドに戻った調査員が報告を聞いたジェイドから大目玉を食らったのは言うまでもない。
調査員を引き剝がすことに成功した秋雨は、相手を出し抜いた優越感にしばらく浸っていた。だが、すぐに冷静に今の自分が置かれている状況を分析する。
「今は問題ないが、いずれはどこかでボロが出る。今のうちに、次の街へ行くことを考えておかねば」
例えどれだけ完璧に隠蔽工作を行ったところで、人間という生き物はどこかでミスをする。だからこそ、常に最悪の状況を想定して動かなければならず、決して楽観視してはならない。
今までもそういった考えで行動してきた秋雨にとっては、いつまでもウエストリアで活動できるとは思っておらず、むしろいつでも脱出できるように準備を整えている。
それから、何事も起こらない日々が続いたが、ある日商業ギルドから再び呼び出しがあった。
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