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24作戦を考えましょう

 目の前が真っ暗になった。廊下の電灯の明かりも窓から入っていた月光さえもなくなり、常闇に包まれた。そして、とても窮屈で、息苦しくて、パニックを起こしかけた。思わず悲鳴を上げそうになった時、それを察した手が桐子の口を塞いできた。

「静かに」

 耳元で囁かれた声に、桐子は暴れ出そうとするのをストップした。

 突然のことに、状況を理解するのに数秒を要した。暴徒と化した生徒の群れに捕まった――そう思い込んでいた。だが実際には、桐子を掴んだのは別の手だった。その手によってすぐ脇にあった教室に引きずり込まれ、更に狭いところ――ロッカーの中に押し込まれた。そしてその押し込んだ方も一緒になってロッカーの中に入って、じっとしていろと命ずるようにしっかりとした腕でホールドした上で、扉を閉めて籠城を図ったわけだから、もう窮屈としか言いようがない。

 暗闇の狭すぎる密室の中にいる相手の顔は見えない。が、声で解った。籠城仲間は万里である。

「息殺してやりすごせ。一分耐えれば何とかなる」

 万里はひそめた声で短く指示する。小さく頷くと、万里は桐子の口を塞いでいた手を外した。危うく窒息するところだった、と桐子は冷や汗をかく。

 言われたとおり息を殺して時間が過ぎるのを待つ。教室に生徒たちが流れ込んでくるのが音で解った。薄い扉を挟んですぐ向こう側には敵がいる。心臓の音が聞こえてばれてしまうのではないかと心配になるほど、安心できない距離だった。誰かが気まぐれで扉を開けたら、それだけで終わりだ。

 ただじっと時が過ぎるのを待つうちに、手にはじっとりと汗が滲む。何も見えない視界のせいで、目を開けているのか閉じているのかすら解らなくなる。緊張で息が苦しくなり、頭が回らなくなり、何も考えられなくなって――と、そこまで自身の体の異常を認識したところで、桐子ははたと気づく。これは緊張や恐怖ではなく、単なる酸欠では?

 そんな疑念が浮かんだのと同時に、ぱっと視界が開けた。万里がロッカーの扉を押し開けて外に出たのだ。教室の電灯はついていないが、外からの光でなんとか歩ける程度には見える。いつの間にか、外に押し寄せていた生徒たちはどこかへ去ってしまっていた。

 狭苦しいロッカーから解放されると、浅い呼吸もぼやけた思考も嘘みたいにクリアになった。やはりただの酸欠だった。

 万里は教室の扉からそっと顔を覗かせて廊下を窺う。脅威が去ったのを確認した後、万里は静かに扉を閉めた。

「あいつらの行動パターンは単純だ。目についた人間を襲って『仲間』を増やそうとする。通路の扉は普通に開けるが、それ以外は開けない。鞄とか、ゴミ箱の蓋とか、ロッカーとか」

「それでロッカーに……」

 しかしそうはいっても、流石にロッカーの中身が全部放り出されていたら、中に誰かいると疑って開けてみるのでは、と思ったが、普段は入っているはずの箒やらモップやらは全く見当たらない。どこに隠したのか、と一瞬疑問に思う桐子だが、なんのことはない、《武器庫》に仕舞い込んだだけだ。着替えを仕舞っているらしいということは先日知ったが、掃除道具まで収納してしまうとは、相変わらず何でもアリで便利な異能だと感心する。

「目についた敵は追うが、見失ったら深追いはしない。姿を隠してある程度時間が経てば、奴らは諦めて別の獲物を探して徘徊し始める。ホラー系死にゲーのNPC理論だな」

「どうして、私を助けたの」

 やり過ごす方法を知っていたなら、一人で隠れていた方がよほど安全なのに、わざわざ桐子を助けてくれた。まして桐子は万里の敵なのに。

 桐子はごくまっとうな疑問を発したつもりだったが、万里は「そんなことも解らないのか」とあからさまに呆れたような顔で答えた。

「君が敵に回る方がよほど面倒だからだ。音速姫がゾンビ化したら普通に無理ゲーだろ」

「そういう理由?」

 聞くんじゃなかったと後悔するくらい打算的な理由だった。まあ、助けられておいて文句も言えないが。

「あ……」

「何?」

「あー……」

 敵同士であるという事実、そして今聞いた微妙な理由のせいで素直に「ありがとう」と言うのが悔しくて、歯切れ悪くぶつぶつ呟きながら意味もなく視線を逸らす。逸らした先で、先程まで籠城していたロッカーが目に入る。改めてみると、狭いロッカーだ。二人で入るにはかなり体を密着させないと収まりきらない。

 この狭くて暗い空間で、お互いの鼓動さえ感じられるほどに身を寄せ合っていたかと思うと、今更ながらに羞恥心が擡げてくる。敵に情けない姿を見せて、その上腕に抱かれていたなんて、もう恥ずかしくて仕方がない。素直に礼など言えるはずもない。桐子が頬を赤くしてきまり悪くもじもじしていると、何を勘違いしたのか、万里は真顔で告げる。

「心配しなくても、女子とも思えない平坦な体を抱いたところで発情なんかしてな」

 平手打ちが失礼な台詞をぶった切った。



「作戦を考えましょう」

 桐子は冷静で冷徹な思考を取り戻し言う。万里が腫れた頬をさすりながら理不尽に抗議するかのような不本意そうな視線を向けてくるが、さらりと無視した。

「この事態は、間違いなく遺産が引き起こしているわ。心当たりは」

「俺はこんな異能、知らないよ」

「私も心当たりがない。未確認の遺産ということでしょうね」

「どこかに遺産の本体か、元凶の異能者がいるのは間違いない」

 しかし、現状その遺産なり異能者なりの所在は不明だ。桐子の「何となく第六感」は、何となく遺産の気配を感じるような気もするのだが、気配が漠然としすぎて、どこが震源かよく解らない。もともと、目の前にある物体が遺産かどうか判別できる、くらいの曖昧な感覚なので、どこにあるか解らない遺産を気配で辿ることができるほどの精度はないのだ。

「とにかく、場所を突き止めて、大元を叩かないとな」

 本来なら、遺産が絡んだ案件は「仕事」にあたり敵同士なのだが、舞台が学校で窮地に陥っているのが友人たちとなれば、そんなことを言っていられる場合ではない。暗黙のうちに休戦を続行し、共闘する方向で作戦を練る。

 まずは自分たちの状況を再確認する。桐子たちが身を潜めているのは特別棟三階西端にある自習室だ。普通の教室にあるものよりも一回り大きく、隣と前からの視線を遮る衝立のある机がずらりと並ぶ部屋だ。当然ながら武器になるようなものは存在しない。

 だが、先日の歩く会で、学校の管理下にあるときであっても事件は起こりうると学習した桐子は、万が一何かあった時に対応できるように、スカートの下に愛用の特殊警棒だけは隠し持っている。生徒相手に振るうことはできる限り避けたいが、念のためにと抜いておく。万里の方はいつでもどこでも武器には困らないだろうからわざわざ確認はしない。

「私が教室を出て戻ってくるまで、十分足らずの間に、阿鼻叫喚の地獄絵図になったの?」

「君が買い出しにって教室を出て少ししてから、女子生徒が入ってきた。文芸部でも演劇部でもないし、誰かが助っ人に呼んだわけでもないから、中にいた全員戸惑ったよ。しかも、あの模様があからさまに異様だろ? 反応に困ってるうちに……」

 そこで言葉を切った万里は、躊躇いながらも重々しい声で続ける。

「困ってるうちに、入り口近くにいた芦屋が手を掴まれて、感染した。様子のおかしい二人に、最初は何人か心配して近づいて行ったけど、それから二人、三人とおかしくなるうちに、『理屈は解らないけれど近づいたらヤバい』っていうのは解ったらしく、全員パニックだ」

「その状況で、あなたはよく無事だったわね」

 皮肉でもなんでもなく、純粋にそう思って言うと、万里は小さく苦笑する。

「逃げ足だけは早いんだ。脱出するときに何人か蹴り倒したけど、まあ男子だったから許してもらおう」

「触って平気なの、あれ?」

「一瞬ならね。あの模様は皮膚が直接触れ合った瞬間に発動して侵蝕を始める。呑み込まれるまでに数秒かかる。組み付かれでもしない限りは問題ない。……で、隙をついて教室を出て、西階段を下りた。他の階でも騒ぎが起き始めたくらいの時間で、ぎりぎりのところを抜けて、なるべく人の少なそうな所へと思って特別棟に逃げ込んで、辿り着いたここの教室で適当に身を潜めているうちに、君が敵を引き連れてきた」

「私が一階からD組に戻るまでの間、他の階はまだ生徒が溢れかえるほどではなかったわ。四階まで戻ってきたところで、東階段を上がってくる生徒で階段を塞がれた」

「震源は一般棟四階か三階、そのあたりかな。わりあい、東側から流れてきている気がする。どこかで一人目が発生する。偶然居合わせた二人目が餌食になる。この二人が三階と四階にそれぞれ向かい、ネズミ算式に増殖した、っていう流れでどうだ」

「どうしてそこで二人は別の階に向かったのかしら。『仲間』になったなら、二人一緒に動いたっていいでしょう。あんな、意思の疎通もできなさそうな状態なのに、効率的に分担したわけでもあるまいし」

 桐子が疑問を口にすると、万里は少し考える表情を見せる。

「……ステータス異常を起こした生徒の行動は、機械的ともいえる、一定の法則があると思う。獲物を見失ったとき、次に獲物を探して徘徊する際、どこへ向かうかのルール。たとえば、元にいた場所にいったん戻ってみる、とか」

「四階にいた生徒は四階に戻り、三階にいた生徒は三階に戻る、ということね」

 違う階で作業をしていた生徒が偶然居合わせる場所とはどこだろうか。考えているうちに閃いた。

「トイレ、かもしれないわ」

 舟織一高校舎のトイレは階段の踊り場脇に出入り口があり、各階の間、中階にあると言える。四階で作業している人間は中三階のトイレを利用し、三階で作業している生徒は中二階もしくは中三階に行く。

 つまり、中三階のトイレなら「最初の二人」がばったり偶然居合わせうる。

「可能性は高い。他に手掛かりもないし、叩くとしたらそこだ。だが、一般棟に戻るだけでもかなりリスクが高い」

「私が囮になるわ」

 その言葉はすらりと口をついて出た。万里が目を瞬かせる。

「本気か?」

「姿を見せれば、追ってくるのでしょう? 私が西側で姿を見せて、生徒たちを引きつける。その間にあなたは東側中三階のトイレを調べるの。事態の波及の具合からいうと、東側中三階が一番可能性が高い。そこで遺産を叩ければ解決、万が一何も見つからなかったらスマホに連絡をちょうだい、一度退いて立て直すから」

「……解った、その作戦で……いや、待った、やっぱり駄目」

 考えた末に一度は納得した万里だが、途中で同意を取りやめて意見を翻した。

「それ、俺が女子トイレを捜索する流れになってないか? やだよ、緊急事態とはいえ、それは何か、人として無理」

「そんなこと言ってる場合じゃないし、誰も気にしないわよ」

「だったら俺が囮の方やるから。捜索は君に任せる」

「だって、それ、逆だったらどうするの。男子の方、私が入るの?」

「女子が男子トイレ入るのはまだ許される気がする。俺がそっち側に入るのは許されない。そんな風潮を感じる」

「錯覚よ、そんな風潮」

「じゃあこうしよう。公平に、じゃんけんで」

「解ったわ。勝った方が囮。恨みっこなしですからね」

 そして、緊急事態だというのになぜかじゃんけんをする羽目になり、恨みっこなしの一発勝負の結果、桐子が囮になることで決まった。演劇の役決めの時にも思ったが、もしかすると、万里はここぞというときのじゃんけんに弱いのかもしれない。

 普通は囮の方が大変な役だというのに、囮を免れた万里がげんなりとしているのが可笑しかった。

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