163話
「ここがマセドニアの主要都市か」
秋雨がマジカリーフを旅立ってから十日後、彼は今マセドニアの主要都市の一つ【ウエストリア】へとやってきていた。
商業国家マセドニアには、円滑な輸送経路を確保するため、国内の東西南北とその中央部に五つの主要となる都市が建設されている。
そのうちの一つ、マジカリーフの国境に最も近い主要都市であり、マセドニア西部に拠点を置くのがウエストリアである。
人口は約二十五万人で、商業国家というだけあって都市の住人の半数が商人や行商人など商いを生業としている人間で構成されており、商業ギルドも支部とはいえ他国の本部並の規模を誇っていた。
「身分証の提示を」
「ん」
「冒険者か。なら、通行料銅貨二枚だな」
「え? 冒険者だけど?」
秋雨が都市に入ろうと冒険者のギルドカードを提示したところ、門兵からそんな台詞が返ってくる。
「さては坊主、他国者だな? どっからきた?」
「マジカリーフからだ」
「なら、知らないのも無理ないか。この国はな、冒険者よりも商人の数が圧倒的に多い。そして、商いが盛んに行われる分、商人が都市に入るための通行料が免除されているんだ。逆に冒険者とか旅人の数は少ない。だから商人以外の人間から通行料を取っているんだ」
「そうなのか」
「ああ。その制度もあってか、この国の人間は冒険者よりも商人になりたがるやつの方が多い」
「なるほど」
門兵の話を聞いた秋雨は、その至極当然な門兵の感想に納得する。確かに、通行料が免除されるのならば、冒険者であれ商人であれ、資格を手に入れるべきだろう。
もっとも、頻繁に都市を出入りする用がなければ、あまり意味はないものではあるが、今の秋雨は決まった拠点を持たない放浪者であるため、この国では商人の資格が役に立つだろう。
(これは、商業ギルドに行くべきだな)
門兵に通行料を払いつつ、さっそくこの都市での拠点となる宿を秋雨は探す。門兵によると、大通りを真っすぐ進むと広場があり、その広場から十字に伸びた通りがあるらしい。
そこからさらに十字路を左方向に進んでいくと【オルガスの宿】という宿があり、そこがおすすめの宿ということだ。
さっそく聞いた順路を辿って行くと、目的の宿が見えてくる。見た目は、普通の宿とどこも変わりなく、異常なところは何もない。そう思っていた秋雨であったが、すぐにその判断が間違いであったことに気づく。
「出ていけ! 二度と来るな!!」
「おい、こっちは客だぞ!?」
宿に入ろうとすると、宿に泊まっていた宿泊客と思しき男性と、前掛けを着用した三十代後半と思しき中年男性が宿の入り口で押し問答をしていた。
実際に中年男性は宿から客を押し出そうとしており、そのことに客の男性は抗議の声を上げていた。
「俺が一体何をしたって言うんだ!?」
「うるさいっ! とにかく出て行ってくれ!!」
取り付く島もないとはこのことで、追い出そうとする理由を問いただしても、ただ出ていけと言うばかりで要領を得ない。
結局のところその男性の勢いに押される形で、客だった男性は追い出されることになり、男性も特にその宿に執着しているわけではなかったため、諦めてその場を去って行った。
(どうしよう。ここなんだよな?)
何度見てもそこに掲げられているのは【オルガスの宿】という文字が書かれた看板であり、門兵が勧めてくれた宿であることは間違いない。
一体どんな理由で先ほどの客が追い出されたのかは気になるところだが、仮に自分が追い出されたら追い出されたで他の宿に行けばいいだけだと割り切り、思い切って宿に入った。
「たのもー」
「おう、いらっしゃい。食事か、それとも泊りか?」
宿に入ると、先ほど入り口で問答をしていた男と鉢合わせる。どうやら、受付をやっているらしく、小さなカウンターには台帳が置かれている。
「とりあえず泊りで。ところで、さっきのはなんだ? なんであの客は追い出されたんだ?」
やはりというべきか、気になったため秋雨はさっきのことを男に尋ねた。少しバツの悪そうな顔を浮かべながら、男はぽつりと説明してくれた。
「いや、それがな。俺の料理をマズイと言いやがったんだ?」
「……それだけ?」
「それだけじゃねぇ! 俺はこう見えても元一流の料理人だ。だから、料理の腕には自信がある!!」
そう握り拳を作って言い放つ男の名は、宿の名前となっているオルガス本人であり、詳しい話を聞くと、元は貴族家に仕えていた一流の料理人だったそうだ。
しかし、自分よりも腕のある料理人を雇ったからとその料理人と入れ替わるようにして解雇されてしまったらしい。
幸いなことに料理ができるので、飲食店関連の宿を経営することにしたのだが、自分の出した料理をマズイと酷評する人間が現れたらしい。
「それで気になって調べてみたら、俺をクビにした貴族の嫌がらせだったってオチだ」
「なるほどな」
よくある話だというのが秋雨の感想だったが、それを口にするほど彼は空気の読めない人間ではない。思わず出そうになった感想を飲み込むと、秋雨はオルガスに提案する。
「じゃあ、あんたの料理を食わせてくれ。本当にマズイかどうか確かめてみよう」
「いいだろう! その勝負受けて立とうじゃないか!」
こうして、急遽オルガスの料理人としての力量を測るテストが行われることになった。
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