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160話



「ふん、塵となったか。他愛ないことよ。もう少し粘ってくれると思ったのだがな。やはり人間は脆い」



 白狼狐がそう呟くと、つまらなさそうな態度を取る。白狼狐の攻撃によって秋雨のいた周辺が黒焦げの状態となっており、そこには彼の影も形もない。



 まさか消滅してしまったのかと思ったそのとき、白狼狐の頭上で声が響いた。



「おい、勝手に殺すんじゃ、ないっ!」


「ぐはっ」



 突如として白狼狐の頭上に衝撃が襲う。よく見てみると、秋雨が白狼狐の上を取り、その頭に拳を振り下ろしていたのだ。



 抵抗することなく頭を地面に叩きつけられた白狼狐は、軽い脳震盪を起こしてしばらく動けない状態となる。その大きな隙を見逃すほど秋雨は間抜けではない。そのまま一気に白狼狐を畳み掛ける。



「あたっ、あたっ、ほわちゃあー」


「ぐ、げ、が」


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」



 どこかで聞いたような掛け声と共に秋雨の無数の拳が襲い掛かる。その攻撃は堅牢とまで言われた白狼狐の毛皮をいとも簡単に貫き、それはダメージとして蓄積される。



 このときになって初めて白狼狐は、自身が対峙している存在がただの人間ではないことにようやく気づいたのである。



「ぐっ、きさまぁー! 図に乗りおって!!」


(ダメージはある。だが、それほど有効打は与えられていない……か)


「死ねぇーい!!」



 冷静に状況を見極める秋雨に対し、本気になった白狼狐が襲う。今度は口から氷のブレスを吐き出し、秋雨を氷漬けにしようとしてきた。



 多彩な攻撃に秋雨が脳内で感心する間もなく、彼もまた炎魔法で白狼狐の攻撃を防御する。氷と炎という相対する属性同士がせめぎ合いその攻防は一進一退だ。



 炎を飲み込もうとする氷と氷を溶かそうとする炎の攻防がしばらく続いたが、先に音を上げたのは白狼狐であった。いかに強大な魔獣といえども高位の魔法を永続的にしようできるわけもなく、一旦のインターバルを必要とする。



 一方秋雨は白狼狐の攻撃に後出しで魔法を出したため、その分白狼狐よりも余裕があった。氷の勢いが弱まったことで炎に押された氷が消滅し、白狼狐に襲い掛かった。しかし、間一髪というところで白狼狐が躱したため、戦況は再び振り出しへと戻る。



「グルルルル、一体何者だ貴様? ただの人間の身で我と互角に渡り合うなど」


「やれやれ傲慢が過ぎるな。一体いつから、人間が脆い存在であると錯覚していた」


「ならば、ここからは我が全霊をもって貴様を打ち砕くのみ!!」


「いいだろう。世の中には、上には上がいるということを教えてやる」



 そう言って戦闘が再開される。時には肉弾戦が、そして時には魔法が飛び交い、その攻防はやはりというべきか一進一退だ。第三者の目から見ても、両者の実力は五分五分であり、互角に戦えている。だが、それは見た目だけそう見えるというものであり、実際はぎりぎりの戦いであった。



(なんなのだ? こやつは一体なんなのだ!?)



 戦いを続けていく中で、白狼狐は目の前の存在を訝し気に観察する。一体やつは何者なのだろうと。



 モンスターの中でも上位に位置する自身とまともに戦えているだけでなく、その命を刈り取ろうとする存在に白狼狐は今まで出会ったことがなかった。



 大抵の生き物は自分よりも戦闘能力が低く、たとえまともに戦えそうな相手がいたとしてもそれは自身の攻撃を数度耐えられるという意味のまともであり、今まで白狼狐がここまで苦戦を強いられることはなかった。



 だというのに、どうだろう。目の前の人間は自分の命を確実に刈り取ることのできる戦闘能力を保持しており、白狼狐とて気の抜けない攻撃が幾度も飛び交っている。



 そのことにも驚愕だが、自身が放った攻撃をいとも簡単にいなし、あまつさえ反撃を加える存在がいるなど。今まで生きてきた中でいなかった。



(ちぃ、しぶといなこの犬だか狐だかわからん謎生物。いっそのこと狼系統のフェンリルにすればよかったに。なんだよ白狼狐って、どんな中二病だ? これだから異世界ファンタジーってやつは……)



 その一方で、秋雨の脳内は戦闘とは一切関係のないどうでもいいことでいっぱいであった。白狼狐の視点から見れば、いとも簡単に攻撃をいなしているように見える。だが、その実情はぎりぎりといっても過言ではない。



 まさか、魔族以外にここまで高度な戦闘能力を持っている存在がいたとは思わず、最初は軽い気持ちで戦っていたが、そろそろ魔力の残量が危険領域にまで達しようとしていた。



 しかし、幸運にも白狼狐もまた魔力残量が残り少なく、魔法の飛び交う機会が減っていき、状況は肉弾戦へと移行していった。



 秋雨の拳と白狼狐の爪がぶつかり合う。奇しくも、その力は均衡を保っており、これもお互いの力が相殺され両者に有効なダメージは通らない。



(何故だ!? 何故こんな人間の拳と我の爪が同格の攻撃なのだ!? 解せぬ、解せぬぞ!!)


(くそが! 謎生物の分際で、この俺の全力パンチが効いていないだと!? 冗談ではない!)



 相まみえる両者の拳と爪が衝撃波となり、周囲の風景を変えていく。だが、それとは相反するかのように両者の状況は何も変化がない。


 

 一進一退の攻防が繰り広げられる中、とうとうその均衡に終焉が訪れる。ここで、白狼狐が状況の打開のため、全身全霊の攻撃を繰り出す。



「もらった」


「ぐわあっ」



 振り下ろされた爪の一撃が秋雨にクリーンヒットする。だが、攻撃が当たる直前にバックステップで後退し、辛うじて致命傷を避けられた。



 その一瞬の隙を突き、白狼狐がさらに追撃を加えようと突進してくる。視界が霞む中、それを視認した秋雨は白狼狐の攻撃に対処しようと体を動かそうとする。だが、先ほどの攻撃によって対処が遅れ、満足な体勢が取れないでいた。



「これで終わりだ! 死ねぇーい!!」



「はあああああああああああ。だりゃあああああああああ」



 とある漫画の登場人物が言った。そして、その言葉は秋雨も引用して口にしたことがあるものだ。



“技を超えた究極の力。それがパワーだ。突き出す拳の風圧でさえ武器になる”である。



 白狼狐の攻撃が秋雨に届く瞬間、彼はでき得る限りの力を下半身に込めた。その力を自身の拳に伝達させるように構え、その拳を白狼狐目掛け突き出したのだ。



 拳による攻撃は超近距離攻撃であり、それこそ数十センチの距離に相手を引きつけた状態でなければ、攻撃自体当てることができない。だが、圧倒的なパワーを持つ秋雨の拳は、その突き出した拳に衝撃波と風圧を発生させ、その規模は数メートルの巨体を持つ白狼狐の体を吹き飛ばすほどの威力を持っていた。



 勝ちを目の前にした白狼狐は不幸にも、秋雨の真正面に対峙してしまっていた。あと一撃を加えれば確実に勝つことができるという確信があり、この千載一遇のチャンスを生かさなければ、再び勝敗の見えない戦いを強いられるかもしれないという恐れも感じていた。



 だが、その思考が白狼狐の判断を鈍らせた。じり貧となった相手によるすべてを賭けた全身全霊の攻撃が来る可能性を考慮していないかったのだ。否、秋雨の動き一つ一つがその可能性に思い至らせることをさせなかった。それだけ、白狼狐は追い詰められていたと言える。



 秋雨の拳から繰り出された衝撃波と風圧は、まるで竜巻のような渦を巻いた螺旋の様相を呈しており、その起死回生とも言える攻撃は、突進してきていた白狼狐にカウンターの形で直撃する。



「ぐはっ」



 たちまちに圧倒的な力に支配された白狼狐の体は、いとも簡単に宙へと投げ出され、木々や岩などの障害物をもろともせずに数百メートル先まで吹き飛ばされた。当然だが、そんな強力な攻撃を食らってただで済むはずがなく、白狼狐の体に大ダメージを与える結果となる。



「これが、手力ハンドパワーです」



 などと宣いつつも、一発逆転の賭けに勝ったことを秋雨は噛みしめる。そして、ぎりぎりの勝負を制したことで、自身の未熟さを改めて実感した。



 しかしながら、未だ勝負の決着はついておらず、警戒しながら吹き飛ばされた白狼狐のもとへと近づく。



 そこには、樹齢数千年はあろうかという巨大な大木の根元に横たわる白狼狐の姿があった。その体は傷だらけであり、致命傷ではないが戦闘は不可能に近い状態となっていた。



「まさか、この我が貴様のような人間如きに後れを取るとは」


「世界は弱肉強食だ。俺に害をなそうとしたからそれを振り払ったまで」


「ふっ、道理だな。貴様の勝ちだ。さっさと止めをさせ」


「聞きたいことがある。エルフを襲った理由が知りたい」



 勝敗の決したことで止めをさせと口にする白狼狐に対し、秋雨は気になっていたことを問い詰めた。それは、なぜ森神様と呼ばれている白狼狐がエルフを襲ったかということだ。



“様”という敬称が付けられているということは、白狼狐はもともとエルフや森を守る神として崇められていたはずだ。だというのに、自身を崇拝する相手を何の理由もなく襲うなど不自然が過ぎると秋雨は考えた。だから、本人に直接聞いてみることにしたのである。



 白狼狐は秋雨の問いに対し“そんなことを聞いてどうする”と吐き捨てるように言ったが、秋雨の“いいから答えろ”という言葉にその理由を話し始めた。



「あの愚かなエルフどもは、他種族との交流をせぬ。だから子孫を繁栄させるには同じエルフ同士になる」


「そうだな」


「だが、同じ種族同士による交配が続けば、濃くなり過ぎた血によってその種族はいずれ滅びる運命にある。だから、そんな末路を辿るのなら、いっそのこと殺してやった方が良いと考えたのだ」


「なるほどな」



 まさか、白狼狐が近親者同士の交配による血の弊害を知っていたとは思わず、秋雨は内心で驚愕する。どうやら、白狼狐がエルフを襲ったのは、エルフの愚かな行為によっていずれ絶えてしまうことを予見したためによるものだった。



「貴様の問いには答えた。さあ、殺せ」


「嫌だね」


「なに?」


「負けたやつに指図する権利などない。生かすか殺すかは、勝者である俺に決定権がある」



 白狼狐の言葉に秋雨はそう反論する。そして、エルフたちを治療したことを告げた。



「それから、エルフの病気はすでに俺が対処した。もうエルフが滅びることはない」


「そんな馬鹿な」


「信じる信じないはお前の勝手だ。今後お前がエルフを滅ぼそうとすることも止めん。だが、お前がエルフを滅ぼす理由が血の弊害によるものなら、もうすでに俺が対処した。あとは勝手にすることだ。時かけの癒し。かの者を救済せよ【緩慢なる癒し(リジェネート)】」


「な、ん……だと」



 用は済んだとばかりに、秋雨は徐々に体力を回復させる魔法をかける。驚愕する白狼狐をよそに、秋雨は“ふん”と鼻を一つ鳴らすと、去り際に言い放つ。



「もはやお前に用はない。これ以上俺の邪魔をするな。では、サラダバ」


「ま、待て! 逃げる気か!? この場を去るなら我を殺していけ!!」


「お前こそ、自らの生から逃げるな。死というものは、俺にとっては慈悲でしかない。俺はお前に慈悲を与える気はない」



 そんな言葉を残し、秋雨はその場から去って行った。あとに残された白狼狐は、自身の体が元に戻っていく感覚を味わいながら、自らが敗北したことを噛みしめるのであった。

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