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6負けたら大人しく

 舟織運動公園は、滑り台やブランコなどの子供向けの遊具が並ぶ広場は勿論のこと、野球場、サッカーグラウンド、テニスコート、体育館に屋内プール、パターゴルフ場まで整備されている総合運動公園である。

 昼は勿論、夜まで使える設備が揃っているわけだが、利用客がいない日は頼りない街灯だけが照らす陰気くさい場所になる。公園の場所は道のどん詰まりのところにあるため、近くを通る車もなくなる。施設利用には前日までに予約が必要で、予約状況は舟織市ホームページで確認できる。要するに、普段は人で溢れて疾しいことをするには不向きな場所が、確実に人気がなくなり疾しいことがし放題になる日が解るというわけだ。

 桐子はきっちりリサーチした上でこの場所を指示したのだろうと想像しながら、万里は指定された時間に駐車場までやってきた。疎らに立つ電灯がほんのりと浮かび上がらせる駐車場には、当然だが一台も車が停まっていない。しんと静まり返った空間は、坂を下った先の、周りよりも低い位置に作られているので、うっかりどこかから視線が通ることもない。公共の場所で怪しい奴が堂々としているはずがない、という思い込みの盲点を突いているわけだ。

 もっとも、大雑把な桐子のことだから深いことは考えずに「ぱっぱと終わらせるんだから場所なんて近けりゃどこでもいいでしょ」くらいの感覚で指定した可能性もあるけれど。内心で失礼なことを考えながら、万里は桐子が来るのを待つ。

 暦上は春とは言っても、夜はまだまだ冷える時期だ。時折思い出したように吹き付ける風は冷たく鋭い。極端な寒がりというわけではないものの、上着を持ってきて正解だったと思う。万里は革のジャンパーの前を掻き合わせた。

 徐に腕時計で時刻を確認し、丁度十時になった瞬間、コンクリートの地面をコツンと打つ足音が響いた。思考回路は大雑把な割に行動は几帳面で、桐子は寸分違わず時間ぴったりに現れた。セーラー服を着ていた時は「ごく普通の高校生」と言い張っても問題のない雰囲気だった彼女は、今は黒いジャケットとプリーツスカート、それに自称「買ったばかりの二万円のブーツ」という装い。腰に巻いたベルトには勉学に全く関係のない武器が収められており、クロスするように掛けられたウエストポーチにもどうせロクでもない物が入っているに違いなく、「騎士団の異能者」に相応しいなりである。

 桐子はいつになく剣呑な顔をしている。万里はいつもと同じように飄々と笑いながら口火を切る。

「こんなところに呼び出して、もしかしてデートのお誘いかな」

「そうね。行先は地獄でいいかしら。勿論私はあなたを送り出した後一人で帰ってきますけれど」

「鬼か」

 発想がいつになく鬼畜なあたり、成程、今日はいつになく本気なのだと感じさせられる。

「あんまり冗談ばかり言ってられる気分じゃなさそうだから、前置きは手短に行こう。お互い、目的は同じだ」

「そうね。安寧の高校生活のためには、お互いが邪魔でしかない。どちらかが排除されなければ、地獄の受験を生き抜いてようやく手に入れるはずだった薔薇色の青春は手に入らない」

「一対一の一本勝負だ。条件はダウン十秒かギブアップ」

「負けたら大人しく自主退学」

 ルール確認は済んだ。異論はない。桐子がベルトから伸縮式の警棒を引き抜いて構える。一見するとちゃちそうに見える武器だが、実のところかなり頑丈で、打たれるとかなり痛くて泣きそうになる。その強度は哀しいことに何度か身をもって経験済みの万里である。

 桐子が接近戦を得意とするのは承知している。ゆえに万里は彼女のリーチの外から狙うべく、《武器庫(シェルター)》から取り出したるはアサルトライフルだ。「音速姫」の異名を持つ彼女が《神速撃(ソニックドライブ)》の力を本気で使いこなしたら、こんな玩具の銃弾が当たるとも思えないが、牽制くらいにはなるだろう。とりあえず、クロスレンジで殴り合い蹴り合いにだけは持ち込まれたくない、勝ち目がなさそうだから。

「始めるわよ」

 桐子がポケットから取り出したコインを左手で弾く。くるくると綺麗に回りながら打ち上げられたコインは淡い月光を微かに反射させてきらきら光りながら、ゆっくりと地面に吸い込まれていく。

 開幕のゴングは、ちりん、という涼やかな音。

 瞬間、視界から桐子の姿が掻き消え、一陣の風が駆ける。

 気づいた時には背後を取られている、初見にとってはほぼ瞬間移動みたいな、怪物じみた俊足である。桐子を目で追いそびれると未だに肝を冷やす万里であるが、その動揺を悟られないように、さも「もう見切ってるから、慣れちゃってるから、全然怖くないし」みたいな顔で振り返る。桐子の得物が振り上げられ、顎を狙ってきている。こちらが反応して振り返った瞬間に急所にきっちり直撃するコースで襲いかかってくるのが、桐子の厭らしいところだ。

 だが、彼女のその狙いの正確過ぎるところが仇となる。万里にとっては狙われる場所が解っているのだから、それがいかに超速であろうと防御するのは容易い。いや、正直言うほど簡単ではないのだが、容易いというていで対応する。

 構えた銃身でガードすると、桐子の得物を払い除ける勢いで照準し、トリガーを引く。ほぼゼロ距離での連射。普通なら当たる。しかし、桐子は焦ることもなく後方へ跳躍、退避する。万里は構わず、逃げた先を狙って撃ちまくる。

 桐子は回り込むように走りながら弾幕を避け続ける。彼女は常に音速で動いているわけではなく、冷静に考えれば銃弾の速度の方が速いはずなのだが、なぜか当たらない。おそらく彼女の場合は、銃弾より速く走っているのではなく、万里の照準動作を見極めて先回りして回避している。回避されている側からすればどちらにしても結果は同じなのだが。ときどき、思考速度まで加速する機能がついているのだろうかと錯覚する。

 当然ながら、桐子が消耗して足を止めるのと、万里の方が弾切れを起こすのと、どちらが早いかレースをしたら、百回やって百回とも万里が負ける仕組みになっている。あの細い体のどこに蓄えているのか知らないが、桐子はスタミナも無駄にある。ものの数秒で弾倉の中身をばら撒き尽くして銃口はうんともすんとも言わなくなる。その瞬間を狙って桐子は再び距離を詰めにかかる。

 しかし、万里の《武器庫》の異能は弾切れによるロスを最小限に抑えられる。銃が弾切れしたら面倒な弾倉の交換をしなくても銃を替えればいい。今のところ、弾切れはしょっちゅうだが、銃切れしたことは一度たりともない。

 桐子が正面から肉薄してくる。万里はアサルトライフルの代わりにネットランチャーを構える。桐子が咄嗟にブレーキを掛けるが、即座に発射されたネットは蜘蛛の巣のように広がり桐子の頭上に降りかかる。

 と、桐子がスカートを翻す。プリーツの下に隠されて腿に巻かれたベルトからナイフを引き抜く。くるりと廻り遠心力を乗せて振り回されるナイフが、ネットをすぱんと切り裂いてしまう。

「マジか」

「同じ手は二度と食いませんから」

 さっとナイフを収めると、桐子は更に歩を進めて万里の懐まで潜り込んできた。目晦ましのつもりで空になったランチャーを放り投げてみるが、あっけなく蹴り飛ばされた。

 桐子の警棒が側頭に向かって振り下ろされる。反射的にそれを受け止めようと左手を持ち上げる。それから半ば自棄気味になりながら《武器庫》から武器を取り出し、かろうじて一撃目を防ぎ切った。

 続けざまに二撃目に移ろうとした桐子が、しかし動きを止める。彼女の警棒は万里の得物に絡め取られて引っかかっている。桐子が驚いて瞠目するのも無理からぬこと、万里が苦し紛れに取り出していたのは十手である。

 桐子のその表情を言葉にするなら、「なんでそんなマイナーな武器を持っているのよ」といったところだろうか。万里の方は思いがけず好手を打てたことに内心で「Bravo!」と自画自賛の快哉を叫んだ。

 得物を振り抜き、捕えた警棒を吹き飛ばせば、引きずられるように桐子がバランスを崩して前にのめる。差し出されるような格好になった彼女はいいマトだ。空いている右手で桐子の顔面に掌底を打ち込んだ。

 初めてのヒット。桐子が衝撃に仰け反る。だが浅い。直前に身を引いて衝撃を流された。その上、上体を倒すと同時に脚を振り上げてお返しとばかりにこちらの顔面を蹴ろうとする余裕すらある。爪先が万里の下顎を掠めて小さな衝撃が走って視界が揺れた。万里は慌てて距離を取る。その間に桐子は新体操よろしくくるりと転回して優雅に着地をきめた。

 桐子は乱れた髪をさっと払いのけて不敵に微笑む。

「随分と息が乱れているんじゃない? ギブアップしてもいいのよ」

 まあ確かに、ほんの数分の攻防だというのに、万里は背中に厭な汗を何度もかくくらいに綱渡りのような思いをさせられている。やはり近接戦に持ち込まれると厄介だ。

 しかし、さも自分の方が格上かのように上から目線で余裕ぶっている桐子には、一言言わずにはおれない。

「君、鼻血出てるけど」

「ふぇっ!?」

 鼻血を出しながら格好つけている女子高生ほど憐れなものはないので、桐子がハンカチで慌てて血を拭うのを、万里は武士の情けで黙って待っててやった。

 今度は代わりに頬を真っ赤にした桐子が咳払いをする。

「よ、よくも年頃の女子を辱めてくれたわね。もう許しませんから、私が勝った暁には、恥ずかしい縛り方をした上で校門前に逆吊りにしてあげるから覚悟しなさい」

「年頃の女子としてその仕打ちはどうなの?」

「問答無用!」

 桐子がすっと腰を落とす。次に飛び出してくる予備動作。万里は得物を銃に持ち替える。桐子が動く前に引き金を絞る。放たれた弾丸に頓着することなく、桐子はその身を弾丸に変えるべく、怯むことなく力を溜める。

 目を逸らすことなく万里を睨みつけてくる、桐子の左腕を銃弾は僅かに掠った。彼女は表情を変えなかった。万里は舌打ちしたくなるのを意識して堪える必要があった。

 そして次瞬、桐子が飛び出した。溜めに溜めた彼女のスタートダッシュを避けるのはまず間に合わない。万里が構えた銃口よりも内側に、瞬時に滑り込んでくる。横に突き出された腕が胸部に叩きつけられた。

 凶悪なラリアットに肺から空気が押し出され、衝撃で息が止まるかと思った。トラックに撥ね飛ばされたような気分で、かろうじて受身を取って転がる。だが、すぐに立ち上がるにはダメージが大きすぎた。心臓が破裂しそうなくらいばくばくと波打ち、脂汗がぶわりと噴き出してくる。呼吸はノイズがかかったみたいに掠れた。

 更に桐子が追い打ちをかけてこようとする気配。万里は痛みに顔を顰め地面に伏したまま、右手だけ動かして《武器庫》から取り出した武器を桐子の方へ放り投げた。

 桐子の足音が止まった。刹那の判断で万里が投げたのは閃光弾だった。

 カラン、と金属音を立てて地面に落ちる。万里が目を伏せ耳を塞ぐと同時に閃光弾は炸裂し、音速姫と謳われる桐子よりも速く、光の衝撃波が炸裂した。

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