表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/114

4なんであなたが

 遺産蒐集組織の主力派の一つである「騎士団」は、二百名以上の構成員を擁していて、うち二割ほどが異能者だ。本拠を水鳴(ミズナリ)市に置き、オフィスビルは表向き「人材派遣会社 岸」なる一般企業を装っている。

 騎士団の目的は、遺産の濫用を防ぎ、表側の世界の平和を保つことだ。遺産が個人の利得のために使われることがないよう、見つけ次第に回収、管理する。同じ主力派であっても、遺産の力を好きに使おうとする「救済社」とは、その理念が正反対である。

 ゆえに、騎士団は救済社を目の仇にしている。出くわしたら乱闘必死。その風潮に漏れず、桐子は救済社を断じて認めない。毎度毎度ターゲットがバッティングしてしまう性悪男・万里のことは特に嫌悪している。彼のせいで失敗した任務が、いったいいくつあったことか。思い出すだに腹が立つ。

 今回もまた、いいように利用された挙句、標的の遺産を掻っ攫われてしまった。否、あれは一時的に預けただけであって、決して奪われたと決まったわけじゃないんだ、と往生際悪く内心で言い訳してみるが、こんな言い訳は当然ながら上司には通用しないので、桐子は意気消沈しながら、今回の任務の報告のため、騎士団本部に赴いた。

 マンションやテナントビルに紛れて堂々と建つ結社のオフィスビルに足を踏み入れ、エレベーターで五階へ。事務室に入ると、夜も更けているので、他のメンバーの姿はほとんどなかった。残っているのは直属の上司、機動第三課長の永倉晴朝(ナガクラハルトモ)だけだった。

 永倉は部屋の一番奥のデスクで桐子を待ちわびていた。

「ただ今戻りました」

「お疲れ様、上原君。早速だけど、任務の結果を報告してくれるかい」

「……申し訳ありません、救済社に遺産を奪われました」

「救済社……そうか、やはりまたしても、救済社と標的が重なってしまったというわけか」

 正直に失敗を報告すると、永倉は渋い顔で眉間を揉んだ。やがて切り替えるように小さく息をついて告げる。

「遺産を回収できなかったのは残念だが、救済社と衝突する可能性を考えながらも君一人に厄介な案件を押しつけてしまった僕にも責任がある」

「はい、私もそう思います」

「……ん? いや、あの、上原君、そこはそんなに力強く肯定するところじゃないんだけど」

 永倉が急に困惑気味に言いよどみ始めた。なぜか桐子の方がやたらと堂々と言う。

「思えば、任務を言い渡された時の課長の発言が大変失礼極まりなくモチベーションがとても下がってしまったところから始まったのもよくありませんでした」

「モチベーションったって……そうは言うけど、君、腹いせに僕の羊羹食べたでしょう」

「美味しくいただきました。ですが、それでは腹の虫はおさまりませんでした」

「失敗した言い訳をくどくどされるよりは潔いけど、開き直って上司を責めて羊羹盗み食いしたことを隠しもしない部下は君くらいだね」

 永倉は叱る気にもならないようで、苦笑するばかりだった。

「まあ、いいさ。次に遺産が見つかった時、敵に渡さなければいい。明日は君、早いんでしょう? 今日はもう上がっていいよ。報告書は後でいい」

「お疲れ様でした」

 上司の深い溜息に送り出されて、桐子はオフィスを早々に辞す。

 自宅までは、異能でひとっ跳びしてしまえばほぼ一瞬ではあるが、異能は濫用しない主義なので、とっとと帰ってベッドにダイブしたいという時でも、面倒がらずに公共交通機関を利用してまっとうに帰途に就く。ギリギリのところで最終バスに乗り込み、ほとんど客のいないバスの一番後ろの席に座る。きらびやかなライトで彩られた景色が緩やかに流れて行くのをぼんやり眺めながら不規則な振動に揺られていく。

 酷い一日だった、と桐子は溜息をつく。上司には適当な言い訳をしたものの、そもそもの原因が自分の実力不足だということはちゃんと身に染みている。こんな調子で、救済社に遺産を奪われているようでは駄目だ。もっと強くならなければならない。

 けれど、ああ、困った――桐子は頭を抱える。ここで修行パートにでも入って異能を鍛えてエリートエージェントへの道を駆け上がれればいいのだが、生憎、桐子にはそれができない理由がある。

 いかんせん、桐子は騎士団の異能者であると同時に、別の顔も持っている。否、正確には、明日からもう一つの別の顔を持つようになる。明日からの()()()()を思うと、とても修行している暇なんてない。上司もそのあたりは心得ているので、習うより慣れろというか、実地でレベリングしていくしかないんじゃない、くらいに考えている。

 実地で、となると。これまでの経験からすると、バッティング率の一番高いのが万里だ。つまり、彼を踏み台に成長するしかないのだ。

「いいわ、やってやろうじゃないの。次こそはあいつをけちょんけちょんに蹴散らして、任務達成してボーナスを弾んでもらうしかないわ……!」

 というような決意表明を、うっかりバスの中で声に出してしまったので、少ない客に一斉に「あの子大丈夫か?」という憐みの目で見られてしまい、桐子は目的地で降車するまでの間、身を縮めて羞恥に耐える羽目になった。


★★★


 特に確認すべき点は三つだ。

 寝癖がないこと、胸の赤いリボンが曲がっていないこと、うっかり間違えてブーツを履いたりしないこと。少なくともこの三点を押さえておけば、初日から悪目立ちして生徒指導に睨まれるということにはならないはずだ。

 鏡の中の桐子は、三点については問題はないけれど、やはり顔には緊張の色が見えることに気づく。それもそのはず、今日が舟織第一高校の入学式の日である。今日からぴちぴちの高校一年生である。高校一年生というのが果たして本当にぴちぴちであるのかという問題について、桐子の中では論を俟たないので、ぴちぴちであると自信を持って主張する。

 桐子にとって高校生とは薔薇色の青春の代名詞である。世の高校生は勉強に部活に友情に恋にと大忙しで、きらきらと輝かしい日常を送っているのだ、という勝手なイメージが桐子の中で膨らんでいる。そんな煌く世界に今日から飛び込むわけだ、胸が弾むし、緊張しないはずがない。

 ただし、青春の四大要素のうちの二つ、部活と恋については、桐子には存在しないことがすでに確定している。いかんせん、桐子は今日から高校生ではあるものの、それ以前に遺産を管理する騎士団の異能者である。部活だの恋だのにかまけている時間はない。「イマドキは秘密結社のエージェントだって高卒程度の学力は必要でしょう」という上司の鶴の一声によりかろうじて高校進学を許された身だ。

 そういうわけで、桐子の薔薇色の青春はその半分が欠落することになっており、若干輝きがくすんでいる。しかしそれくらいで拗ねたりなどしない。残りの半分で十二分に青春を謳歌してやろうじゃないかという強い意気込みを持っている。

 さしあたって重要なのは、県内でも有数の進学校である舟織第一高校の勉強についていけるかと、仕事のせいで放課後と土日の付き合いがおそろしく悪い女子とでも仲良くしてくれるような忍耐強い友達ができるかだ。後者については特に心配だ。桐子は高校のある舟織市の隣の小さな町に住んでいて――町には高校が無いので進学するには舟織市まで出るしかなかったのだ――地元中学から舟織第一高校に進学する生徒は年に十名程度であり、一学年の総数三百二十名からすると三パーセント程度とごく一握り。この十名程度が八クラスに振り分けられるのだから、要するに周りに知り合いはほぼ皆無であり、友人関係を一から築き上げるしかないわけだ。そういう事情を考えて、桐子はいつになく緊張した面持ちでいる。

 緊張して固くなっている、面白くもなんともない自分の顔を見てぼんやりしているうちに、いい加減出発しないとバスに乗り遅れる時間になっている。桐子は鞄を引っ掴んで慌てて部屋を飛び出した。



 舟織駅でバスを降り、セーラー服・学ランという同じ制服を着た生徒たちの波に流されるようにして迷うことなく辿り着いた舟織第一高校。昇降口前には可動式のホワイトボードが設置されていて、クラス割が貼りだされていた。

 掲示板前に群がる人だかりの中に滑り込み、クラスを確認する。ほどなく、一年C組の上から二番目のところで自分の名前を見つけた。掲示板の先では数名の教師が誘導案内をしていて、入学式の入場時間まで各教室で待機との指示が出ていた。早速教室に向かおうと歩き出すと、不意に後ろから肩を叩かれた。

 振り返ると、ショートボブの女子生徒が立っている。

「桐子? 上原桐子でしょ」

 フルネームをぴたりと当ててきた相手の顔に、桐子は見覚えがあった。

「……芦屋(アシヤ)雪音(ユキネ)?」

「正解! 桐子もここだったんだ!」

 にかりと頬を緩めたその顔は、三年ぶりに見る顔だけれど、かつての面影が確かにある。

 彼女、芦屋雪音とは幼稚園からの幼馴染だった。家が近所で、一番よく遊んでいた相手だ。小学校を卒業後、彼女は父親の転勤で遠方に引っ越してしまい、雪音が親の厳しい教育方針のため携帯電話もパソコンも持たせてもらっていなかったこともあり、中学生の時は年に数回手紙のやり取りをする程度で没交渉になってしまっていた。それがどういうわけか、再び相見えることになろうとは。

「雪音、こっちに戻ってきたの?」

「また親の転勤でね。今は舟織に住んでるんだ。転勤決まったのが出願〆切ギリギリでさ、慌ててこっちの高校受けて、バタバタしてるうちに入学式。ここで桐子に会えると思わなかった」

「私も、びっくりしたわ」

「よかったぁ、桐子がいて。こっちに知り合い誰もいないから心細くて」

 思いがけない再会にひとしきり興奮しながら、桐子と雪音は揃って校舎に入る。話しているうちに、雪音も同じクラスだと解る。当然ながら出席番号では彼女が一番ということになる。シンプルに考えれば座席も近いはずだ。

 そう予想しながら教室に入ると、座席表が黒板に張り出されている。思った通り、雪音は廊下側一番前の席で、桐子はその後ろだ。

「桐子が後ろの席ならめっちゃ安心だわ。ほんとよかった」

「私も友達がいてよかったわ」

 朝方に抱いていた緊張やら不安やらは殆ど吹き飛んでしまった。入学初日にこんなにいいことがあるなんて、実に幸先がいい。高校生活は順風満帆の兆しだ。桐子は満面の笑みを浮かべながら、自席に鞄を置く。

 と、ふと後ろの席に目をやる。丁度同じタイミングでやってきた後ろの席の生徒は男子で、鞄を机の上に置くとふっと視線を上げた。互いの視線が偶然ぶつかった。

 そして、一拍の後、桐子は呆然とする。そこにいたのもまた、何の因果か、見知った顔だった。

 相手の方もまた、目を見開いて絶句している。想像の埒外のことが起きると言葉が出なくなるというのは本当らしい。

 昨日会ったばかりの忌々しい顔。あろうことか、救済社のエージェント・万里がそこにいた。

「なんであなたがここに!?」

 これほど嬉しくない再会を、桐子は他に知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ