152話
「こ、こいつは!?」
次の国を目指して旅していた秋雨だったが、珍しく驚愕し狼狽する彼がいた。一体彼の身に何が起きたのかといえば、あるものに出会ってしまったのだ。
【フォレストクラブ】
ステータス:
レベル25(ランクC)
体力 523
魔力 237
筋力 120
持久力 600
素早さ 66
賢さ 88
精神力 131
運 100
スキル:甲殻ボディLv4、逃走術Lv1、体当たりLv3、カニばさみLv5、水魔法Lv1
その見た目は、まるで森に擬態することを目的としたかのような緑のボディに、二本の強力なハサミを持った蟹型のモンスター【フォレストクラブ】であった。
フォレストクラブは、出現頻度自体はそれほど珍しいものではなく、比較的頻繁に目撃例がある。だが、冒険者の間ではあまり積極的な狩りが行われるモンスターではなく、どちらかといえば避ける傾向のある相手だ。
理由としては二つあって、一つが討伐難易度である。
【甲殻ボディ】という固い甲羅に守られたフォレストクラブは、とにかく防御力が恐ろしく高く、並の攻撃ではビクともしないのだ。そのため、同じ労働力を使うのならDランク上位のモンスターを狩った方が効率もいいとされている。
そして、二つ目の理由がフォレストクラブ自体の習性にある。フォレストクラブは、群を形成するモンスターであり、一般的には十から三十程度の群れを成す。そのため、確実に仕留めようと思ったら、Cランクのパーティーが三組から四組必要となるのだ。
フォレストクラブ単体のランクはCだが、群れを成すという特性上その危険度はBランクにまで跳ね上がり、余程のことがない限り狩ることはしないモンスターである。
以上の理由からフォレストクラブはあまり積極的に狩られるモンスターではないのだが、このモンスターに関してあまり知られていない情報がある。それは……肉が非常に美味で、それこそ高級食材になり得るほどである。
なにせ蟹である。そう、あの蟹なのだ。
日本人にとって蟹とは、たまの贅沢をするときに食べる嗜好品であり、ご馳走である。そんなものを目の前にした秋雨が我慢することなどあり得ないわけで……。
「ソイヤッ」
「ギィ……」
「とりゃ」
「グギィー」
「蟹の身を寄こせぇー!!」
蹂躙……その言葉に相応しいほどに秋雨はフォレストクラブを乱獲しまくった。圧倒的膂力をものに言わせ、堅い甲殻をもろともせず拳を、そして指を突き入れる。まるでそれは――。
「南斗水〇拳!」
「ギャシャ」
「南〇白鷺拳! 南斗紅〇拳! 南斗狐〇拳! 南斗鳳〇拳奥義! 極星〇字拳!!」
「ギギャァー」
「ホゥー、あぁたたたたたたたたたたたたたたた。ほわちゃぁー。お前はもう、食材になっている」
「ギャ、ギャベシィー」
それは、某漫画に登場する拳法使いのようで、さしものフォレストクラブでも歯が立たない様子だ。
向かってくるフォレストクラブを千切っては投げ千切っては投げという物理的攻撃を繰り返す。本来であれば、人間が突き立てる拳程度でどうこうなるフォレストクラブの甲殻ではない。だが、並の人間でない秋雨の手にかかれば、その限りではなかった。
フォレストクラブの死骸をアイテムボックスに収納しながら戦う秋雨。それを幾度か繰り返すと、とうとう周辺にいたフォレストクラブがいなくなってしまった。全滅である。
「もういないのかぁー!? 蟹ぃー! もっと出て来いやー!!」
そう叫び声を上げる秋雨の姿は、傍から見れば変質者以外の何物でもないが、日本人にとってご馳走である蟹を前にして平静さを欠いてしまっていたのだ。
「むー、仕方ない。今日はこのくらいで勘弁しておいてやる!!」
一体何を勘弁するのかは知らないが、とりあえずある程度フォレストクラブを回収できたようで、一旦の落ち着きを取り戻す秋雨。そして、善は急げとばかりに、その場に結界を展開する。
「これは、即座に試食するべきでしょ。くぅー、こうなると醬油やマヨネーズを見つけていなかったことが悔やまれる」
秋雨がこの世界に降臨してまだ一年と経過していない。その弊害か、未だ日本人にとって手に入れておくべき米や醬油・味噌・マヨネーズといった重要な食材&調味料が手元にない。
彼としても、できるだけ積極的に市場に出向き、食材探検を行っていきたかったのだが、まさかダルタニアン魔法学園に生徒としてではなく職員として所属することになるとは思わず、日々の忙しさにかまけて市場に顔を出す機会がなかったのである。
とにかく、まずは手に入れたフォレストクラブが自分の知っている蟹なのかを検証するべく、土魔法作った即席のかまどに茹でるための鍋をセットし、その中に水を入れ沸騰させ始めた。
そして、鍋の水が沸騰したところで、フォレストクラブのハサミ部分を取り出し、そのまま沸騰した鍋にぶち込む。深緑色をしたフォレストクラブのハサミが茹でられたことで赤みを増していき、そして秋雨も知っている茹で上がった赤い甲羅の蟹となる。
「では、さっそくいただこう。この世のすべての食べ物に感謝を込めて。いただきます。はむっ……んぅ!?」
見た目はただボイルしただけの蟹だが、ひとまずは味の確認とばかりに、関節部分をパキリと割って中の身に齧り付く。するとどうだろう。ただ茹でただけの蟹であるにもかかわらず、しっかりとした蟹の風味と旨味が凝縮したものが秋雨の口の中に飛び込んできた。
「……素晴らしい。これは、いいものだ」
それから、夢中になって蟹のハサミを貪る秋雨であったが、それだけでは足りずさらにおかわりをするべくアイテムボックスから残った部位のフォレストクラブを取り出し、軒並みボイルしていく。
体長が百四十センチから二メートル弱ほどあるフォレストクラブは、もとの地球にいた食用の蟹の実に倍以上の大きさがあり、それだけ一匹当たりの食べられる身の量が多い。
地球の蟹との違いは、モンスターであるか否かということと、命がけで手に入れなければならないという点を除けば、味はほとんどただの蟹のままである。
「ふう、なかなか美味かったな。こりゃあ、乱獲確定だな。ん? なんだありゃ?」
そう腹をさすりながら満足気な秋雨であったが、ここであることに気づいた。否、気づくのが遅れてしまったというのが正しい表現だろう。
何かといえば、彼が張った結界に顔を張り付けるようにしてある人物がこちらを見ていたのである。
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