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悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~  作者: こばやん2号
第十三章 G・T・H(A)[グレート・ティーチャー・ヒビーノ(秋雨)]
139/180

139話



「ふう、食った食った。おし、作業の続きを……ん? ありゃあ、なんだ?」



 いじめ現場遭遇事件から数日後、食堂で昼食を食べ終わった秋雨は、ポッコリと膨らんだお腹をさすりながら作業部屋へと戻ってきた。



 彼が使っている作業部屋のある建物は、全長十五メートルで、五階建てのビルの高さに相当する。



 ふと秋雨が視線を上に向けると、その建物の屋上に人影があるのがわかった。そして、次の瞬間その人影が屋上から飛び降りる光景を目撃する。



(ダニィー!? こんな昼下がりから飛び降り自殺だとぅー!?)



 一瞬パニックになったが、次の瞬間には体が自然と動いていた。



 秋雨が指をぱちりと鳴らすと、重力に反するかのように飛び降りた人間の落下速度が緩やかになり、最終的にゆっくりと地面に着地した。



「あ、やっちまった」



 咄嗟に助けてしまったが、これは失態である。厄介事を避けて生きていくと決めているにもかかわらず、なぜこうも次々に問題が起こるのかと秋雨は自身の運命を呪った。



 それでも、助けてしまったからにはこのまま放置しておけばまた同じように屋上から飛び降りかねないため、仕方なく人影に近づく。



「こいつは、あのときの獣人?」



 人影の正体……それは、先日二人の生徒からいじめを受けていたあの獣人であった。



 年の頃は十代半ばの黒色のショートヘアーに黄色い目をした女の子だが、鋭い目と年齢とは裏腹な発育のよさに一見すると十代後半から二十代前半にも見える。



 精力的に屋外での活動を行ってきたのか、日焼けした褐色の肌が何ともセクシーであり、爆乳とはいかないまでも鍛え上げられた体にしっかりとついている大きな胸は何とも言えない妖艶さを醸し出している。



 地球にいるとすれば、ワイルド系グラビアアイドルをやっていてもおかしくないほどに顔立ちも整っており、とてもいじめを受けているような人物には見えなかった。



「おい、起きろ」


「ん、わ、私は一体……お、おまえは」


「とりあえず、ここじゃあなんだから俺の部屋に移動しよう」



 そう言いながら、秋雨は彼女を自身の部屋へと招き入れることにする。本当ならば、レポートの続きを書く予定であったが、今日はその予定を諦めねばなるまい。



 部屋に移動すると、そこらへんに置いてある椅子に座らせる。しばらく、沈黙があったがそれを破ったのは意外にも彼女からだった。



「一体何があった? 私はなぜ生きている」


「……さあな、神の思し召しとかじゃないのか? “神は言っている、ここで死ぬ運命さだめではないと”ってやつだ」


「……」



 どうやら、秋雨が助けたとは思われていなかったようで、彼はそれを巧みに利用することにした。つまりは、全力のすっとぼけである。



 彼女が秋雨に助けられたことを自覚していないことをいいことに、日本の有名なゲームに登場する台詞を引用してあることないことを吹き込もうとする。



 その一方で、彼は内心でどうしたものかと思案していた。彼女が飛び降りた理由は間違いなく学園内でのいじめであることは明白であり、このまま返せばまた飛び降り自殺を図るのは火を見るよりも明らかであったからだ。



 かといって、表立って彼女を救うなどということを行うこともするつもりはないため、できることならば自殺を思いとどまって今まで通りの学園生活を送ってほしいという都合のいいことを考えていたのである。



「まあ、一応聞くが、なぜ死のうと考えた?」


「……聞きそびれてしまったのだが、そもそもおまえは誰だ?」


「臨時で雇われた非常勤の事務員だ。名前はヒビーノという。飛び降りの原因はやはりいじめか?」



 念のために飛び降りの原因を探ろうとした秋雨であったが、その前に彼女が彼を何者であるのかと尋ねてきたため、襟元につけているバッジを強調しながら疑問に答える。



 そして、続けて自殺の原因を問いただそうとしたのだが、彼の言葉が信用できなかったため、彼女が怪訝な表情を浮かべる。



「おまえが職員だと? 何の冗談だ?」


「疑うのなら学園長に聞いてみろ。俺がここで働いているのは間違いない。……ふむ、そういえば名前を聞いていなかったな。そこから教えてくれ」


「……ウルフェリア・ファングロート。今年入ってきた新入生だ」



 秋雨の言葉にさらに怪しい人間を見るかのような視線と沈黙が流れたが、素直に答えることにしたようだ。



「そうか。それでだ。正直なところ、俺としても学園側としてもおまえの行為を容認するわけにはいかないのはわかるな?」


「なにを――」


「考えてもみろ。あんなところから飛び降りれば、体内の臓器をぶちまけて血だまりを作ることになる。それを見せられることはもちろん、そんなおぞましいものを処理する人間の身にもなってみろ。そして、俺はさっきこの学園の事務員だと名乗った。つまりは、おまえが死んだあとの処理を行うのは俺ということになる」


「……」



 そこまで言われて、ウルフェリアは理解したようだ。自分が飛び降り自殺を成し遂げたあとに迷惑を掛ける相手が今目の前にいるということを。さらに秋雨は、続きを話す。



「その後の展開は、自殺者が出たということで学園の運営体制に問題がなかったかの監査が行われるだろう。だが、おまえをいじめた連中は身分が高いらしいからな。あの手この手で自殺の原因が自分たちではないことを主張する。そして、監査をする人間に賄賂を渡して責任逃れをすることになるだろう。残念なことに十中八九彼らの主張は通ることになる。つまりは、おまえひとりが無駄に死ぬだけの結果になるわけだ」


「……」


「それに、種族が問題だ。いじめていたのは人族で、いじめられていたのが獣人という事実。獣人に対して差別意識のある人間からすれば、何が問題かと声を上げて彼らを擁護する人間が出てくるだろう。最終的には、不幸な事故として処理をされ、いじめの当事者である二人は、何の処罰もなしっていうのが最終的な顛末だろうな」


「……」


「そして、その後学園の風紀を乱したとして、お前の家族や親類縁者が何かしらの罰を受けることになるだろうな」


「そ、そんな!」


「どうだ? そういう結末が待っているが。まだ自殺をする気なのか?」



 とりあえず、ウルフェリアの自殺を止めさせるため、秋雨は彼女が自殺した後のことをつらつらと聞かせてやる。大体は秋雨が推測で言っているところが大きいものの、今回の一件に貴族が絡んでいる以上、ほぼほぼ結末としては間違なくそうなるだろう。



 特に彼女が過剰に反応したのは、自分が自殺したことで家族や親類縁者にまで咎がいくというところだった。自分のしたことの罪が、自分以外の身内にまで及ぶということに思い至らなかった様子だ。



「でだ。そろそろ、なんで自殺なんてしようと思ったのか教えてほしいのだが、その様子だと話したくはなさそうだな。だから勝手に推測で話してやろう。まあ、おそらくは意気揚々と家族や親戚たちに送り出されたのはいいものの、入学早々に目を付けられて、いろいろと大変な目に遭った。無理をして送り出してくれた身内の手前逃げだすこともできず、かといって現状を受け入れて耐え忍ぶこともできない。家族からの期待と受け入れがたい現状という板挟みの結果飛び降りに至る。こんなところか?」


「なっ!?」



 秋雨の推測に目を見開いてウルフェリアは驚愕する。それだけで、彼の推測が当たらずとも遠からずだということを物語っていた。



「どうして?」


「お前がいじめられているところを発見した時に、いじめていたやつが口にしていた言葉“お前ごときが”だとか“獣人である貴様には”だとかが聞こえてきたからな。それがいじめの理由であることはすぐに理解できる。獣人という種族は本来魔力量が少ない。それを加味すれば、自尊心が強く人族至上主義の思考を持った人間からすれば、獣人であるお前が魔法学園に入学したこと自体が受け入れがたいことなんだ。そこから推測していけば、自然と辿り着ける答えだ」



 種族によってそれぞれが特性を持っており、獣人の場合は魔力が極端に少ない。だが、その身体能力は凄まじいものがあり、その点についてはどの種族にも引けを取っていない。



 だが、彼女が獣人ということを考えれば、本来獣人にはないはずの魔力量の多さに気づいた彼女の家族が、「魔法学園を受けてみないか?」という後押しがあった。そして、彼女の家族たちは無理をして王都までの旅費や入学費用を工面してくれた。そこまでしてくれて送り出してくれた家族と親戚たちに、いじめられたから逃げてきたなどという理由で故郷に逃げ帰ることはできない。



 かといって、現状を受け入れて学園生活を送れるほど余裕があるわけではない。そういった葛藤があった結果、最終的にそういったすべてのことから逃れるために飛び降りを選択したのだと秋雨は結論付けた。



 なぜそこまでわかるのかとウルフェリアは呟くように疑問を口にし、それを彼が丁寧に説明してやる。そして、最終的な選択肢を彼は突き付けた。



「お前に取れる選択肢は二つしかない。一つ、このまま学園をやめて送り出してくれた家族や親戚に頭を下げて謝る。もう一つは、このままいじめにも負けず耐え忍んで学園を卒業するだな」


「……」



 秋雨の突き付けたあまりにも酷な選択肢に、ウルフェリアは絶句する。その様子を見て彼は彼女に問い掛けた。



「新学期ということは、試験があったはずだな? 成績はどうだったんだ? 落第したのか?」


「いいや、赤点は取っていない」


「なるほどな。それもあいつらの自尊心を逆撫でする理由となったんだろう」



 さらに、秋雨は内心で彼女の成績がいじめていた生徒よりも良かったのではないかと当たりをつける。その結果から、彼は内心であることを実行しようと決めた。



「まあ、二つの選択肢のうちどちらを選ぶにしろだ。次の試験まであと三週間ほどある。その結果を見てからでもいいんじゃないか?」


「……」


「さて、俺が聞きたかった話は聞けたし、もう行っていいぞ。ああ、もう大丈夫だとは思うが一応言っておく。飛び降りはするなよ?」



 用は済んだとばかりに、秋雨は彼女に退出を促す。彼女も問題が解決しないことを嘆いているのか、曇った表情のままであった。



 ウルフェリアが退出したあと、秋雨はぽつりと呟いた。



「さて、この国に来て初めての暗躍といきますか……ふふふふふふふ」



 そうつぶやくと、秋雨はまるで悪人が浮かべるような悪い顔を張り付けたまま、低くほくそ笑むような笑い声を上げるのであった。

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[気になる点] >彼の推測が当たらずとも遠からずだということを物語っていた。 当たらずといえども遠からず、ですね
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