177話
「さて、今日もお仕事頑張りましょうか」
商業ギルドがてんやわんやの騒ぎになっているのを尻目に、秋雨がやったことといえば木こりの仕事である。
ハンガーの製造と販売はジョンたちに委託してあり、彼が行うべきことがあるとすれば、彼らがハンガーを製造するための木材の調達だけということになる。
(そろそろ、ギルド側も動き始める頃合いだな。あいつらには、次の指示は出してあるし、しばらくは問題ないだろう)
些かジョンたちの負担が大きい気もしなくはないが、ギルドにジョンたちとの関わりを知られると厄介なことになると理解している秋雨は、彼らとの接触を完全に絶っていた。
その判断が功を奏し、ハンガーの情報が出回っている今も孤児たちと秋雨との関連の証拠を掴めずにいたのである。
(それにしても、たった十数個ハンガーを売り出しただけでこんな騒ぎになるとは……やはり、商人は侮れん)
今回の件で、改めて秋雨はギルドの厄介さを目の当たりにする。当初は彼自身がハンガーの販売を行うつもりでいたが、嫌な予感がしたため急遽ジョンたちを仲間に引き入れたのだ。
それがまさかこんな結果になるとは秋雨も予想しておらず、素直にギルドの情報網に驚愕している。
もし、秋雨自身がハンガーを売り出していれば、彼にとってすごく厄介なことになったであろうことは想像に難くない。
(とりあえず、計画は第三段階に移行した。あとは、俺とあいつらとの関連を結び付けられなければ、どうとでもなる)
そう内心でほくそ笑む秋雨であったが、ギルドとしてもこのままやられっぱなしというわけもなく、数日後ギルドから呼び出しがかかった。
商業ギルドに赴いてみると、そこにはギルドマスターのベラバザールとジェイドの姿の他にジョンたちの姿があった。
(ほう、やはりジョンたちに辿り着いたか。やはりギルドは侮れん)
内心で感心する秋雨であったが、今回彼は追い詰められてしまった形となる。ギルドの勝利条件は、秋雨とハンガーを売っている孤児たちがなんらかの関わりがあるということを証明することであり、それができればハンガーに関する販売に関して交渉が可能となる。
しかし、慎重派である秋雨は最初の接触から今までジョンたちとはいっさい連絡を取り合っておらず、回数的には今日が二回目の接触となる。
「さっそくじゃが用向きを話そう。エチゴヤ君、彼らがハンガーを売っていた孤児たちだ」
「ふーん、それで?」
「君たち、彼と会ったことがあるかの?」
ベラバザールが秋雨に対し揺さぶりをかける。しかし、彼もまたそういったことをギルドがやってくることは想定の範囲内であるため、孤児たちに興味なさげな態度を取る。
「知らないな。今日初めて会う」
「本当かね?」
「ああ。この兄ちゃんとは“今日”初めて会った」
表向き上は秋雨と初対面だと言っているが、ジョンの言葉には当然裏があった。
ジョンたちが秋雨に今日会ったのは初めてであり、以前会ったことがあるかというベラバザールの問いには答えてはいない。
実際のところ、ジョンたちが秋雨と会うのは二回目なのだが、今日に関して言えば、彼らが秋雨に会ったのは初めてなのである。まるで言葉遊びのような内容だが、ジョンたちが今日秋雨に会ったのが一回目だったというのは事実である。ただし、今日という日から見た場合初めて会ったという注釈がつく。
「では、質問を変えよう。君たちが売っているハンガーは誰かに作り方を教えてもらったのかね?」
「俺が考えついたものだ。誰にも教えてもらっていない」
ベラバザールのさらなる追及にジョンは顔色一つ変えることなく答える。これも、事前に秋雨と打ち合わせを行っており、ギルドからの呼び出しがあった際、相手がこういった質問をしてきたらこういう風に答えろと指示を出している。
つまりは、ギルドがジョンたちから欲しい答えを得るためには、秋雨や彼らが想定していない質問を投げ掛ける必要があるのだ。
「取り分はいくらじゃ? 一割か?」
「俺たち四人で山分けだけど?」
(さすがはギルドマスター。俺と交わしたこいつらの取り分を言い当てやがった。だが、残念ながらそれは想定の範囲内の質問だ)
そのあといくつか質問が続いたが、結局ジョンたちから秋雨との関係を決定づける証言は得られなかった。
「もういいか? こちらとしても、木こりの仕事に行きたいんだが」
「……今日は手間をかけた。じゃが、それとは別口で君たちに話がある」
明確な証拠を掴むことはできなかったベラバザールだったが、腐っても商業ギルドのギルドマスターをやっている人間ではないようで、ジョンたちに商談を持ちかける。
「どうじゃ、君たちの売っているハンガーをギルドで扱わせてもらえないだろうか? そうすれば、もっと多くのお金を稼ぐことができるぞい」
「じゃあ、俺はこれで失礼する」
もはや自分は関係ないとばかりに、秋雨は一言声を掛けて部屋を退出する。彼の行動に怪訝な思いを抱くベラバザールであったが、今は目の前の商談が大事とばかりに改めてジョンたちに向き合う。
ところが、彼らから返ってきた答えはベラバザールの期待するものとは違っていた。
「断る」
「なぜじゃ? ギルドを通せば、いろいろと便宜も図ってやれるんじゃが」
ジョンたちにギルドを使った取引の利点を説明するベラバザールだったが、彼らは頑なに首を縦に振ろうとはしない。
理由を聞いてもただ「断る」という一点張りであり、取り付く島もない状態であった。
「じゃあ、俺たちも帰らせてもらう」
結局のところジョンたちとの商談は失敗に終わる。なぜ彼らがギルドとの商談に乗り気でないのか、ベラバザールは最後までその理由を知ることはできなかったのである。
「さて、おそらくあいつらは商談を断るだろう」
その一方で、ギルドを出た秋雨はジョンたちがギルドの商談を断ると予想していた。正直なところ、ギルドとの商談についてはジョンたちが受けるかどうかについては彼らに一任していた部分があったが、秋雨は彼らが商談を断ると予想していた。
その理由としては、孤児たちは案外義理堅い考え方を持っており、自分たちに日銭を稼ぐ方法を教えてくれた人間を裏切るような真似はしないと思っていたからである。
だからこそ、ベラバザールが彼らに商談を持ちかけても秋雨はそれを歯牙にもかけず、途中で抜け出してきたのだ。あのままあの場に留まれば、ベラバザールの商談を気にしていると思われる可能性があるというのもあったのだが、それを差し引いても、ジョンたちがギルドの誘いを受けることはないと考えていた。
もちろん、事前にギルドや他の商人との取引についてはあらかじめ彼らと話し合っており、秋雨としてはどちらでもいいことを伝えていた。
そもそも、ハンガーという商材はただ木材をハンガーの形に加工したものであり、特別な技術は一切必要ない。つまり、真似ようと思えば誰でも真似ることができるのである。
ジョンたち孤児にも扱えるということで選んだだけに過ぎない。そのため、すでに一部の商会では似たような商品が出回りつつあった。
しかし、結果としてハンガーの類似品を売り出した商会の目論見は失敗に終わる。その理由は、ハンガーを欲している客層が関係していた。
ハンガーを必要としているのは、主に家のことを預かる主婦層であり、彼女たちには独自の情報網が存在する。
もともとハンガーを売り出したのが孤児であり、彼らが日々の糧を得るための商売をしていることを彼女たちは理解していた。それに加えて、商会で販売しているハンガーの類似品は、孤児たちが売っているハンガーよりも数倍高い値段で販売されていた。
その情報は主婦層の間で共有されており、彼女たちが商会からハンガーを買うことはほとんどなかったのである。
それに慌てた商会も、値段を引き下げたりいろいろと対策を講じたが、結局のところ大きな稼ぎを得ることはできなかったのである。
それはさておき、現在秋雨の収入はジョンたちが販売しているハンガーの売り上げと、木こりの仕事である木材の納品で得ている報酬の二つだ。
「ふむ、ここらへんで大きく稼ぎにいきたいところだな。……よし、俺も動き出すとしようか」
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