第5話 壬生浪士組、なんとなく誕生
攘夷とは一体何か。
夷狄を攘う(はらう)で攘夷である。
夷狄とは要するに外国から来た野蛮人という事である。
つまり武力を以て日本にやってきた外国人・外国勢力を排除する事が攘夷に当たる。
江戸時代に入って国学が発達し、日本が天皇を中心とする『神国』であり、キリスト教など(当時の日本にとって)有害無益な国外のものは排除するべきとの考え方が広まった。
幕府も鎖国を国是とし続け、二百年以上も外国との直接的な関わりを持たずに過ごしてきた。
そんな中でのペリー来航に始まる半強制的な開国は、この国に住まう人間達に過剰なまでのアレルギー反応を起こさせた。
「メリケン・エゲレス何するものぞ」「開国を受け入れた幕府の何と弱腰な事か」と憤慨する武士が大半だったのである。
しかし実際問題、アメリカをはじめとする欧米諸国との国力・技術の差はいかんともし難いレベルであり、開国や条約締結を受け入れない場合、日本は侵略されてしまっていたかもしれない。
現に隣の清国は領土を欧米諸国に食い荒らされ、嘗ての栄光とは程遠い現状となってしまっていた。
清を鑑みればこそ、幕府はやってきた黒船相手に強硬な態度を取る事は出来なかったのである。
さりとて、市井の人々や事情の分からない下級武士や浪士達にはそのような外国との力の差は分からず、大なり小なりの攘夷行動が全国で起こされる。
前述の清河八郎も同志と共に外国人居留地の焼き討ちを計画したが、これは事前に露見し頓挫した。
長州藩は関門海峡を通る外国船に砲撃を加え、薩摩藩は生麦事件を起こしてイギリス人を殺傷した。
その後、長州は下関戦争で四か国連合艦隊にボコボコにやられ、薩摩はイギリスと薩英戦争を戦っている。
この戦闘はそれぞれの藩の分岐点になるものであるが、それはまた別のお話。
話は少し戻って、浪士組本隊が江戸へ戻る前日の三月十二日、残留組の中から数名が金戒光明寺へと呼び出された。
金戒光明寺は京都守護職である会津藩主・松平容保公の本陣となっている寺であった。
呼び出されたのは試衛館一派から近藤さんと俺、芹沢一派からは芹沢と新見が来ていた。
京都守護職、松平肥後守容保公は賢公として名を馳せていた。
日に日に治安の悪化する京へ守護職として着任し、孝明天皇からも全幅の信頼を寄せられている御仁、との事だった。
聡明で冷静沈着、義に厚く忠臣の中の忠臣、というのは山南さんが言っていた。
その容保公からの呼び出しである。
おそらく幕府から我々残留組の処遇について一任されたものとみえる。
しかも光明寺について驚いたのだが、俺達と直接お話をされるという事だった。
さしもの俺も、生まれてこのかた殿様というものを見た事などなく、この時ばかりは緊張した。
近藤さんは尚の事、震えの収まらない膝をこれでもかと叩いて待っていた。
芹沢もいつもとは少し様子が違って、奴なりに神妙にしているらしい。
しかし、恰好はいつもと変わらずサングラス姿でおまけに酒を飲んでいるのか顔は赤く、無礼に当たるんじゃないかと思っていた。
拝跪して御成りを待ち、「面を上げよ」の一言にゆっくりと顔を上げると、芹沢の無礼さが吹っ飛ぶような姿がそこにあった。
「はー疲れる。マジ疲れるよ守護職って。知ってる?公卿達ってポンコツばっかりだから、帝ったら俺の事ばっかり頼って『肥後、肥後』って俺ばっかり使うんだよ。俺は帝のお守りじゃねえっての」
容保公は側にあった肘掛を枕にダラリと横向きに寝そべった状態で俺達に喋りかけていた。
側用人が「殿!」と諌めたが、「いいじゃん、宮中でも殿中でもないんだから」とその姿勢を崩さなかった。
いや、姿勢は元から崩れてたんだが。
「君らが浪士組で京に残留する事を選んだ連中だね。ようこそ京へ!とかいいつつあんまり楽しんだりする余裕のある状態じゃないんだけどね」
世の中にはこんな殿様もいるのか、と考えた。
いや、見た事ないだけで、殿様というのはみんなこういうものなのか、とも考えた。
どのみち俺の驚きは想定の範疇を大きく超えていて、目の前の光景に口を開けたまま茫然とするだけだった。
「何かさあ、最近京に浪士みたいなのがすげー増えてるから、守護職も楽じゃないんだよねー。もー辞めちゃおっかな?」
「きいでらんに!殿、こだ浪士風情にする話ではねぇ。こだとこみられだらしょうしいよ」
「な?こいつら会津の家臣達はちょっと油断したら会津弁が出ちゃって、何言ってるかさっぱり分かんねえ。ほら、俺は江戸生まれの江戸育ちだからさ、もう我慢できないんだって」
容保公は寝そべりながら、餡餅をクチャクチャと音を立てて食べつつ、話を続けた。
お小言を言う側用人も取り合ってもらえずに気の毒だったが、俺達も何を言っているのか理解出来なかった。
一体何と言ったのか。
近藤さんが俺達を代表して、残留した経緯を容保公に説明した。
容保公は「うんうん」と相槌を打ちながら聞いていたが、時たま餅をみよーんと伸ばしたりして、真面目に聞いているようには見えなかった。
会津藩はこんなんで大丈夫なのだろうか。
「要は君らは幕府に義理立てして、残ってくれた訳ね。ありがとさん。んで?どうする?一応江戸からは、君らのケツ持ち頼まれたけど、そうする?それとも自分らで好き勝手にする?」
容保公が俺達にどういう事を望んでるのか、その姿勢がよく分からない。
「仰りたい事が分からないのですが、『世話をして欲しければ言う事を聞け、さもなくば出て行け』という事ですか?」
俺が少しキツめの言い方をしたのでどんな反応をするかと思ったが、俺の顔を一瞥しただけで、今度はトロピカルな色の飲み物をストローでちゅーちゅーしながら、容保公は話し続けた。
「いやいや!そんな風に捉えなくてもいいんじゃない?堅いなーもー。…分かった、もっと端的に説明するよ。今、ウチの藩士で洛中の治安を守ってるんだけど、洛外にまで手が回らない訳さ。出来れば君らに洛外の治安を守る何かを組織してもらいたいと思うんだけど、どう?何かこっちで困った事があったら、仕事を頼む事があるかもしらんけど、基本的にはこっちは君らに干渉するつもりはないし、形としては『会津藩預かり』って事にするけど、それなりに自由にやっちゃっていいよ。君ら、ウチの藩士じゃないからね」
この話を聞いて、一同顔を見合わせてコクコクと頷いた。まさかこれ程までに俺達に都合のいい話が飛び出すとは思わなかった。
洛外の治安部隊を自分達で組織して、思うように活動していいという事だった。
こちらは立場の無い単なる浪士で、尚且つ本隊から離脱したはみ出し者として、多少ぞんざいな扱いになるんじゃないかと思っていた。
だが、あまりにもうまい話に聞こえたのも事実だった。
これは『命令』ではなく、『提案』だった。
「おい、殿さんよう」
驚く程無礼な芹沢の問い掛けに側用人達が「無礼者!」と抜刀しかけた。
俺も近藤さんもギョッとしたが、芹沢は全くお構いなしに堂々として、なにより当の容保公が「なになに?」と全く気にしていない様子だった。
どちらもある意味大物なのだろうか。
俺の見立ては単なる馬鹿だと思うのだが。
「あまりに俺らに都合のいい話じゃねえか。俺はこういう話を聞くと、何か裏があんじゃねえかって思っちまうんだ。まだ俺らに言ってねえ事とかあるんじゃねえのか」
芹沢の言う事もまあ分かる。
聞いておかなければならない事があるなら、今の内に全て聞いておくべきだ。
だが容保公は頭をポリポリと掻きながら「別にねえけどなあ」とぼやいた。
「まあ組織としての形はちゃんと作っといてよ。人数も足りないだろうから増やして。取り締まりったって一人や二人で出来るモンじゃないしね。ああそうだ、これは言っとかなきゃいけねえよなあ…今朝廷はさあ、過激派ばっかりだからあんまし俺も目立った事出来なくて、初めの内はそんなにお金出せないと思う。その内ね、その内組織もちゃんとしてきたら、さ」
金の問題は、確かに今後どうしていくか心配な点だった。
しかしそれを聞いて芹沢は「それ位か、なんの事はねえ」と不敵に笑った。
何か当てがあるのだろうか。
「他にはないの?」
「今一つ、我々のようなどこの馬の骨とも知れぬ者達に、聞けばそれなりの権限を与えて下さるとの由。何故そのような事を」
俺が念押しに聞くと容保公は「だから堅いって。もうそういうのいいじゃん」と言って、だらけた体を起こした。
かといってシャンと姿勢を正す訳でなく、胡坐を掻いて前後にゆらゆらしながら言った。
「理由は三つ。一つはさっきも言った通り、人手が足りない。猫の手も借りたい、とはよく言ったもんだね。君らが使えるかどうかは現状分からないけど、お試し期間って事で。二つ目は君らが浪士組から離脱した理由に筋が通っていると思った。江戸に帰る奴らはダメだね、自分を持ってないもん。最後は簡単、清河が嫌いだから、きっと君らと馬が合うと思った」
それを聞いて一同の口元が緩み「ハハッ」と笑い声が漏れた。
話し方は気になる所だが、何とも素直な御仁だった。
この人にとりあえず付いていくのも悪くないのかもしれない。
全員が容保公の『提案』に乗る事に同意し、洛外の取り締まりを請け負う事になった。
「あとさ、みんな色々考え方とかあるとは思うけど、ウチの世話になるっていうなら、体裁だけでも『公武合体推進』って事でヨロシク。公武合体の下で攘夷ね。それが最低条件かな」
会津藩預かりとなれば、幕府親藩の部隊という事になる。
当然と言えば当然の話で、元々幕府の呼びかけで集まり、将軍の護衛のつもりで来た俺達だ、更に言えばそこから外れていった清河と袂を別っているのだから、異論はなかった。
「殿、朝廷からすぐに参内するように、との連絡が」
小姓が入ってきて容保公に伝えると、うつ伏せで寝転がり、足をバタバタさせ出した。
「えーめんどい。ちょっと頼母代わりに行ってきてよー」
「まだそだ事言って!んだな事言ってたら、帝に邪魔者にされてしまうぞいよ!そら、んぐべい!」
ごねる容保公を側用人の一人の西郷頼母という人が足を持って、そのまま引っ張っていった。
去り際に「とりあえず組織がある程度まとまったら、また来て!君らは壬生にいるんだろ?じゃあ名前は『壬生浪士組』って事で!」と言っていたので、俺達は流れで壬生浪士組と名乗る事に決まった。
殿様と家来達が部屋からいなくなり、俺達四人が取り残されると「ハァー」と大きなため息を全員で吐いた。
おそらくこれだけ砕けた物言いをする大名は他にいないだろうが、それでもやはり緊張していたようだ。
「物分りのいい殿さんで良かったじゃねえか。随分と好き勝手させてくれそうだな」
芹沢は胸元に隠していたウイスキーをぐびりと飲んだ。
こんな所でぐらい我慢できないものなのか。
近藤さんは容保公と対面出来た感動に打ち震え、今頃になって泣き出した。
この人は特に権威的なものへの憧れが強すぎるきらいがある。
さっき容保公が「俺の為に死ね」って言ってたら、喜んで死んだんじゃないのか。
「おい土方、俺は組織なんて面倒くせえもの考えるのはご免だからよ、そういうのはお前に任せた」
一人泣き濡れる近藤さんを放って、芹沢は俺に向けてそう言った。
「この俺が自由に差配してもいいと?」
「馬鹿野郎、最後にはチェックするさ。だからその過程の面倒はお前に任せた、って事だ」
酒臭い息を吐きながら、芹沢は釘を刺した。
ここで「好きにしろ」と言われればこいつが身動き取れないような仕組みを作ってやろうと思っていたのだが。
まあいい、いずれどうにでも出来るだろう。
「…承知した」
思うところは色々とあったが、それを今ぶつける時ではないと思い、俺は芹沢達より先に戻ろうと近藤さんを立たせた。
「おい、分かってんな。俺達が好き勝手に出来るようになる為に邪魔なモンがあるだろ。アレ、何とか出来んのか?」
部屋を出る俺達の背中に、芹沢が言葉をかけた。
「ああ、『アレ』か」
「こういっちゃあ何だが、そういう事は慣れてるぞ。俺がやるか?」
振り向きもせずに俺は答えた。
「問題ない、こちらで何とかする」
一括りに攘夷、といってもその中でも色んな立場がある。
試衛館一派の中でも、攘夷の一点は共通していたと思うが、その中でも幕府に近い会津藩預かりになる、という事はどう考えるか、少々心配であった。
つまりは幕府の手先として動く事になるのだ。
攘夷を起こせず開国してしまった幕府に与する、というのは耐えられないと言い出す奴もいるかもしれない。
しかし試衛館一派は思った以上にすんなりと、会津藩預かりの件を受け入れた。
どうも政治的な細かい部分が分からない連中が多い事もあるだろうが、ある時山南さんが『公武合体』について喋っていた時、急にその言葉に反応して「いいな」「いいね」と騒ぎ出した。
「なんで公武合体がいいんだよ」
「だってなあ」
「ああ」
左之助と新八は顔を見合わせてから、声を揃えて言った。
「「ロボっぽい!」」
という訳で『ロボっぽい』事を理由に、試衛館では公武合体を推し進める幕府に対して、好意的な風潮が広がっていた。
まあそれだけじゃなく、俺や近藤さん他数名が幕府直轄領であった多摩・日野の出身だった、というのも大きいのだが。