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18どうにも厭な感じがする

 一時十分前になり、昼食を終えた桐子たちはシートを片づけ立ち上がる。周りを見回すと、他のグループもぼちぼち後半戦を開始するようで、休憩を終えて生徒たちがぽつぽつと公園の出口へと向かう。

「忘れ物、ないよね」

 座っていたところには何も落ちていないのを全員で確認する。途中まで行って忘れ物に気づいて戻ってくるのは大変なので、ここは慎重に。

 ここから先のルートは、お散歩ロードをひたすら延々と歩いていくことになる。道の周りにあるのは、ほぼ田んぼか畑か住宅らしい。店は勿論、自動販売機もトイレもこの先にはしばらくない。お散歩ロード全体で見れば、要所には休憩所が整備されているのだが、歩く会で通るルート上には丁度そういった施設がない。この清見御池公園が、全行程の中でほぼ最後といっていいマシな休憩場所なのである。ここがまだ半分の折り返し地点だというから、なかなか恐ろしい話である。

 ともあれ、飲み物の調達と手洗いはここで済ませていく他ないわけだ。

「じゃ、各自用事を済ませたら、公園出口に一時までに集合ってことで」

 伊吹が号令して、しばしの解散となる。

 桐子はショルダーバッグに仕舞ったペットボトルを取り出して軽く振ってみる。スポーツドリンクはまだ半分ほど残っている。このペースなら、追加の飲み物は必要ないだろう。手洗いだけ済ませようと、女子トイレに向かう。雪音も同様で、トイレだけ行っておくようだった。

 だいたい女子たちは同じようなことを考えているようで、少々混雑していたが、屋外にしては比較的個室が多いため、さほど待たずに済ませることができた。

 外の水道で手を洗い終えると、ふと、足元に何か落ちているのに気づいた。

 拾ってみると、緑色のリストバンドだ。桐子はそのリストバンドには見覚えがあった。

「どうかした?」

 隣の雪音が声をかけてくる。

「落し物。たぶん、木場(キバ)ちゃんたちがおそろいでつけてたものだと思うんだけど」

 午前中に自分たちを抜いていった木場香波(カナミ)たちのグループの姿を朧げに思い浮かべながら言うと、雪音が得心したように頷く。

「あー、そういえばつけてたね、そんなの。手を洗う時に外して、落としてっちゃったのかな」

 桐子は腕時計で時刻を確認する。まだ集合時間まで五分ほどある。

「まだ近くにいないか、ちょっと見てくるね」

「オッケー。じゃ、先に出口で待ってるから」

 雪音と別れ、桐子は近くを探すことにする。もう出発しているかもしれないが、一時までだらだらと休憩していてくれれば渡せる可能性もある。

 清見御池公園は舟織一高からはそこそこ距離があり、一高に通う生徒は半数以上が舟織市在住、つまり、一高に通う生徒は滅多にこの公園には来ない。そのため、かなりの面積がある池や、その周りにあるちょっとした芝生の丘など、物珍しくて遊んでから出発する生徒もいるようなのだ。池の柵近くに集まって、泳いでいる鯉を指差しはしゃいでいる女子などもいるので、木場ももしかしたら近くにいるかもしれない。

 そう思って歩いてみると、幸運にも、子供向けの遊具が設置された広場の方に木場の姿があるのを見つけた。久しぶりに見た遊具に童心にかえっているのか、木場たちは代わる代わるブランコに乗り、かなり勢いよく立ち漕ぎをしている。ここまで散々歩いてきて、そしてここからも散々歩くのに、元気が有り余っている様子だ。

「木場ちゃん」

 桐子が手を挙げて駆け寄っていくと、木場が気づいて、ブランコから飛び降りる。ギコギコとしばらく揺れるづけるブランコを背に、木場が歩み寄る。

「上原ちゃん、どったの」

「これ拾ったの。誰か落としたでしょう」

 桐子がリストバンドを差し出すと、木場は不思議そうに首を傾げる。

「私のじゃないなぁ」

 そう言う木場の右手には、緑色のリストバンドが確かにある。それから木場は後ろの二人を振り返って問いかける。

「ねえ、誰かリストバンド失くした?」

 問われた二人は己の右手を挙げて、そこに確かに自分のリストバンドがあることを示す。木場は更に首を傾げた。

「うちら全員、ちゃんと持ってるよ?」

「あれ? おかしいわね」

「折角持ってきてくれたのに、ごめんね」

「ううん。じゃあ、別の人がたまたま同じの持ってて落としたのね。解ったわ、学校に着いたら先生に届けるね」

 持ち主不明のリストバンドをとりあえず鞄に突っ込み、桐子は踵を返す。うろうろしているうちに、まもなく集合時間になりそうだ。急がなければと、桐子は木場たちと別れ、足早に公園出口の方へ向かう。

 と、数歩も歩かないうちに、桐子はスピードを緩め、立ち止まる。

 なんとなく、胸がざわつく。どこか不安な気分に襲われる。はっきりと何かがおかしいと言えるわけではない、ただ、何かが違う気がする。

 なんだろう、とてももやもやする――胸に不快感を蟠らせたまま、しかし雪音と万里を待たせていることを思い出し、桐子は再び歩き出す。

 小走りに出口まで行くと、既に雪音たちは待っていた。

「あ、桐子。カナたちに渡せた?」

「ううん……木場ちゃんとはブランコのところで会ったんだけれど、誰も落としてないって」

「え、じゃあ、別の人のだったの」

「そうみたい。とりあえず、学校で先生に渡そうと思って」

「そっか。……じゃ、みんな揃ったね。出発しようか」

 雪音が先陣を切って歩き出すので、桐子もそれに続いて、後半戦がスタートした。時刻は丁度午後一時だった。

 お散歩ロードのうち、歩く会のルートになってい部分は、歩いても歩いても周りの景色がほぼ代わり映えのしない道で、自分が今どこを歩いているのか、先があとどれだけあるのかがいまいち掴みにくく、しかもそこそこ疲労がたまっている後半戦で通ることになるので、精神的にはきついところだ。じっくり見れば、沿道に咲いている花々や遠くに見える山並みを眺めて、自然を愛でて安らぐこともできるのかもしれないが、生憎高校生たちはこの苦行を終えることだけに傾注していて、自然観察どころではない。道自体が平坦になっているのがせめてもの救いだろう。

 公園を出て五分くらいのところで、筋骨隆々の男子集団が「よし、ラストスパートだ!」と威勢よく走り抜けて行った。彼らの言うラストスパートがあまりにも長そうで、桐子はげんなりする。あの元気はとても真似できない。

 不意に万里が立ち止まる。目の端にそれを捉えた桐子もつられて止まるが、前を歩いていた雪音は気づかずに数メートル先行する。

「芦屋、ごめん」

 雪音がある程度進んだところで万里が声を上げる。雪音が振り返ると、万里は苦笑しながらその場でしゃがむ。

「靴紐解けた。少し待って」

「ん、オッケー」

 雪音は立ち止まり万里を待つ。

「どんくさいわねえ」

 隣で桐子は呆れる風を装って言いながら、万里が口を開くのを待つ。今のは大方、雪音に聞かれたくない話をするのに、わざと靴紐が解けたふりをして距離を取ったというところだろう。

 案の定、万里はゆったりと両足のシューズの紐を結び直しながら、顔を上げないまま言う。

「君も、何か違和感を覚えているだろ」

「も、ってことは、あなたもなのね」

「公園を出てから、どうにも厭な感じがする。はっきりと何がおかしいとは言えないんだけどさ」

「……遺産が関わっている?」

「どうかな」

 本来、学校行事中に遺産だの異能の話をするのはタブーだ。だが、時に災いというのはこちらの都合などお構いなしに襲いかかってくる。桐子と万里、異能者二人が違和感を覚えている現状。切迫した事態なら、二人で醜く喧嘩している場合ではない。学校にも組織にも内密に、迅速かつ穏便に解決する必要がある。

 ただ、現時点ではその解決すべき事態が何なのか、あまりにも漠然としすぎていて解らない。

「少し気をつけていた方がいい」

「解ったわ。何か起きたら、あなたを捨て駒にして私は雪音と逃げます」

「それ本人に向かってバラさないでくれる?」

 万里は笑みを引き攣らせていた。

 靴紐で時間を稼ぐにも限度がある。不自然にならないよう、会話は最低限で切り上げ、雪音に追いついた。

 丁度同じタイミングで、後ろから早足で歩いてきた加藤千鶴が横に並んだところだった。すると雪音が首を傾げる。

「チヅ、割と序盤で私たちのこと抜いてったよね。昼の公園で私たちが抜いてたってこと? だいぶゆっくりしてたんじゃない、お昼」

 加藤は恥ずかしそうに笑う。

「実は、お菓子を食べ始めたらおやつタイムが終わらなくなっちゃったのよね」

「昼休憩の時間だったのに、勝手におやつタイムにしちゃったの?」

 流石製菓部である。

「だって、つい色々と持ってきちゃってたのよね。フルーツサンドでしょ、スコーンでしょ、プチケーキでしょ」

 まるで優雅なアフタヌーンティーかのようなラインアップだ。遠足のおやつのイメージからは程遠い。桐子も思わず呆れてしまう。

「それ、全部一人で持って来たの」

「歩く会なんて怠いイベント、おやつがなくっちゃやってられないわよ! でも、ちょっと気合入れないと、可処分エネルギーが贅肉に化けちゃうよね」

 そう言って、加藤は軽いジョギングくらいのペースで去って行った。

「何だか、ザ・製菓部ってカンジだね」

「そうね。……私たちも、劇の練習、しようか」

「うん」

 雪音が鞄から台本を取り出す。

「えーと、じゃあ、シュウが教会に乗り込んでくるシーンから……」

 昼前に中断したところでページを開くと、続きはシュウの台詞から始まる。

 ところが、始めよう、と宣言したところで止まって、なかなか練習が始まらない。というのも、一番最初に読み上げられるはずのシュウの台詞を誰も言わないからだ。

「あれ?」

 雪音が眉を寄せる。

「シュウ……五十嵐君は?」

 言われて、桐子はさあっと血の気が引いた。

 伊吹の姿がないことに、全員が、今初めて気づいたのだ。

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