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インテンショナル  作者: 鈴原 健吾
1/3

ゴルフヒューマンストーリー

1章

1

編集担当の木崎が言った。

「あの~、鈴原さん、ゴルフのプロアマに出ていただけないかと、また、ジャパンテレビの三田さんから頼まれたのですが」

「いや、その話なら、編集長からも話があって、断っているよ。大体、時々、八十台が出るようなアベレージゴルファーが、いくら、ゴルフが好きだからといって、テレビのプロアマに出てどうするというの?洒落にもならないよ」

「でも、向こうのアマも、タレントのアベレージゴルファーの女性ですから、大丈夫じゃないですか?」

「でも、向こうは、男子プロと組むんだろう?プロゴルファーは、誰がプレーするの?」

「石村プロと、女子プロは、鎌田プロですって」

「石村プロ?あの、飛ばし屋か?とても話にならないよ?いくら、昨年の賞金女王の鎌田プロと組んでもね。鎌田プロも応援してるんだけど、坂下プロがいいなあ」

「えっ、坂下プロは、今は、シードから外れていますよ」

「僕は、坂下プロのファンだったんだよ。今でもね。まだ、辞めてないよね?」

「はい、でも、カムバックは、もう無理だと思いますよ」

「そう?じゃあ、坂下プロが出るなら、引き受けてもいいよ」

「そんな、意地悪言わないでくださいよ。では、今日は、これで失礼します」

木崎は、そそくさと引き上げて行った。


五年前に、LPGAで賞金女王になった坂下ゆかりプロは、あれから、シード権を失い、QTに出場しながら、スポンサー推薦等で、時々トーナメントに出ているが、予選落ちが続いている。このままでは、復活は難しいかもしれない。大体、賞金女王からシード落ちして、復活した女子プロはいない。しかし、皆、期間を置いてからシード落ちしており、こんな短期間に若くしてシード落ちしているプロはいない。

それから三日後、編集長の権田から電話があった。

「鈴原さん、坂下プロが出てくれますよ。プロアマ、オーケーしてくれますよね?」

「ええっ?よく、オーケーしましたよね?」

「はい、プロは、どんな形でも、出てなんぼじゃないですか?」

「そうですか?分かりました」

さすがに、鈴原は断れなかった。

2

鈴原京一は、元大手銀行マンだった。五十二歳の時に、趣味で書いていたミステリー小説が、ある文学賞を受賞し、一躍時の人となった。本人はただ驚いて、なるべく表に出ないようにしていたが、ベストセラーになってしまった。そのことで、故意の副業ではないというものの、閑職部署に異動となった。仕事は真面目にやりながら、休みに趣味で書いていたので、納得はいかなかったが仕方がない。意に沿わない仕事もさせられて、昇進も頭打ち、仕事に以前より意欲をなくしていた。よし、割りきろう。京一は、定時に退社して、趣味の小説を書き続けた。しかし、一作目で印税を得ていることもあって、会社の手前、応募は控え、出版社の誘いも断っていた。そのうち、京一は、関連会社に出向の内示が出たのと同時に、会社の早期退職制度で合意して退職した。印税と早期退職制度の退職金の納税後収入を合わせると、残期間の税込年収合計を越えたからだ。

年収は下がっていたし、五十五歳で役職定年になった後の、六十五歳定年迄の先は見えない。銀行は、今や、本来業務のできない構造不況業種となり、大幅なリストラが断行されていた。

京一が受賞したミステリーは、ドラマ化されることになり、第二作もヒットして、今度は、映画化された。また、テレビ出演の依頼もあるようになった。

その頃になると、元勤めていた会社から、京一に役員と対談させる企画の打診もあったりしたが、京一は全て断った。別に、トラブルがあって辞めたわけではないが、体よく利用されるのは嫌だったし、いつまでも過去のしがらみに捕らわれたくなかったからだ。京一が成功したのには、運だけではないものがあった。今風の凝った複雑な暗いストーリーではなく、解りやすいコミカルさのある内容が受け、出版社の息子より少し年上の若い木崎という担当の言うことを、いいアドバイスと受け止めて謙虚に頑張るので、さらに木崎も熱心に応援してくれたからだ。

3

プロアマは、マッチプレーのフォアサムだという。京一は、ルールを調べると、フォアボールと勘違いをしていた。

フォアサムは、4人で、二人づつのペアを組んでホール毎のスコアを競うゲームで、ペアが変わることはない。各ホールは必ずティーショットを交互に打ち、各ホール内は、交互に打つ形式だ。最後にカップインしても、ティーショットは前のホールとは違うペアが打つことが決まっている。

交互に打つので、1つのボールを二人で使用することになり、時間は4人でプレーしても短縮される。

ゴルフコースに行って着替えて用意をしてから、練習グリーンに行くとテレビのスタッフや木崎も来ていた。石村プロや坂下プロもいたが、石村プロのペアを見て鈴原は驚いた。名前は思いだせないが、フリーアナウンサーの女性だ。

鈴原は、木崎を手招きした。

「約束が違うよ。あの女性、タレントというより、フリーアナウンサーで元ゴルフ部のシングルじゃないのか?テレビで言ってたの見たことあるよ」

「ええ、そうなんですか?」

「とぼけるなよ。スタッフの女性に聞いて来てくれよ」

「分かりました」

木崎は、女性のスタッフに駆け寄り、聞いていたが、ちょっと不味いという顔をしていた。戻ってくると、木崎は恐縮した顔をして言った。

「すみません。私は、アベレージのタレントとしか聞かされてなかったので」

「君さ、マッチプレーだぞ。しかも、フォアボールじゃなく、フォアサムと言って交互に打つわけだから、足引っ張ると、下手すると、最短10ホールで負けてしまうんだよ」

「鈴原さん、私、ゴルフやらないんで、ちょっと、ルールのことはよく解らないので」

みんなの挨拶も始まり、坂下プロが一番に挨拶に来た。石村プロも、ペアの女性も、スタッフも来た。

木崎が言った。

「鈴原さん、お願いします。今さら中止はできませんから、大人の対応を・・・」

「君さ、ゴルフ知らないで、よく言うな。分かったよ。せめて、ゲーム形式くらいはネットで調べろよ」

「はい、調べながら、お伴します」


まず、石浜プロが、フルバックから打つことは、決まっている。後の3人はフロントティーから打つこととなっている。

鈴原は、ショートホールが、なるべく坂下プロのティーショットになるように考えると、1番ホールは自分がティーショットだった。

坂下プロに、作戦会議と称して、時間をもらい、事情を話した。

坂下プロは、「そうなんですか?確かに、ちょっと話が違いますね。でもまあ、公式のゲームじゃないんで、10アンド8でもいいじゃないですか。楽しんでやりましょうよ」

鈴原は、驚いた。プロにとって、プロアマは、当たり前だが競技ゴルフではないんだ。ちょっと、逆にいい意味での緊張感が漂ってきた。それと同時に、まあいいか、腕前は、予め判っているんだからという気持ちになった。

4

ゲームは、思わぬ展開となった。

石村プロは、飛ぶが、さすがにフルバックとなると、かなり距離が違うので、鈴原より前には行くが、それは、女子プロの坂下が補って、女子アマの内側のワンピンくらいにつけてくれるので、こちらはボギーがでない。女子アマは、乗せるだけになると、石村が1メートルくらいにつけるが、女子アマが外すこともある。石村プロも、坂下プロも、今日は、飛ぶが、曲がってラフに入れてしまう。特に、石村プロは、距離のハンディがあるので、力んでしまうようだった。

だから、お互いに、アマチュアがティーショットをするホールを勝ち取る繰り返しとなった。

坂下プロが、歩きながら話しかけてきた。

「曲がりませんね」

「ええ、飛びませんから」

「いや、年齢の割りには飛んでますよ。若い頃は、飛ばし屋だったでしょう」

「ええ、フィニッシュ取れないくらい、満振りしてましたから」

「力抜けたら、曲がらなくなりました?」

「抜くというより、無理すると腰に来て、途中でリタイアですよ」

坂下は、屈託なく笑っていた。

結局、10ホール終わって、イーブン。

17番ホールが終わって、鈴原・坂下組のワンアップ。ドーミーホールで、18番を迎えた。女子アマのティーショットは、相変わらずど真ん中だった。

坂下は、鈴原に言った。

「もう、負けはありませんから、思い切り行きますよ。ここは、400ヤードありますからね」

「解りました。お願いします」

鈴原は、頼もしさを感じた。

坂下プロは、パワフルに打った。

しかし、若くてしなやかだ。

フィニッシュを取った反動で、クラブは体正面に戻った。

女子アマを40ヤードは、オーバードライブして、残り130ヤード。

相手チームは、残り170ヤード。

ここからが、厄介だ。

石村プロは、7番アイアンで軽くワンピンにつけてくる。やや軽く打つなら、鈴原も同じ7番アイアンだ。

昔より、2番手は落ちている。

案の定、石村プロは、3メートルくらいにつけた。

鈴原は、ダフりを怖れた。

ダフれば、確実にこのホールは落とす。

しかし、鈴原は、老年ゴルファーだ。

ここで無理して、8番を選ばない。

普段は、もう使ってない5番アイアンを抜いた。そうして、2点に集中することにした。

テークバックは、クラブを10時の位置。

打つ時に、頭を動かさない。

鈴原は、クラブでボールの赤道下を地面に触れないように、頭を動かさないで打った。トップボールのようなボールは、ライナーを描いて、グリーン手前に落ちて何回かバウンドすると、1メートルについた。

「ナイス。熟練の技ですね」

坂下プロは言った。

「冷やかさないでよ。まぐれだよ」

鈴原は、苦笑いしながら言った。

結局、女子アマはバーディーパットを外し、坂下プロは、丁寧にバーディーパットを決めて、2アップでこちらが勝利した。

坂下プロは、ガッツポーズで演出し、鈴原

にハイタッチを求めて応じた。

石村プロは、「完敗です」と、余裕のコメントで盛り上げていたが、女子アマは、ちょっと不満気な発言だった。

ジャパンテレビの三田が、鈴原に、「ありがとうございました。いい仕上がりになりました」と、お礼に来た。

5

坂下プロが、話しかけてきた。

「鈴原さん、帰りどちら方面ですか?」

「埼玉南部だけど」

「同じ方面ですね。送りますよ」

「いや、出版社の若いのがいますから」

鈴原は、木崎に手招きをした。

「帰りは?」

「ええ、もちろん、お送りします。打ち上げもお願いします」

鈴原は、疲れて面倒だと思った。

こいつらに付き合うと、午前様で、また都内のホテルの泊まりにいつの間にかなってしまう。

「木崎君、今日はいいよ。坂下プロが同じ方面だから、送ってくれるので。じゃあ、坂下さん、お願いします」

坂下プロは、ニコッと笑うと、「じゃあシャワー浴びてきますから」と去った。

木崎は慌てて、「鈴原さん、困りますよ。もう、打ち上げ決まってますから」

鈴原は、手を振りながら、ロッカーに行き、シャワーを浴びに言った。

プライベートでプレーするときは、鈴原は、そのまま帰って、風呂に入って、妻と一杯やることにしている。

しかし、今日は、さすがに汗を相当かいて、シャワーを浴びたい気分だった。

上がって来ると、木崎が待っていたが、鈴原は、「今日はいいよ。プレー代は、いいよね」と、さっさと玄関に向かった。

坂下プロが程なく来て、「ちょっと待っててください。クルマ持ってきますから」と走って、駐車場に行った。

木崎は、慌てていたが諦めた様子だ。

温厚な鈴原だから、いいと言う時は、これ以上いくら言っても無駄だと解っているからだ。

玄関に、ポルシェマカンが来た。

鈴原は驚いたが、取り敢えず、キャディバッグを後部に載せると、助手席に乗った。

パワーウィンドウを開けると、鈴原は、木崎に軽く敬礼した。

唖然とした木崎が立っていた。

車中では、無言が続いた。

鈴原は、耐えた。坂下プロは、プレー中と違って、話しかける雰囲気じゃない。

坂下プロが、しびれを切らせて話しかけてきた。

「鈴原さん。私を指名したのはなぜなんですか?」

「ファンだしね」

「でも、もうシード落ちしてますからね」

「いつ、復活するかと?」

「いや、もう無理かもしれません」

「そんなことないでしょう」

「いえ、いろいろな方に見てもらったんですけど、どうにもならなくて」

「そうですか?プロに教えるレッスンプロって、何を教えてくれるんですか?」

「結局、自主性を重んじると言いながら、自分の思いどおりにしようとするので」

「師匠は?」

「師匠は、自主性を重んじて、自分で考えなさいだから」

「引退しても、レッスンプロにはなれますよね」

「でも、何だか、諦めきれない自分がいるんですよね」

「そうですか?もう、着きます。次のインターを降りたら・・。」

「いえ、ナビどおりですから、大丈夫ですよ」

「ありがとう」鈴原は、ちょっと、嫌な予感がした。

「鈴原さん、ティーショットが曲がるんですよ。だからもう、全て上手くいかなくなって」

「飛ばし屋の、距離と方向性の問題ですね」

「でも、尋常じゃないんですよ」

鈴原は、一計を案じた。

「もう着くから、お茶でもいかが?」

「ありがとうございます」

えっ、受けるのか?断らないのか?

鈴原は、自分から誘った手前、引けなくなって、自宅に電話した。

妻は、大喜びだ。

自宅マンション近くの駐車場に、ポルシェを停めると、二人は鈴原のマンションに入った。鈴原は、これから起こることの予想は、とてもついていなかった。

お茶をご馳走して、聞いてあげて、妻と見送れば終わりと考えていた。


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