140話
「ここだな」
人々が寝静まる深夜の時間帯。その中で、蠢く人影があった。言わずもがな、秋雨である。
一体全体、彼が何をしようとしているのかといえば、昼間に出会ったいじめられっ子獣人のウルフェリアを鍛えるためである。
だが、王道の異世界ファンタジーもののように表立って彼女を鍛えるのではなく、本人の知らないところでいつの間にか鍛えられていたという暗躍系のルートで行くつもりなのだ。
そのために、まず彼女が寝静まるのを待ってから、魔法学園の敷地内にある寮へと忍び込み、現在彼女がいる部屋の扉の前にいた。
(お邪魔しまーす……)
心の中でそう呟きつつ、いとも簡単にウルフェリアの部屋へと侵入する。そして、部屋を物色することなくすぐに寝室へと行くと、そこには彼女がいた。
(うわっ、こいつマジか)
そこには確かに、昼間に出会ったウルフェリアの姿があった。もちろん、この深夜に彼女が起きているなどということはなく、当然ベッドで眠りに就いていたのだが、秋雨が驚いたのはその光景だ。
なんと、あろうことかウルフェリアは、下着はおろか何も着用しておらず、所謂すっぽんぽんな状態でいたのだ。獣人らしい鍛え抜かれた肢体をベッドに預けて眠っている姿は、一見すると石膏の芸術作品にも思えてくるが、彼女の形のいい胸が上下することで、そこにいるのが生身の女性であるということを改めて認識させられる。
(まあ、獣人だし裸族っていうのもありといえばありだが、なんとなく台無し感が否めん)
チラリズムというものがあるように、こういった女性の身体の部位というものは何も隠されていない状態よりも、衣類などで見えるか見えないかというぎりぎりの状態の方が返って妖艶さが増すことがある。わかりやすい例としていえば、ヌードモデルとグラビアアイドルの違いだ。
ヌードモデルはそのすべてを曝け出して何も隠していない状態であるため、こちらの方が性的な要素が強いのだが、何故だかグラビアの方が、需要があったりする。
完全に見えているものより、一部見えない部分があることで、読者に想像力を掻き立てさせるという要素がある。そのために、丸出し状態のヌードよりも一部が隠れているグラビアの方がより人気があるのだ。
(おっと、いかんいかん。いきなりのことで少々戸惑ったが、ここに来た目的を忘れてはいかんな)
先ほどからウルフェリアに対してあれやこれやと宣っているが、現状秋雨のやっていることは不法侵入以外の何物でもない。こんな姿を誰かに見られでもしたら、それこそ犯罪者になってしまうだろう。
しかし、そう、しかしである。犯罪というのは、公共の場においてその違法性が明るみになった時点で犯罪となる。つまり何が言いたいかといえば、犯罪というものはバレなければ犯罪足り得ないのだ。
例に挙げるなら、人を殺めてしまった人間がいたとして、そのことを誰にも知られなければ、殺人罪として処罰されることはない。もちろん、これは極端な一例ではあるものの、秋雨がウルフェリアの部屋に侵入した事実が明るみにならなければ、それを理由に彼を罰することなどできはしないのである。
当たり前のことだが、犯罪というものは犯してはいけない。だが、時と場所と場合によっては、人が定めた法に背かなければならない時が人生の中で一度くらいはあるということは言及しておきたい。
(さて、始めようか)
ウルフェリアの裸体に一瞬戸惑いはしたが、ここに来た目的を思い出した秋雨は、さっそくその目的を実行する。なにかといえば、マッサージである。
マッサージといっても、ただ相手の体を解すためのものではない。その目的は、魔力回路の循環効率の向上と魔穴の開放である。
人が魔法を使う際に支払っている対価……それは言わずもがな魔力であり、魔力があるからこそ人は魔法を使うことができる。
そして、体内にある魔力が巡っている血管のようなものが魔力回路と呼ばれるものであり、その魔力が出てくる穴を魔穴という。
今回、秋雨はウルフェリアの体をマッサージすると同時に、魔力回路の通りを良くする。そうすることで、魔力の循環効率を向上させ、それに加え魔穴を少しずつ広げることで放出できる魔力量を増やすことが可能となるのだ。
もちろんだが、これは多少強引な手段であり、こういった手法は本人の意思でやるのが一番だが、今回その本人に気づかれないようにという縛りがつくため、こうして彼女が眠っている夜中にこっそりやろうということになったのだ。
「【眠りへの誘い(スリーピング)】」
秋雨はマッサージの途中でウルフェリアが起きてこないようより深い眠りに就かせるべく、眠っている彼女に睡眠の魔法をかける。これで朝までは何があっても彼女が起きてくることはない。
それから、体の末端から解すように少しずつかなり微量な魔力を流していくことで、魔力回路の妨げになっているものを排除し、魔力の循環を良くするマッサージを施す。
手足のつま先から腕と脚とゆっくりと体の中心に向かってマッサージを行い、再び体の末端に向かってマッサージしていく。
(絵面的には夜這いしているみたいだが、これもすべてこいつのためだ。これは必要なことなのだ。そう、必要なことなのだ)
誰に向かって言い訳をしているのか、まるで自分の行いを正当化させるように秋雨は内心で理屈を並べ奉る。あまり初日から強くしてしまうと体にかかる負担が相当なものになってしまうので、マッサージ自体は数分で終わらせる。
次は魔穴の開放を行っていくのだが、これは魔力回路以上に慎重な施術が必要だ。
いきなり魔穴を必要以上に開放し過ぎると、そこから魔力が駄々漏れな状態となってしまい、瞬く間に魔力切れを起こして気絶してしまう。
だからこそ、魔穴の開放はより慎重に行わなければならない。
(とりあえず、主要な魔穴はおいおいということで、まずは末端部分からいくか)
魔穴は毛穴と同じく全身に存在し、その数も膨大だ。だが、大体主要になっている魔穴は決まっており、大まかに言うと、手足・両腕両脚・丹田・胸・首・頭部の六ケ所である。
最初ということで、まずは手足の魔穴の開放を行っていく。いきなり開放しないよう針くらいの穴を開ける感覚で魔穴を開放し、見事成功した。
(よし、これで多少は魔力を扱いやすくなるだろう。これをしばらく続けていけば、試験がある三週間後にはそれなりになってるはずだ)
あとは、魔力回路と魔穴を馴染ませるための魔力制御の修練をさせるだけだが、こればかりは本人の意思でやってもらう必要がある。
そこは強制できないため、あとは彼女のやる気に賭け、差出人不明の置き手紙を残すということにした。
(さて、今俺は彼女に馬乗りになっている。目の前には、下着すらつけていない全裸の美少女。上下に躍動する二つの青い果実……)
長い間そういったことを行っていなかった秋雨にとって、鼻先の人参ならぬ眼前のおっぱいという状況だ。今までの彼の言動からどういう結末になったのかは、言うまでもないだろう。
(ミランダのやつはもにゅもにゅだったが、こいつのは多少筋肉質なのか柔らかいゴムみたいだな。オノマトペ的にはもきゅもきゅといったところか)
何がとは言わないが、それが秋雨の感想だったようだ。それから、ウルフェリアのヘルス状態を把握するという名目で行われた触診――特に胸を重点的に――がしばらく続き、久々のオパイニウムを摂取した彼は、その後彼女の部屋をあとにしようとする。
「おっと、忘れるところだった。【清浄なる消臭】」
一応念には念を入れ、証拠隠滅のため秋雨はウルフェリア自身と彼女の部屋に消臭の魔法をかける。その真意は、言うまでもなく――。
「相手は獣人だからな。匂いから俺に辿り着く可能性を考慮して、消臭しておく。まあ、個人的にはこれほどの女に自分の匂いを残すという優越感に浸りたい気分だが……」
……彼は一体何を言っているのだろうか? それこそ、歪んだ性癖の何物でもなかったが、残念ながらそれを指摘できる人間がこの場にはいない。
「いやいや、それではただの変態だ。ただでさえ夜這いまがいな行動をしているというのに、これ以上罪を重ねてどうする」
もはや手遅れな気もしなくはないが、そこは彼女に魔法の手ほどきをするという名目でなんとか目を瞑ってもらうという希望的観測を秋雨は思い浮かべる。
これ以上部屋にいるといろいろ間違いを犯してしまうかもしれないと思った秋雨は、残り少ない理性をフル活動させ、今度こそ部屋をあとにした。
その翌日、秋雨のもとを訪れた職員が見たのは、つやつやとした肌になった彼の姿であったのだが、その原因がウルフェリアのマッサージにあることを知る者は誰一人としていなかったのであった。
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