20適当に盛るなよ
二重保持者などと自信ありげに宣言するからには、それなりに遺産を使いこなせるのだろう。だが、万里にとっては「カモがネギを二本も背負ってきた」くらいのことでしかない。「そこそこの適合率」止まりの保持者ごときに、救済社きっての異能者が負けるわけにはいかない。加えて、今回の案件に限っては負けられない理由がいろいろとある。
「二重保持者だなんだと格好つけちゃいても、結局やってるのは未成年者略取誘拐じゃないか。どのへんに有名人になれる要素があるのさ。目的は身代金か?」
「わざわざ遺産を二つも大盤振る舞いして、そんなちんけな目的なわけないだろう。理由は二つ。まず一つは、俺が複数の遺産を使いこなせるって実績を作って、他の組織に売り込むこと。今はフリーでやっているが、ゆくゆくは大手の組織でいい給料で雇ってもらいたいところだ」
「能力があっても性格が悪くちゃ、今時の悪の組織には雇ってもらえないよ。あんたみたいな軽薄そうな人間は、まずESで落とされる」
「そしてもう一つ」
万里の挑発をさらっと聞き流して、鷺沼は自分に酔ったような調子で続ける。
「こっちが本命の目的だ。お前みたいな世間知らずは知らないかもしれないが、こいつらは家族に身代金なんて端金を請求しなくても直接的に金になるんだよ」
「平々凡々な高校生が?」
「正確には、俺の力で――神隠しで消えた人間は、金になる。解るか? いなくなっても騒がれない人間っていうのは、裏の世界ではいろいろと重宝されるんだよ」
その瞬間、万里はぞわりと肌が粟立つのを感じた。
似たようなことを言っていた奴を知っている。当然のように、ろくでもない奴だった。会って数分程度だが、万里は直感した。この男は、自分の知る「ろくでもない奴」と同類だ。野放しにしておいたら確実に災禍を招く。
「すぐにあんたを、二重保持者からただのモブにランクダウンさせてやる」
生意気な減らず口を塞ぐのに一番効果的な方法はヘッドショットである。万里は模擬弾であるのをいいことに容赦なく鷺沼の額に照準。しかし、トリガーを引く寸前に、鷺沼の姿がゆらりと揺れる。
蜃気楼のようにゆらりと、あるいは、カメレオンが景色に同化するかのように、鷺沼の姿は公園の情景にするりと溶け込んでいく。
万里は構わず銃撃する。だが、着弾より先に鷺沼は忽然と姿を消し、弾丸は虚しく空を切る。どこからともなく鷺沼の冷笑だけが響く。
「残念だが、お前の弾が俺に当たることはない。なぜなら俺はこうしてあらゆる攻撃を透過することが」
「姿消して避けただけだろうが。適当に盛るなよ」
「少しくらい狼狽しろ、可愛げのないガキめ」
基本的に敵のはったりは真に受けない万里なので、初撃を外したところで焦りはしない。だいたい、自分で最初に遺産の能力を「隠匿」であると明かしておきながら、今更透過能力があるなどと嘯いたところで、いったい誰が信じるというのか。そういう嘘はもっと猜疑心が少なくて能天気でもうちょっと面白い反応を見せてくれそうな、たとえば桐子みたいな奴を相手にやってくれ、と万里は内心で失礼なことを考える。
透過能力などないというのは、それはそれでいいのだが、姿が見えないというのは、それだけで普通に厄介である。気配で居場所を当てるとか、野生の勘とか第六感とか、そういうのは万里の守備範囲外である。発動中の遺産の気配を感知する「ふんわりレーダー」にいたっては、こと今回に限ってはちっとも反応しない。おそらく《鬼の隠れ家》が、遺産自体の気配すら隠している。まあ確かに、姿を隠す力を発揮しても、そのせいで気配が漏れて居場所が解ってしまうのでは本末転倒だ。隠匿の遺産が例外的にレーダーに反応しないようになっているのは自然なことだ。
とはいえ、まったく策がないというわけではない。姿を隠すことができても、隠し切れていないものがある。たとえば、足音。それに、歩くたびに公園の土が擦れて風に舞っている。「ここにいます」と足跡を残しているようなもの。「ふんわりレーダー」などより頼りになる確かな痕跡だ。
「そこ……!」
何も見えない、しかし敵がいるであろう場所に向けて弾丸を放つ。鷺沼が近づいてくる方向、タイミング、それらを見極めて攻撃を仕掛けた。
――はずだったのだが、またしても弾丸は掠りもしないで地面にめり込んだ。少々の予定外に、万里は眉を寄せる。二度目の空振り。万里としてはややプライドを傷つけられる結果である。
結果を分析、思考を修正。なぜ外したのか――もしかすると、自分は敵を侮りすぎていたのではないか。万里は厭な予感をひしひしと感じる。体だけ遺産の能力で消して、足元の土埃までは消していなかった、それを「頭隠して尻隠さず」的な詰めの甘さだと踏んでいた。しかし、そうでなかったとしたら。万里が足跡に気づき、見えない敵に向けて発砲するところまで見越した上で、たとえば、他から見えないのをいいことに不格好にも地面を這いながら肉薄し、虎視眈々と奇襲の隙を窺っているのだとしたら。
ほんの一、二秒ほどの間に思考を巡らせ、そんな不愉快なシナリオに思い至ったとき、狙い澄ましたかのようなタイミングで、目の前に突如、目玉が現れた。
姿を消すのが一瞬なら、現れるのも一瞬。死角に突然現れるとか、目の前にぱっと姿を現すとか、それくらいのことは想定していた。しかし、眼前ほんの数センチのところに、血走った大きな目玉がぎょろりと動くホラー展開は、考えていなかった。想定の埒外の現象に、どきりと心臓が跳ねる。
鷺沼の両目は嗤笑の色を湛えながら万里を見据えていた。そしてそれとは別のもう一つの眼球が、突き出された鷺沼の右の掌に埋まっていて、間合いの内側に潜り込んだ異形の瞳はまっすぐに万里の目を射抜いていた。
野生の勘とか第六感とか、そういうのは守備範囲外、とはいえ、さすがに解る――これはまずい。世の中には「見たらまずいもの」というのが厳然と存在している。校長先生のヅラ然り、大物政治家の不倫現場然り。掌に生えている謎の眼球は、間違いなく「眼を合わせたらヤバい奴」だ。
泡を食った万里は、焦って悩んだ末に目を閉じた。後から思えば、敵とほぼゼロ距離にいながら目を瞑るなど、「どうぞ煮るなり焼くなり好きにしてください」と言わんばかりの愚の骨頂だったわけで、当然の流れで腹に強烈な蹴りがめり込んできた。
まあこの状況で蹴られるだけで済んだなら御の字だな、と前向きに考えながら、万里は咽ながら後退りひとまず態勢を立て直す。姿を現した鷺沼は愉快そうに笑う。
「反応は悪くない……だが、遅かったな! 《記憶流失》の能力は、たった三秒、目を合わせれば発動する」
「三秒もかかるようじゃ、たいして使いこなせてないだろ。適合率はせいぜい七十程度か」
間髪いれずに嫌味を返すと鷺沼は若干笑みを引き攣らせたが、気を取り直して優越感たっぷりにのたまう。
「人を馬鹿にできる余裕が今のお前にあるかな。いかに適合率の高い異能者とはいえ、異能の使い方を忘れるようじゃ話にならない」
万里ははっと胸を衝かれる。すぐさま《武器庫》を発動させようとする。が、意に反して異能が発動しなかった。否、正確には、能力をどうやって発動させればいいのかすら解らなかった。
異能の発動は、自転車の乗り方やキーボードのタイピングと同じで、いわゆる「体で覚えた」記憶だ。それを忘れるということは通常ありえない。にもかかわらず、万里は今までどうやって異能を使っていたのか、どうすれば使えるのかが思い出せない。使い方の解らない異能など、あってないのと同じだ。
「これが《記憶流失》の力だ。特定の記憶を忘れさせることなど造作もない。使い方を忘れてしまえば、異能者は凡人に成り下がる。お前が侮った保持者にすら劣る無力な子供にランクダウンだ」
いくら念じたところで新たな武器を取り出すことのできない左手を見つめて万里は嘆息する。状況は理解した。まんまと敵の罠にかかって異能を封じられてしまったわけだ。ことが上手く運んだことがよほど面白いのか、鷺沼は随分と余裕の表情だ。
それを見て万里は思わず失笑する。
「あんた、面白いな」
「何?」
「能力を封じたくらいでもう凱旋気分とは、随分とおめでたい思考回路をしている」
「苦し紛れの負け惜しみか。見苦しい」
「能力を封じたら楽勝なんて発言は、たとえば桐子みたいな奴を相手に……いややめとこ、怒られそうだから」
本人がいないからといってあまり引き合いに出していると、そろそろくしゃみをしてエスパーで悟るかもしれない。
冗談はともかくとして、右手には拳銃が残っている。弾にはまだ余裕がある。楽勝はこちらの台詞だとばかりに万里は不敵に笑ってみせる。
銃を構える。しかし、まず狙うのは鷺沼ではない。十メートルほど先、公園の芝生の地面に設置された散水スプリンクラーを、公園管理者には申し訳ないと思いつつも緊急避難と言い訳して撃ち抜いた。
模擬弾程度でもスプリンクラーは難なく破壊できた。途端に水が噴き出し見境なしにシャワーを撒き散らし始める。万里も鷺沼も当然びしょ濡れ圏内だ。服がすぐさま濡れるのに万里は顔を顰めるが、鷺沼はそれ以上に不快な表情を見せる。それもそのはず、絶え間なく降り注ぐ雨のせいで、たとえ姿を透明にして隠したとしても、雨粒が当たってはそこに存在することが丸解りになってしまう。《鬼の隠れ家》の能力は無効化されてしまったわけだ、鷺沼は不愉快に違いない。
無論、スプリンクラーが届く範囲はさほど広くない。距離を取って仕切り直せば能力は再び有効になるだろう。だが、万里はそれを律儀に待つ義理はない。迅速に鷺沼との距離を詰める。
鷺沼が慌てふためき、その場凌ぎのつもりか、目玉がぎょろつく右手を掲げる。しかし、同じ手は二度も食わない。あの目玉は視線を合わせなければ、しかも三秒も時間をかけなければ忘却の異能を発動させられない。ネタの割れた目を呑気に三秒も見てやるお人好しがどこにいるというのだ。
翳された右手を、万里は存分に蹴り上げる。衝撃に鷺沼が顔を顰め、態勢を崩す。次いでよろめく鷺沼の頭蓋を鷲掴みにして、力任せに押し倒し地面に叩きつけた。
「ぐ、が……!」
鷺沼が呻き声を上げる。後頭部から思い切り叩きつけたのだから、間違いなく脳震盪を起こしているだろう。地面が芝生だったのがせめてもの救いかもしれない。
起き上がってくるようならもう一回アイアンクローを決めながら地面――次はコンクリのところ――に叩きつけてやるところであったが、お互いにとって幸いなことに、鷺沼はそのまま沈黙した。
「まあ、遺産ばかりをあてにするとロクなことにならないって教訓だよな。はい、没収」
おそらくもう聞こえていないであろう相手に容赦のない言葉を浴びせてから、万里は鷺沼の両腕から遺産の腕輪を剥ぎ取った。
こんな雑魚を相手にするだけで遺産を二つも回収できるなんて儲けものである。しかも最近は、桐子に邪魔をされることが多くてフラストレーションが溜まっていたが、厄介な奴に邪魔をされないとこんなに清々しいのかと、久しぶりに爽快な気分を味わった。
さて、万里の仕事はまだ終わりではない。消えた生徒たちを何とかするのが一番の目的である。万里は奪取したばかりの《鬼の隠れ家》を早速使う。
「えーっと、とりあえず能力を全部解除」
遺産は偉大なもので、こんな雑な命令でもちゃんときいてくれる。直後に、視界の端で景色がゆらりと揺らめく。見ると、公園の前に、先刻までは見えなかった大型トラックが現れている。
トラックに駆け寄り荷室の扉を開け放つ。中には舟織一高のジャージを着た生徒が数名、横たわっている。その中に伊吹の姿もあった。
どうやら鷺沼は目を付けた生徒を拉致してトラックでどこかへ連れ去るつもりだったようだ。トラックが出発してしまっていたら追いかけるのは至難の業だった。そうなる前に止めることができたのは不幸中の幸いだ。
薄暗い荷室に乗り込み、倒れた伊吹の傍らに跪く。どうやら気を失っているだけで目立った外傷もないと解り、万里は安堵の溜息をつく。あとは、この事態をどう誤魔化すかだ。トラックの荷室の中で目を覚まされたのでは、誘拐されかけた事実を隠し通すのは難しくなる。とにかく全員外に出すところから始めなければならない。
知った顔もちらほらと交じった生徒たちを順番に下ろして、ひとまず芝生に横たえていく。そこから先は、さてどうするか。全員歩き疲れて寝てしまったことにでもするか、と適当に考えていると、ふと、そういえば鷺沼を拘束もしないでほっぽり出していたことを思い出した。
「……ま、いいか」
生徒たちの安全の確保と事態を誤魔化すことが優先事項だ。遺産は回収したのだから、最悪、鷺沼が勝手に逃げ出したって構わないわけだし。
万里はそう結論づけ、生徒救出作戦を続行した。
★★★
忌々しい《武器庫》の異能者が呑気に生徒の救出をしている間に、鷺沼は目を覚ましていた。当然のように遺産は二つとも剥ぎ取られており、形勢不利と見た鷺沼は迷いなく逃亡を図った。
敵から充分に距離を取れたところで、頭を打ったせいでぼんやりしていた鷺沼も、ようやく現実を理解し、悔しさのあまりに悪態をついた。
「くそっ……あんなガキに邪魔されるとは」
貴重な遺産は奪われ、仕事は達成できず報酬はゼロ。収支は完全にマイナスだ。健康そうな子供を、騒ぎを起こさずに見繕う、ただそれだけの、簡単な仕事のはずだった。その子供が何に使われるのかまでは知らないし、特に知る必要もない、ただ、簡単な仕事で大金が手に入る、それだけが重要だった。美味しい上に楽勝な仕事だと思って引き受けたが、結果は散々。適当に選んだ高校生集団の関係者に異能者がいるとは想定していなかった。悪の秘密結社のメンバーが公立高校に通っているなんてイレギュラーな事態、想像するわけがない。
しかし、一度の失敗くらいで鷺沼は諦めるつもりなどない。次は別の、もっと楽そうなところを選んで仕事を進めよう、と鷺沼は決めた。
差し当たっては、仕事の結果の報告が必要だ。今回の仕事を依頼してきた「斡旋者」に連絡を取らなければ。ここで下手を打つと、フリーの自分には今後仕事が回ってこなくなる。上手い言い訳を考えよう、と思考を回転させる。
考えなければならないことは多い。忙しく思考を巡らせながら歩いていく。と、行く先に立ちはだかる人影に気づき、鷺沼は足を止めた。髪の長い女だった。
「なんだ、お前」
鷺沼は警戒しつつ誰何する。女は応えない。答えの代わりに、女は肌がひりつくような殺気を放つ。
《武器庫》の異能者を相手にしていた時でさえ感じることのなかった鋭い殺気に、鷺沼は足が竦んだ。逃げなければならない、と本能が危機を叫んでいた。
しかし、逃げる間は与えられなかった。謎の女は、凶悪な笑みを浮かべ、手にしていた刀で鷺沼を一閃する。
★★★
できるだけのろのろと歩を進めた。人数が足りないこともそうだが、それ以上に「それどころじゃない」という気分だったから、演劇の練習などできるはずもなく、桐子はやきもきしながら歩いていた。
事情を知らない雪音は、万里のいい加減な言い訳を真に受けているから、さほど心配した様子ではなく、「早く走ってこないかな」と何度か呟いたくらいだ。雪音はそれでいい。おかしな事情に首を突っ込む必要はない。
ただ、桐子の方は裏事情を知っているので、心配で仕方がない。万里の心配はさほどしていないが、伊吹や他の生徒たちのことが気になる。ただ、それをあまり顔に出すと雪音に不審がられるだけなので、努めて冷静に、寧ろ「なにちんたらしてるんだ男たちは」くらいの表情でいるようにしている。
そんなもやもやとした気分でしばらく歩いていると、激しい足音が響いてきた。雪音と揃って立ち止まり振り返る。伊吹が大きく手を振りながら走ってくる。そしてその後ろから万里がマイペースに歩いてくる。
「あ、二人ともやっと来たー!」
「いやそこまで来たなら最後まで走りなさいよ万里」
雪音は無邪気に喜び、桐子はサボろうとしている万里に苦情を申し立てた。伊吹がぜえぜえと息を切らしながら追いついてきて、それに遅れること十数秒、万里も渋々の表情ながらも小走りにやってきた。
「五十嵐君、遅いよー。って、待ってって言われたの、気づかないで進んじゃったのも悪いんだけどね。ごめんね、五十嵐君」
「いや、いいんだよ。てか、俺、碓氷が迎えに来るの待ってる間に公園でうとうとしてたみたいでさ、寝て起きたら寝る前のこととかすぱっと忘れちゃったし」
「そうなの? 台本は忘れてないよね」
「それは大……、大丈……夫?」
「自信なさげじゃないの!」
しっかりしてよねー、と雪音がばんと伊吹の背を叩き、それが合図になったように、再び歩き出す。雪音が笑いながら伊吹をからかい、伊吹は苦笑しながら応じる。それを後ろから眺めながら桐子も歩を再開する。隣に万里が並ぶので、視線は前に向けたまま言う。
「みんな、無事だったのね」
「ああ」
「よかった……まあ、今回は、全員を無事に助けて事態を穏便に済ませたことに免じて、あなたがちゃっかり懐に収めた遺産については言及しないことにします」
「あ、やっぱりばれた?」
「あなたが率先して行ったのは、そういう目的も少しはあっただろうとは思ってましたから。けれど、五十嵐君が無事だったのだから、大目にみます」
「そりゃどーも」
「ところであなた、髪、濡れてない?」
「あ、やっぱりばれた? 着替えはさ、いくらでも持ってるんだけど、さすがに髪までは乾かせなくて。いや、ドライヤーもあるんだけど、電源がなくて」
よく解らないが、とりあえず、万里が少しは苦戦したらしいことと、彼の《武器庫》には武器に限らずいろいろな物が収まっているということだけは解った。
「敵は何者だったの」
「金目当てで高校生を拉致しようとした遺産保持者」
「身代金目的?」
「いや、人身売買に近いニュアンスのことを言っていたかな。けど、肝心なことを聞く前に」
「逃げられたの」
「逃げられて、探して追いついたんだけど……」
万里が歯切れ悪く言うので、ちらりと表情を盗み見する。すっきりしないような、浮かない顔をしている。
「話ができない状態だった。意識はあるんだが、声をかけても反応がないし、まるで廃人みたいだった」
つまり、万里が目を離した隙に、敵にトラブルが起きたということか。
「仲間から切り捨てられたってことかしら。それで、口封じに何かされたとか」
「……ってことかな。まあ、俺としてはだいたいの目的は果たしたから、何だっていいんだけどさ。思いっきり高校生の身分をばらしたまま戦っちゃったから、忘れてもらえるのは助かるし」
釈然とはしないものの、考えたところでどうしようもないし、特段困ることはないからまあいいや、ということで万里の方は納得したらしい。今回戦闘に参加しなかった桐子としては、文句などあるはずもないので、話はそれきりになった。
そこから先は、ただの学校行事だ。四人は遅れた分を取り戻すべくハイペースでゴールを目指した。




