#3 ギルドは猫に優しくない
よろしくお願いします。
僕はメイン通りに戻る。
「ギルドは……。あっちかにゃ?」
多くの人達が同じ方向に歩いていく。プレイヤーであるならばβテスターであろうが必ずギルドには行くはずだ。この流れについていけばギルドに着くだろう。
僕は流れに参加する。視線を感じるがもう諦めたため、特に気にせず歩く。
歩いているとあることに気づいた。
(周りが見えにくい!皆でかいぞ!)
いや、僕が小さいのか。
ドワーフですら身長は100~130cmほどでナナキより高い。小人や同じケット・シーでない限りナナキより小さいのは子供くらいである。
ほとんどがナナキの倍近い身長のため人の中に埋もれると恐怖しかない。
(道の真ん中は歩けないな)
道の端に寄る。
メイン通りであるため道の両脇は様々な店が並んでいる。食料品店を眺める。リンゴのような果物を見つけ、値段を見る。
〈1個5エン〉と書いてある。手持ちは1000エン。5エン≒150~200円と考えると30000~40000円ほど所持していることになる。
武器を手に入れる事が重要なので冷やかしみたいで申し訳ないが何も買わずに店を離れる。
10分ほど歩くと人の流れを飲み込んでいる建物を見つけた。あれが冒険者ギルドだろう。
「見っけにゃ~」
僕も流れに沿ってギルドに入っていく。
当たり前だが人の数が半端ではない。受付の前にも行列ができている。進んでいる気が全くしない。入った時点で視線の量が多くてうざったいが並ばないとどうにもならないので並ぶ。感じる視線が増えた気がするが……。
なんか暖かい?感じがする視線が多い気がする。
周りのプレイヤー達はギルドに現れた小さい猫人がプレイヤーだとは分かっているが、子供が背伸びをして登録しに来ているように感じてしまい、ほっこりしてしまう。
ナナキの真後ろにいるファイターと思われる茶髪の女性プレイヤーは、撫でたい衝動を全力で我慢しており全身が震えて、眼が血走っている。その隣にフレンドであろう白いローブを来た水色髪の女性プレイヤーは、隣の彼女の襟元を掴み、飛び掛かるのを抑えることでごまかしていた。
しかし、ナナキが無意識に動かしているしっぽが二人の足をふわっと撫でるように触れた瞬間、その努力は空しく終わる。
「「ぶふぉっ!!?」」
「んにゃ?」
『『『ぶっ!!?』』』
ナナキは後ろで爆発したような声を聴いて振り返る。
そのナナキの声がナナキ同様に崩れて膝をついている女性プレイヤーに注意を逸らしてしまっていた他のプレイヤー達にも突き刺さり止めを刺す。
「大丈夫ですかにゃ?具合が悪いにゃら1度ログアウトしたほうがいいですにゃ」
ナナキは2人に集中していて他のプレイヤー達のことには気づかなかった。2人の前にしゃがみ声をかける。
「ぢゃ、ぢゃい゛じょうぶでず。あ゛りがぢょう」
「こ、この子ね、時折、鼻血が、噴き出るのよ。す、少しすれば落ち着くわ。たぶん」
2人はまだ若干震えながら答える。片方は明らかに鼻血が出ている。
(ゲームでも鼻血が出るんだな。リアルのほうは大丈夫なのだろうか)
「無理したらダメですにゃ。せっかくの初日にゃんですから」
ナナキは心配する。その優しさは素晴らしい。周りは全員そう思っている。思っているが今はそれは傷を抉る効果しかない。猫ちゃん……恐ろしい子!
「ぐぶっ!ぢゃい゛じょうぶよ゛!ごごでがんばりゃな゛い゛ど!ゔぁだじはごうがい゛ずるがら!」
一瞬さらに血が噴き出た気がするし、もうほとんど聞き取れないが雰囲気的に何か決意表明したようだ。もう1人も手で鼻を抑えながら力強く頷く。彼女も指の隙間から赤いものが見える気がする。…ならばもう言うまいとナナキは決めた。
「分かりましたにゃ。でもダメにゃときはしっかり休んだほうがいいですにゃ」
「「あ゛い゛がどう!」」
伝えることは伝え、返事が来たのでナナキは前を向く。いつの間にかもう1人も話し方が怪しくなった気がするが。
前を向いたナナキの後ろでは、
(リュリィ!この子どうすればいいの!?私はどうすればいいの!?かわええすぎる!かわええすぎて胸が痛いの!これは恋なの!?これが本当の恋なの!?夢物語が始まったの!?飛び付きたいわ!!飛び付くわ!だってこの子がかわええからだもの!事故なのよ!)
(落ち着きなさい!ファナ!かわええわよ!かわええけどその痛みは鼻血の出しすぎのせいよ!そのまま行くと恋の間違いじゃなくて故意の間違いよ!)
ファナと呼ばれたファイターの女性は鼻血が止まらないまま、何かが始まったようで混乱している。それを同じように出てきた鼻血を止めながらリュリィと呼ばれたローブの女性が宥める。
そんな2人を周りのプレイヤ―達は恨めしそうに睨んでいる。
((猫ちゃんに心配させて声をかけられるなんて……うらやましい!!))
そんな密かな阿鼻叫喚が起きていることなど全く気づかず、ナナキは順番を待つ。
(やっぱり登録は時間かかるか。こりゃあ狩場もひどそうだなぁ)
登録後のことを考えながらひたすら待つ。
しっぽは落ち着きなく揺れる。後ろではしっぽの動きに合わせて頭が動いている人物が多数見られる。頭は動いてなくても血走っている眼が獲物を狙うようにしっぽを見ている。
そんな光景を2階からギルド職員が眺めていた。
(今年の新人……。なんか変な動きするの多いな。妙に眼が血走っているのも多い……。なんだ?もしや……呪われているのか!?時間をかけて狂化されている!?)
2階から眺めるとナナキは小さくて見えていない。それが職員の混乱を招いている。
(こんな人数が暴れだしたら止められんぞ!?だめだ……。ギルドマスターに指示を仰ぎ対策を練らなければ!)
ギルド職員はその場を他の職員に任せ小走りに奥へと消えていく。
「あら~。なんかかわいい子が来てるわ~。周りもメロメロみたい~。ウェア・キャットかしら~」
同じくギルド2階で別の職員がナナキを見つけていた。それを聞いて近くにいたギルド職員もナナキを見る。
「おや、ホントだねぇ。ウェア・キャット……にしては魔力が……。う~ん。他に同族はいなさそうだねぇ」
ナナキを見て違和感を覚えた職員が呟く。
「シィナ。ちょっと出た方がいいかもねぇ」
それを聞いてシィナと呼ばれた職員が少し目を見開く。
「あら~。それはそれは~。エリマがそう感じるなら動きましょうか~」
エリマという職員の直感に従って移動しようとした時、シィナは小走りで奥に消えていく青年の職員が目に入った。
「あら~。ベック君走ってどうしたのかしら~」
今度はシィナの呟きにエリマが反応する。そして先ほどまでベックがいた場所に目を向ける。
「ん?……あぁ。あそこからだと猫ちゃん見えないだろうねぇ。そうなると、猫ちゃんの後ろの連中の様子は不気味に見えるだろうねぇ」
「あら~。じゃあギルドマスターに報告に行ったってことかしら~。どうしましょうか~」
「別にほっといてじゃないかねぇ。この人数だ。最悪を考えて動いて、対策が出来るのはいいことだしねぇ」
「それもそうね~。行きましょうか~」
2人はベックの勘違いを放置することに決めた。事実、対策を考えるのは悪いことではない。ただ今回は無駄になるだけである。
そうして2人は下に降りた。
「シィナ先輩?なにか問題ありましたか?」
1階で大量の冒険者登録の処理をしていた職員が下りてきたベテラン職員の2人に何か問題が起きたのかと思い声をかける。
「大丈夫よ~。みんなはよくやってるわ~」
シィナは後輩の心配を否定し労う。
「では?」
「目的は今並んでる子達の中よ~。と言っても問題かどうかはまだ分からないけどね~」
シィナの言葉に後輩職員はプレイヤーの列に目を向ける。人数は異常だがそれ以外は特に異常は見つけられない。
その動きにエリマは苦笑して答える。
「ここからでは見つけられないだろうねぇ。上でも場所によっては見つけられなかったみたいだしねぇ。こっちは私たちに任しといておくれ」
「はぁ。分かりました」
エリマの言葉にさらに分からなくなる後輩職員。しかし、1人ならともかくこの2人が見つけたのだから間違いなく何かあるのだろう。それを疑えないくらいこの2人は実績も信頼も得ている。
仕事に戻る後輩職員を見送り2人は移動を再開し、カウンター前まで行く。さすがにそこまで行くと受付していた職員も近くのプレイヤー達も2人の存在に気付く。受付をしていた職員が2人に声をかけようとした時。
「ごめんなさ~い。そこの可愛い猫ちゃ~ん」
シィナが列に向かって声をかける。
その視線と声の先にいるのはもちろん。
「はにゃ?僕ですかにゃ?」
並んでいる大柄のプレイヤーの後ろからヒョコっと猫の顔をした小さい存在が顔を出したナナキである。
「「!!?」」
ナナキより前に並んでいて気付かなかったプレイヤーや受付業務追われていた職員がその存在と可愛さに驚き息をのむ。
「そうです~。ごめんなさいね~。申し訳ないけど少し話を聞かせてもらってもいいかしら~」
「え?にゃにかしましたかにゃ?」
いきなりの展開にナナキは混乱している。ただ並んでいただけで何もしていないはずだと考えているからだ。
それを感じ取り今度はエリマが声をかける。
「大丈夫。何もしていないのは見てたからねぇ。少なくとも君は何もしていないと断言しとくよ。周りはともかくねぇ」
「にゃ?」
周りと言われてナナキは周囲に目を向ける。先ほど声をかけたリュリィとファナはまだ鼻を押さえている以外は特に異常はない。他のプレイヤーたちにも目を向けると目を逸らす人が多いが特に異常があったようには見えない。
「?」
首を傾げるナナキを見てエリマが声をかける。
「別に気にしなくていいよ。私たちが聞きたいのは君の種族についてでねぇ」
種族と言われてナナキはピンときた。
(そういえばここに来てから妖精族関係見てないな)
「目立つ形にしてごめんなさいね~。でも~エリマの想像通りならどっちにしろ話をしないといけなくなると思うの~。遅いか早いかの違いだと思ったから~ちょっと思い切らせてもらったわ~」
「……。やっぱりケット・シーは珍しいですかにゃ?」
シィナの話を聞き、観念してカウンターに近づきながら質問する。
「ふむ。やっぱりねぇ。ウェアキャットにしては感じる魔力が大きすぎるしねぇ。君への答えは、珍しいなんてものじゃない、だねぇ」
ナナキの質問にエリマはため息をつくように答える。
「他の妖精族は数年に1人いるけどねぇ。ケット・シーに関しては私たちが覚えている限りこの街では50年ぶりだねぇ」
「にゃ!?」
「「えぇっ!?」」
エリマの答えにナナキと他の面々は驚きの声をあげる。
「というわけで~ちょっとお互いのこと知りたいな~って思ってるの~。困ったことがあったら助けてあげられるようにね~。妖精族ってどの子も個別性大きすぎて~ちゃんと聞いとかないとトラブルになりやすいのよ~」
シィナとエリマは揃って眉間に皺を作り苦そうな顔をして話す。
その言葉と2人の様子を見て覚悟を決める。
「分かりましたにゃ」
答えを聞いて2人は申し訳なさそうに眉をさげる。感謝と謝罪を伝える。
「ありがとうね~。それと…本当にごめんなさいね」
ナナキは笑顔を見せる。
「じゃあ、行こうかねぇ。失礼するよ」
エリマはカウンターの向こうから手を伸ばす。
ナナキと周囲の者たちは撫でようとしているのだと思った。……のだが。
ヒョイッ
「にゃ?……にゃ?」
エリマの手はナナキの頭を通り過ぎ、後ろ襟をつかんでナナキを持ち上げた。
ナナキは何が起こったのか分からず、自分の状況を確認して、それでもよく分からなかった。
「では、案内するよ」
エリマはナナキをぶら下げたまま、奥の部屋へと連れて行った。その後ろをシィナが肩を震わせながらついていく。
「……え?ちょっ!!待ちなさい泥棒猫!私の猫ちゃんを!!」
エリマの行動にナナキ同様固まっていたファナが再起動し吠える。しかし2人は反応することなく奥へと消えていく。
「猫ちゃ~~~~ん!!!!」
ファナの声が響く。恋人を連れていかれたかのように悲痛な顔をして崩れ落ちる。ちなみにファナはまだナナキの性別どころか名前すら知らない。逆もまたしかり。
連れ去られながらナナキは思う。
(ギルドって猫に優しくないんだな)
ありがとうございました。