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164話



「へいお待ち!」



 しばらくして出てきたのは、何の変哲もない料理だった。



 だが、地球の文化を知る秋雨にとっては細かな気配りが行き届いた料理に映った。



 ラインナップは、パンとサラダとスープとメインディッシュのステーキという飲食店がよく出す定番のメニューであり、特に奇をてらった奇抜な料理ということもない。



(これでマズイのか? いや、食べてみればわかる)


「では、いただこう」


「おう」



 そう言って、まずはサラダを口に運ぶ。シャキシャキとした触感と鮮度抜群の野菜はさすがというべきところだが、問題はサラダにかかったドレッシングだ。



 はっきり言って、よくわからない味というのが秋雨の正直な感想だった。辛いような苦いような酸っぱいようなという様々な味が混じり合っており、マズイということは理解できるのだが、どうマズイのかが断定できなかったのだ。



「このサラダにかかっているドレッシングは何を使った?」


「ん? ああそれはな……」



 オルガスの説明を聞いてみると、ファンタジーなものを使った謎ドレッシングであり、秋雨にはそれが妙なのかこの世界でよくあるものなのか判断がつかない。



「で、どうだ?」


「そうだな。美味いかマズイかで言うと、マズイな」


「むっ」


「だが、解せない。なぜマズイのかが断定できない」


「な、なんだよ?」



 秋雨の感想に顔を顰めるオルガスであったが、このとき一つの可能性に思い至る。そして、その可能性が正しいのか確認するため、秋雨はオルガスを鑑定した。



「なるほどな。やはり」


「な、なんだよ?」


「あんた。味覚障害になっているぞ」


「味覚障害ぃー!?」



 オルガスを鑑定して得られた結果は、味覚障害というものであった。その原因は不明だが、食べ物の味がわからなくなるというものであり、その原因は様々なものが存在する。



「ここに一つまみの塩がある。これを舐めてみてくれ」


「どれどれ……おい、これって砂糖じゃないのか? 甘いぞ」


「いいや、間違いなく塩だ」



 試しに一つまみの塩を彼に舐めさせてみたが、その感想は思っていたものとは異なっていた。さらに秋雨は自分の推測が当たっていることを確かめるため、今度は砂糖を取り出してオルガスに舐めさせた。



「なんだこれ。辛いぞ」


「やはりな。間違いなくあんたは味覚障害だ。食べ物の味がわからなくなってる」


「そんな。じゃあ俺が今まで客に出してた料理は……」



 自分が味覚障害であると知り、今まで客に提供していた料理のことを考えてしまい、オルガスの気持ちが沈みかけたところで、秋雨は両手を打ち鳴らして場の空気を変えた。



「過去のことなどもう過ぎたことだ。それよりも、今はこれからをどうするかだ」


「これから?」


「その味覚障害の治療とか」


「な、治るのか?」



 秋雨は医者ではない。だから、二つ返事で「治る」と断言することは正直言ってできなかった。しかし、いずれ自分が同じ症状に悩まされる可能性がある以上、今回もいい実験サンプルが手に入ったと秋雨は内心でほくそ笑んでいる。



 異世界には、地球とは異なる病気や怪我が存在するかもしれない。いくら自分が女神仕様の体を持っているからといって、あらゆる病気や怪我を予防してくれるわけではないのだ。



 そして、仮に地球でも存在しなかった未知の病になった場合、最悪それが原因で人生の幕を閉じることになるかもしれないのだ。



 某漫画では、最強の戦士だった男が未来にやってくる強敵と戦うことなく病で亡くなったという話も存在しており、たかが病と楽観視はできない。



 そのときのために病気になった人間対して治療を施すことで、実際に自分が同じ病になったときに迅速な対処ができるのだ。言い方は悪いかもしれないが、これこそまさに実験サンプルである。



 だからこそ、オルガスの問いに秋雨は正直に答えた。



「わからない。だが、このまま何もしなければ、ずっと食べ物の味がわからないままだ」


「頼む。坊主に治す手があるなら助けてくれ」


「言っておくが、治療は辛い。もしかしたら、治らんかもしれん。それでも治療を受けるか?」


「それでもだ! このままじゃこの病気は治らないんだろ? だったら、治る可能性がある方に賭けるのは当然だ」


「いいだろう。では、ここにサインをくれ」



 そう言って、秋雨は一枚の紙を取り出す。そこには、オルガスの味覚障害を治療するにあたり、順守してもらう内容が記載されていた。具体的には以下の通りだ。




 ・自分の病気を治療した相手の情報を漏らさない。



 ・治療は秘密裏に行い、治療完了後はそのことを一切口外しない。



 ・契約が履行されなかった場合、治療された病気と同じ症状になる。




「という感じの内容だ」


「つまりは、治療した相手が坊主だってことと、どういった治療をしたのかっていうのを他のやつに話さなければいいんだな?」


「そういうことになる。どうする?」


「それくらいのことならお安い御用だ。むしろ、それだけでいいのか?」



 意外と緩い契約内容に、オルガスは拍子抜けする。本来であれば、法外な値段の治療費を請求されたり、一生奴隷として働くなどもっと重い条件を要求されてもおかしくないと彼は考えていた。



 だというのに、秋雨の提示したものは治療した自分とその内容を口外しないという軽いものであり、オルガスにとっては条件とも言えない条件であったのだ。



 しかし、あまり目立った行動を取りたくない秋雨にとっては情報の漏洩を防ぐということ以上に重要なものはなく、他者にとってはその程度の要求でも彼にとっては十分報酬として成り立つ条件だった。



 もっとも、目立つのが嫌ならば治療などしなければいいという考えもあるだろう。それもまた選択肢の一つではある。



 だが、先ほども説明した通り、今の秋雨は完全無敵の状態ではなく、病気にもなるし怪我だってする脆い状態だ。もっとも、脆いと言ってもそれはあくまでも神や魔族などの高レベルな存在を基準としており、並の人間を基準とすればすでに人間の枠からはみ出しているのは間違いない。



 だからこそ、今のうちから病気や怪我に対する対処法を確立しておくことで、いざというときのために備えようという思惑が秋雨にはあった。



 他人に自分の能力を知られるというリスクはあるものの、もしもの時のために様々な病気や怪我を治せるようになっておくことは、秋雨にとって必要なことなのだ。



「これでいいか?」


「ああ、問題ない。これで契約は成立だ。治療は薬による投薬治療を考えている。だから、しばらくはその状態が続くから普通に生活してくれ」


「わかった。その間の宿代はタダでいい」



 オルガスの申し出を有難く受けることにし、しばらくの拠点となる場所を確保した秋雨は、一度商業ギルドに足を運んでみることにした。

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