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自死

作者: 炉谷義露

 私は謂う所の思春期に自殺を思い立った。其の契機、明確な理由が何であったかは既う覚えて居ないけれども、恐らくは将来への不安と自分への失望であったろうと思う。私は他人へ誇れる様な学力、教養、血統、容姿、性格、才能、技術、人徳、交友と云った凡ゆる要素が無かった。然う為て、斯の様な人間が進む将来は酷く一般で退屈な物であると思って居た。偶然か蓋然か現在へ至り、生き続けて思い続けて居るが、然う在り乍ら割り切った心境を露呈為たい。

 当時の私は高等学校の生徒であった。公立の小学校を出、公立の中学校を出、私は復た公立の高等学校へ入ったのであるが、私は此の入学で妥協と云う物を為て居た。付近に更う少し学力が要る公立の高等学校が在ったのである。私は勉強が甚だしく嫌いであったし、然う勉強を為ずとも先ずは平凡な学力が有ったので、強いて落ちるか落ちないかと云う心労は味わいたくなかった。其れが好けなかった。入学の直後は良かったが、軈て自分で選んだ学校が劣って見えた。一度、自分を構築為る要素が劣って見えれば伝播為る。斯様な庸愚な学歴を持つ私は如何に無能かと思い始めれば止まらない。段々と否定は自分の内外へ広がって行き、其れは祖母や母親を著しく困らせた。

 私は自室を持って居たので、自室の一隅に柔道着の帯紐を垂らし、絞首に用いる様な形状で置いた。時々には椅子を持って行って、私の頚部を掛けて締めた。既う椅子を蹴れば死ぬぞと云う状況を味わい、暫く経て私は生きて戻るのである。

 初秋の時期、降雨の深夜に屋外へ出た事も有る。持ち出した椅子に座り込み、衣類を濡らした。当然と違法であるけれども、酒精の濃い酒類を煽り、緩やかな凍死を待った。意識が混濁為、寒さや苦しさを覚えず、拡がった体表の血管から濡れた衣類が温もりを奪って行く。冷えた血液は軈て体内へ戻り、幹部が冷えて機能を停止為る。直ぐに死ぬぞと思って居たけれども、存外に私は酒精を分解為る能力が高く、中々に死なない。死なない許りか眠くも成らぬ。軈て飽きたので椅子を放置為て自室へ戻って寝た。

 然う云う心境で在り乍ら通学は為て居たし、道中で走り交う車輛へ飛び込んで遣ろうか、橋梁から河川へ飛び込んで遣ろうかとも思って居たけれども生きて居た。願わくは私の意志と関係の無い要因で死ねぬかと思って居た。

 学力は凡愚、容姿は醜悪、教養は未熟、血統は大衆、思い悩むと自身の矜恃は自殺為る勇気に限られるのでは無いかと思い至る。此の様な人間が生きて居て楽しいだろうか、又た楽しませられるだろうかと考える。其れは謂わば石礫を金塊と交換出来るだろうか、鰯を鮪と交換出来るだろうかと問い掛ける様に無謀であると思った。

 思い悩むには思い悩んだけれども、食事は出来る、睡眠も出来る、談笑も出来る。友人が居、恋人が居、家族が居ると来ると死にたいが死のうと思えない。昨日は死ぬ必要が無かった、今日も死ぬ必要が無かった、明日は死ぬ必要が有るだろうかと日々を暮らして行く。辛くて苦しくて堪らないので死ぬのでは無く、既う死にたいから死ぬと云う神経が育って来るのであった。

 軈て高等学校を卒業為ても生きて居た私は受験を終え、平凡な公立の大学へ進学為る。大学へ進学為れば就職も為るのであって、希死を忘れた事は無いけれども、其れは次第に死ねれば良い殺されれば良いと云った性質へ変わって行った。

 陳腐に申せば時間が解決為たのであるが、死にたいから死ぬと云う神経と死ねれば良い殺されれば良いと云った性質が合体為て、私は希死と折り合いを付けたのである。私は此れから友人、恋人、家族の誰より長く生きる積りで居る。恋人と結婚為、子供を設ければ其の子供より長寿に成ろうと思う。然う為て、私は自分の最期を自殺と決めて居るのである。

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