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169話



 秋雨が出した結論としては、金の匂いに聡い商人や貴族の目を掻い潜ることは不可能であるということだった。



 その理由は単純で、他の人間と違うことをすると必然的に目立ってしまうということであり、特に物珍しい商品を取り扱えばなおさら目立つのは想像に難くない。



 そして、秋雨が掲げる異世界でやってはいけない行為の一つとして、元の世界の道具を作ったり売ったり使ったりしてはいけないというものがある。



 しかし、ある程度の売り上げを出すためには、他では取り扱っていない商品かつ需要があるという条件を満たさなければならない。すでに存在する商品を作ったところで、それが売れるとは限らないのだ。



 だからといって、先にも言及した通り物珍しい商品というのは、それを求める客も集めるが利に聡い金の亡者も集めてしまいかねない。では一体どうすればいいのか?



 答えとしては実にシンプルで、要は商人や貴族たちの目に留まることを前提とし、いかにそういった連中から真相を隠すかということに力を注ぐのが重要となってくる。



 つまりは、直接的に事業に関わるのではなく、誰か他の第三者を挟むことによって真相を知ろうとする人間の目を欺くということである。



「ここに木材がある。今から俺の言う通りのものを作ってみてくれ」


「え? いきなりなんだよ」


「ジョン君、こんなやつ放っておこうよ」


「そうだぜ。どう見ても怪しいやつじゃん」



 秋雨のいきなりの提案に戸惑う少年だったが、仲間のもっともな言葉を受けて彼の要求は断られる。



「なんでお前の言うことを聞かなきゃならないんだ」


「作ってくれたら、これをやろう。どうだ?」



 秋雨が取り出したのは大銅貨一枚であった。この世界の一月生活していくのに必要な金額は大体銀貨二十枚であり、一日当たりの食事代は大銅貨二枚か三枚程度だ。



 つまり秋雨は、自分の言うことを聞けばその報酬に大銅貨一枚をくれてやるという交換条件を提示したことになる。これは孤児である少年にとっては破格の条件だろう。



「……なにを作ればいい」


「こういうのだ」



 そこからの話は早いもので、少年の問いに秋雨は作ってほしいものを地面に描く。それは、現代の人間であれば誰もが必ず一度は目にしたことがある衣服を保管するときに使用する便利グッズ……そう、ハンガーだった。



 今までこの世界で活動してきた秋雨は、一度たりともハンガーを見かけたことはなく、おそらくはこの世界にはまだ存在していないものだと推察した。


 

 この世界に存在していないがあると便利なものとしてハンガーを売り出そうと秋雨は考えた。だが、何度も言っているように今までなかったものをこの世に生み出そうとすれば、その利益に群がってくる連中がいる。だからこそ、これからさらにも増して慎重な行動が求められることになる。



「これでいいか」


「うん、悪くない。約束通り、これはお前のものだ」



 秋雨の指示した通りのものを作り上げた少年に、報酬として提示した大銅貨を渡す。そして、次に少年が作ってくれたハンガーの実用性を確かめるべく、別の少年に指示を出す。



「おい、そこのお前。ちょっと服を脱いでみろ」


「な、なんでそんなことをしなきゃならないんだよ!」


「脱いでくれたら、お前にもこれをやろう。だから脱げ」


「ホントだな? あとでやっぱなしなんて言うなよ!?」


「おい、下は脱がなくていい。上だけだ」



 現金なもので、あれだけ渋っていた少年だったが、大銅貨をちらつかせると途端に服を脱ぎ始めた。下の方も脱ぎ捨てようとしたため、それはいらないと止めさせ秋雨は脱いだ服をハンガーにかけた。それを少年少女たちにも見えるように掲げる。



「こういう風に使うんだ」


「なるほど、これは便利ね」


「うん、いいかも」



 少年たちは訝し気だったが、少女たちはハンガーの有用性が理解できたのか頻りに頷いている。服を借りた少年に服と大銅貨を押し付け、改めて秋雨は少年たちにある計画を話し始める。



「いいか、これを作って売りたい。俺はエチゴヤという駆け出しの商人だ。お前たちの名は」


「俺はジョン」


「おいらはモンチェ」


「あたしはモーラ」


「私はアリア」


「じゃあ、自己紹介が終わったところで説明する。お前らには、これを作って売ってもらいたい。ただし、いろいろと気をつけなきゃいけないことがあってだな……」



 簡単な自己紹介を済ませると、秋雨は彼らに詳しい話をする。特に商人や貴族に目を付けられると厄介なことになる点など、商品を販売する上でのリスクを重点的に説明する。



「ふーん、つまりはそいつらに見つからないようにこれを売ればいいんだな」


「ああ。それから、俺とお前らとの関係もできれば隠したい。問題は、金の受け渡しか……」



 秋雨はジョンたちと話を詰めていき、いろいろと問題点を話し合った。その一つが売上金の受け渡しである。



 よしんば商品が売れたとして、その金をどうやって秋雨のもとへと届けるかが問題だ。もっとも簡単なのは商業ギルド経由での受け渡しだが、そうなった場合ギルドに理由を説明することは避けられず、そこから情報が洩れる可能性がある。



 かといって直接手渡しすれば、その現場を目撃される可能性があり、これも絶対安全な方法とは断言できない。



「うーん。そうだちょっと待ってろ」



 いろいろと考えた結果、秋雨はあることを思いつきそれを実行する。



 まずなんの変哲もない小さな皮袋を用意し、それに時空魔法をかけ皮袋を魔法鞄化させる。そして、創造魔法を使い入れられるものを金銭に限定する仕様に変更し、使用できる人間も彼ら四人に限定する。



 さらにここから重要で、もう一つ皮袋を用意し、最初に作製した皮袋に入れた金額の一割がその皮袋に入るようにする。こうすることで、直接接触しなくとも皮袋間での金銭のやり取りができ、ジョンたちとの関わりを隠蔽することができるのだ。



 ちなみに、最初に作製した皮袋は秋雨のアイテムボックスと繋がっており、自動的に彼のアイテムボックスに収納されていく仕組みとなっている。



「という感じのものだ」


「そ、そんな高価なものをもらってもいいのか?」


「これくらいやらないと商人や貴族の目はごまかせんだろうからな」



 これで金銭の受け渡しの問題は解決した。あとは、どういった販売方法で商品を売るかだが、秋雨は訪問販売を考えていた。



「訪問販売?」


「普通だったら、あっちにある広場で商品を並べて客が来るのを待つだろ? そうじゃなくて、この商品を買ってくれそうな相手に話を持ち掛けて買うか買わないかを交渉するんだ」



 決まった場所に店を設けると、すぐに居場所が特定されてしまう。だが、客がいる場所に直接訪問することで居場所の特定をかく乱させることができる。



「これくらいかな。販売額は一個で銅貨十五枚前後、一日の食事代の半分くらいでいいだろう。相手が値引きをしてきたら銅貨二、三枚だったら受け付けても構わない。それ以上なら他の客のところへ行け」


「わかった」


「報酬だが、一つ売れるごとに売った金額の一割だ。十個売れば銅貨百五十枚になるとして、その一割の銅貨十五枚がお前たちの取り分になる。それでどうだ」


「いいよ」



 ジョンたちにすればお金を稼ぐ手段がないため、秋雨の提案は渡りに船であった。そして、最後に原材料となる木の入手について話し合った。



「あとは材料となる木材の入手だが、お前たちに心当たりはあるか?」


「ない」


「まあ、だろうな。なら、材料の入手は俺がやるとして受け渡しもその皮袋でやるとしよう。あと、商品の持ち運びも楽にできるようその皮袋に入るようにしておこう」



 そう言うが早いか、手早く皮袋の仕様を変更し、それをジョンたちに手渡す。一応人数分の皮袋四つと報酬受け取り用の皮袋四つの計八つの皮袋をそれぞれ一人二つずつ手渡す。そして、最終確認のため秋雨は真面目な雰囲気で彼らに話しかけた。



「いいか、この仕事は多少危険が伴う。お前たちの売っているものの正体を暴こうと、悪い大人が捕まえに来るかもしれない。だからこそ、こっそりとやる必要がある。それでもこの仕事を受けるか?」


「やるよ!」


「どうせこのままじゃいつか野たれ死ぬだけだ。だったら、なんだってやってやる」


「捕まらなければいいだけでしょ?」


「私もやります!」


「決まりだな」



 こうして、秋雨の策略によって【ちびっこ販売員作戦】が開始されることになった。

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