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174話



「よしよし、順調だな」



 そう呟きつつ、秋雨は今日の売り上げを数え終わる。



 あれから数日が経過し、彼は順調に木材を確保していった。



 その度にギルド職員からなにやら物言いたげな視線が飛んできていたが、ただ木材を納品しているだけであるため、なんの不正もしていない秋雨を犯罪者よろしく追及することができないでいた。



 その間にも孤児のジョンたちによってハンガーの販売が開始され、その売り上げを確実に伸ばしていた。



 もともと人の視線を気にして生きてきた彼らにとって、秘密を守ってくれそうな人間を見極めることは難しくなく、便利グッズをジョンたちが売っているという情報は、一部の人間にしか共有されていない。



 ましてや、初日以外に秋雨とジョンが接触しておらず彼らの裏に秋雨がいることなど誰も知る由もなかった。



「だが、そろそろギルドにもこのことがバレるだろうな」



 秋雨は決して楽観視していない。儲け話というものは、例え秘密にしていてもどこからか漏れるものであり、重要なのは漏れたあとどうするのかを考えておくことである。



 そう考えながら、秋雨はいつもどおり伐採場で木材を手に入れたあと、商業ギルドへと向かった。





「こういう商品を探しているのだが」


「当ギルドでは、そのような品は取り扱っておりません」


「ハンガーという衣服を保管するための道具のようで」


「はあ、ハンガーですか」


「頼む! 是非ともうちに売ってくれ!!」


「お客様、困ります。どれだけ言われても、ハンガーと呼ばれる商品は商業ギルドにはございません」


「……」



 秋雨が商業ギルドに足を運ぶと、そこには予想通りの展開が待っていた。そこには、ハンガーの噂を耳聡く聞きつけた商人たちがギルドに詰め寄っており、取引をしたいと口々に言っている。



 しかし、ギルドとしてはハンガーなる商品など名前を聞くのも初めてであり、どういった商品なのかその全容すら把握していなかった。いくら商業ギルドでも、取り扱っていない商品を売ってくれと言われたところで商品そのものがなければ売ることはできず、なにが起こっているのかわからなかった。




 そんな彼らを尻目に、秋雨は何食わぬ顔で受付カウンターの一つに赴き、いつも通り木材の納品を済ませる。相変わらず異常な数の木材を納品しているものの、それ以外は特に怪しい点はないため、ギルドとしても深く追及することはできない。



 しばらくの間木材を納品し続ける日々が続いたが、さすがに騒ぎが起きている中これだけ目立ったことをすれば、注目されるのは致し方なきことで、ギルドから呼び出しがかかった。



「エチゴヤ様、本日はお手数をおかけしまして申し訳ございません」


「問題ない。それで、用とは?」


「単刀直入にお伺いします。今、巷で騒がれているハンガーという商品についてです」


「ハンガー? どういうものなんだ」



 ジェイドの問い掛けに、秋雨は特に興味なさげに答える。しかし、当事者である彼がハンガーを知らないはずもなく、実情はただのすっとぼけだ。



 ここ数日の調査で、商業ギルドはある一部の孤児たちが一部の人間に対して商いを行っていることを掴んだ。だが、本人たちは警戒心が強いのか話を聞こうにもすぐに姿を暗ましてしまう。



 そして、商品を買った人間も口が堅いのかハンガーを売った人間のことを話したがらず、調査は難航していた。



 そこにただ淡々と木材を納品し続ける人間に違和感を覚えたジェイドは、思い切って聞いてみることにしたのである。今回の一件に関わりがあるのかと……。



「衣服を保管しておくのに便利な道具でして、一部の人間の間で出回っているようなのです」


「ふーん、それで。そのハンガー? それと俺になんの関係があるっていうんだ?」


「私は今回の一件にあなたが関わっていると考えています」


「全然関係がないと思うが」



 ジェイドの勘は当たっている。だが、ここで素直に認めるほど秋雨も性格の良い人間ではない。



 ハンガーの販売をはじめれば数日の間にギルドに情報が入り、詳細を知るための調査が行われるところまでは予想済みだった。しかし、まさか今回の一件に関わりがあるのではないかという疑いをかけてくることはないだろうと秋雨は思っていた。



 もちろん、彼の中でその可能性は考慮されており、そうなったときの対応も頭の中でシミュレートされていた。だが、本当に自分に辿り着くとまでは思っておらず、秋雨は内心でギルドの人間に感心していた。



「ハンガーの材料となるのが、あなたの納品している木材です」


「それだけじゃあ、俺が関わっているとは限らないんじゃないか? 木材なら、他の人間も納品しているわけだし。それに、俺が直接そのハンガーを売ってる人間と接触した証拠はあるのか? ない状態で言ってるなら、そりゃあただの言いがかりってもんだろ。どうなんだ?」


「そんな証拠はありません」


「なら、俺は無関係だな。ハンガーを売ってる人間との接点を証拠として提示できない以上、今回の件に俺が関わっていることを証明することはできない」


「……」



 秋雨の言動で、ジェイドの疑念は確信へと変わった。彼には絶対の自信があるのだ。ハンガーを売ってる人間との接触の証拠はなく、自身はただ木材を納品しているだけ。それだけでは、今回の件に関わりがあるとは断言できない。



 しかし、敢えてそれを口にするということは、今回の件になんらかの関わりがあるということを認めているようなものであり、自ら墓穴を掘る行為である。



 例えるなら、自分が殺人事件の犯人ではないか言われたときに決定的な証拠を要求するようなものであり、それはもはや言外に自分が犯人であると認めてしまっているようなものだ。



 大抵の場合、そのあと決定的な動かぬ証拠が出てくることで自分が犯人であることを認めるのだが、今回はその証拠が出てきていない。だからこそ、秋雨も強気な態度を取っており、ギルドとしても証拠がないためそれ以上の追及ができないのである。



「証拠を提示できるようになったら呼んでくれ。じゃあ、俺はこれで――」


「お待ちください。申し訳ないのですが、次回からエチゴヤ様の木材の受付できる量を制限させていただくことになりました」


「その理由は?」



 ジェイドとしても、これ以上ギルドの与り知らぬところで取引が行われることは避けなければならない。そう思った彼は、秋雨の木材の納品に制限をかけることにした。



 いわゆる制裁の一環であり、別の言い方で表現するのなら嫌がらせに近い行為でもあった。



 しかし、秋雨にとっては理由のない制限は望むところではなく、どうしてそういったことになったのかの理由を求めた形だ。



「最近あなたが大量に木材を納品してくれたことで、木材が値崩れを起こしまして。相場が落ち着くまで納品数を制限することになりました」


「なるほど。だが、残念ながらその理由には矛盾が生じている。俺は自分が納品した木材によって値崩れを起こしていないか毎日木材屋に確認を取っている。昨日確認した時点で木材の値崩れは起きていないとのことだ。つまりは、木材の値崩れで俺の木材の納品を制限するのは不当だということになる。そして、俺の木材の納品を制限したいのは別な理由であることが俺に知られてしまった。商業ギルドとしては、それを説明する義務があると思うのだが?」


「ぐっ」



 苦し紛れに放ったジェイドのささやかな抵抗も虚しく、秋雨は追及の手を緩めることなく彼に投げ掛ける。



 もはやこれまでかに思われたそのとき、突如として何者かの声が部屋に響いた。

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