176話
「ジョン君、うまく逃げれたね」
その一方で、実際にハンガーを売っていたジョンたちは、事前に秋雨から聞かされていた指示に従って行動していた。
まず、ハンガーを売る人間を限定し、自分たちがハンガーを売っているということをできるだけ第三者に知られないようにしろと秋雨は彼らに指示を出していた。
それでも、情報はどこかから漏れるものであり、次にそんな連中が取る行動は実際にハンガーを売っている人間と直接接触することであった。
そのことについても、事前に秋雨から聞いていたジョンたちはすぐさま行動に移った。
具体的には、一度購入してくれた客のもとへ行き、ハンガーを欲している人間がいたら代わりに売ってほしいと頼んだのだ。
もちろん、事前にハンガーの代金をもらうことで接触を最小限に抑えてあり、これにはさすがのギルドも予測できなかった。
「次は、信頼のおける行商人を探し出せって兄ちゃんは言ってたな」
「うん、それで作ったハンガーを全部渡して別の街や村で売り捌いてもらえって」
いくら需要があろうとも、いずれはハンガーを欲する人間が減少していく。そうなった場合、次に取るべき行動は他の拠点に販売先を移すことである。
そのためには、実際に現地に向かう人材が必要であり、それを行うにはジョンたちには荷が重い。となってくれば、行商人の出番である。
ここからはかなりリスクが高くなってしまうが、うまくいけばギルドを出し抜いて商品を捌くことができる一手となる。そのためには、信頼できる行商人の力が必要だった。
「なら、ギリー兄ちゃんに頼んでみるのはどう?」
「そうだな。ギリーのあんちゃんなら、信用できる」
秋雨の助言を聞いた時、彼らは真っ先にある人物の姿が浮かんだ。それは、同じ孤児出身者のギリーという人物である。
ジョンたちよりも五、六歳年上の人間であり、数年前から行商人見習いとして独り立ちしている彼らの先輩だ。
一人前とはいかないまでも、今では行商人として生計を立てることができるほどにまでなっており、今回の話を持って行く相手としてはうってつけの人物であった。
さっそく、今回のことを相談するべくジョンたちはギリーと接触した。彼らが一通りの事情を説明すると、彼は目を見開いて驚いた。
「あの一件、お前らが関わってたのかよ」
「そんなことよりも、どうなの? 協力してくれるの」
説明を聞いたギリーは、一度頭の中で整理する。弟分であるジョンたちの説明から、ギルドや他の商人たちに見つからないよう秘密裏に商品を捌きたいということはなんとなく伝わった。問題なのは、それが実現できるかどうかである。
商人たちはともかくとして、商いの一手を牛耳るギルドを出し抜くことが本当に可能なのかとギリーは考えていた。実際、行商人として彼もまたギルドに所属する人間であり、このことが露見すれば彼の立場も悪くなる可能性が高い。
最悪ギルドから目を付けられ、出禁を食らってしまうことも考えられた。だが、ギルドの規約を穴が開くまで覚え込んだギリーは、今回の件を照らし合わせて、ギルドの規約を掻い潜る方法を思いついた。
「多少無理くりなところはあるが、おそらく今回のことが表沙汰になってもギルドは処罰できんな」
「じゃあ」
「わかった。協力しよう。ただし、いろいろと制限がある」
行商人という味方を得たジョンたちは、さっそく彼と共にある作戦を決行することにした。それがギルドの耳に入るのは、彼らが動いてからしばらく経ってからであった。
「なに? ギギル村でハンガーが?」
「はい」
ジョンたちが行商人を味方に引き込んでから数日後、ギルドにある情報がもたらされる。それは、ウエストリアから片道数日の場所にあるギギルという村で、ハンガーが出回っているという話だ。
未だにハンガーを販売している孤児たちとの接触ができていないこの状況下で、まさか他の拠点からハンガーの情報が出てくるとは思わず、それを聞いたジェイドは怪訝な表情を浮かべる。
「ウエストリア以外の場所にハンガーが出回ったということは、それをもたらした行商人がいるはずだ。何者だ?」
「わかりません。ギギル村の人間によると、突然村長がハンガーを村人たちに配り始めたという話で」
「なるほど、そういう手できたか」
職員の話を聞いたジェイドは、すぐに相手が使ってきた手法に当たりをつける。それは、行商人が村長のもとを秘密裏に訪ね、行商人と村長の間で取引が行われたというものだ。
時を待って村長が村人たちにハンガーを配り、生活水準の向上を図る。行商人は、ハンガーを売っていた孤児から仕入れた値段分を上乗せることで利を得る。お互いにウィンウィンな関係というわけだ。
当然、村長と行商人を問い詰めたところで知らぬ存ぜぬを貫き、互いの関係を否定するだろう。まさに完全犯罪というべき所業だ。
これをどうにかするには、行商人と村長の間に明確な取引が行われた証拠が必要であり、それは取引の現場を押さえるくらいしか手がない。
「どうするんです?」
(これが、あの少年が考えた手というわけか。自分の手を汚すことなく利益を得る。まさに、合理的な商人の考え方だな)
今起きている出来事が、たった一人の少年が描いたものであることにジェイドは感嘆の感情を禁じ得ない。彼としては、その才能を別なところに使うべきではないのかと思わなくもないが、今ギルド側で打てる具体的な手はそれほど多くはない。
「とりあえず、今優先すべきはもともとハンガーを売っていた孤児たちとの接触だ。それを優先して動いてくれ」
「わかりました」
ギルド側がまず行うべきは、ハンガーを売っている孤児たちとの接触であり、ウエストリア以外でのハンガーの販売については彼らが関わっている可能性が高いため、まずは彼らから話を聞くべきであるとジェイドは判断する。
そして、ギルドが件の孤児たちとの接触に成功したのは、ギギル村でハンガーが出回り始めたという情報が入ってから数日後のことであった。
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