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第2話 乙女、京行きを許される

 安政五年(1858)大老になった井伊直弼は強権的に諸外国との条約を締結、また反対する諸藩主や思想家達を処断し、幕府への反感が強まった。

 井伊は後に暗殺されるが、精神的支柱を失った諸藩の藩士、特に若い藩士達には幕府への深い恨みが残り、今後訪れるであろう激動の時代の火種となった。


 さて、件の文久三年。

 当時は江戸の将軍家に天皇の妹君である和宮妃が嫁いでおり、幕閣は『公武合体派』が主力となって政が進んでいたが、京では過激派公卿を中心とした反幕勢力が朝廷を席巻し、藩を離れて独自の動きを見せる浪士達も多くいた。

 そんな中、十四代将軍家茂公が上洛するに当たって、その警護の任につく名目で浪士隊が結成される事になったのである。

 『名目』と言ったのは、いずれ分かることになるのだが。


 浪士隊結成の噂が我らの試衛館に届いた時、居候、もとい食客として住まいしていた数名は狂喜乱舞した。

 浪士という括りの中とはいえ、武士としての役割を担う事が出来るのは、これ以上のない機会であった。


「よっしゃあ、こうなったら天然理心流総出で京に殴り込みだ!」


「『試衛館ここにあり』ってところを、日の本中に轟かせようぜ!」


 ちなみに一番わーわー騒いだ左之助と新八は、厳密に言うと天然理心流じゃない。

 そんな野暮な突っ込みはしないが。

 

 こんにち江戸では三大道場と呼ばれる北辰一刀流、神道無念流、鏡新明智流が隆盛を誇り、他の流派は割りを食っていた。

 我が天然理心流は市谷に道場を構えていたが、江戸詰の各藩の藩士やその子弟は挙って三大道場に入門していたため、日野や多摩などの農村へ出向いて農民相手に剣術を教えていた。

 みんなはこの浪士組を機に、満天下に天然理心流の名を知らしめてやろう、といった気持ちであったろう。

 参加の意思を示したのは、左之助、新八、山南さん、平助。俺は話を聞いた当初は行くつもりじゃなく、総司と源さんは近藤さん次第という事だった。

 斎藤は同道せず、京で合流するつもりらしい。

 ちなみに、試衛館に住まいしてはいないが、総司の姉婿の林太郎さんも参加を決めたとの事だ。


 で、当の近藤さんだが、みんなの盛り上がりとは裏腹に、何やら暗い顔をしていた。

 出会った頃から「武士になって、命懸けで大樹公(将軍)の為に働きたい」と公言して憚らなかった近藤さんにとって、万に一つもない機会だというのに。


「なあ近藤さん。近藤さんは…どうするんだ?」


 恐る恐る左之助が聞くと、近藤さんは子供のように泣きべそを掻きだした。


「だって…だって、俺、当主だから。四代目だから…きっと、許してくれないよ…」


 まあ普通に考えれば道場主が道場ほっぽり出してどこ行くんだって話で、隠居した周斎先生も許してくれるとは思わないが。


「周斎先生に言ってみなってー。きっと許してくれるよー」


「そーだよ、言ってみたら案外『行ってもいいよ』って、なるかもしれないよー」


 みんなで囲んで、近藤さんを慰めていた。

 女子かこいつらは。

 俺はそのふざけた輪に加わらずに、遠目から腕組みして近藤さんに問い掛けた。


「で?あんたはどうしたいんだ?京へ行きたいのか、行きたくないのか」


 何だかモゴモゴしてはっきり言わない近藤さんに「はっきりしろ!」と怒鳴りつけると、近藤さんはしゃっくりをしながら泣きだし、左之助と総司がぷんすかして言った。


「ちょっとー、可哀想だと思わないのー?」


「近藤さん泣いてるじゃーん」


 女子か。腹立つ。

 近藤さんはしゃっくりを堪えるように息を整えて「行きたい」と言った。

 総司は「よく言えました」みたいな事を言って、近藤さんの背中を擦りながら俺を睨んだ。

 だから女子かっての。

 

 結局、源さんと総司が一緒に付いていって、周斎先生と奥さんにお願いする事になった。

 俺の予想では、周斎先生より奥さんのふでさんの方が厄介だろうと考えていた。

 近藤さんと総司の二人を子どもの頃からいじめ抜いた過去がある。

 何かしら難癖を付けるに違いない。


 しかしあにはからんや、近藤さんの浪士組参加はあっさりと許可された。

 聞くに、はじめ周斎先生は「道場主がいないのは、ちょっとな」と難色を示していたが、ふでさんが「京かい?ああ行ってきな。みんな連れて行ってきな」とさらりと言ったらしい。

 驚く周斎先生に「なんか文句でもあんのかい?」と長年愛用の折檻棒を振り上げたので、先生もそれ以上何も言えなくなった。

 昔から幾度も食らった折檻棒に総毛立った近藤さんだったが、「道場の後継問題を今後考えていく」という事で話がまとまり、晴れて浪士組の参加を認めてもらったのだった。


「行ってもいいって!」


 俺らの元に朗報を持って戻ってくると、わーっと近藤さんの周りをみんなで取り囲んだ。

 女子だ。こいつらは女子だ。


「これで、みんなで行けるね!」


「京の街で、男を上げようね!」


「武士として、命ある限り刀を振るおうね!」


 言っている事は男らしいが、振る舞いは限りなく女々しかった。

 これで近藤さん以下試衛館の面々が浪士組に加わる事になったのだが、こんなものに俺も同道する気にはなれなかった。

 行く事になったのは、ま、場の流れって事で。

 むしろこんな奴らを京で自由にさせる方がまずいと思うだろ?


 後で聞いてみると、試衛館は俺の義兄をはじめ援助してくれる人はいるものの、なかなか懐が淋しい状況だったようだ。

 無理もない、門人はなかなか増えず、食客という名のただ飯食らいがどんどんと増えて、昼に夜に大騒ぎを繰り返しているんだから。

 だからかえって、ふでさんにとっては体のいい厄介払いが出来るという事だった。

 京に行ける近藤さんは嬉しい、邪魔者がいなくなってふでさんは嬉しい。

 …これでよかったのかもしれない。




 という訳で、正式決定の報を知らせた時の茶番もあって、俺を含む試衛館一行は二月五日、集合場所の小石川伝通院へと向かった。


 伝通院にはこれでもかという程に武張った男が集まっていた。

 まるで江戸中のフラフラしている奴らがここに集まったのか、という程多かった。

 他の道場で見かけた顔もちらほらと見えた。

 それぞれが受付で氏名を出身を名乗り、あらかじめ決められた組へと割り振られ、そこに並んだ。

 俺は三番組だった。

 というか、試衛館の面子はほぼ三番組に割り振られた。


「あれ、結局みんな一緒か」


「何だぁ、土方さんも一緒なのかよ」


 左之助が悪態を吐いたが、冗談半分だと分かっているので、適当に合わせてやる。


「ずっと側で見てるから、変な事すんじゃねえぞ」


 分かってますよ、といった顔で、左之助は片目をパチリと閉じた。

 この野郎、本当に分かってるのか。


「そういえば、近藤さんがいませんね」


 総司が言うので見回すと、確かに近藤さんの姿がなかった。

 他の組にも見当たらず、どこに行ったのかと思っていたら、俺達を先導する幕府方の歴々が並ぶ末席に「なんで俺ここにいるんだろう」といった顔で突っ立っていた。


「何であんなところにいるんですかね」


「帰ったら聞いてみようぜ」


 それにしても多い。

 結成の話を聞いた時には五十名ほどの募集だったような気がするが、これはざっと見て二百人ぐらいいそうな感じだ。

 実は松平上総介という人がこの浪士組の責任者だったのだが、余りの浪士の多さに「無理無理、私こんなの出来ない!」とは言ってはいないだろうが、浪士組出発直前に辞任してしまった。


 代わりに鵜殿鳩翁という人が浪士の前に立って説明をしていた。

 急遽変わりました、というのが見え見えの動揺っぷりで、中山道から行く旅程を東海道と言い間違ったり、「おやつは三百円まで」などと訳の分からない事を言ったり、終いには「結婚には大事な三つの袋があります」と言い出し、しどろもどろで収拾が付かなくなった。

 浪士達もざわざわし始め、この旅の前途の多難さを思い知らされるような状況だった。


 ざわつく浪士達を落ち着かせる事も出来ず、鵜殿とかいうおっさんが泣きそうな顔で立っていたが、一人の男が前へ出て、いきなり声を張り上げた。


「諸君。諸君は尽忠報国の士である」


 一本の矢を放ったがごとく、浪士達の間をその男の声が突き抜けた。

 場は一気に静まり返り、皆前方でこの声を出した人物をじっと見つめた。


「諸君は尽忠報国の士である」


 二度、そう言った。

 男は言った後で自分を見つめる沢山の目を見回し、じっくりと間を取って続けた。

「此度の御役目、誠に御苦労である。先般の連絡の通り、将軍・家茂公が攘夷断行の為、上洛する事に相成った。諸君らは必ずや、攘夷軍の尖兵として活躍するものと信ずる」


 今回の将軍の上洛は確かに攘夷の為である。

 しかし実情としては、攘夷派が幅を利かせている朝廷から「おい、京に来て『絶対攘夷する』って約束しろよ」と催促されての、仕方なしの上洛だったようだ。


 それにしても、この浪士組の役目はその将軍の警護の筈であり、攘夷云々などという話は聞かされていない。

 どうにも胡散臭い感じを俺は持って聞いていたが、集まった浪士の大半はそうではないらしい。


「楽な道中ではないが、諸君らには『我こそがこの国の先駆け』との自覚と誇りを持って、進みたまえ。必ずやその志、帝にもお受け取り頂けよう」


 話し終わると男はすぐに踵を返して下がっていった。

 その瞬間ウォーッと大きな歓声が上がり、いたる所から拍手が沸き起こった。

 想像するに、俺を含め浪士組に集まった連中は、今まで人に認められる事無く、力を発揮する場もなかったんだろう。

 それを『尽忠報国』『国の先駆け』と震えるような言葉を使って褒められたのである。

 感動するのも無理もない。

 俺も話をした奴はうまいな、と思った。

 

 が、同時に「あいつは信用ならねえな」とも思った。

 いかにも如才ない風体で頭の切れそうな男だったが、何か口先だけで喋って頭では別の事を考えていそうな奴に見えた。

 まずもって俺が話のうまい奴というのを基本的に信用しない、という部分もあるのだろうが、場の熱狂も相俟って、殊更に印象が悪く感じられた。


 後で知った事だが、この時話した男は清河八郎といって、この浪士組の発案者だったそうだ。

 幕府方に名を連ねていたが、俺達と同じく浪士だと知り、余計に信用がなくなった。


「ケッ、馬鹿馬鹿しい。要は道中面倒を掛けるなって事じゃねえか。回りくどい言い方しやがって」


 「攘夷軍だってよ」「やってやろうぜ!」と盛り上がる奴らをよそに、俺と同じく好意的な目で見てはいない奴がいた。

 気が合うな、と思って話しかけようと声の主を見ると、異様な出で立ちに出しかけた言葉を飲み込んだ。

 派手な色の紋付を着ていて、何故か生地がキラキラと光っている。

 首元にはジャラジャラと銀色の首飾りのようなものが三つも四つもぶら下がっていて、目には色の濃いサングラスを付けていた。

 顔が赤らんでいて、昼間だというのにどうやら酒が入っているようだ。

 何なんだ、こいつは。


「アイツのフレーズからはバイブス感じねえんだよ」


「先生の言うとおりだよ。なあ」


 取り巻きらしい奴が四、五人いて、一人の相槌にみんなでウンウン頷いている。

 取り巻きをよく見ると、色眼鏡の奴ほどではないが、それぞれに派手な格好をしている。

 あまり関わり合いになりたくない類の連中だが、どうも同じ三番組のようだった。


 清河の後に山岡鉄太郎という人が出てきて、諸連絡と注意事項だけを話して、その日は解散。

 八日の朝に再集合し、いよいよ京へ出発という事になった。

 時が経てば経つほど、この京行きに不安要素が増えていく。

 やっぱり行くのは、よせばよかったか。


 いったん試衛館に帰ると、この日にもう出立するものだと思っていた周斎先生は、またしても茶の間で孫娘とテレビを見ていた。

 半刻(一時間)ばかりこっぴどく説教した上、テレビはグチャグチャに叩き壊して捨てた。

 総司・左之助・新八・平助は鵜殿某が言っていた『三百円分のおやつ』とやらを買いに行った。

 奴らは遠足にでも行くつもりか。


 近藤さんがみんなと入れ違いで、少し遅めに帰ってきた。

 『道中先番宿割』というお役を仰せつかったようで、その打ち合わせをしていたらしい。

 本隊より先にその日の宿場へ向かい、人数分の寝床を確保する、という役だそうだ。


「責任者がいきなりいなくなったって事だからよ、マア混乱してやがる」


 俺は近藤さんに番茶を淹れてやった。

 気疲れしたのか、腰かけてから腕をグルグル回して「肩がだるいな」と言って番茶を啜った。


「俺に宿割をやらせるって決めたのも、今日の話らしいや。だから、何の準備もされてない。連中、てんてこ舞いで準備してるぜ。中山道って言ったって、聞いた事ある程度の俺が、どうしてそんな役が出来ると思うんだ。関八州すら出たこたねえよ」


「何だかぼやいている割に、嬉しそうじゃねえか」


俺がそう言うと「へへっ」と笑って、また茶を呑んだ。


「当たり前じゃねえか。ようやく武士として名を上げる機会がやってきたんだ。トシ、こうなったら、京に骨を埋めるつもりで一発やってやろうじゃねえか」


「威勢のいいのは結構だが、まずは先番宿割とやらを大事なくやるのが先だろ?」


「当たり前よ。まあ、大事の前の小事ってやつだ。たとえ地べたを這いつくばってもやり遂げてやるよ」




 時代に合わない物が大嫌いな俺だが、一つだけ止むを得ず試衛館に置いてあった、時代に合わない物があった。それは破砕機だ。


 何故そんな物を持っていたかというと、連中が持ち込んだいかがわしい物を全てそこへぶち込んで、粉々にする為だ。

 二つのギザギザした金属のローラーの中に何でも入れると、バキボキと小気味いい音を立てて、元が何だか分からない程に細切れにしてくれる。


 京へ発つ朝、試衛館の中を再点検して見つけた、あってはならない物をぶち込んでいる時に、新八が来て恐る恐る聞いてきた。


「なあ土方さん、あの、こないだの宇宙人ってもしかして…」


「あ?聞きたいのか?」


 新八は真っ青な顔をして逃げて行った。

 臆病者め。

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