表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/114

2言うほど苦労してなかったよね

 常に不敵な笑みを浮かべていて、飄々として掴みどころがなく何を考えているのかよく解らない、人を食ったような態度でいつも桐子の仕事の邪魔をする男、名を万里(バンリ)という。年の頃は桐子と同じ十代半ばくらいに見えるが、正確には知らない。彼のことは、名前と、能力と、所属しているのが「救済社(セイヴァース)」という組織だということ、それくらいしか解っていないのだ。

 だが、彼は敵である――それだけはっきりしていれば問題はない。桐子は眦を吊り上げる。

「ちょっと、人が苦労して手に入れたものを横から当たり前のように掻っ攫わないでくれる?」

「いやぁ、俺、知られるとマズイ秘密、結構抱えてるもんでさ。近づけないで困ってたんだよね。桐子が回収してくれたから楽々任務完了ってね。一応礼を言っておくよ。あと、君、言うほど苦労してなかったよね」

 いつからこちらの様子を窺っていたのか、話しぶりを聞くに、桐子が仁科からあっさり《機密文書》を強奪したところは見ていたらしい。仁科が片付いたのを確認した後、逃走経路を読んで先回りし、桐子が気を緩めた頃に奇襲したというところか。そんなにずっと監視されていたのに気づかず、こうも簡単に先手を打たれるなんて不覚である。桐子は悔しさで頬を紅潮させながら叫ぶ。

「お礼なんか求めていないから、それを返しなさい。遺産は私たち、騎士団が適正に管理するべきもの。悪用するような組織に渡すわけにはいかないわ」

「悪用じゃなくて、有効活用って言ってほしいね。『奇跡を起こせる力で、奇跡を起こして何が悪い』ってのが、うちのボスの信条でね。俺もそれには同感だ。使えるものは使うべきだ、おたくの組織の倉庫で埃をかぶらせておくんじゃ勿体ない」

 遺産はまだまだ未知の部分が多く、調査研究すべき貴重なアイテムではあるが、その超常の能力を個人の欲望のためにほいほい使うべきではなく、ゆえにもれなく回収・管理すべきである、そしてそのような公明正大なことができるのは自分たちだけである、と考えているのが、騎士団だ。対する救済社は、せっかく便利な能力があるのだからどんどん使って世の中を便利に回していこう、そして悪用と有効活用の線引きは、清廉潔白な自分たちならきっちりできる、と考えている。

 それぞれ、自分たちの行動理念は信じているが、相手のことは信じていない。お互いに「そんなこと言っても、裏で悪用してるんだろ」くらいに思っている。ゆえに、いつまでたってもお互いを認めることはできないのである。

 互いの考え方が平行線であるのは解っていた。交渉は無意味、説得は無駄。ならばやるべきことは決まっている。

「力ずくで取り返すしかないようね。少しくらい痛い目を見ても、文句は受け付けませんから」

「そっちこそ、威勢よく啖呵を切るのはいいけれど、恥をかいても知らないからな」

 言うや否や、万里の右手が持ち上げられ、持っていたアンカーガンが消えさり、その代わりにどこからともなく現れた拳銃を掴み取る。何もなかったはずの場所から物を出現させる華麗な手際はまるで手品師のようだ。しかし、彼の場合は、手品と違って種も仕掛けもない。異空間に保有する武器を自由に出し入れすることのできる力こそが彼の異能力、《奇術師の(マジシャンズ・)武器庫(シェルター)》である。

 《武器庫》に溜め込んだ武器を自在に操り、ナイフを使ったと思ったら次は拳銃、果てはライフルまで持ち出すといった具合で、予測不能で多彩な攻撃で敵を翻弄するのが万里のやり口である。彼と幾度となく相見えている桐子だが、万里の武器が底をついたところは見たことがない。

 しかし、どんな武器を持ち出そうが関係ない。避けて避けて避けまくり、脚の速さだけで乗り切るのが桐子のスタイルだ。

 万里が引き金を引く。乾いた銃声とともに弾丸が飛び出してくる。桐子は素早く駆け抜けて行く。銃弾なんて、遅い遅い。走ることは大得意だ、こんなノロい弾に当たるものか。

 敵に肉薄するや、桐子は腰のベルトに差した伸縮式の特殊警棒を引き抜く。手首のスナップで伸ばして、振り上げる。万里の右手の拳銃をピンポイントで狙って弾き飛ばす。返す刀で今度は側頭部を狙う。万里は焦りもせず、左手の本を盾代わりに構えて桐子の攻撃を受け止めた。その行動に、桐子の方が目を剥く。

「って、貴重な本でガードしないでちょうだい! 傷物になったらどうしてくれるの!」

 あろうことか、さっき人から奪った《機密文書》をよりにもよって防御に使っている。乱暴に扱って、表紙の石――遺産の核にヒビでも入ったら大変だ。大事な遺産、敵に奪われるのは勿論困るが、壊れたものを持ち帰るなどというのも言語道断だ。

 万里の方は、うっかり壊しでもしたら自分だって困るはずなのに、荒っぽい扱いをしておいて涼しい顔をしている。

「だって、君が俺の銃を雑に吹っ飛ばすからいけないんじゃない」

「あなた、一つくらい失くしたって、腐るほど持っているでしょう」

「まあね」

 そう言う万里の右手は、いつの間にか二挺目の銃を握りしめている。ほぼゼロ距離からの、躊躇のない発砲。普通だったら直撃コースだ。

 しかし生憎、桐子のスピードは普通ではない。指先がトリガーを引き絞るコンマ一秒の間に高々と跳躍して回避、弾丸は空を切る。くるりと上空で一回転する様は優雅な舞のよう。そしてその回転の勢いを乗せたまま、ブーツの踵を万里の肩にお見舞いしてやる。

「痛ッ!」

 万里が思い切り顔を顰める。渾身の踵落としは相当効いているらしく、万里が本を取り落す。桐子は着地と同時に追い打ちの回し蹴りを仕掛ける。しかし、流石にそこまで上手くは行かない、万里が焦りながらもバックステップで回避して距離を取った。

 ノックアウトできなかったのは口惜しいが、本来の目的は奪われた物を取り返すこと。桐子は見せつけるように強気に笑いながら、万里が落とした《機密文書》を拾い上げる。

「ここで退くのが賢明じゃないかしら。この私が、手負いのあなたに後れを取るとは思わないことね」

「相変わらず強烈な蹴りだな。肩、めちゃくちゃ痛いんだけど。まったく、明日は大事な予定があるってのに、どうしてくれるのさ」

「なら、尚更さっさと諦めることね。まあ、これに懲りて、人の獲物を横取りしようなんて不埒なことは……」

 と、勝ち誇ったかのように滔々と説いていた、その時。

 手の中の《機密文書》が、突然、()()()()()

「――え?」

 何かの錯覚だろうかと考え直す暇さえなかった。手の中の物体はなぜか突如として、持ち上げていることすら困難なほどの重さに変化した。あまりの重さに、桐子の右手は重力に引きずられて、バランスを崩す。

 結果として、三秒前まで格好つけていたというのに、間抜けにも転倒してしまった。この上なく恥ずかしく、屈辱的な失態である。

 羞恥で顔を赤く染めながら、いったい何がどうなっているんだと、桐子は右手の《機密文書》を見遣る。未知の力を秘めたアイテムだ、どんなことが起きても不思議ではない、とはいえ、いきなり砲丸並みに重くなるとはどういう了見だ、と桐子は苛立ち気味である。

 ところが、手の中にあるものを見て、桐子は唖然とする。本を持っていたはずなのに、右手はなぜか、本当に砲丸を後生大事に握りしめている。こんなものを持った覚えはない。いったいどこから湧いて出てきた、この砲丸。

 忍者も驚きの入れ替わり現象に、目を白黒させて一通り驚いていると、

「はははっ、間抜けな格好だな!」

 聞いた人間の神経をもれなく逆撫でするような高笑いが聞こえてきた。声のする方を振り返ると、いつからそこにいたのだろう、夜闇に紛れ、屋上には第三の人物が立っていた。

 ぼさぼさの長髪を金色に染めていて、まるでライオンのたてがみみたいな髪をした若者だった。そして、そんな目立つ髪型などどうでもよくなるくらいに衝撃的なのは、その男の右手が《機密文書》を握りしめていることである。いったいなんの手品だろう、桐子が持っていたはずの遺産が十数メートル離れた場所に立つ男の手に瞬間移動していたのだ。

 桐子は意味の解らない砲丸を放り出して立ち上がる。こんな安い挑発をされるとは舐められたものだ。ここは一つ、大人な対応で華麗に受け流してやろうじゃないか。桐子は笑みさえ浮かべながら言う。

「誰よあなた。ぽっと出のモブ風情がいきなり人を嘲笑しようとはいい度胸ね。今すぐ遺産を返しなさい。そして針山でスライディング土下座なさい」

「いきなり罵倒がトップギアだぞ。安い挑発に乗るなよ、大人げない」

 万里から呆れたツッコミが入ってはっとする。いけないいけない、ついギアを入れ間違えてしまった。桐子は努めて冷静になろうとする。

「あなたは何者なの。その遺産をどうする気よ」

 ひとまず落ち着いて誰何をやり直す。

「超常の力を持つ遺産を奪い合う二大勢力はお前たち、騎士団と救済社だっていうのは、裏の世界じゃ周知の事実……だが、だからといってその他の組織が遺産を諦めているわけじゃない。こうやって虎視眈々と、漁夫の利を狙ってることを覚えておいた方がいいぜ」

「あっ、さては」

 万里が何か閃いたように横手を打つ。

「聞いたことがあるな、一瞬で物体を入れ替える異能者……『不埒な倶楽部』とかいう組織の大なんとか林」

「『プラチナ倶楽部』だ、悪意のある間違いをするな! そして名前は大林だ、そこまで解っているならわざわざ『なんとか』をつけるんじゃない!」

 相手も割と煽り耐性がない男らしい。

 大林はわざとらしい咳払いで切り替えると、余裕たっぷりの笑みを浮かべる。

「お前たちは勝手にいつまでも争ってろよ。その間に、遺産は俺がいただいていく」

「あんまり調子に乗らないことね。あなたなんか、その気になれば一瞬で――」

 捕まえられる、と言おうとした瞬間、桐子は盛大にコケた。「ひゃん」と間抜けな声を上げながら。大林に向かって一歩踏み出そうとした途端にこのざまである。大林はここぞとばかりに大笑いする。

「馬鹿め! お前がブーツ型の遺産を使って高速で走れることは調べがついてるんだよ。そんな便利なブーツは没収、代わりにお前にはそれがお似合いだ」

 どうやら物体入れ替えの異能で桐子のブーツを奪い取ったようだ。ブーツと入れ替わりで桐子が強制的に履かされているのは――足元を見遣ると、下駄である。

 大人の対応にも限度がある。とことん屈辱的な扱いをされた桐子は、そこでキレた。

 静かに立ち上がり下駄を脱ぎ捨てる。怒りを通り越した目は昏い色をしている。

「何か勘違いしているみたいですけれど」

 不自然に低いトーンの声で前置きして、桐子はすとんと膝を曲げて腰を落とす。一拍の後、それをバネのように伸ばす勢いで一気に飛び出した。

 その速さは、ブーツを履いていた時と何ら変わりはしない。目で追えないほどの超高速。一瞬にして敵の眼前に迫る。大林は高笑いで口を大きく開けたそのままで凍り付く。想像の埒外の展開に唖然としていた。

「間抜けな男ね、そのブーツは遺産じゃないわ。私が先月買ったばかりの二万円のブーツですから」

 静かに怒りを爆発させた桐子は、敵に容赦のない金的蹴りをお見舞いした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ