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13普通に気持ち悪いわね

 遺産の獲得競争は、必ずしも早い者勝ちとは限らない。とはいえ、先に来ていた桐子は当然面白くなさそうで、後から来た万里に対して苛立ち全開なのを隠しもせずに言った。

「呪いの遺産を回収する前に、あなたと前哨戦でも、私はいっこうに構いませんけれど」

 面倒事をとっとと片づけたいオーラを出しているのがありありと窺える。少し考えてから、万里は手をひらひらを振って、その気はないとアピールしてみる。

「こんなところで騒ぎを起こして、獲物が逃げたら面白くない。君も、折角の張り込みの努力が水の泡になるのは厭だろ」

 とりあえず遺産を確実に手元に置いてから、後でゆっくり取り合いましょうと万里は提案する。桐子が損得勘定をするような逡巡を見せた。

「……いいでしょう。あなたのことは後回しにしてあげる」

 桐子は肩を竦め、再び監視に集中する。万里は彼女に倣って身を隠して様子を見守る。

「君も、怪しいのは樫の木の方だと思っているんだろう」

「その可能性が高いと思っているわ。けれど、根拠にしている情報源が怪しいブログとSNSだから、はっきりとは断言できない。いろいろ可能性はあるし、そもそも空振りの可能性もある」

「やっぱり一度、呪いの現場を押さえないと始まらないってところだな」

「そうね……って、さらっと作戦会議みたいなの始めないでくれる? 敵同士なんだから、意見を求めないでちょうだい」

 我に返った桐子が頬を膨らませる。

「いい加減にしないと、本気であなたを実験台にしますからね」

「実験ったって、君、藁人形も五寸釘も用意してないだろ」

「どうせあなたが《武器庫》に隠し持ってるでしょ」

「いやまあ、持ってるけど、あげないからな」

「え、本当に持ってるの? 普通に気持ち悪いわね」

「君が言い出したんじゃないか!」

 理不尽な掌返しに、今度は万里がむくれる。

 その時、かさり、と草を踏みしめる微かな足音が聞こえた。万里は瞬時に息をひそめて気配を殺す。桐子もさすがに切り替えが早く、身じろぎ一つせずにじっと足音が近づいてくるのを待っている。

 一歩一歩ゆっくりと、不安と躊躇いを乗せながら歩いてくる音だ。引き返す様子はない。こちらの存在には気づいていないらしい。

 やがて、本殿の陰から一人の少女が姿を現す。セーラー服を着た、眼鏡の少女。幼さが抜けてきた顔立ちからすると高校生くらいに見えるが、舟織第一高校の制服とは違う。他校の女子の制服は詳しくないから、どこの学校かは解らない。ためしに桐子に視線で問うてみる。すると、「聖新学園高校」と、舟織市にある私立高の名前をこっそりと教えてもらえた。学力のレベルで言うと、舟織一高よりも少し上だ。

「学費のあまりの高さに私が諦めたところ」

 桐子が悔しさを滲ませて要らない情報までくれた。

 ともかく、聖新学園は舟織一高以上に優等生が揃う進学校である。それなりにストレスの溜まりそうなところなのだろうな、と万里は適当に想像する。

 聖新学園の女子生徒は、不安そうな面持ちで樫の木を目指す。肩からかけたポシェットの口から藁人形がのぞいている。呪法を試しに来た生徒で間違いない。

 さて、何が起こるか――万里は固唾をのんで見守る。

 二人もの人間に監視されているとも知らず、少女は四番目の樫の木の前に立ち、ポシェットから藁人形と五寸釘を取り出す。決意を固めるように、深呼吸をする。一拍置いて覚悟を決めた少女は、樫の木に藁人形を押しつけ、右手で五寸釘を振り上げる。

「樫の木様……一年五組の竹部麻利亜を呪ってください……!」

 カンッ、と釘が藁人形の胴を打ち貫く。樫の木に縫い止められた人形を見つめ、少女は祈るように両手を合わせる。聞き耳を立てている者がいるとも知らず、少女はいかに自分が酷い目に遭わされたかを樫の木様とやらに語り聞かせ、自身の行為を正当化しようとしていた。

 聞くところによると、少女は部活の先輩に恋情を抱いていており、それを友人である竹部に相談し、竹部は少女を応援してくれていた。ところが、応援しているうちに竹部の方も同じ先輩を好きになり、少女がもたついている間にさっさと告白して両想いになってしまったという。友人に裏切られ、恋も実らず、ストレスメーターが振り切れてしまった少女は証拠の残らない方法で友人に復讐することを決意した。

 とまあ、ここまでのドロドロとしたくだりは、少女がぶつぶつと呟くものだから自然と耳に入ってしまったが、万里は特に興味がない。問題なのは呪いが本物かどうかだ。

 一部始終を監視していたが、救済社のボス・在処が言うところの、異能者なら遺産の気配がふんわり察知できる「ふんわりレーダー」に反応はない。やがて少女は使った藁人形から釘を引っこ抜き、釘はポシェットに仕舞い、人形は木の根元に埋めた。そして、どこか晴れやかな顔で来た道を引き返して行った。

 結論から言うと、何も起きなかった。もしかしたら少女には遺産がもたらす異能力とは別の霊能力の才能があって呪法は実は成功していて今頃竹部麻利亜は腹を下してベッドから飛び起きトイレに駆け込んでいるのかもしれないが、それは万里の与り知らぬこと。呪いが成功しようが失敗しようが、竹部麻利亜がどうなろうが知ったことではない。ただ、この場で遺産は発動しなかった。その事実だけが重要だ。

 どうやらガセだったらしい、と万里は結論づけた。情報源があてにならないから、たいして期待はしていなかった、ゆえにさほど落胆もない。

「まあ、あまりいい予感はしなかったんだけど」

 脱力しながら呟くと、桐子が振り返り首を傾げる。

「どういう意味?」

「君の様子が、正体不明の遺産の調査段階、って感じだったから。ってことは、呪いの遺産なんてのは、目録に記載がなかったんだろ?」

 すべての遺産は、「目録」に記載されている。目録は超常の遺産が封印されていた本であり、暗号により遺産の説明が記されている。その目録は、それを最初に見つけた者たちの争いの末にバラバラに散逸してしまい完全な形では残っていないが、その大部分のページを騎士団と救済社が入手した。それゆえに、この二つの組織は遺産蒐集において二大勢力として君臨できている。他の組織とは持っている情報の量が違うのだ。

 遺産を疑われる現象が起きたのに目録に記載がないという場合は、調べ方が悪いか、他の組織が保有するページに記載されているか、デマかのいずれかだ。ページの保有率からいって、どの可能性が高いかは明らかである。

「うちの目録にも、呪いがどうのなんていう遺産はなかった。二大組織の目録に載っていないんじゃ、本物の確率は低いだろ」

「確かに、正論だわ」

 けれど、と桐子は悪戯っぽく笑う。

「人が呪われるという現象が、遺産の能力の本質とは限らないわ」

「どういう意味?」

「それは……」

 と、言いかけた桐子がはっと我に返り、眦を上げる。

「教えません、敵なんですから。あなたはもう帰っていいわよ、期待してないんでしょ」

「いやいやいや、そこまで言われちゃうと帰るに帰れないよ。何? 何か面白いことに気づいたの? 教えてよ」

「教えませんってば」

 万里がしつこく訊くと、桐子は露骨に鬱陶しがる。虫でも払うかのようにしっしと手を振るが、万里は構わず居座る。やがて諦めたように桐子が溜息をつく。押し勝ってやったぞと、万里はしょうもない優越感に浸る。

 その時、がさごそと草が揺れる音がする。風で揺れた音とは違う、明らかに誰かが茂った草を掻き分けて進む音だ。音源は、樫の木を挟んで反対の茂み。一気に緊張が走り、万里は気を引き締める。

 先程の少女は確かに帰って行った。彼女とは別の人間がいる。

 やがて、茂みから何者かが姿を現した。

 淡い月光に照らし出されたのは、魔女を彷彿とさせるような黒いローブを纏った人間だった。フードをすっぽりかぶっていて人相は解らないが、わずかに覗く口元は赤いルージュで彩られており、かろうじて女性であることだけは解った。

 正体不明の女は迷いない足取りで樫の木の前までやってくると、屈みこんで土を掘り起こす。十秒足らずで、先程少女が埋めたばかりの藁人形を掘り出した。そのスムーズさからして、この女は藁人形が埋められたところを見張っていたのではないかと推測される。少女が呪いを行うのを万里たちと同じように監視し、少女が立ち去るのを確認してから出てきたのだろう。

 しかし、目的が解らない。この女が先程の少女のストーカーで彼女の触れたものならばどんなものでも欲しがる変態でもない限り、埋められた藁人形をわざわざ掘り出す理由は何だ。遺産を狙っている他組織の人間という可能性もないでもないが、一部始終を見ていたならあの藁人形が遺産でないことは解っているはずなのに。

 不審に思いながら様子を窺っていると、女はローブの下から金色に光る道具を取り出す。それは掌に載るくらいの小さなもので、どうやら杯のような形をしている。

「あれは……!」

 桐子が驚愕した様子で、隠れるのも忘れて躍り出る。彼女の様子からして、どうやら女の持つ金色の杯は遺産の可能性が高い。乗り遅れるわけにもいかないので、万里はまだ状況がはっきりと掴めてはいなかったものの、流れで姿を現してとりあえず尻馬に乗っておく。

 いきなり出てきた二人の人間に驚いた女が慌てて立ち上がる。その拍子にフードが脱げて顔が露わになる。ウェーブした茶髪と鋭い目つきが印象的な、二十代後半から三十代前半くらいの女だ。

「何者!」

「彼女は騎士団の上原桐子」

「彼は救済社の碓氷万里」

 自分の正体を明かすつもりはないが隣にいる敵エージェントの正体は存分に明かして問題ない二人がお互いに正体をばらしあった。女が「何を無意味なことをやっているんだこの二人は」みたいな目で見てくる。

「こっちが正直に名乗ったんだからそっちも名乗れ、一般常識として」

「正直に名乗ってはいなかったようだけど……まあいいでしょう。私は吉国霙(ヨシクニミゾレ)。遺産専門のトレジャーハンターよ」

「金目当てで遺産を狙ってる奴か」

「ええ。おたくがやたらと遺産を集めまくるから、フリーのハンターにはなかなかお宝が巡ってこなくて苦労しているけれど、流通量が少ないから一つ手に入れただけでもかなりの儲けが出る。美味しい仕事よ」

「悪いことは言わないから、金儲けはもっとまっとうな方法でしろ。福利厚生のちゃんとした会社で働いた方が絶対いい」

「救済社なんてブラックな会社に勤めているあなたにだけは言われたくないわ」

 ぐうの音も出ない。

「……で、桐子、君、あの杯がどういうものか知ってるんだろ」

 霙の持つ金色の杯を凝視する桐子に問いかける。

「どうしてあなたに教えるしかないの」

「君に聞くかあいつに聞くかの二択なら、君に聞いた方がいいかなーと」

 桐子は釈然としないといった顔をしていたが、最終的には溜息交じりに教えてくれた。

「遺産名称《満月の聖杯(ルナティックグレイル)》……器を満たす能力を持つ遺産よ」

「器を満たす? 何だそれ」

「空っぽの器を満杯にする異能。目録で見て、シンプルだけど、使い方次第でいろいろできそうだと思った覚えがあるわ。空のコップに水を満たして喉が渇いた人に恵んであげることもできるし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 桐子が不愉快そうに語ったことこそ、「呪い」の正体に違いなかった。

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