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100何から何までオカシイよね

 バイクに取り付けたホルダーにセットされた通信端末からは、悲鳴のような怒号のような、そんな声がガンガン響いてくる。走行音に掻き消されることなく万里の耳に届くのは総じて苦情である。

『街中の防犯カメラ映像掻き集めてナンバーで特定の車を探しつつ車を乗り換えている可能性も考慮して顔認証もかけながらカメラを避けているかもしれないからカメラの死角を捜索するようルートを指示するって、ねえ! どう考えても私の仕事量オカシイよね!?』

 たぶん発狂気味にキーボードを壊れそうな勢いでガタガタ叩いているであろう琴美の嘆きに、万里は愛用の二輪を、警察に見つかったら怒られる速度で走らせながら苦笑を返す。

『ていうか、何から何までオカシイよね。お兄ってば、私に嘘ついて騎士団の音速姫といちゃついてたって、つい昨日まで怒られてたはずなのに、いつの間にか騎士団と仲良くする話になってて、かと思えばいきなり意味解んない大事に巻き込まれて超大量の仕事が降ってくるし! 特別手当を要求します!!』

「あるわけないだろ、そんなもん」

 端末からキィィという奇声が聞こえてきた。妹の悔しがる姿が目に浮かぶ。

 救済社の中で最も情報解析を得意とするのが琴美だが、「最も」というか「ほぼ唯一」状態の為、女王・夢咲希を探すための作業の殆どが琴美に丸投げされているのが現状である。一時的に休戦・協力関係を結ぶことになった騎士団からもある程度の情報共有はされるわけだが、それでも琴美の負担は大きい。とはいえ、なんだかんだ文句を言いながらも仕事は完璧にこなすのが周音琴美という少女である。

「それで、首尾は?」

『騎士団の拠点を出てすぐのところの一台にだけヒットしたよ。車のナンバーが一致したし、顔認証でも一致した。けど、そこから先の足取りが追えない。周到に計画してるんだろうから、そんな簡単に見つかる逃走ルートは選ばないよね、普通に考えて』

 万里の端末には琴美から送られてきた地図情報が表示されている。ナビ代わりの端末上では、カメラに映らないルートが赤い色で強調されている。

『そういうわけだから、お兄、頑張って探し出してね』

「さらっと言うなよ。事件発覚から時間経って、こっちは出遅れてるんだから、そんなすぐ見つかるようなところにうろうろしてないだろ」

『行けるっしょ。敵はカメラを気にして無駄に複雑な道を進んでると思うし、そんなに速度出せないはずだから。こっちは先回りするように直線ルートで、超スピード出してけばいいんだって』

「それ、俺が捕まる奴な。通報されたら終わるから」

 と、口では言いつつも、万里は実際、琴美の言う通りのことをしている。逃げている方と同じ道を同じ速さで進んだらどうあっても追いつけないので、ある程度、敵の行き先を予測して先回りしていかなければ行けない。あと、ちょっとヤバいくらいの速度が必要。そのため万里は追加注文をつける。

「琴美、オービスの位置と、ネズミ捕りの情報も頼む」

『あ゛あ゛あ゛あ゛!!』

 今度こそ発狂したような叫び声が聞こえた。

 これは後で埋め合わせをしなければなるまいな、と考えながら、万里は交差点の信号で停止する。こっちは急いでいるんだから、たいして交通量のない寂れた交差点にまで律儀に信号を付けないでくれ、と言っても仕方のないぼやきを漏らしながら信号が変わるのを待つ。と、交差する道を左から右へ、直進車が走り去って行く。

 目の前を通過していった白いミニバン、その運転席に見えたのが男の顔が、写真で見た遠間仁兵衛と一致した。

「……。って、今の!」

 予定外に唐突にニアミスしたことに遅ればせながら気づき、万里は泡を喰う。殆どヤマ勘みたいなもので飛び出してきたというのに、こんなに運よく当たりを引けるとは思っていなかった。やはり最後に物を言うのは日頃の行いの良さなのだと、白々しいことを考えながら、万里はアクセルを全開にし、赤信号を無視して交差点を右折した。日頃の行いの良さとは何だったのか。

 先行するミニバンを視界に捉えると、ナンバーも教えられていたものと一致した。やはり間違いない。逃亡中の遠間である。

「琴美、遠間を見つけた」

『えっ、本当? 私、もう仕事しなくてOK?』

 真っ先に確認するのはそこなのか。心から嬉しそうな声を出す琴美に呆れつつ、万里はその希望を打ち砕くように仕事を言いつける。

「そんなわけないだろ。位置情報を共有、早く応援を寄越してくれ」

『了解……』

 妹のがっかり声を最後に通信を終了し、万里は追跡に集中する。

 スピードを更に上げて、ミニバンの横をすり抜けて追い越す。右手をハンドルから放して拳銃を召喚すると、走りながら銃口を後ろに向けて引き金を引いた。

 弾丸がフロントガラスを穿ち、白く蜘蛛の巣のようなヒビを入れる。更に続けて銃弾をぶち込んでやれば、視界を奪われたミニバンは耳障りな音を立てて急ブレーキをかけた。

 運転手がサイドブレーキを引いて、よろめきながら運転席から這い出した。万里はバイクを停めて男に近づく。遠間は急停止の際にどこかに頭をぶつけでもしたのか、片手で額を押さえて呻いていた。

 遠間は恨めし気な視線で万里を睨んでくる。

「貴様……救済社の人間がなぜ」

「なぜって、敵組織の人間を襲うのに理由が要るか?」

 もっとも、今は休戦中で敵組織とも言えないし、とはいえ遠間は裏切者なのでやっぱり敵という、複雑怪奇な状況になっているが。

「拉致った女王サマ、返してもらおうか」

 女王のことまで知っている救済社の人間、と認識して警戒したのか、遠間の表情は険しくなる。とりあえず、大人しく投降するつもりのなさそうな顔だ。そういうことなら遠慮はしない、万里はまず遠間の逃げ足を封じるために、脚に照準した。

 トリガーを引く――が、引けなかった。

「は?」

 引き金が動かない。よりによってこんなときに故障? 否、違う。

 万里が戸惑っている隙に、遠間は一気に距離を詰めてくる。手には刀を持っている。牽制したいのにこちらは銃が撃てない。

 この男の異能力は何だと言っていたか。認識したあらゆるものの施錠(ロック)解錠(アンロック)を自由に操作できる異能力。鍵がなくても自由に扉を開け閉めできるだけの異能力と甘く見ていたが。おそらく遠間は、銃のセーフティを操作してトリガーを()()()できる。人の手にある銃を、認識しただけで勝手に使用不能にしてしまう。

 遠間の前では銃は使えない。そう理解した瞬間、万里は誰にともなく叫ぶ。

「誰だ、戦闘力皆無だなんてデマを流したのはッ!」

 苛立ち全開で銃を《武器庫》に放り投げて、代わりに短刀を掴み取る。その一秒後、遠間が持つ刀が振り下ろされた。ぎりぎりのところで刃を受け止め、万里は肝を冷やす羽目になる。

 運よく遠間を発見出来たら、戦闘力のない相手から夢咲希を奪還するだけの簡単な話のつもりだったのに、とんでもない誤算だ。普通に戦える相手ではないか。何だか上手くいかない、やはり日頃の行いが悪いせいだろうか、と内心で溜息をつきながら、万里は憂さをぶつけるつもりで遠間の腹を蹴り飛ばした。

 ぐうぅ、と低い声を漏らして遠間はたたらを踏む。万里はすかさず短刀を投げて、遠間の手の刀を打ち弾き飛ばす。飛んで行った得物を遠間の視線が追いかける。遠間が目を逸らしたその一瞬を逃さない。万里は遠間の側頭に回し蹴りを叩き込む。

 遠間は地面を転がるが、曲がりなりにも騎士団の構成員、すぐに起き上がってみせる。更に、立ち上がりざまに懐から拳銃を抜いた。人の銃は使用禁止にしておきながら自分は銃を使うとはふてぶてしい奴である。

 いくら人気がなく閑散としているとはいえ一応は街中、にもかかわらず遠間は消音器もつけずにオートマチックをぶっ放す。万里は弾幕を避けながら走り、停車しているミニバンの陰に入って壁代わりにする。フロントガラスが割れた車でこれ以上逃走するつもりはないようで、遠間はもう未練はないとばかりに銃弾をばらまきミニバンを台無しにしてくる。バリケードとしてそんなに頑丈ではなさそうだ、隙を見て反撃に出なければなるまい。

 いやちょっと待て、中に夢咲希がいるのに、なんでこんなに平気で撃ってくるんだ。嫌な予感がして、万里は助手席の陰に身を潜めながら、後部座席のドアを開けた。中には誰も乗っていない。

 代わりに積まれているのは爆弾である。

「最悪か!」

 毒づきながら慌てて退避するが、敵がこの好機を逃すはずもない。起爆スイッチが押されたようで、万里の背後で爆音が響いた。背中を焼かれるような熱と激しい爆風に煽られて体が宙に浮いた。吹き飛んだ体は一拍の後に地面に叩きつけられる。打ち付けた額に生温かいものが伝うのが感触で解る。予定外の衝撃に頭がくらくらした。

 どうやら、まんまと罠にかかってしまったらしいと解り、万里は舌打ちする。ここに夢咲希はいない。騎士団から逃走した遠間が当初と同じミニバンに乗っていたのは囮だ。追手が少し苦労したところで見つかるくらいのタイミングで解りやすく姿を晒して引きつけ、爆弾トラップで返り討ちにするのが遠間の目論見だ。そして、その作戦はピタリとはまった。実に腹立たしい。

 おそらく、遠間は連れ出した夢咲を早い段階で仲間に引き渡したのだろう。今頃、夢咲は遠くに連れ去られている。万里は見当違いの方向で足止めを食らった形だ。

 ことこうなっては、遠間を捕えて夢咲の居場所を吐かせるしかない。遠間も捕まれば尋問されると自覚しているようで、さっさと逃げようとしている。

 だが、こう虚仮にされたのだ、大人しく見送ってやる義理はない。

「絶対逃がさねえ、ガチでシバく」

 銃を封じているため、距離を取れば攻撃はないと思っているのか、遠間は無防備に背中を見せて逃走態勢に入る。しかし詰めが甘い。銃が使えなくても中距離の攻撃手段は存在する。要は、遠間が操作できるようなロック機構が存在しない武器なら問題ないわけだ。普通は持っていないような武器まであるのが《奇術師の武器庫》である。

「まだまだ射程圏内……逃がさねえぞ」

 《武器庫》から召喚――スリングショット。

 遠間の後頭部めがけて金属球を発射する。一秒とかからずに鉄の球は遠間の頭にぶつかり、逃げようとした出端を挫いてバランスを崩させる。その隙に万里は一気に距離を詰めて背後に迫る。遠間がよろめきながら、応戦しようと振り返った。その顔面を掴み、足を払い、一気に地面に叩きつける。

「うぅっ」

 表情を歪ませる遠間を見下ろし、万里は逡巡する。思ったよりも頭の傷がずきずきと痛むので、遠間を抑えつけたまま尋問するなどという器用なことができるとは思えない。問い詰めるのは後から追い付いてくるであろう仲間に任せるとして、とりあえず自分はやられた分のお返しをきっちりやって遠間を黙らせよう。

 そうと決めると、万里はありったけの恨みを込めて拳を握り、遠間の鳩尾に捻じ込んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 琴美にとっては寝耳に水の情報の洪水。頭で処理しきれない情報と目の前の処理する情報とでいっぱいいっぱいのところでの万里の追加注文、発狂までのスピード感に笑う。 万里の日頃の行いの良さがその…
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