表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

第3話 近藤勇、土下座する

 近藤勇。天然理心流の四代目宗家である。


 幼名を宮川勝五郎といい、多摩の百姓の三男として生まれた。

 十六の時に試衛館に入門、翌年にはその剣の才を見込まれ、三代目宗家近藤周助(隠居して周斎)に養子に入る。

 天然理心流は日野や多摩といった農村地帯に広く門人を持ち、名主とも言われる大百姓の門人は、屋敷内に道場を作って稽古をしていた。

 近藤勇はそこへ通う内、同年代で志を同じくする小島鹿之助、佐藤彦五郎と共に、三国志の桃園の誓いを模した、義兄弟の契りを交わす。

 書物好きの近藤さんらしい話である。


 俺が初めて近藤さんと会ったのは、佐藤彦五郎の屋敷であった。

 江戸での奉公を途中で逃げ出し、実家に帰るに帰れなかった俺が頼ったのは、佐藤彦五郎に嫁いだ姉・のぶだった。

 優しい姉と義兄に甘え、幾日もただフラフラと佐藤家で過ごしていた、そんな時だった。


 その日道場には、先刻試衛館の周助先生に養子に入ったばかりの若先生が来る、という事でいつもより多くの近隣の百姓が集まっていた。

 普段なら「百姓は剣じゃなくて鍬でも持ってろ」と言って寄り付きもしない道場だったが、その若先生とやらが見てみたくなって珍しく道場に足を延ばした。


「おお、君がのぶさんの弟か。どうだい、ちょっと手合せしてみんか」


 そこにいたのは、俺と年も変わらない、しかし見るからに生気に満ち溢れた男がいた。

 この時は周助先生の実家の嶋崎家に養子に入っており、嶋崎勝太と名乗っていた。

 俺の一つ上で、何やら明るい雰囲気を持った男で、奴を見る皆の目がとても温かいものに感じ、根暗な俺とは正反対の人間だと思った。


「彦五郎さんに聞いたよ。なかなか使えるらしいじゃないか」


 随分と捻くれていた当時の俺は素直に褒め言葉と受け取れず、上から物を言われている気がして腹が立った。

 …いいだろう、やってやるよ。

 地元では手の付けられない『バラガキ』と渾名され、剣においてもその辺の大人には負けた事がなかった。

 自信もあったし、『若先生』とやらの鼻を明かしてやりたかった。


「エーイッ!」


「面あり、一本!」


 三本勝負だったが、勝負は早かった。

 始めの合図の数瞬後に俺の面は打たれ、二本目は数合打ち合ったが俺が上段に振りかぶった隙に胴を抜かれた。

 三本目は俺が取ったが、これは礼儀として相手に取らせてもらったものなので、力の差は歴然だった。


「面白い剣を使うなあ。ひやひやしたよ」


 口振りとは正反対の涼しい顔をして汗を拭くこいつを見て、今までの人生で味わった事のない敗北感と、「絶対にこいつを叩きのめして、『参った』と言わせてやる」という感情が沸き起こった。


 以来俺は実家の土方家で昔から作っていた散薬を行商する傍ら、方々の道場へ出向いて他流試合を重ねた。

 試衛館へ行き、天然理心流を修めて強くなるという方法もあったろうが、奴の軍門に下るような気がして嫌だったし、知らない内に強くなった俺に驚く奴の様を見たいのもあった。

 はじめはどこの道場でもボコボコにやられて、数日動けなくなる事もざらだった。

 そんな日々を繰り返す間に『相手に勝つ方法』というより『相手にどうあっても負けない方法』を身に付けるようになり、どんな卑怯な手でも負けない為に使うようになった。


 「卑怯だ」と罵られても、最後に立っている者が勝ちである。

 兵法からすれば外道だろうが、身に付けた俺の勝率はぐんぐん上がり、幾つもの道場からは「嫌な奴」と名が売れて、煙たがられるようになった。


 それでも奴には歯が立たなかった。

 「そろそろ勝てるんじゃないか」と思って試衛館の門を何度かくぐったが、その度に奴には楽々とあしらわれるのだった。

 途中からは勝てるつもりじゃなくても奴に勝負を挑んでいた。

 単純に楽しかったからだ。

 それは奴も同じのようで、普段の相手では考えられない戦法で向かってくる俺に、「今度は何をやってくるのか」とワクワクしていた、と後に言っていた。


 聞けばお互いに百姓の三男であり、それぞれ「いつかは武人として大成したい」という志がある事が分かって、兄弟のように仲が良くなった。

 これまで実家にいるより姉の所にいる事が多かった俺に、試衛館という拠り所が出来た。

 二十五の時に正式入門したが、相変わらず試衛館で稽古をするよりも他の道場に喧嘩を売りに行く方が多かった。

 そんなやり方に近藤さんは「トシはそのやり方でいい」と理解を示して、自由にさせてくれていた。

 どこへ行っても志は同じだという事が分かっていたからだ。


 ある夜、近藤さんの部屋で話していた事を思い出す。


「俺達はこの剣でどこまでいけるかなあ」


「近藤さんは俺達の大将だ、大名くらいにはなってもらわんと、困る」


「ハハハ、大名ときたか。それじゃあトシは家老にでもなってもらうか」


「俺はいいよ、薬を売り歩いている方が気楽だ」


 「トシらしい」と笑った後で、近藤さんは真面目な顔をしてこう言った。


「俺には分かる。土方歳三という男は、天下に向けて何か大きい事をしでかす男だ。俺が立つその時には、お前さんが側にいてくれたら心強いと思っている」


「俺なんか側においたら、給金高いぜ」


「そりゃそうだ」


 二人で顔を見合わせて大笑いした。

 笑いながら俺は「時満ちれば、俺はこの人を大名にする為に、どんな事でもしよう」と心に誓った。




 その近藤さんが、どうして地べたを這いつくばって、許しを乞うているのか。

 周りには野次馬が集まって、いい見世物になってしまっている。

 周りの旅籠からは謎のカクテル光線が近藤さん達を煌びやかに照らしている。


 近藤さんはこの騒ぎの中、もう一人の役付きの人とピクリとも動かず、ただ土下座を続けていた。

 近藤さんの前には、浪士隊の集合の時、清河八郎の演説に悪態を吐いていた、あの男だった。


 文久三年二月八日、浪士隊は中山道を一路西へ、京を目指して江戸を進発。

 新幹線などというものはあるはずなく、基本的には徒歩である。

 年長者や身体の弱い者は駕籠の利用を認められていたので、総司が源さんに「駕籠で行ったらどうですか」と聞くと、「ワシャ、まだ三十五じゃ!」と顔を真っ赤にして怒っていた。


 事が起こったのはまだ武蔵国を出る前、九日に寄った本庄宿だった。

 道中「近藤さんは大丈夫か」と心配していたが、まさか江戸からたいして離れる前にやらかすとは思ってなかった。


 割り当ての宿に腰を下ろし、他の試衛館連中と「風呂でも入るか」と言っていた矢先、部屋に平助が飛んで入ってきた。


「大変です、近藤さんが」


「近藤さんがどうしたっての」


 気の早い左之助と新八はすでに風呂支度が済んで、左之助なんかは褌一丁であった。


「だから、近藤さんが、あの…」


「だからどうしたんだって」


「説明のしようがないんです」


「見たまんまの事を言ってみろよ」


 平助は何だか表現し辛そうな感じでモゴモゴしている。

 一体近藤さんの身に何があったというのか。


「近藤さんが大通りでミラーボールに照らされてスポットライトを浴びて、土下座したままディスられてるんです」


「「は?」」


 平助の言ってる意味が分からないし、近藤さんの置かれている状況の想像が全くつかない。


「ちょっと待て、落ち着いてもう一回言ってみろ」


「だから、近藤さんが大通りでミラーボールに照らされてスポットライトを浴びて、土下座したままグルーヴィーなトラックに乗せて軽快なライムでディスられてるんです!」


 何かさっきより言葉が増えてねえか?

 平助は言い切ったような顔をしているが、俺達は先程同様全く要領を得ない様子で、そんな俺達に平助は少し苛ついたように言った。


「もう!だから説明のしようがないって言ってるじゃないですか。見た方が早いから、すぐ来て下さい!」


 ちんぷんかんぷんの俺達は平助に促され、宿に面した通りに出ると、一町先の方が何やら明るくなっていた。

 人も集まっているようで、どうも面倒な事になってるんじゃないかと思いながら、明かりの中心に向かってみんなで走った。


「近藤さん…」


 十重二十重の野次馬をかき分けて前方を見ると、そこには近藤さんと浪士取締役の一人である池田徳太郎という人が土下座をしていた。

 土下座する二人の前にはマイクを持った男三人、そしてドデカいスピーカーが二つとそこに挟まれるようにおかれたDJブースでターンテーブルをいじる男がいた。

 自分でも何を言っているのか分からない。ただ、平助の言っていたような状況は、こういう事なのかとそれを見て思った。


「近藤先生、彼らの宿を取り忘れたらしいんです」


 横に来た総司が説明した。

 つまり自分達の宿がなかった事に腹を立てたと。

 それで近藤さんが土下座して謝るのは分かるが、それ以外のものは何一つ理解出来なかった。

 何だあれは。

 何なんだあれは。


 DJの更に奥をよく見ると、豪勢な一人掛けソファが置いてあって、そこにふてぶてしく座る男がいた。

 演説の時のサングラス野郎だ。


「ありゃあ芹沢鴨じゃねえか。近藤さん、何だってあんな面倒くせえ奴の宿を取り忘れちまったんだ」


 後から追いついた左之助がそう言った。

 「あいつの事を知ってるのか」と聞こうと振り向いたら、まだ褌一丁だった。

 お前はまず服を着ろ。


「この度は私共の不手際で、誠に申し訳ない事を致しました。どうか、どうかお怒りをお納めになって下さい」


 声を大に近藤さんが謝罪の言葉を述べたが、全く取り合わない。

 芹沢とかいうサングラス野郎がDJに指示を出すと、DJはキュキュキュとスクラッチをして新たなトラックがスピーカーから流れだす。

 マイクを持った男がラップを始めた。


「志高い 我ら浪士隊

 京を目指しFLY UNDERGROUNDから今参上

 本庄 着いてテンション上昇

 TEAM芹沢 の宿はどこだ? HA」


「無い 無い どこにも無い

 これは侮辱か恥辱か はたまた凌辱

 ならば戦争だ ここが戦場だ

 厳選され洗練された千のフレーズで即戦闘モード」


「この掴んだマイクで今をサヴァイヴ

 それが出来ないお前は 今すぐBYE BYE

 泊まるとこなきゃ 俺らはここで宴

 騒げ 唄え 繋げマイク ONCE AGAIN」


「WACKで FUCKな SUCKERなお前も

 マイク握れば 繋がるRHYME MAIL

 フリーキーなリリックで 伝えるビーフも

 お前に響かにゃ MASTURBATE 意味ねえや」


 三人が交互にラップし、終わると近藤さん達の方にマイクを投げた。

 その瞬間「ウォーッ」と歓声が沸いて、三人は満足げに決めポーズを取った。

 他の浪士取締役も騒ぎを聞いて集まってきていたが、騒ぎの大きさと芹沢の威圧感に、介入する事を躊躇していた。


「あいつら…おいっ!」


 近藤さんを助けに行こうとして、総司に止められた。

 やつらが何を言っているのか少しも理解出来なかったが、近藤さんの事を馬鹿にしている事だけは分かった。

 いくら失敗をしたからといって、公衆の面前でこんな恥をかかされるいわれはないだろう。

 だから、こんなくだらない騒ぎを終わりにしたいんだ俺は。


「これは近藤先生の問題です。僕らが手を貸したら、それこそ恥の上塗りだ」


「しかし、俺達の大将をこれだけの人の前でコケにされてるんだ、我慢出来るか」


「我慢して下さい。近藤先生なら、きっとこの局面を乗り切れる筈です」


「でもよお、ほら」


 何を根拠に引き止めるのか分からない俺は総司に食い下がっていたが、すっとぼけた顔で新八が指差した先を見ると、既に源さんが人だかりの中心に突っ込んでいた。

 「あちゃー」と頭に手を当てる総司、源さんは何をするのかと思いきや、近藤さんの横に並んで一緒に土下座をした。


「源さん…」


「この度の事は、どうか、どうかこの井上源三郎に免じて、ご容赦頂きたい!」


 血が出るのではなかろうか、というような勢いで地面に額を擦り付けた源さんだったが、芹沢達はまるでいなかったかのように源さんを無視して、近藤さんへのディスを込めたラップを続けた。

 源さん、ただ土下座が一人増えただけじゃねえか。


 この場を照らすライトの光は、まるで昼間のように辺りを明るくし、終わらない夜とビートに乗せたライムに観衆は酔いしれていた。


「言いたい事があるんなら、そのマイクを掴めよ。何だ、まさかこの程度のビーフに怖気づいたのか田舎侍め」


 芹沢が近藤さんを挑発した。

 すると近藤さんはおもむろに立ち上がってマイクを掴み「DJ!」とトラックを要求した。

 近藤さんまさか、やるのか?


 不敵な笑みを浮かべてDJがターンテーブルを回す。観衆の盛り上がりは最高潮になった。


「俺は多摩の生まれ 百姓育ち

 デカい夢あれど 遠い極楽浄土

 夢つかむ為 握るはマイクじゃねえ

 腰に帯びる刀二本 これで守るこの国NIPPON

 KEEP ON GOING 立ち止まらねえ

 足んねえ 頭振り絞りいつか達成

 高い志 俺の胸に根差し

 目指す高み 今 ここでJUST SAY!!」


 近藤さんはマイクを地面に叩き付けて、芹沢を睨んだ。

 するとソファからゆっくりと立ち上がり、芹沢は近藤さんの手を掴み、そして力強く抱き寄せた。


「お前のソウル、見せてもらった。今日からお前はマイメンだ」


 黙ってその様子を見詰めていた観衆はその芹沢の言葉を聞いた瞬間ウォーと一際大きな歓声を上げた。

 近藤さんはラップバトルを繰り広げた三人とも固い握手と抱擁を交わし、照れながら観衆に応えて手を振った。

 ラップを通して熱い友情が芽生えた瞬間に、その場にいた全員がヒップホップの力を実感した。


 …訳ねえだろ、何だこの茶番は。


 満足したかのように去っていく人達。

 近藤さんは芹沢達と連れ立って、酒でも飲みに行ったようだ。

 後に残されたのは、ただ茫然とする俺達と、収拾も付けられずただ事の成り行きを最初から最後まで見ていた浪士取締役達と、膝を付いたまま身動き出来ずにいた源さんと池田徳太郎、そしてDJブースとスピーカーだった。


「おい平助。テメェ俺達にこれを見せたくて呼び出したのか?あ?」


「あ、いや、そうじゃないんだけど…近藤さん、カッコよかったですね」


「うるせえ!」


 分かる事は、今見たものはこの時代に合ってねえ。

 そして芹沢はそんな事を一つも気にする男じゃねえって事だ。

 何だよ近藤さんも、あんだけ馬鹿にされてたのにノコノコと誘いに付いていきやがって。

 その前に、近藤さんがあんな事出来るなんて、聞いてないぞ。


「おい総司、さてはお前こうなるの分かってたな」


「さあ、どうでしょう」


 ぼそりと俺が呟くと、総司は肩をすくめてニヤリとした。

 全く食えない奴だ。


「お前も『ああいうの』が好きなのか?まさか、お前も出来るのか?」


「嫌だな、僕には興味ありませんよ。土方さん、ああいうの、嫌いでしょ?」


「当たり前だ!今度俺の前でやったら、ぶった切ってやる」


 左之助は褌一丁のままで鼻水を垂らしているし、源さんは項垂れて「無駄土下座だ…」とか言ってるし、これ以上残ってても仕方ないので、宿に戻る事にした。

 が、その前にDJブースとスピーカーとソファは目茶目茶にぶち壊して捨ててやった。

 「誰のか分からないから」と平助あたりは止めようとしたが、うるせえ、正義は俺の方にある。


 二日目からこんな事があって、道中どうなる事かと心配したが、その後は何もなく、順調に京への道を進んだ。

 というのも、取締役達が芹沢の扱い辛さを懸念して、なんと芹沢を取締役にして、俺達の組付にしてしまった。

 これによって俺達の組に他の取締役が口うるさく言う事もなく、半ば治外法権のような扱いとなった。


 芹沢は気難しいところを除けば『マイメン』には面倒見が良く、また『マイメン』の同門である俺達へも気を配ってくれてはいた。

 奴の取り巻きとも試衛館一派は仲良くなり、京に着くまでの間、非常に和気藹藹と旅は進んだ。


 俺だけは別だった。奴の存在自体が、いてはならない奴と考えていた。

 だからなるべく関わらず、京に着いてからは別行動を取りたいと思っていた。


 なのに、あいつらときたら。


 あれは中津川宿に着いた時の事だったか、この頃は宿で芹沢の取り巻きとウチの連中が一緒に過ごすようになっていた。

 夜には車座になってしょうもない事をいつまでも話したり、花札をしたり、ウノをしたり、木下をしていた。

 俺と山南さんは無視して早々に布団に入るようにしていたが、木下のやり方だけ全く分からん。


 その夜も俺は早くに床に着いていた。

 芹沢はこの日も飲みに出かけていた。

 どこにそんな金があるのだろうか。


 連中はその日、ラッパーとしての名前について話していた。


「俺は平山五郎だから、560。こいつは野口健司だから、KJ。こいつは平間重助だから、JUICE-K」


「新見さんは?」


「DJの新見さんはDJ ENEMY」


「へー、かっこいいなあ!」


 どいつも名前を捩った呼び方をしている。

 その後試衛館連中もラッパーとしての名前を付けてもらって、ご満悦のようだった。

 でも源さんの「GEN」ってのはまんま過ぎやしないか。

 ともあれ関わり合いになりたくないので、黙って布団で身動きを取らずにいた。


「土方さんはどうだろう」


 おい、俺に関わるな。


「何か、土方さんって、ラップするよりDJっぽいよね」


 「あー」「わかるわかる」と大盛り上がり。

 下らん事を言うのはこの際目を瞑るから、頼むから俺を混ぜないでくれ。


「…DJ HIZZYだ」


 新見という奴がボソッと言うと、一同大爆笑。

 「ヒジーだって」「だっせ」とキャッキャと騒いだ。

 その内調子に乗った新八が「ねえねえヒジー」と俺を叩くから、布団の中からありったけの殺意を込めて睨んだ。


「あっ…」


 俺の視線に気付いた試衛館の連中は、それっきりその話を止めた。

 当然だ、二度とそんなふざけた呼び方をするなよ。


 だが芹沢の取り巻き連中は空気の読めない馬鹿揃いなのか、その後もいつまでも俺の事を「ヒジー」「ヒジー」と馴れ馴れしく呼んだ。

 こいつらいつか、芹沢諸共ぶった切ってやる。


 ともあれ、浪士組一行は順調に中山道を進み、二月二十三日に無事に京へ着いた。

 これから始まる激動の数年間を、俺達はこの京で過ごす事になる。




 近藤さんには奥さんが居て、名前をつね、という。


 このつねさん、言っちゃあ悪いが、中々の不細工である。

 目は細く、鼻はあるのかないのか分からない位低く、口が極端に小さくて飯を食べる様はウサギがモシャモシャと草を食ってるようだ。


 何せ近藤さんからして「ブスはいいぞ!浮気の心配がないからな!」と憚る事無く公言している。

 俺はブスは御免だ。


 顔を構成している物は一つ一つ小さいが、それが一同に会すると、得も言われぬおぞましさを獲得する。

 まるで不気味な能面がこちらを睨んでいるような、そんな感覚を覚え、目を合わせた者は身動きが取れなくなり、底無しの寒気を感じる。


 そんなつねさんを左之助と新八は「メデューサ」と陰で呼んでいる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ