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11新入部員を確保してきました

 放課後、清掃を終えた桐子は部室棟二階の演劇部室を目指していた。なぜかといえば、桐子は演劇部員となったからである。

 放課後と土日には不定期に怪しげなバイトが入るため、一度は雪音の誘いを断った桐子が、なぜ演劇部に入部することになったかといえば、話は前日に遡る。

 時刻は午後七時、とうに帰宅し、自室の机に向かって宿題と睨めっこしているとき、スマホに雪音からの着信があった。

 実はお願いがあるの、と雪音は単刀直入に切り出した。超絶美少女な雪音にそんなことを言われたら、中身を聞かないうちから「勿論OK」と快諾してしまいたくなるではないか。

 とまあ、さすがに中身くらいは聞いてからでもいいだろうと思い直して、桐子は冷静になる。先を促すと、雪音は彼女が抱える深刻な問題を打ち明けた。

『演劇部なんだけど』

「うん」

『廃部の危機なの』

「え!?」

 雪音が演劇部に入れることを喜んでうきうきと語っていたのは、つい先週のことである。それなのに、どうしてそんなことになったのかと、桐子は首を傾げた。翌日金曜は仮入部期間の最終日。この期間を過ぎても入部は可能だが、部活に入るつもりのある生徒はたいてい最終日までに入部届を出すものだ。最初から演劇部に入ると心を決めていた雪音はとうに届出をしただろうが、それがどうして廃部だなんだの話になるのだろうか。

『うちって部活が多いでしょう。で、結構どこの部活も大会でいいセンいく、レベルの高い部活で人気があって、部員獲得争いが激しいの。演劇部はどうもその争いに押し負けたというか』

「部員が少ないの?」

『そうなの。元々、去年の三年生が卒業しちゃってから、今年の演劇部には三年生が一人しかいない状態だったの。一人だけじゃ、勧誘活動にも限界があるでしょう。最初から興味を持ってる生徒ならともかく、迷ってる生徒とかは他に取られちゃったみたいで、勧誘期間中にも殆ど入部希望が集まらなくて。それで、仮入部期間最終日――明日までに最低限度の五人が集まらないと、廃部が決定するの』

「あと何人足りないの」

『二人。無理を承知で頼むんだけど、桐子、演劇部への入部、もう一度考えてくれないかな。部長の三年生が最後の文化祭を前に廃部になっちゃうなんて、考えたら哀しくて、私も今週は部長と一緒になって勧誘に回ったんだけど、皆、他の部活に入るのを決めちゃってて、うちは兼部ができないから、それで……』

 それで、最後の最後に、確実にまだ部活に入っておらず兼部ルールに引っかからない新入部員候補として自分に声をかけてきたというわけか。桐子は事情を理解した。

『桐子が大変なのは重々承知しているんだけど、他にもうあてがなくて。ひとまず明日さえ乗り切れれば廃部は免れるから、こんなこと言うのは失礼かもしれないけれど、籍だけでも置いてもらえると助かるの』

 演劇部は相当切羽詰まっているようだ。雪音が一度断られた桐子にこんなに申し訳なさそうに頼んでくるくらいだから。

 桐子は雪音に五分だけ待ってほしいと伝え、いったん電話を切った。そしてすぐに勤務先の上司に連絡を入れた。課長の永倉は、部活の相談だと言ったら安堵の溜息をついていた。緊急の事件かと早とちりしたらしい。桐子にとっては部活のことも緊急の部類に入るのだが、永倉にとっては平和な話題には違いない。

 事情を説明し、「騎士団には自分以外にも優秀な人材がそろっているのだから、自分一人が放課後の数時間を部活に費やしたところで問題ないだろう」という旨を、可能な限りやんわり下手に出て訴えた。永倉は事情を理解し、桐子の入部にOKを出した。

 桐子は跳ね回りたくなるのを堪えて雪音に折り返し連絡を取った。

「解ったわ、私も演劇部に入るわ」

『本当?』

「うん。本当は私も雪音と一緒に部活に入りたかったの。欠席が多くちゃ失礼だと思ったから最初は断っちゃったけど。バイト先には、拝み倒して適当に融通してもらうから。籍だけじゃなくて、できるだけ一緒に頑張るから」

 雪音には喜んでもらえるし、自分も憧れの部活動デビューを果たせるしで、いいことづくめだ。諦めていた薔薇色の青春の代名詞・部活動だが、桐子はあっさりと、諦めるのをやめた。

『ありがとう、桐子!』

 電話の向こうで雪音は歓声を上げていた。



 ――そのような事情で、金曜日の放課後、桐子は初めての部活動に参加すべく、部室を目指していた。

 舟織一高の校舎は東西に延びる三棟が平行に並ぶ。一番南側に建つのが一般教室が並ぶ四階建ての一般棟で、調理室や美術室などの特別教室が収まる四階建て特別棟、そして二階建て部室棟が順番に渡り廊下でつながっている。一般棟と特別棟をつなぐ部分はいくつかのテーブルと椅子が並ぶちょっとしたホールになっていて、昼の休憩場所やミーティングスペースとして自由に使える。試験の順位表が貼り出される掲示板もここにある。

 二階まで降りてホールを通りかかると、テーブルと椅子を寄せ合って数人の女子生徒が何やら談笑していた。その脇をすり抜けて連絡通路を渡りきり、さらにその先の部室棟へ渡る。プレートを頼りに歩いていくと、「演劇部」と書かれたプレートが掲げられた部屋の前まで辿り着いた。演劇部の歴史は長いらしく、前を通ってきた「天文学部」や「百人一首研究部」よりもプレートに年季が入っているように見えた。

 部室の広さはすべて同じ、普通の教室の半分程度で、入り口の扉は一つだけ。その扉は、上部にガラスが嵌めこまれているが、曇りガラスのため中は見通せない。入り口近くにいる人の影くらいは解るので、どうやら中に誰かがいるらしいことだけはかろうじて解った。

 躊躇いがちにノックしてから引き戸を開けると、セーラー服の女子生徒が振り返る。先に来ていたのは雪音だった。知り合いに最初に会えたことに安堵して、桐子は中に入る。

「桐子、来てくれてありがとう」

 雪音は桐子の顔を見るや破顔して歓迎してくれる。

「今日は顔合わせだけみたいだから。緊張しなくても大丈夫だよ」

「うん」

 演劇部の部室には、ミーティング用らしく長テーブルが一つと、それを囲むようにパイプ椅子が六つ、中央に置かれている。左右の壁沿いに木製の棚が設置され、台本らしい冊子や小道具などが仕舞われている。

 部屋には雪音の他に男子生徒がいて、パイプ椅子に腰かけていた生徒は桐子が入っていくと立ち上がって前に出る。身長は百六十くらいだが、細身であることも相まって、男子高生にしては小柄に見える。焦げ茶に近いほうの黒色のマッシュヘアをしていて、気さくそうな笑顔を浮かべている。

「俺、一年D組の五十嵐伊吹(イガラシイブキ)。よろしく」

 ごく自然に右手を出してくるので、桐子は社交的な笑みで応じる。

「私はC組の上原桐子。演劇は初心者なんだけど……」

「俺も初めてだよ」

 雪音も演劇は高校からだと言っていたから、廃部寸前の演劇部に三人の初心者新入生が集まったことになる。大丈夫なのかな、と不安に思う桐子であった。

 さて、ここにいるのは全員が新入部員である。雪音の話では三年生の部長がいるはずだ。最後の砦ともいうべき部長はどうしたのだろう。まだ部員探しに奔走しているのだろうか、と想像していると、丁度そんなタイミングで部室に駆け込んでくる生徒がいた。

「みんな、お疲れ様っ」

 息せき切ってきたのは女子生徒。今時どこを探せば見つかるんだと訊きたくなる、牛乳瓶の底のような大きな丸眼鏡で小さな顔の三分の一を覆って、二つに分けたおさげをきっちりと三つ編みにした、ちょっと昔の漫画から飛び出して来たようなビジュアルの少女だった。もしかしてそういう役作りかと思って雪音に視線で問うてみたが、「素だよ」と視線で答えが返ってきた。

 女子生徒は桐子に気づくと、獲物を逃してなるものかというような高速で桐子の両手を握って固い握手を交わす。

「あなたが芦屋さんが連れてきてくれた新入部員さんね。私が部長の柳沢弓香(ヤナギサワユミカ)です。よろしくね!」

「は、はい、よろしくお願いします……」

 部長の勢いに若干押されつつ、桐子はかろうじてそれだけ口にする。

「部長、俺たち、お互いに簡単に自己紹介はしたんで、この後ビラ配り行きましょうか」

 伊吹が提案する。どうやら昨日までも、彼は新入部員でありながら早速、勧誘する側に回っていたらしい。

「ううん、大丈夫。実はこれで五人揃ったの。私の方で伝手を辿って、新入部員を確保してきました!」

「本当ですか!」

「はい、じゃあ入ってー!」

 満面の笑みの弓香が道を譲ると男子生徒が入ってくる。

 若干戸惑い気味の表情で頭を掻きながら入ってきた生徒は、

「えーっと、一年C組の碓氷万、里……」

 名乗りかけて、彷徨わせた視線の先に桐子を見つけて固まっていた。

 桐子は凍りつく。他の部員に気づかれないように笑みを凍りつかせる。

 交錯した視線でお互いに苛立ち全開の念を送る。

 「なんでいるんだよ」と。


★★★


 確かに、桐子とは校内では限定的休戦協定を結んでいる。学校生活においては仕事の因縁を持ち込まず、普通のクラスメイトとして接することにしている。だがそれは、積極的に仲良くしましょうという意味ではない。同級生は千人近くいる。その全員と同じ親密さで接する必要はない。本当に気の合う人とだけ積極的に仲良くし、その他大勢とは基本的には事務的な会話のみを交わし、時には常識的な協調性と社交性を以て当たり障りなく一定の距離を保ち、諍いを起こさず他愛ない話を楽しめる程度の関係でいればいいわけだ。

 それだというのに。クラスメイトであるという事実だけでも眩暈がするのに、部活も同じになって放課後まで一緒に過ごすようになってしまうなんて、悪魔的な悪夢だ。

 こうなってしまったのも、悪徳な生徒会長・帯刀が悪いのだ、と万里は憤然とする。

 先週の金曜日、生徒会スカウトの話をにべもなく断った万里に対して、帯刀は「断った引け目を感じているはずだ」と勝手にこちらの心情を決めつけ、負い目があるなら頼みをきけと要求してきた。最初にとうてい受け入れられない高い要求を突き付けて断らせておいて、その後で後ろめたさに付け込んで元々の目的の要求を通すなんて、典型的なドア・イン・ザ・フェイス・テクニック、詐欺師か悪徳セールスのやり方である。

 帯刀の要求は演劇部への入部だった。演劇部の部長が廃部の危機を帯刀に訴え、帯刀は新入部員候補を探していたのだという。演劇部の危機的状況についてつらつらと説明を受けた万里だったが、冷淡に、「俺が入らなくても廃部にならないかもしれないし、俺が入っても廃部になるかもしれない」と述べた。

 そこで帯刀は賭けを提案する。一週間後の金曜日、すなわち仮入部期間最終日の朝の時点で、万里が入部することで廃部の危機を免れる状況――四人目まではなんとか部員が確保できたものの最後の一人がどうしても見つからず八方塞でどうしようもない状況になったら必ず入部する、そうでなければ入部しなくてよい、という賭けだ。入部条件が限定的すぎて、万里に有利な賭けだった。

「これだけ要求水準を下げているんだ、賭けには乗るだろうね」

 負ければ入部、勝っても現状が維持されるだけで何の得もない、悪辣なギャンブルになし崩し的に参加させられ、そして万里は今朝、賭けに負けた。「部長の話では、一年生部員がその友達を誘ってくれるらしくて、四人目までは目途が立ったようだよ」と、帯刀は語った。朝一で、にやにやと笑いながら待ち伏せていた帯刀に賭けの清算を要求された。その目途がついたという四人目が桐子だったとは、このときの万里は夢にも思っていなかった。

 いやでも俺実は不定期のバイトを入れていて、と見苦しく抵抗を試みたら、だったら今すぐバイト先の上司に報告して許可を取れ、と帯刀は脅してきた。

 ここは社長からびしっと、部活なんかやってる暇はないです、と宣告してもらい、まあ最後の部員は今日中に適当に見繕って誤魔化そうと画策した万里だったが、予想に反して電話に出た在処は笑いながら入部を快諾してしまったではないか。

『うちはホワイト企業ですもの。仕事よりも学業優先、部活優先、大歓迎よ』

「いやでも、部活って放課後とか土日とか潰れる奴だぜ?」

『大丈夫よ、仕事は基本的に夜が多いし。部活の後にみっちり働いてくれればいいわ』

「それ、俺いつ寝るの」

『寝る時間って必要?』

 どこがホワイト企業だ、という言葉を呑み込むのにはかなりの忍耐力が必要だった。

 社長からOKが出てしまっては、バイトがあるからという言い訳も使えない。万里は逃げ道を塞がれ、やけっぱち気味に帯刀に入部届を叩きつけた。

 そして放課後、演劇部にやってきた。その先に桐子がいた。それは流石に想定していなかった。

 どうしてこうなった、と万里は頭を抱えて項垂れた。

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