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31彼女を助けるつもりなら

 文化祭で盛り上がる校内だが、生徒たちが殆ど足を踏み入れず、喧騒から離れ静寂に満ちた場所がある。一般棟一階だ。このフロアには職員室や校長室などが並んでおり、生徒による出し物には使われていない。殆どの人間にとっては用事のない場所ゆえに静かなのだ。

 さて、そんな用事のないはずの場所に、帯刀は滑り込んで行った。万里は帯刀を追いかけていく。一般棟に入って廊下が左右に分岐したところで、帯刀の姿を見失う。どこかの部屋に入ったのだろう。扉の上に付いているプレートを眺めて、彼女が入った部屋を推測する。

 職員室や事務室には職員が詰めている。一介の生徒が身を隠す目的で用もなく入ることはないだろう。生徒会長という役割柄、正当な用事があるという可能性がなくもないが、万里に思わせぶりに姿を晒した後に生徒会長の仕事に励むというのは、考えにくい。校長室は、普段は廊下と繋がる扉は施錠し、職員室と繋がる扉から出入りしていると聞いたことがある。文化祭中、部外者も校舎にいる時に、鍵が開いているはずはない。応接室も印刷室も、やはりぴんとこない。

 となると、残る部屋は――保健室。

 文化祭中、羽目を外しすぎて怪我をした生徒や体調を崩した生徒のために、保健室は開いている。生徒が入って行っても不自然ではない場所だ。もっとも、年に一度の文化祭を楽しみにしている生徒たちは、多少の怪我や体調不良程度では休もうとしないので、保健室はあまり使われたことがない、という話を、万里は弓香から聞いている。

 なんとなく足音を殺して保健室に近づく。扉に手をかけ、そっと隙間を開けてみる。中に人の気配がある。

 中には養護教諭がいるはずだ。教師の目の前で、入った途端に奇襲されるということもあるまいが、警戒は切らさないまま、万里は部屋に進入する。

 保健室の出入り口は一つのみ。入ると左手側はすぐに壁で、右側に部屋が広がっている。扉の正面には窓を背に養護教諭用のデスクがあるが、予想に反して職員は離席しているようで、現在は空席だ。

 廊下側の壁沿いには薬品棚が設えられており、消毒薬や湿布などが仕舞われている。保健委員は保管場所を熟知していて、教諭がいないときは代わりに応急手当てをしてくれることもあるらしい。

 そして部屋のおおよそ右半分を占めるのは三台のベッドだ。ベッドを囲うように天井にはレールが走っていて、カーテンを閉じれば外からの視線を遮り休むことができるようになっている。現在、カーテンはすべて開けられているものの、中央のベッドは使用中であった。

 万里の推測通り、帯刀深雪は保健室にいた。彼女は使用中のベッドの左側で、スツールに腰かけていた。ベッドで横たわる者を見下ろしている。

 そして、ベッドで眠っていたのは、万里の探し人、桐子である。

「桐子!」

 探していた相手が見つかったことへの安堵と、未だ理解が追いつかない現状への戸惑いがないまぜになる。見つかったのはいいが、なぜ桐子は保健室で眠っていて、なぜそこに帯刀がいるのか、それが解らない以上は諸手を上げて大喜びというわけにはいかない。

 すぐにでも桐子に駆け寄って乱暴に体を揺すって叩き起こしてやりたい気分だが、それを実行するにはいろいろな意味で帯刀が障害になる。

 万里は帯刀の横に立ち、何かを知っているに違いない彼女に問いかける。

帯刀(たいとー)先輩、何故ここに? 桐子に何があったか、知ってるんですか」

 帯刀は万里を振り返らないままに答える。

「さあ。私に解るのは、彼女が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことくらいかな」

 「遺産」という、偶然では決して出て来ようのない非日常のワードに反応し、万里は咄嗟に《武器庫》から拳銃を抜き、帯刀の頭に銃口を突き付けた。

「先輩は何者なんだ。異能者か、それとも保持者か。『遺産』なんて言葉が出てくるってことは、ただの生徒じゃないだろ」

 まあ、ごく普通の生徒でないことは、なんとなく解っていた。決定的に敵対的な言動がなかったから、校内で騒ぎを起こすのを避けたくてちょっかいをかけずにいただけだ。

 だが、もし、こちらに害をなす異能者だとしたら。

「――もし、私が彼女に手を出した異能者だとすれば、私を敵と見なすのかな、碓氷万里君」

「……」

 思考を読んだかのように帯刀が問う。それから、自身が発した問いが可笑しかったのか、くすりと微笑んだ。

「不思議だね。彼女は君の敵のはず。敵に何かあったところで、君は痛くも痒くもない。感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはないと思うけれど」

「俺たちの素性まで知っているわけか」

「生徒のことはだいたい知っているよ。私が悪徳な女だったら、この秘密をネタに君を脅しているところだね……おっと、今脅されているのは私の方だった」

 脅されている自覚がある割には緊迫感のない調子で帯刀は言う。そして、ホールドアップとでもいうように両手を挙げた。

「しかし、実弾の入っていない銃では、何の脅しにもならないよ」

 さらりと告げられた言葉に、万里は少なからず動揺する。帯刀は、銃に実弾が入っていないことまで――万里の戦闘スタイルまで知っている。

 帯刀は万里の一瞬の狼狽を見逃さなかった。振り返りざま、躊躇うことなく銃身を鷲掴みにする。少女とは思えない力でシリンダーを押さえ込まれれば、リボルバーは引き金を引けない。いくら装填されているのが模擬弾とはいえ、当たれば当然痛いもの、だというのに帯刀は銃相手に怖じることなく即座に動いた。その判断力と行動力に万里は冷静さを削がれる。

 帯刀は掴んだ銃口を逸らして、立ち上がるのと同時に強く引いた。手放し損ねた銃に引きずられて万里は前にのめる。すると帯刀はバランスを崩した万里の後ろに回って、素早く隣のベッドに押し倒した。

 不意を衝かれたとはいえ、こうもあっさり圧倒されるとは想定していなかった。信じられない気分で万里は息を呑んだ。帯刀は明らかに戦闘慣れしている動きをしていた。彼女が剣道部に所属しているのは知っているが、今時の剣道部は拳銃相手の戦闘訓練をするのだろうか。いやそんなはずない。

 抵抗を試みるが、帯刀の細腕のどこにそんな力があるのか拘束はちっとも緩まない。

「暴れないで」

「ぃ、ぁッ」

 掴まれた腕を強く捻り上げられ、万里は小さく悲鳴を上げる。

「とりあえず、銃を仕舞いなさい。そろそろ養護の尾藤先生が戻ってくるころだ」

 帯刀が囁くと、一拍置いて廊下の方でぱたぱたと忙しない足音が近づいてくるのが聞こえる。見られて面倒なのは万里の方なので、舌打ち交じりに拳銃を《武器庫》に戻す。帯刀は万里を解放して満足そうに微笑んだ。

 直後、保健室の扉がカラカラと開かれ、白衣の女性――養護の尾藤教諭が入ってきた。尾藤は万里たちに気づくと、悪戯が見つかった子供のような顔をして両手を合わせる。

「あらあら、ごめんなさい、ちょっとお手洗いに出ていたの。具合が悪いのかしら?」

「いえ、私たちは上原さんの様子を見に来ただけですから」

「あら、そう? 上原さん、なかなか起きないわねえ」

「文化祭の準備で疲れが溜まっていたのでしょう。もう少し休ませてあげてもらえますか」

「幸い、ベッドは空いているからね、大丈夫よ」

 尾藤は比較的呑気な調子で言うと、席について書類の整理に手を付け始めた。帯刀はさりげなくカーテンを閉めて尾藤の視線を遮る。

「倒れている彼女が発見され保健室に運ばれてきたのが九時三十分ごろ……魂を抜き取られてから、少なくとも三時間半が経過している。そろそろ体に戻さないと後遺症が残る可能性が出てくる。尾藤先生を誤魔化しておくのにも限界があるしね。彼女を助けるつもりなら、急いだ方がいい」

 帯刀がひそめた声で早口に言う。先刻の荒々しい一幕がなかったかのように話を進めてくる。結局のところ敵なのか、味方なのか、問いただしたい気持ちはあったが、どうやらそんな時間はないらしい。万里は帯刀への対処をひとまず保留することにして、桐子の問題を考える。

「魂が抜かれているっていうのは、どうして解る?」

「生徒のことはだいたい解るよ」

 何の根拠にもならない答えを返され、万里は聞こえよがしに舌打ちをする。

「君は心当たりがあるかな、人の魂を抜き取る遺産に」

 そんなピンポイントな能力を持つ遺産が、そういくつもあるとも思えない。救済社が保有する目録に書いてあれば記憶にあるはずだ。万里は目録の記憶を手繰り寄せる。救済社の目録に書いていないものなら、問題の遺産を探し当てるのは困難を極める。だが、書いてあったならば。

 万里の記憶の中で閃くものがあった。

「……《魂魄(スピリット・)分離(スプリット)》」

 魂を抜き取る能力を持つ遺産という記述を、万里は読んだ覚えがあった。「写真を撮ると魂を抜かれる」という迷信をそのまま現実にしたが如き、カメラの形をした遺産だったはずだ。シャッターを切るだけでお手軽に人の魂を抜き取る、簡単操作のくせに効果がえぐい遺産である。

「カメラ……?」

 クラスのバザーに、今日の朝、急遽出品されることになったというカメラ。出品者は不明で、事前に準備していなかった品のため、万里の目には留まることがないまま、文化祭開始からまもない段階で客の手に渡ったという品。

 C組に齎されたカメラが、まさしくその厄介な遺産だったとしたら。そしてそれが人の手に渡ったとき、丁度桐子がその場に居合わせたとしたら。時間的に、十分ありうるタイミングだ。そして桐子は、遺産を回収しようとして、雪音と別れて慌てて持ち主を追いかけ、返り討ちに遭った。

 確証があるわけではない。だが、他に手掛かりがない以上、万里が手始めにするべきことは一つ。学級委員の湊颯に電話をすることだった。

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