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33そういうことを言えているうちは

 適度に働き、適度に楽しみ、日々の練習の成果を発揮する。多少のトラブルくらいはあるかもしれないが、それは仲間と一緒に乗り越えて、これもまたいい思い出だったなあと思い返す。

 そういう典型的な青春の象徴たる文化祭を想定していたのに、実際に迎えてみたらこのざまだ。こんなに疲れ果てるものだとは思いもよらなかった、と万里は溜息をついた。

 なんだか今日は一日、肝を冷やしてばかりだったと万里は振り返る。午前中は妹の対応に追われ、午後になった途端に桐子の事件だ。今だから言えることだが、琴美と桐子が鉢合わせないようにと万里が神経をとがらせていたのは、桐子がずっと保健室で眠っていたとなると、完全に杞憂で無駄な労力だったことになる。当たりの入っていないくじ引きをそうとは知らずに引き続けた久世の気持ちがよく解る気がした。そしてぎりぎりセーフで迎えた演劇公演、初めての演劇は緊張しなかったと言えば嘘になる。そういうわけだから、今日一日はずっと胃がキリキリしていた。

 だが、なんとか演劇部の公演は成功した。現時刻は午後四時。校内にチャイムが響き渡り、文化祭一日目の終了を知らせるアナウンスが流れる。この後の時間は、それぞれの後片付けと明日の準備をして終了だ。

 短いホームルームを経て、クラスの片づけと明日の準備を簡単に済ませたところで、どうにか乗り切った、ここまでくればもうこれ以上の問題など起こるべくもないだろう、と万里は息をついた。ところが、そんな甘いことを考えて、今日はもう明日に備えてさっさと帰って休もうなどと思っていたところを、桐子が呼び止めてきた。

「ちょっと、帰ろうとしないでよ。話があるの」

 鞄を肩にかけてもう完全に帰るつもりでいた万里は隠すこともなく厭な顔をして見せた。

「何? お礼なら別にいいよ」

「お礼じゃありません。いえ、まあ、お礼は言いますけど。ちゃっかり遺産を獲られたことは抜きにして、お礼は一応言いますけれど」

「律儀だな」

「それも大事だけど、一つ重要な話をしておかないと。少し、いいわよね」

 どうやら真面目な話らしいということは表情で解ったので、万里はノーとは言わなかった。

 靴を履き替えて外に出て、二人は体育館裏に回る。今日は運動部の活動がないし、体育館で発表を行った団体は片づけを済ませて既に撤収している頃だろう。人に聞かれたくない話をする場所としては、まずまずの選択だ。

 手短に済ませるつもりらしく、桐子は神妙な面持ちで単刀直入に言う。

「一週間の間に学校の中で遺産絡みの騒ぎが二件も起こるなんて、偶然だと思う?」

 桐子の言葉は、問いかけではなく反語であろう。

「組織に所属している私たちでさえ、遺産を一つ手に入れるにはそこそこ苦労しているわ。それなのに、この短期間で、一介の高校生があっさりと遺産を手に入れている」

 一件目は、月曜日、映画研究部部長の三年生・溝口が《幻想映写機(ヴィジョンゲイザー)》を使って、大勢の生徒を巻き込んで虚構空間を作り出し、パニックでパンデミックな現象を引き起こした事件。何とか騒ぎは収められ、異常事態が外に漏れることはなく解決し、遺産は桐子に回収された。

 そして二件目、文化祭当日、《魂魄(スピリット・)分離(スプリット)》を偶然手に入れた写真部の二年生の安西が、遺産とは知らずにカメラを暴走させた。安西がカメラを手にしたのはくじ引きによる偶然だが、そもそも、そのくじ引きの当たり商品は今朝、急遽持ち込まれた物であり、持ち込んだのが誰かは判明していない。

「わざわざ高校生に遺産を与えて、高みの見物を決め込んでいる悪趣味な奴がいるってことか。溝口は騎士団で取り調べたんだろう? 記憶を消す前に何か聞き出せなかったのか」

「遺産は部室にいつの間にか置いてあったそうよ。遺産が人に引き寄せられて出現することはままあることだから、入手方法については偶然ということで片づけられたの。だけど、引き寄せられた遺産にしては、彼との適合率は決して高くはなかったようで、今回の件と合わせて考えると、話が変わってくると思う」

「溝口も安西も、遺産を手に入れられたのは、誰かの暗躍のせいってことだな」

「黒幕を、探すべきだと思うの」

 桐子は確固たる意志を窺わせる強い口調で提案する。

「もしもこの学校に目をつけて、何も知らない高校生たちを遺産なんてものの問題に巻き込んで、面白がっているような人間がいるとしたら。この先も、放っておけば、また何か悪巧みをしないとも限らないわ」

「確かに、これで終わりにしてくれるとは思えないな」

「私たちは、学校の中では遺産やら異能やらのことは横に置いて、ただの高校生であろうと協定を結んだわ。この傍迷惑な黒幕は、私たちの協定を脅かしかねない」

 桐子の言うことはいちいちもっともだ。学校を巻き込む遺産の事件のせいで、万里はなし崩し的に、異能者として、桐子と協力する羽目になった。公私混同はしないという協定が脅かされている。裏の事情に通じている何者かが舟織一高に目をつけているとしたら、騎士団の桐子と救済社の万里が協力している姿を見られる危険性もある。今のうちに、よからぬことを企む黒幕を排除して、校内では普通の高校生として過ごす、という大前提を取り戻さなければならない。

 本来なら敵である相手に協力を申し出るようなことはしたくないが、今後のことを考えたら早いうちに火の粉を払っておくべきだと考え、断腸の思いで提案した、というところだろう。桐子は面白くなさそうな顔をしている。渋々であることがあからさまな表情に万里は吹き出しそうになるのを堪え、いたって真面目に応じる。

「君の考えは解った。そういうことなら、俺も一つ、話しておくことがある」

 敵である桐子にわざわざ教えることもあるまいと思って言わないでいたことだが、ことこうなっては話さないわけにはいかないだろう。万里はその黒幕に心あたりがある。事件のたびに怪しい動きをしていて、明らかにただの一般人ではなさそうな生徒を、一人知っている。

 帯刀深雪。彼女は只者ではない。もし彼女が黒幕だとしたら。彼女は万里と桐子の素性まで知っている。早急に対処を考えるべき相手だろう。

「何か知っているの?」

「ああ、実は……」

 その名を口にしかけた、その時。

 たん、と何かが弾むような音。一旦言葉を切り音の方を見ると、足元にテニスボールが転がってくる。体育館の西側にはテニスコートがあるから、そこから飛んできたのだろうか。しかし、今日は、運動部の活動は原則行われないはずだが。

 転がってきたボールは万里の足に当たって止まる。直後、ボールが発光する。

 罠――万里がそれに気づいたのと同時に、ボールは爆発した。




 刺すような閃光と灼けるような熱風が弾けた。爆弾の小ささゆえ、直接的な爆発力は比較的低い方だったろう。しかし、熱と爆風よりも凶悪だったのは爆発で弾け飛んだ破片だ。外見はただのテニスボールでしかなかったのに、爆風と共に周囲に撒き散らされたのは無数の鋼鉄の破片だった。中に仕込まれていたらしいそれは、周囲にいる人間の肉を容赦なく抉る鋭いものだった。

「……ったく、えぐい攻撃してくれるじゃないか」

 万里は小さく息を乱しながら吐き捨てた。ボールが敵の攻撃だと気づくのが遅れ、一番近くにいた万里はまともに破片を喰らって体をずたずたに切り裂かれる――というのが、おそらくは敵の思い描いた光景だっただろう。だが、まあ、実際にはそう上手くはいかなかった。

「――これで借りは返しましたからね」

「いや、助かったけどさ、もうちょっと何とかならなかったのかな。腕、めちゃくちゃ痛いんだけど。急に引っ張るから」

 助けられた分際で平気で文句を言えるのは、敵同士だからという気楽さのせいである。敵同士なのに気楽な関係というのもおかしな話だが、学校内で爆撃を受ける現状の方が十分おかしい。

 予想していなかった奇襲に反応が遅れた万里と違って、桐子の判断は素早かった。ボールが発光し、異能の発動の兆候に気づいた瞬間、桐子もまた異能力《神速撃》を発動させた。別に一人だけ安全圏に逃げたって誰も文句など言えるはずもなかったのだし、そちらのほうがはるかに容易かったはずなのに、彼女は律儀に万里の腕を引いて、お荷物を抱えたまま平然と跳躍した。仕掛けられたのが爆弾だと予想がついたらしく、桐子は大きく跳び上がり、体育館の屋上に着地した。万里は桐子のおかげで罠を回避できたところで、爆弾の威力の届かない上方から先程までいた場所を俯瞰して、攻撃のえげつなさに戦慄した次第である。

 桐子がいなければかなりの重傷だったかもしれない。存外に危険な状況を思い知り、万里は身震いをする。

「今日だけで寿命が三年は縮んだ気がする」

「そういうことを言えているうちは大丈夫じゃないかしら」

 桐子のドライなコメントに憮然としながら、万里は《武器庫》から銃を取り出し構える。桐子もまた、隠し持っていた警棒を構えて臨戦態勢だ。

 屋上には二人の他にもう一人の影があった。

 爆弾を使った攻撃を仕掛けてきたなら、安全に結果を確認できる場所に敵が陣取っていることは自然なことだ。どうやら相手は桐子の異能を知らなかったか、知っていたとしても屋上までひとっ跳びできる類のものとまでは想定していなかったのだろう。奇襲に失敗した上に目の前に飛び込まれたことに、向こうは少なからず動揺しているようだった。

 一方の桐子の方は、敵が目の前にいることは想定の範囲内だったらしく、驚いた様子もなく告げる。

「あなたが黒幕だったってわけね――」

 桐子は黒幕の名前を呼んだ。

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