178話
秋雨は新たな稼ぎ口としてあることを考えていた。しかし、今回は彼が直々に行動を起こすため、それがギルドや商人に露見するというリスクがある。
自分が特異な存在であることを知られたときのリスクを回避するべく、秋雨はいろいろと行動してきた。しかし、第三者の視点から見ればそれが実を結んでいるとは到底思えない。
「名付けて【無人販売作戦】だ」
今回秋雨が新たに行おうとしている作戦は、前世の地球でも存在した【無人販売】という方式を用いた販売方法である。
具体的には、店舗に店員を配置せず客が欲しい商品を手に取り、その代金を支払うというシステムである。
このシステムの利点は、店側は商品を補充するだけであとは客が欲しい商品を買っていくだけという方式を取っている。そのため、常に店員を配置しておく必要がなく、その分の人件費が大幅に削減できるのだ。
もちろん、利点があるということは逆にリスクも存在する。それは、無人ということで誰も見ていないからという理由から、代金を支払わずに商品だけ持って帰る人や、店の売り上げを目的とした空き巣などの被害があるということだ。
その点は、監視カメラの設置や定期的に店の人間が監視するなどの対策を行っているが、そういったことを行う人間もそれを理解したうえで犯行に及んでくるため、完全に店の人間と窃盗犯との間でいたちごっこが展開されている。
しかし、それは魔法というものが存在しない世界での話であり、秋雨がやってきた異世界には魔法が存在する。であるならば、それを用いて完全な防犯対策が施された無人販売店を設置することができるのではないかと考えたのだ。
「てことで、誰もいない真夜中の広場にやってきました」
思い立ったが吉日とばかりに、秋雨はその日の夜に作戦を決行することにした。
日中露店で賑わう広場にやってきた秋雨は、さっそく無人販売店を設置する作業を行う。
設置するものとしては至ってシンプルであり、ただの木箱の上に商品を並べて、値札を置いておくというものである。
もちろんこれだけでは地球の無人販売店のように商品だけを持って帰る人間や、店の売り上げを奪っていく人間に対処できない。そこで、秋雨は木箱全体を覆う無色透明の結界を張った。
木箱の周囲数メートルを覆う結界だが、その効果は代金を支払っていない商品や店の売り上げの入った皮袋または硬貨そのものが結界の外に出た場合、元の場所に戻るという単純なものだ。
こうすることで、正規の手順で購入していない人間による犯行を防ぐことができ、無人販売におけるリスクを帳消しにすることができるのだ。
「販売するのは、ジョンたちと被らない商品がいいな。なら、あれでいくか」
そう呟くと、秋雨はその場で無人販売店に売り出すための商品の作製を開始する。完成した商品……それは、誰がどう見ても洗濯バサミであった。
細長く加工した針金と木材を組み合わせることでできる洗濯バサミは、バネの力を利用しているため、作製にはある一定の技術を必要とする。
ジョンたちの協力を要請する際、一度はこの洗濯バサミを売ってもらおうかと秋雨は考えたが、商品の製作も彼らの手で行ってもらうことが望ましかった。そのため、彼らでは洗濯バサミを売り出すことができなかったのである。
だが、無人販売店を出すとなれば、秋雨自身が製作を行うことになるため、そういった問題は起こらない。
「これでよし。あとは、明るくなるのを待つだけだな」
広場の空いている数か所に無人販売店を設置し、魔法による防犯セキュリティを完璧にした完全なる無人販売店が完成する。
ちなみに、洗濯バサミの価格だが、ジョンたちに教えたハンガーとは異なり、特定の技術か用いられている。そのため、ハンガーよりも少々お高めの一個につき銅貨二十枚とし、五個以上の購入で一個当たり銅貨十九枚、十個以上の購入で一個当たり銅貨十八枚という具合に一度に購入する数が多ければ多いほど一個当たりの金額が安くなる価格設定にした。
それから、最終確認として抜けがないかしっかりとチェックし、問題ないことを確認した秋雨は満足げに一つ頷くと、その場をあとにした。
しかしながら、本当にこれでよかったのかという疑問が浮かばなくもない。
以前から秋雨が掲げる異世界で行ってはならない行動の一つに【元の世界の道具を作ったり売ったり使ったりしてはいけない】というものがある。
今回のハンガーと洗濯バサミは、彼がいた地球に存在した道具であり、それをこの世界で生み出し販売する行為は彼が掲げるタブーの一つになっているはずなのだ。
だというのに、なぜ秋雨はハンガーと洗濯バサミを売ろうとしたのか、それは極々単純な理由からであった。
「地道なお金稼ぎは正直きついからな。黒幕が俺だとバレなければ、地球の道具を売ってもギリセーフだ」
ということらしい。
それはどこからどう見てもアウトなのだが、この手の異世界ファンタジーに登場する主人公は自重を知らずに突っ走る傾向が強い人間の場合が多い。それは例外なく秋雨も同じであり、少しずつタガが外れていっているような気がしてならない。
この世界にやってきた当初の秋雨は、人気のいない時間帯を狙い冒険者ギルドに足を運び、あまつさえギルドにやってきたことを悟られないよう匍匐前進でギルドに入っていた人間なのだ。
だが、今の彼は人気のいない時間帯はおろか、ギルドに入るときも匍匐前進ではなく普通に歩いて進入している。自重する気がなくなったのか、はたまた警戒心が薄れてしまったのかはわからないが、どちらにせよ危険な兆候であることは確かである。
このことが、今後の秋雨にどういった影響があるのかは誰にもわからない。だが、少なくとも自重を忘れた人間のもとにやってくるのは、厄介事であるということはまず間違いないだろう。
そして、この無人販売店を巡って秋雨の周囲では更なる騒動が起こることを今の彼は知る由もなかったのであった。
「こりゃ、なんだ?」
最初はそんな何気ない疑問から始まった。いつものように、露店へと足を運んだ住人は以前からなかったはずの奇妙なものを発見する。
それは、これといった特徴のない木箱の上になにやら見たことのない物体が置かれており、その物体はありふれたかごの中に大量に入れられていた。
それをきっかけに、周囲の人間にもこの木箱の噂が拡散され、一体誰がなんの目的でそれを設置したのかという話になった。
だが、それが店員のいない露店であることは一人の女性によって明るみになることになる。というのも、その店の主が販売する商品がどういったものなのかを見せるように、木箱のすぐ隣に二本の柱の間にロープを通したものが設置されていたのだ。
そのロープには一枚の衣服が吊るされており、それはしっかりとあるもので固定されていた。そう、洗濯バサミという木箱の上にある商品によって……。
「あら、これすごく便利ね。値段は……一つ銅貨二十枚か。意外にするけど、これがあれば服が風に飛ばされることもなさそうだし、値段以上の価値はありそうね。え? 五個以上買えば一つにつき銅貨十九枚? 十個以上で銅貨十八枚ですって!?」
女性はすぐに割引率にも気づいた。だが、実際に使ってみなければ、本当にその商品に価値があるのかがわからないため、少々お高い買い物だったがお試し感覚で六つ購入していくことにしたのだ。
そして、家に帰ってさっそく試してみたところ、その実用性の高さに彼女は驚愕する。今まで干すときに高確率で風に飛ばされていたはずの服が、洗濯バサミによって一度も飛ばされることがなかったのだ。
その効果の高さに満足した女性は、さらに追加で購入しようと再び広場に足を運んだ。しかし、そういった有益な情報というものはすぐに人々の間に広がる。
彼女が再び広場を訪れると、木箱の周囲に人だかりができており、すでに洗濯バサミは売り切れていたのであった。
それ以降、無人の露店の話が知れ渡り、その情報は当然のように商業ギルドにも伝わることになる。そして、情報の事実確認のためギルドから調査員が派遣された。
その最中、無人の露店に置いてあった売り上げの入った皮袋を盗もうとした輩に遭遇する。店の主がいないのをいいことに店の売り上げを横から掻っ攫おうとしたのだ。
だが、不思議なことに皮袋を奪って逃走しようとした人間の手から皮袋が消失し、気づけばもとの場所に戻っていたのだ。
皮袋を盗もうとした人間も、再度皮袋を奪って逃げようと試みた。しかし、結果は先ほどと同じく気づいた時には皮袋がもとの場所へと戻っていたのだ。
それを目の当たりにした人々は驚愕し、かくいうギルドの調査員も目を皿のようにして驚いた。そして、調査員は気づいた。その店がある一定の水準を持つ魔道具化しているということに。
それをギルドの上層部に報告した調査員は、翌日無人の露店へと足を運んだ。すると、今度は店の商品の代金を支払わずに立ち去ろうとする輩に出くわした。
人々が非難の視線を向ける中、そんなこともお構いなしにその場を去ろうとしたが、気づけば手の中にあったはずの商品はなく、それはもとの場所へと戻っていた。
それを目にした人々は驚愕し、その噂もすぐに知れ渡った。そして、人々の中である共通認識が生まれることとなる。
それは「あの無人の露店に置いてある商品とお金は盗めない」というものであった。さらに、なぜその露店に店員がいないのかということも人々はそのときになってはじめて理解したのだ。
そうなってくると、人々の間である噂が広がることになる。どんな噂なのかというと、そんな不思議な露店を設置した人物が誰なのかというものであり、一部の人間でその店の主が誰なのかを突き止めようと一日中無人の露店に張り付いていた猛者もいた。
しかし、結局数日経っても店の主は現れなかった。そして、彼らの行動によって不可解なことが浮き彫りとなったのだ。
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