インテンショナル3章
3章
1
「では、ドライバーの前と後方からいきましょうか?」京一が、提案した。
最初に、ピッチングウェッジで軽めに打って体をほぐしてから、判りやすいようにドライバーから順に短いクラブで打つのを撮影していた。ドライバーの撮影シーンを、何回か正面から観て、後方からも観た。
「何か感じましましたか?」
京一が聞いた。
「いえ、相変わらず右に左に行きますね。鈴原さんは、何か思われることありました?」
「いや、それはちょっと解らない」
「スウィング自体の印象は?」
「リズムがいいですよね」
「他に何かありませんか?」
「スウィング自体は、もう、どんな打ち方しても、結果が出れば、それでいいわだからね」
「私のスウィングは、平均的ですか?」
「平均的とは?」
「オーソドックスですか?」
「いや、そう聞かれると、あくまで印象としては、個性的だよね。昨年度賞金女王の鎌田プロとは正反対かなと」
「えっ、どこら辺が個性的ですか?」
「そうだね。君のスウィングは、テークバックは、オンプレーンからちょっとトップでアップライトなんだけど、フィニッシュは低く抜けるように感じるね」
「えっ、そんなに低く抜けますか」
「では、ちょっと、テレビモニターを、君の師匠と鎌田プロの動画で観てみようか?」
京一は、回線を動画モードにして、師匠のスローと、鎌田プロのスローを見せた。
「確かに、師匠は私よりフィニッシュが高いですね。鎌田プロは、インサイドに引いて、アップライトにトップを取ってから打って、私よりはフィニッシュは高いですね」
「でも、フェードが持ち玉で、それが一番心地よいなら、それはそれでいいのでは?」
「左に曲がることもあるから、困るんですよね。今、観ていると、インパクトで左手甲が折れているようですね」
「そうなの?何故、左手甲が折れてしまうの?」
「いや、それはクセというか」
「あくまで、フィニッシュと同じで、君の飛びの持ち味なんだろうけど、右足の蹴りが、韓国人選手と正反対に早くない?」
「ええ、これが私の打ち方なので」
「いや、それなら、もう、気持ちの持ち方次第で、スウィングの気づきは自分でこれを何回も観て微調整ということかな」
「ちょっと待ってください。左手甲の折れと右足の蹴りは、関係がありますか?」
「うーん、普通は、ダウンスウィングの中間までは、がに股にするんだけどね。僕も、蹴りが早い時は曲がってたから」
「そうか、左サイドが待ちきれずに開くから、無意識に止めて、その連動で左手甲が折れるのかも?」
坂下は、立つと、シャドウスウィングを始めた。「なるほど、そうなんだ。この撮影、同時ですよね?」
「ああ、球筋を全ての方向からを確認できるように、同時撮影しているよ」
「じゃあ、一緒に後方からのスウィングで、球筋を確認してください」
「わかった」
二人で、5回ぐらい確認して、右に出る球筋と左に出る球筋と、回目を確認した。
正面からの回目を合わせて確認した。
京一は、折角だから、前方の回目でも確認しないかと提案した。
「そうなんだ。やっぱり、右足の蹴りが早くて、低く抜ける。左に大きく曲がる時は、腰が止まって連動するように左手の甲が折れていますね」
「君がそう気づくなら、そうなんだろうね」
「スウィング改造が必要ですかね?」
「しかし、そのスウィングで、優勝しているわけだからね」
「でも、好調は続かなかった。ダフりも不調のきっかけではあるけど、以前から時々、大きくドライバーは曲がってはいたんですよ」
「左手の甲の折れは気づいていたんでしょう?」
「いえ、今、気づきました」
「横も、サイドスローとか言って、稼働角度が九十度以内だから、曲がりが少なく打てるというメリットを説くレッスンプロもいたけどね」
「肩の連動とのフェースターンはいいでしょうけど、横の折れはどうなんでしょうね?」
「僕も試してみたんだけど、意識的なローリングとフェースターンは確かに違う。また、横のコックは、ドライバーは飛ばずに、遅れればプッシュアウト、早ければフックになるね。外から入るアマチュアは、引っかけも出る。あまりコックを複雑に考えると、ゴルフは難しくなるみたいだね」
「曲がりが抑えられるには、やはり、左手首が折れないスウィング改造が必要なのでしょうか?」
京一は、黙っている。
「どうなんでしょう?」
「それは何とも。そこら辺は、アマチュアには、何とも。スウィング改造は、プロにとって大変なことでしょう?一大事だよね。アマチュアにとっては、ゴルフは職業ではないからね」
「鈴原さん、このビデオの繋ぎ方教えてくれますか?帰って、一人で全部の方向から観てみます」
「ああ、いいよ。端子で繋ぐより、SDカードにコピーして持って帰って再生した方がいい。店の人に、カメラに、前、後、前方、後方、上と、店でシール貼ってもらってるから。SDカードに、ボールペンで書き込んで渡そう。やっておくから、洗面所やトイレ使うなら、どうぞ」
「ありがとうごさいます」
これでも、2時間以上経過していた。
坂下は、鈴原夫婦と帰宅していた娘に見送られて、帰って行った。
2
二日後の金曜日に、坂下から電話があった。
「鈴原さん、スミマセン。今、よろしいですか?」
「ああ、いいですよ。あれから観ました?」
「はい、5方向から全部の番手観ました」
「疲れたでしょう?」
「いえ、自分のスウィング観るのは、最初は抵抗ありましたけど、気になって一気に観ましたから」
「どうだった?」
「やっぱり、改造するまではいかなくとも、ちょっと試してみます」
「師匠には相談しました?」
「ええ、相談しました」
「何かありました」
「師匠は、感性を重んじるので、そう思うなら試してみたらと。もう、失うもの何もないんじゃないと、楽にしてくれました」
「そうですか?」
「鈴原さん、お伺いしていいですか?」
「構わないけど、昼は、ちょっと締め切り目前の執筆があるから、夜しかダメなんだ」
「いいですよ、明日試打したいので」
「早いな?でも、君自身で考えるんだよ」
「もちろんです」
「じゃあ、晩飯、ご馳走するよ。6時頃、来れるかな?」
「スミマセン。ではお伺いします」
鈴原は、妻に話をした。
「あなた、大丈夫?」
「何が?」
「最初、あまり関わりたくないみたいだったから」
「いや、コーチングだもの。気づきを与えるだけで、やるやらないは、プロは自分で決めるさ。コーチングは、引き受けたしね」
「そう、なら、いいわ。夕食、何にします」
「おまかせ。こないだデリバリーだったから。手作りもいいんじゃない」
「わかりました」
初夏だということもあり、夕食は、天婦羅と冷麦だった。
息子が帰省していたが、知らせていなかったので、ちょっと、みんな緊張気味だった。
「じゃあ、坂下君、始めようか」
「坂下さん、洗面所やトイレは?」
妻の涼子が気を利かせて言った。
「はい、お借りします」
坂下を部屋に招いてから、京一が、部屋に入ろうとすると、長男の誠一が、手招きをした。
京一は、ちょっと失礼すると、ドアを閉めて誠一の部屋に行った。
「どうした?」
「お父さん、何してるの」
「彼女のコーチング」
「ええっ?プロゴルファーの?」
「技術アドバイザーじゃないから」
「で、何教えるの?」
「コーチングは、教えるんじゃなくて、気づきを引き出すだけだから」
「なるほど。答えは、彼女が持っていると」
「解ってるじゃないか」
「難しいよね」
「ああ、根気がいるよ」
「何だか、お父さん、いきいきしてるじゃない」
「昔、若い起業家に、コーチングしてたからね」
「じゃあ、頑張ってください」
「ああ、ありがとう」
京一は、自分の部屋だけど、ノックして、返事を受けて入った。
「ごめん。おまたせ」
「いえ、こちらこそ、夜にまでスミマセン」
「いや、息子にも、今、励まされまして」
「そうですか?ありがとうごさいます。それで、早速なんですが、どう、試みていこうかと」
「君は、どうしていきたいの」
「思ったんですけど、今より少しづつフィニッシュを上げて行くか、これ以上上げられないところから下ろすかですね」
「3通りくらい、小中大と上げて微調整する方法もあるよね」
「なるほどですね。ボール、上手く打てますかね」
「ボールを最初は打たずに素振りで違和感があまりないところを探ってみるというのは?」
「そうですね。早く打ちたいんですけど、いきなりは打てないし・・。トップは変わりますかね?」
「トップを変えて複雑にならないなら、いいんじゃない?逆に、フィニッシュから、今のトップの位置に戻せるかが気にならない?」
「そうですね。でも、鈴原さん、結構、ゴルフ理論ありますよね」
「そう、ゴルフは、みんな始めた日から、一家言あるから。でも、再現性高くいいスコアで上がれないのがアマチュア。アマチュアは、理屈の割には練習しないからね」
「まあ、プロになるわけじゃないですからね。では、フィニッシュからトップの位置に戻って確認して、また振って、またフィニッシュを取って同じ位置か確認するとかは?」
「そうですね。いいですね。さすが、プロ」
「いや、これくらいは」
「そうだね、だんだん、偉そうに教えるかたちにならないようにしなきゃ。あくまで、気づきだから」
「ありがとうごさいます。レッスンプロのように決めつけがないから楽です」
「そりゃ、アマチュアだから。その点だけは、気が楽だよね」
「ええ、レッスンプロだと、全否定する人もいますからね。では、明日、早速フォームの探りをしてみます」
「坂下君、5方向からの撮影を編集頼むから、指定してくれます」
「助かります。では、・・・」
京一は、木崎を通じて、ジャパンテレビのカメラマンに編集を頼むつもりだった。
3
3日後に、坂下からスマホに電話があった。自宅の固定電話では、妻に申し訳ないからと、坂下からスマホの番号を教えて欲しいと言われたからだ。
「鈴原さん、やってみました」
「どうだった」
「ええ、トップとフィニッシュを対称形に近く、蹴りを遅らせるフォームの試作は出来上がりました」
「まだ、試打してないの」
「ええ、明日、試打してみようかと」
「じゃあ、撮影する?」
「でも、打ててからですね」
「そうだね」
「観てくれます」
「いいですよ」
「では、何時にお伺いすれば?」
「早い方がいいんだろう?」
「ええ、七時とかは?」
「早いなあ。いいですよ。では、お待ちしてます」
次の日、また、ノースイーストカントリーに行って、試打をすることになった。
ポルシェは、国産のコンパクトセダンになっていた。
「クルマ換えたの?」
「ええ、売却して、リースにしました」
「経理処理は、お母さんが?」
「ええ、兄の友人が税理士なので」
「そりゃ、心強いね」
京一は、わざとゴルフ以外の話題で繋いだ。
ゴルフコースに着いた。京一の方が緊張していた。白い幕が張られていた。
従業員が、遮ってくれるので、誰も入れない。京一の前で、坂下はストレッチを開始した。最初に、ピッチングウェッジでウォームアップが30球くらいあった。
坂下は、ドライバーに持ち替えた。
「では、まず、素振りからです」
坂下は、一回、フィニッシュからトップに戻って、軽く素振りした。
「どうですか?」
「いや、かなり思いきったね」
「ええ、打てるか心配です」
「足の蹴りも、遅らせたね」
「はい、では、打ってみます」
坂下は、ワッグルを三回くらいすると、リズミカルに打った。
「ナイスショット!」
ボールは、ストレートの弾道で飛んで行った。それから、何回か打ったが、さすがプロゴルファー。ほぼ、30ヤード以内の幅にに全部収まっていた。
「スウィングに無理はない?体を痛めそうとか?違和感があるとか?」
京一は、ちょっと興奮気味だったが、ゆっくりと聞いた。
「体は大丈夫ですけど、多少は、違和感がありますね。慣れてくるとは思いますが」
「そうだね。あとは、慣れだよね」
「でも、持ち玉がちょっと決め辛くて」
「今のゴルフクラブは、慣性モーメントが高いので、逆に曲げ辛いからね」
「それでは、打ってみないと判らないとなりますね」
「あくまで、若干のドローやフェードのイメージを持って打つしかないのでは?」
「うーん、それだと変えづらいんですよね」
「逆に、曲がらないシンプルなゴルフが今のゴルフかな?」
京一は、ちょっと、困惑していた。