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インテンショナル  作者: 鈴原 健吾
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インテンショナル 2章

2章

1

「狭くて、片付いてなくてスミマセンね」と、妻の涼子が言うと、

坂下は、「いえ、私もこちらでは、こじんまりとしたマンションで、母と二人ぐらしですから」

「こちらが実家ではないのですか?ご家族は?」

「名古屋にに実家がありまして、既婚の兄と暮らしています。兄は、中学の体育の教師で、父も公務員で、来年、定年です」

マンションの玄関が開いて、娘の美香が入ってきた。

「お母さん、あまり種類がなくて。わあ、プロゴルファーだ」すっとんきょうな声を上げた。

笑いが流れた。

「美香ちゃん、坂下さん、お父さんと話があるから。私たちは、貴方の部屋で食べましょう」

京一は、内心、「おいおい、居てくれよ。二人にしないでくれよ」と思った。

坂下は、黙っている。

京一は、言った。

「応援はしているけど、アマチュアの僕には、何もしてあげられない。話しを聞くだけなら・・・」

「それでいいです。誰にも話しかけられることはないし、誰にも話せないし・・」

「二勝した次の年も、三戦目に優勝しましたよね?それから、何故調子が落ちたの?」

「よく観てますよね。それから、二試合後に、トップグループにいたのに、アイアンをダフって、池ポチャしたんですよ。それで、一気にトップグループから落ちてしまって。でも、前年にも、それがあって、悪夢の再現ですよ。それから、アプローチもパットも、ティーショットまで悪くなって。ティーショットが安定しなくなると、もうスコアにならないんですよ」

「自信の回復ってわけだ?」

「いや、技の問題もあるでしょうし」

「申し訳ないけど、聞いてあげるだけしか、できませんね」

「一つだけ、聞いていいですか?」

「ええ」

「曲げない努力はしなかったのですか?ただ、歳を重ねて、力入れられなくなっただけですか?」

「いや、技術的な部分は、アマチュアに聞いてはいけない。それは、ご法度だよ」

「一般論としてもダメですか?」

「うーん、解ったよ。あくまでも、一般論なんだけど、曲げないだけなら、上下握りで方向性は高まるんだよ。でも、スナップというよりフェースターンを抑えるので飛ばないしね」

「上下握り」

「こうですよ。こうしてる女子プロはいるよ。動画で、そう解説してたもの。体格いいけど、曲がらず飛ばないんだ。僕も以前そうなっていって、飛ばないから止めたんだ」

「なるほどですね。もっと、話してくれませんか?」

「いや、これ以上は。アマチュアだからね。プロは、自分で考えて結論ださなきゃ」

沈黙が、続いた。

「スミマセン。今日は、失礼します」

坂下は、立ち上がった。

京一は、黙って帰ってもらうしかなかった。娘の部屋に行き、坂下が帰ることを告げた。

「あら、もう、お帰り」

「はい、ご馳走になりました。ここで結構ですよ」

何だか、妻の涼子は、おかしな雰囲気を感じた。

「いや、お疲れ様でした」

「こちらこそ。お疲れ様でした」

坂下は、頭を下げて、帰って行った。

「何があったの」

京一は、妻に、大方の話をした。

「いいじゃない。話を聞いて、会話をすれば・・・」

「君、ピアノ弾くよな。僕は、かなり上手いと思うよ。でも、プロのピアニストにどうしたらと聞かれて、答える?」

「そりゃ、答えられないわよね」

「それと同じなんだよ。結局、さっきもグリップの話なんか、アマチュアなのにプロにしてしまったよ。よくないよ。断るのも優しさじゃない?」

「そうね、そうだわね」

2

それから二日後、京一は、自宅のリビングで新しい小説のプロットを考えていた。

電話が鳴って、妻が出た。

少しあって、受話器を持ってきて妻が言った。

「あなた、木崎さんからよ」

「ああ、ありがとう」


「はい、鈴原です」

「木崎です。この間は、お疲れ様でした。番組は、秋に放映されますよ。ところで、坂下プロが、鈴原さんに電話したいと言っていますが、何かあったのですか?」

「いや、別に。構いませんよ。電話くらいなら」

「分かりました。伝えます。ところで、新作のプロット、進んでますか?」

「ああ、またできたら電話します」

「お待ちしてますよ」

京一は、木崎に突っ込まれたくないので、坂下からの電話を了承してしまった。

架けてこられても、何を話すんだろう。

京一は、困惑していた。


夜に、電話があった。

「鈴原さん、一つだけお願いがあるんですけど。うちの父親と歳が変わらないので、親子のように話をして、一般論として、雑談してもらえませんか」

「うーん、時間潰しにしかならないと思うけど」

「でも、鈴原さん。銀行マンだったんでしょう?銀行マンて、起業していないのに、起業を審査したり、融資したらアドバイスするじゃないですか?うちの父親も、公務員なのに、民間を指導して生計立てていましたからね」

なかなか、理屈を言う娘だな。

まあ、コーチングか。散々、流行ったなあ。

「解かりました。ただし、話しはするけど、自分で考えて、結論出すことが条件だよ」

「了解しました。ありがとうごさいます。いつ、お伺いすれぱいいですか?」

「いや、今は、映画やイベントも終わって、一段落してるから、いつでもいいですよ」

「では、早速、明日の朝、十時にお伺いします」

「気が早いなあ」

「ええ、思い立ったらすぐですから」

「分かりました。お待ちしてます」


「あなた、どうしたの」

「いや、銀行マンは起業しないのに、融資先を指導するじゃないですかとか言われて」

涼子は、声を上げて笑った。

「笑いごとじゃないぞ。明日、どこに連れていかれるんだろう?」

「いいじゃない。大丈夫よ。あなたが思うほど、深刻には頼ってないわよ」

「そうだな。でも、ちょっと、お金使わしてもらうよ」

「あら、珍しい。クルマも買うとか言って、中古のままなのに」

「今はあのクルマより、欲しいクルマないから」

「いや、あのクルマ、十分道楽ですから」

「うん!」京一は、一回咳払いをすると、冷蔵庫に向かい、缶ビールを出してきた。

「あら、珍しい」

「風呂上がりだから」

「食事時以外は珍しいわね」

「ほら、緊張してるから」

「そう?私も行こうかしら」

「止めてよ。余計、話しにくくなるから」

「冗談よ」

京一は、苦笑いしながら、明日の応対を考えていた。

涼子が、乾きもののおつまみを出してくれた。

3

次の日、京一は、一応ゴルフスタイルをして待っていた。

電話が鳴った。

「坂下です。玄関前でお待ちしてます」

「はい、降ります」


「行ってらっしゃい。力を抜いて」

涼子がニコッと笑って言った。

「ああ、ありがとう。じゃあ、行ってきます」

京一は、少し緊張した面持ちで応えた。


下に降りると、ポルシェから坂下は降りて迎えた。

「よろしくお願いします」

「よしてくれよ。話し聞くだけだから」

クルマに乗り込むと、ゆっくりと発進した。

「どこに行くの?」

「コースの練習場です」

「平日とは言え、目立たない?」

「大丈夫です。周囲をテントで囲みますから」

「ちょっと、寄り道してくれない」


京一は、お茶でも飲みながらの話しか、練習場か、二つ考えていた。

練習場なら、ビデオで5方向からスウィングを映して、気づきを与えて、考えさせようと思っていた。

家電量販店で、5台買うから最初の設定だけして貰えないか交渉した。1回だけならと応じてくれた。


埼玉県のノースイーストカントリーに入ると、駐車場で、京一とポルシェとは別のクルマに乗ってきた家電量販店の店員は、少し待たされた。

坂下プロが、足早に戻ってきた。

キャディバッグを積むカート置き場に直接入ってくださいと言われ、サングラスをした坂下と鈴原に、店員が続いた。

コースの男性従業員が案内してくれた。

練習場の端に、白い幕が横と後ろだけ張られていた。

店員は、もう二メートル離れて張って欲しいと従業員と打ち合わせを始めた。

鈴原は、坂下に、五方向から撮す説明をして、番手を打ち合わせ始めた。

三十分かかって用意ができ、ストレッチを済ませた坂下が、スタートの声の合図で、並べたクラブを打ち始めた。

一時間くらいで、撮影は終わり、店員の帰った後、最後は鈴原がスイッチを切った。

坂下がシャワーを浴びる間、京一は、家に電話してデリバリーを頼み、デジタルムービーをチェックしていた。

坂下が着替えてきた。

クルマに戻りながら話した。

「お疲れ様、疲れただろう?」

「そうですね、カメラ五台で撮られるのは初めてですからね。鈴原さん、これからどうするんですか?」

「僕の家に戻ろう。お腹満たして、ビデオ観ながら貴方に考えてもらう」

「何か解りますかね?」

「気づきのアドバイスはしますよ。でも、素人がプロの貴方にしてあげられることは、貴方が持っている答えを引き出してあげることしかないですね」

「なるほどですね」

「これを、コーチングと言って、今でもあるんですが、一時期流行ったんですよ。もちろん、嫌ならいつでも止めていいし。何か、いいヒントが見つかればいいですね」

「ありがとうごさいます」


クルマに乗ると、

「このポルシェ、フラット6じゃないですよね」

「スミマセン、クルマのことはよく判らないので。副賞でもらったクルマなんで」

「そうか、そんなことがあったんだね」

「でも、燃費悪いから手放します。国産のコンパクトハイブリッドにしようかと」

「それもいいかもね」

京一は、国産のフラット6に乗っていた。5ナンバーサイズだが排気量で3ナンバーなのだ。一度乗ってみたいと2年間だけと妻に約束しながら、未だに乗って道楽と言われている。


家に着くと、3時過ぎだった。

デリバリーのピザや寿司が、テーブルに置かれていた。サイドメニューもあって、十分だ。

「こんなもんでいいかしら」

妻の涼子が言った。

「スミマセン。ご迷惑かけます」

「いえいえ、飲み物は?コーラ、ウーロン茶、ノンアルコールにします」

「では、ウーロン茶で」

「僕は、ノンアルコールで」

3人で乾杯をした。

「君は、昼ご飯食べてないの?」

京一は、涼子に聞いた。

「ええ、遅い昼食取ろうしてたら、貴方から電話あったから」

「じゃあ、皆、腹ペコだ。さあ、食べよう、食べよう」

「娘さんは?」

「大丈夫ですよ、ちゃんと頼んでますから」

妻の涼子は、同じ銀行に勤めていた一年後輩で職場結婚だから、経済的にもしっかりしている。会社を辞めても大丈夫だと計算してくれたのも妻だし、今も、経済的その他細々したことは、すべてやってくれている。


遅い昼食から、一時間余り経った。

「さて、休憩がてら場所を変えて、準備しますか?」

京一が言った。

「はい、お願いします」

坂下が答えた。

埼玉県南部にあるこのマンションで、一番広い部屋は京一の執務室だ。

マンションとしては広く、十畳はある。

一年以上経った、中古、いやクルマなら新古車と言える物件を買って、百平米はある。リビングは、今風とは違ってやや狭いが、四LDKで、全ての個室が六畳以上ある。夫婦、兄妹で、四人共自分の部屋がある。長男も、いらない物は捨てて、今年就職して他県にいるが、まだ帰省時に元の部屋を使用している。

妹は、高校三年生だが、都内の通える大学進学が決定しており、のんびり高校生活最後を満喫している。

京一は、坂下の希望をメモし始めた。

ビデオ撮影はどの位置からの分を再生するか?

何を確認したいのか?

どんなことに気付きが必要なのか?、等だ。

ノックがあって、涼子が、コーヒーを出してくれた。

「後は、用事があれば、声かけしてください」と、涼子は言って部屋を出ようとした。

坂下が、「スミマセン、洗面所はどちらですか?」

「気が利かなくてスミマセン。トイレと洗面所、案内しますね」

京一は、コーヒーを飲みながら、今からどれくらいかかるのかも判らない緊張感を感じていた。

坂下が戻ってきた。

「鈴原さん、坂下プロとか、坂下さんは、止めてください。かえってやりにくいので」

「難しいところでね」

「さすが、民間企業が長い方は、礼儀正しいですよね。私たちの世界も、上下関係はありますが、失礼な人も沢山いますからね。悪気はないにしても」

「私たちは、上には役職で話しかけ、下には、男性は、君付け、女性は、さん付けで呼ぶのが定番でしたから。しかし、今は男女同権だから、下同士は、同期以下なら女性も男性を呼び捨てにするし、上司も部下をちゃん付けで呼ぶチャラ男もいますからね。何だか、おかしな世界になってしまって」

「鈴原さん、坂下と呼び捨てでいいですよ」

「いや、坂下君か、君で、頼むよ」

「わかりました」


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