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154話



「ん? なんかいるな」



 エルフ遭遇事件から数日後、何度目かの野営の最中、不穏な気配を感じ取った秋雨は、周囲の様子をそれとなく窺う。



 そこは夜の闇に包まれた静寂な世界が広がっており、一見すると何も問題がないように思える。しかし、秋雨の勘が言っているのだ。何か問題があると。



「これは、あのときのエルフか」



 気配の出所を探ってみると、その正体は先日襲ってきたあのエルフであった。



 一体なぜ彼女が秋雨を追ってきたのかわからないが、彼女の目的を明らかにするため、気づいていないふりをしてしばらく泳がせてみることにした。



(寝たふりでもしてみるか)



 そう言いながら、わざとらしく船をこぎ始める仕草を取り、そして体を傾けて眠ってしまった演出をする。それから、数分ほど経過すると“シュタッ”という地面に降り立つわずかな音が聞こえてきた。



 そして、そろりそろりと音を立てないようにして近づいてくると、秋雨のすぐ目の前で止まった。



(今、俺の目の前で止まったな。だが、解せぬ。俺を殺すだけなら弓で射ればいいだけだというのに、なぜここまで接近してきた? ……よし、なら試してみるか。絡み付け【草根の蔦拘束アイビーバインド】)


「う、うわぁ」



 秋雨が魔法を発動すると、すぐに彼女の悲鳴が響き渡る。そして、ゆっくりと目を開けると蔦に全身を絡めとられたエーリアスの姿があった。それはまるで何かのプレイを連想させるような姿であったが、それを口に出すほど無粋ではなかった彼は、彼女に別の質問を投げ掛けた。



「俺に何か用か?」


「くっ、殺せ――ぐふっ、ふぉふぉまふぇ、ふぁにふぉふる(お、お前、なにをする)!?」


「それは、お前が使っていい言葉ではない。断じて、ない」



 自分が捕まったことを認識するや、自らを殺せと言い放つ。だが、それは女騎士の称号を持つ女性が口にしていい台詞であり、決して看過できるものではなかった。



 秋雨は、エーリアスが例の台詞を言い切る前に彼女の頬を片手で摘まみ上げる。そうすることで、例の台詞を言い切るのを阻止したのだ。



 多少、口の形が蛸のように突き出したようになってしまったが、これもあの台詞を言わせないための措置である。致し方なし。



「でだ。女騎士にとって専売特許といってもいいその台詞を口にしたということは、目的は俺を殺すことか?」


「……」


「ど、う、な、ん、だ!?」


「おひゅ、おひゅ、おひゅ、ふぉまふぇ、ふぁふぁひぃのふぁふぉふぇふぁふぉふふぁ(お前、私の顔で遊ぶな)!!」



 彼女が追いかけてきた理由を問い詰める秋雨であったが、そう簡単に目的を口にするわけもなく、彼女は黙秘を貫く。それを見た秋雨は、エーリアスの頬を掴んでいた手を閉じたり開いたりする動作を取った。



 それにより、まるで拷問にも似た羞恥心を覚えたエーリアスが秋雨の行ったことに抗議する。だが、それも長くは続かなかった。



「うっ」


「ん?」


「ごはっ」


「うわぁ!? な、なんだ!?」



 突如として苦しみだしたエーリアスが、口から大量の血を吐き出す。咄嗟に彼女から離れ、血を回避することには成功したが、いきなりの大量吐血に秋雨は驚きを禁じ得ない。



「俺の、せいじゃない、よな? 俺が本気でやったら頭が破裂するだろうし」



 彼女の頬を掴んでいた手をパクパクと開いたり閉じたりしながら、彼女の吐血が自分のせいではないことを確認する。自分が本気を出したときの恐ろしい結果を口にしつつ、ひとまずどうなっているのか【鑑定先生】を使って改めて調べてみた。



「なんだこれ? 【遺伝性虚弱体質疾患】? これって、もしかしてあれか?」



 それは他種族に対して、忌避感を持つというエルフ特有のものの捉え方が招いた悲劇とも言うべき負の遺産であった。



 異世界ファンタジーを題材にした小説に登場するエルフは、自分たち以外の種族を見下している傾向が強く、他種族が足を踏み入れない森の奥深くに生活圏を築いていることが多い。



 その副産物として、同じ種族であるはずのエルフ同士の交流の機会も減ってしまい、種の繁栄がより困難な状態になることが予測される。



 そうなった場合、取れる手段は限られており、同じ一族同士による婚姻が行われることは想像に難くなく、その結果もまた容易に予想できる。



 血の近い者同士が生んだ子供は、奇形児が生まれる確率が高くなり、そうでなくとも遺伝的に免疫力が低下した状態で生まれてくることがあるのだ。



 中世ヨーロッパにおいても、近親婚を繰り返した結果、遺伝性疾患によって血が絶えた貴族家が存在し、日本においても古くから近親婚は忌避されるものとして現代まで受け継がれてきている。



 他種族と交流せず、同じ種族との交流の機会も少ないエルフにとっては、血の濃い近親者との婚姻でしか種の存続を維持できなかったのである。



「ふーむ」


「ぐっ……な、なんだ?」


「ふんっ」


「ぐ、ぐはっ」



 秋雨は、徐にエーリアスに近づく。それを苦悶の表情を浮かべながら彼女が怪訝に感じていると、突如彼が彼女の腹に手刀を突き入れた。その事実を認識するまでに数瞬を要したエーリアスだったが、認識してからはその苦痛に呻き声を上げる。



「遺伝が原因ということは、欠損または損傷しているDNAか染色体があるということだ。であれば、それを補うか修復してやればいい。補完せよ。【受け継がれし、血の修復ジェネティックリペア】」



 そう呟くと、秋雨は魔法を使ってエーリアスの体内にある遺伝情報……所謂DNAや染色体といった部分を正常な状態に修復する。なぜ彼が、そんなことをしたのかといえば、言わば自身のためである。



 女神サファロデによって丈夫な体を手に入れた秋雨ではあるが、完全無欠の肉体ではなく、あくまでも丈夫という曖昧なものでしかない。当然だが、強力な攻撃を受ければ怪我もするし、病気にだってなる。



 そして、この世には多種多様な怪我と病気があり、中には異世界由来の特殊なものも存在している。慎重派な彼がぶっつけ本番で治療するなどというリスクの高いことをするはずがない。そのためにも、特殊な病気や怪我を持っている人間は可能な限り積極的に治療するつもりでいた。



 バルバド王国の眠り姫ことメイラもまたこの理由があったからこそ治療を行っており、その道すがらに出会った王妃の避妊治療もまた、いずれ自分にパートナーができたときや同じ症状に悩んでいる知り合いがいた場合の対処法を確立するために治療を施したのだ。ようは治療できるかどうか試す体のいい実験体である。



 今回もまた遺伝性の疾患という特殊なケースの病気を抱えている人間が目の前に現れたため、今後同じ症状の人間が現れたとき対処できるように治療できるか実験してみようと秋雨は考えたのだ。



「まあ、こんなところだろう。どうだ気分は?」


「あ、あれ? 痛くない。なぜだ? なぜ私は、まだ生きているんだ? 私に何をした!?」


「さあな。とくかく、ご協力に感謝する。サラダバ」


「ま、待てっ!」



 そうエーリアスに告げると、手をひらひらと振りながら秋雨はその場を後にした。その場に残されたのは、蔦に体の自由を奪われたなんとも情けない滑稽な姿をしたエーリアスだけであった。



「あいつめ。せめてこの拘束を解いてから去って行ってくれぇーい!!」



 それから、数時間もの間なんとも情けない醜態を晒し続けたエーリアスであったが、どうやら蔦による拘束は一定時間が経てば解放される仕様となっていたらしく、なんの前触れもなく蔦から解放された。



「一体どうしたというのだ。体が軽い。常に感じていた胸の重さがなくなっている。……まさか、我が一族にかけられた呪いを解いたというのか!?」



 医療が発展していない世界では、遺伝性疾患というもの自体が解明されておらず、実際にそれを目の当たりにした人間からすれば、それは呪いという非科学的なものに映ってしまう。



 しかしながら、秋雨が自分のことを助けてくれたということはエーリアスでも理解することができた。だが、その意図まではわからなかった。



「自分を殺そうとしてきたやつの呪いを解いて、あいつになんの利があるというのだ?」



 実際は、遺伝性疾患でも魔法で治療することができるという結果を受け取っているため、秋雨にとってはその結果が報酬となる。だが、それが理解できない彼女にとっては、彼の行動は謎に包まれていた。



「ともかく、里に戻らねば。やつを追いかけたいが、今はこの呪いを解く人間が現れたことを長老に伝えねば」



 そう口にすると、エーリアスはすぐさまその場から移動を開始した。それ以降、エルフの里に秋雨の情報が伝わり、彼はエルフから付け狙われることになるのだが、そのことを彼が身をもって体験するのはもう少し先の話である。

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