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15あなたの小細工より

 仕掛けるタイミングを計り、桐子は霙の一挙手一投足に注意する。すると、あることに気づいた。闇の中で銃をぶっ放していたはずの霙だが、今、手には銃を持っていない。右手にはライター、左手には藁人形を持っている。

 桐子は怪訝に思い、ポーチに手を触れる。先程万里が奪って放り投げた藁人形は、今は確かに桐子が持っている。いつの間にか奪い返されたのだろうかとヒヤリとしたが、どうやらそういうわけではない。ということは、霙が持っているのは別の藁人形ということになる。

 疑問を感じ取ったのか、霙は愉しそうに語る。

「これは私が持ち歩いているものよ」

「藁人形を携帯する女って何よ、普通に気持ち悪いわ!」

 桐子はヒステリックに叫ぶ。悪趣味すぎて、背筋がぞわぞわしてきた。

「ふふ、調子に乗っていられるのも今のうちよ。これが私の武器。この人形には《聖杯》の力で呪いが満ちている。誰に呪いが発動するか、解るわよね?」

 嗤いを堪えきれないといった調子で問いかけてくる。そんなの知るか、と返そうとしたが、しかしその前に霙は人形をライターの火で炙った。

「この人形には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その言葉を向けられた先は、万里だ。

 呪いには相手の体の一部を使う。髪の毛や爪の先などがお手軽に手に入るが、血液だって勿論有効に違いない。

「マジか……」

 隣で万里が自嘲気味に笑う。ふらふらと体が揺れたと思ったら、彼は崩れるように蹲った。いつの間にか、万里の首筋にはじっとりと汗が浮かんでいる。

「まさか」

 思わず手を伸ばすが、体に触れた瞬間、あまりの熱さに桐子は反射的に手を引っ込めた。何かの間違いで火の中に手を突っ込んでしまったような、尋常ではない熱さだった。

 桐子は手を引けばそれで済む。だが万里は逃れることのできない灼熱に晒されている。

「生きたまま焼かれる気分を味わえるなんて愉快でしょう」

「あなた、やっぱり趣味が悪いわね」

「あら、生意気。けれど、そんな態度でいいのかしら。あなたが口答えをしたりおかしな動きをしたら、私はもっと酷いことをしたっていいのよ。ナイフで切り刻んであげたり、首をもいだりね」

 残酷な処刑法を笑いながら並べ立てる霙に、桐子は嫌悪感を抱く。やはりこの女は気に入らない。

 熱を逃がすように荒々しく息をする万里を見下ろし、桐子は小さく溜息をつきながら、警棒を腰のベルトに戻す。抵抗を諦めたと見たのか、霙は更に笑みを深くする。

「私がどうしてさっさと呪い殺さないであなたを苦しめているか解る? あなたたちは私に従うしかない状況……あなたたちが所有している遺産の場所を教えてもらうわよ」

 解りやすい脅迫に、万里が顔を歪めて舌打ちする。

「《聖杯》だけじゃ飽き足らず……他の遺産まで、根こそぎ横取りする腹積もりか……」

「当然、拒否できないでしょう? まあ、これ以上地獄を見たくなかったら、早いうちに白状することね」

「あなた、馬鹿じゃないの」

 霙が勝手に万里を脅し始めたので、桐子は話に割って入った。どうやら霙は主導権を握ったと思っているようなので、桐子はすぐさまその勘違いを正すべく宣言する。

「馬鹿なあなたに、二つ教えて差し上げます」

 冷たい視線で睨みつけてやれば、霙はぴくりと眉を寄せる。

「何ですって」

 調子づいてきたところを挫かれた霙は若干不機嫌そうな顔を見せるが、桐子は構わず霙のほうへ歩いていく。

「下手な動きはしないように言ったはずだけれど」

 敵が警告をくれるが、桐子は構わず歩を進めつつ懇切丁寧に説いてやる。

「一つ。私はうちの遺産を渡すつもりはありません。だって、私と万里は仲間じゃないんですもの。人の話を聞いていなかったのかしら、私は騎士団で、彼は救済社。つまり、敵同士。要するに私は万里がどうなろうと知ったことじゃないの。万里を人質にしても無駄です」

 酷いなぁ、と万里が小さくぼやくが、無視する。

 霙は恐喝をさらっと無視して接近する桐子に焦りを見せ始める。はったりかどうか、判断しかねているのだろう。もうさっさとトドメを刺してしまうべきか、しかしそれでは情報は得られない。どうしたものかと、霙が戸惑っているのは手に取るように解る。しかし、今更慌てたところでもう遅い。

「そして、もう一つ」

 ふっ、と息をつく。腕を引いて、右の拳を握りしめ、思いっきり勢いをつけて、霙の顎先を打ち上げた。華麗なアッパーカットが決まり、霙の体が浮き上がる。男女平等の名のもとに容赦なく繰り出されたパンチで、霙は白目を剥いて一発KOである。

「あなたの小細工より、私の拳のほうが勝りますから」

 格好よく言い放ち、肩にかかる髪を払う。

 欲張って他の遺産まで狙いなどせず、さっさと逃げるか、とっととトドメを刺すかしていたら、もっと違った結果になっていただろうに。二兎を追うものはなんとやら、である。

 そんな教訓話を噛み締めつつ、ふと見上げると、霙の手から離れた藁人形が宙を舞っていた。あれが地面に落ちたら、たぶんまずい、万里が。はっきり言って万里を助ける義理はないのだが、この状況なら《聖杯》は順当に桐子が手に入れられる。苦労したのに遺産を取れずじまいで帰ることが確定した憐れな敵に、これ以上の仕打ちをすることはないだろう。ここで恩を売っておいて後々優越感に浸るのもいい。

 素早く損得勘定を済ませた桐子は軽いジャンプで空飛ぶ人形を掴み取る。

 そして着地――しようとしたとき、地面に落ちていた大きめの石を丁度運悪く踏みつけ、ブーツの底がぐりっと厭な感じに捩じれてバランスを崩す。

「あ」

 間の抜けた声を漏らすと、

「『あ』じゃねえ、この馬鹿っ――!」

 万里の悲鳴のような叫び声が響き渡り――


★★★


 朝、教室に顔を出すなり、一番前の座席に着いて一限目のテキストを用意していた雪音がぎょっとして声を上げた。

「碓氷君、どうしたの、その顔」

 万里はさも大したことではないかのように、しらばっくれて言ってみる。

「目立つか」

「目立つよ、青タン。転んだの?」

 雪音が指摘するように、万里の額には内出血の痕がある。どうやら前髪で隠すには無理があったらしい。強打したことによる怪我だが、転んだわけではない。しかし雪音に詳しい説明はできないので、曖昧に頷いておく。

 自席に着くと、数秒違いくらいで桐子が登校してきた。いつも通り雪音に挨拶をした桐子は、万里と目が合い立ち止まる。桐子の方は雪音と違って特に驚いた様子はない。が、すぐにそれではまずいと思ったのかはっとした顔になり、オーバーに驚いた声を上げる。

「やだ、万里、どうしたの、その怪我」

「あはははは、ちょっと転んで」

「気をつけなきゃ駄目じゃないのー」

 棒読み気味に言ってぎこちなく笑い合いながら、万里は内心で、誰のせいだと思っているんだこの野郎、と苛立ちを全開にした。

 余計なことをしないでくれれば、ここまで酷い痣にはならなかったはずだ、と万里は思う。桐子はもしかしたら気を遣ってくれたのか憐れんでくれたのか知らないが、結果としてはそれが裏目に出た。呪法が発動したままの藁人形を持ったまま、桐子は石に蹴躓いてすっ転んだ。敵を一撃でKOして気が緩んだのかもしれないが、脚技を売りにしている異能者が転倒するなんて、面白すぎる冗談じゃないか。おかげで人形は地面に叩きつけられてその後駄目押しとばかりに上から桐子が伸しかかった。頭を金鎚でぶん殴られた上に特大の石臼を落とされたような、踏んだり蹴ったりな気分だった。

 最初こそ申し訳なさそうにしていた桐子だったが、万里が苛立ちに任せて「重い!」と叫んでしまったのもまずかった。桐子は我に返ったのか、自責の表情を綺麗さっぱり吹き飛ばして代わりに怒りの形相を浮かべ、「女子に向かって重いとは何事よ」と、満身創痍の万里を当然のように放置し、霙の懐からしっかり遺産は回収して、さっさとトンズラしてしまった。

 以上が、昨日深夜の出来事である。それから既に丸一日は経っているのだが、痣はまだ引かなかった。

 事態の元凶である桐子が白々しくすっとぼけているのが大変癪に障るが、そこは大人な対応で笑ってスルーする。ただし、次に戦場で会ったら容赦しないからな、と存分に怒りを滾らせる。

「怪我しているのに何だけど、部活は出られそう?」

 雪音に問われ、万里は脳内でスケジュールを確認する。今日は特に会社から仕事の指示はない。怪我も見た目ほど酷いわけではないから、休むほどでもない。

「ああ、出るよ」

「そう、よかった。仮入部期間も終わって、本格的に部活動開始なんだよね。部長が早速、文化祭公演に向けた話をしたいらしいよ」

「文化祭公演?」

 帯刀生徒会長に半ば脅されるようにして入部したので、活動内容についてはほとんど把握していない。万里が首を傾げると、雪音が説明してくれる。

「まずは校内での舞台を成功させて新入部員に度胸をつけさせるというコンセプトだから、一年生がメインになるのが文化祭公演なんだって。もっとも、今年に限っていえば五人しかいないわけだから、全員が頑張るわけだけど」

 演劇初心者の万里は初歩的な質問をしてみる。

「演劇って、五人で何とかなるものなのか」

 対する雪音の答えはシンプルだった。

「何とか『する』んだよ」


★★★


 部長の弓香がお誕生日席に陣取り、一年生四人は女子と男子に別れてテーブルを挟んで着席した。演劇部、第一回のミーティングである。

「私たち演劇部の最初の公演は、六月第二週の土曜日、翌日曜日に行われる文化祭での、文化祭公演です。毎年、両日に一回ずつ、体育館のステージ公演の枠を貰っています。枠は他の部との取り合いになるけど、だいたい例年、午後に三十分の枠を貰えるので、そこで短い劇をやります」

 概要を説明した後、弓香はテーブルの隅に積み上げてあった冊子を配布する。数十枚のA4用紙をホチキスで留めてある手作りの冊子で、コピーしたてらしく触るとまだ温かい。表紙には「文化祭公演用台本」と書かれている。

「演じるのって、オリジナルの劇なんですか」

 ページをぱらぱらとめくりながら雪音が問うと、弓香は大きく頷く。

「その通りです。毎年卒業生が追い出される時に、演劇部にオリジナルの台本を書いて贈ってくれるんです。それを、OBOGが見に来る文化祭公演で新入生が演じるというのが、うちの伝統なんです」

 つまり、この台本は去年の三年生が残していったものというわけだ。しかし、この台本を用意した時、三年生は演劇部が廃部の危機に瀕することを予期していたのだろうか。心配になって、桐子は訊いてみる。

「五人で演じられるようになっているんですか」

「そこは大丈夫です。若干修正するようにはなるけれど、主要人物は四人で収まるようになっています。えっと、ざっくり内容を説明するとですね」

 既に台本を読みこんでいるらしい弓香が概説する。



 時代は現代。場所はとある街のとある高校。

 主人公のケイはとある製薬会社の御曹司。いずれ会社の跡継ぎになることが決まっている男子高校生である。彼と同じクラスにはヒロインであるリンが在籍しているが、彼女はライバル会社の社長令嬢。この二人、敵対する会社の人間同士で、仲良くすることは許されない身であるが、実はお互いに想いを寄せている。

 会社や家族に内緒で逢瀬を重ねる二人だが、それを察知したリンの会社の差し金で、リンは幹部の息子であるシュウと婚約させられることになる。駆け落ちを決意したケイとリンは街の教会のシスターを頼る。

 追いかけてくるシュウ、それを足止めすべく剣(竹刀)を抜く剛毅なシスター、必死で逃げるも会社の追っ手に追い詰められるケイとリン。

 最終的に、リンは会社から持ち出した劇薬を掲げ、「いい加減にしないと死んでやる」と全員を脅し倒し、いまいち煮え切らない感じだったケイはリンの覚悟を目の当たりにして、家族を死ぬ気で説得してリンとの交際を認めさせる。

 前半はロミオとジュリエットを彷彿とさせる展開で、悲劇を予期させる筋書きだが、女性陣が本家よりもアグレッシブなため、徐々に波乱万丈な展開になり、最後はハッピーエンドで締めくくられる。

 どうも、この話を考えた卒業生が「恋愛もので、殺陣をやって、そして最後は絶対ハッピーエンド」という構想を抱いていたらしく、恋愛ものなのに殺陣をやるという無茶な展開を成立させるためにロミオとジュリエットを換骨奪胎した結果、こうなったということらしい。



 聞いているうちに、桐子は頭痛を覚え始めた。

 同じクラスに敵対する会社の関係者同士が在籍していて、そのことを会社に隠しているって、まんま自分のことじゃないか。いや、想いは寄せていないけれども。それにしても、はまりすぎというか。卒業生は予言者だったのだろうか。この台本は洒落にならない、と桐子は苦い顔をする。

 ふと向かいの万里の顔を盗み見ると、同じようなことを考えているのか、苦虫を噛み潰したような表情である。

「主要な役は四人です。主人公・ケイ、ヒロイン・リン、恋敵・シュウ、そして勇猛なシスター。ちょうど、一年生でぴったりです。私は監督と演出と音響と照明と大道具をやりますから」

 部長の役が多すぎて大変そうだが、弓香は平然としている。

「で、配役ですけれど、これは四人で話し合って決めてくださいね。さて、次回からの活動ですけれど、基本は基礎体力作りと発声練習から始めますから、よろしくお願いします」

 では後は若い方たちで、とお見合いの席みたいなことを言い残して、部長はさっさと解散を宣言してしまった。雪音と伊吹は初めての公演に向けて早速意欲を見せているようだが、桐子は胃が痛くなってきた。現実で恐ろしい二重生活に苦しんでいるのに、創作劇の中でまでそんな胃の痛い役は正直やりたくない。

 幸い、女子の役にはシスター役がある。シスターの出番といえば、現代版ロミジュリのはずなのに台本を書いた卒業生の趣味で入れられたという殺陣。リアル格闘の経験がある桐子としては、そちらの役の方がすんなり演じられそうだ。雪音は元々演劇をやりたがっていたのだから、彼女にヒロインを譲る展開は何ら不自然でもない。

 雪音、ヒロインやりなよ、と切り出そうとした、その瞬間、先に雪音が口を開く。

「桐子、お願いがあるんだけど」

「何?」

「私、シスターやりたい」

「……ええ?」

 ヒロインやらないの? 桐子は予定外の台詞に動揺を隠せない。

「どうして? 憧れの演劇部、初公演なんだもの、遠慮しないでヒロインをやっていいのよ」

 というか、ぜひそうしてほしい。頼むからヒロインをやってくれ。祈るような気持ちで桐子は言うが、どうにも雪音の決意は固そうだ。

「殺陣、やりたいんだよね。お淑やかなお嬢さん役より、アクティブで男前なシスターが格好いいな」

 駆け落ち決行の上、「いい加減にしないと死んでやる」などと言い出すヒロインのどこがお淑やかなのか不明だが、雪音にはヒロインよりシスターの方が魅力的らしい。

 雪音に希望の役をやってほしいのはやまやまなのだが、ヒロイン役はやりたくない。桐子は葛藤する。

 そうだ、せめて相手役のケイを伊吹がやってくれるのであれば、いくらか心労も少ない。そう希望を持って男子側の様子を窺う。

 その時、反対側の席では伊吹が悔しそうな声を上げていた。

「あー、負けちまったぜ。だが、ここは男らしく潔く、俺はシュウ役をやる。主人公は任せたぜ、碓氷」

 ぽん、と万里の肩に手を置いて宣言する伊吹。万里は恨めし気に自分の右手のチョキを睨みつけている。

「い、いや、主人公、やっていいんだぜ?」

「恨みっこなしの一発勝負だからな、譲ってもらうわけにはいかない」

「いや、どちらかというと俺は……」

「皆まで言わなくていいぜ。お互い、ベストを尽くそう!」

 はっはっは、と豪快に笑う伊吹。こっそりと肩を落とす万里。

 見たくないものを見てしまった。どうしてこう、現実はままならないのか。桐子はひっそりと項垂れる。

「桐子、どうしたの?」

「え、いや、うん…………解ったわ、シスターは雪音に任せるね」

「ありがとう。頑張ろうね!」

 断腸の思いでヒロイン役を引き受けると、雪音は嬉しそうに破顔した。彼女が喜ぶ顔を見るためなら、多少の胃痛など、容易く乗り越えてやろうじゃないかと、桐子は意気込んでみようとした。

 が、ちょっとショックが大きくてすぐには元気に振る舞えそうになかった。

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