"僕"として
最終回です。
見てくださった方々へ、本当にありがとうございました。
続きは絶対にありません。
僕の生活は店にいたころとは随分変わった。
食べてもお腹を壊さないおいしい食べ物が出てくるし、お風呂なんて初めて入った。
何も無い日にはずっと何もせずに休んでいてもいいし服が汚れれば着替えだってある。
お布団は一つしかないから少し狭いっていうのは……贅沢なのかな?お姫様は寝相がいいみたいだから、僕はよく眠れてるし。
でも僕は喋っちゃいけない。
もっと正確に言うなら喋りたくない。
「喋れるようになるまででも構わない」
お姫様のこの言葉が、僕が喋ったとたんこの生活が終わってしまうことを意味しているようで怖かった。
お姫様がそんなことをするような人じゃないのは知っているのに。
僕が来てから、殺し合い……決闘が始まったばかりの頃は一日に何人も来ていたけれど、次第に来なくなっていった。
決闘をする度にお姫様は人を斬って返り血を浴びた。
それが無くなってきたってことは、お姫様はこれからどうなるんだろう?
もう人を斬らなくて済むし、斬られる心配が無くなる?
それとももう……用済みとして奴隷のように捨てられる?
僕が捨てられそうになった時はお姫様が助けてくれたけど、誰がお姫様を助けるんだろう?
「君がここに来てからもう半年か……」
ある日の昼下がり、椅子に座ってお茶を飲みながらお姫様がポツリと言った。
僕の名前をあーでもないこーでもないと唸ってもうそんなに経つんだ……。
そんな訳で僕にはまだ名前が無い。
お姫様も周りの人達からは姫様としか呼ばれてないから、僕もお姫様の名前を知らないんだけど。
「しまった!まだ君の名前を思い付いていない!」
お姫様が立ち上がって叫ぶ。
もうこれを見るのも何回目だろう。
「うーんちょっと待っててくれ、あと少し!あと少しなんだ!」
お姫様が悩んでいると外へと通じる扉からノックの音がした。
僕が扉を開けると、大臣だった。
「姫様、決闘の日程が決まりました」
決闘当日、お姫様の相手がこの建物、お姫様と僕の住んでいる家にやって来た。
その人は今まで決闘をしに来た人達とは違って堂々としていた。
もしかしたらこの人は強い……のかな?
「心配なのか?」
僕が不安に思っているとお姫様がいつもみたいに優しく声を掛けてくれた。
「私は必ず生き延びる、だから安心しろ」
僕は頷き、いつものように目を瞑って耳を塞いだ。
少し長かったけれど、決闘はお姫様がいつもと同じように無傷で勝った。
周りが少しざわついていたこと以外、気になるところはなく今日は一人で終わった
※※※※※
半年間鍛え続けた者を送り込んだが、失敗した。
初めのうちは身内にいる邪魔者を排除するために必要だったのだが、剣術が廃れたこの時代、いざ本気で勝とうとすると難しくなる。
そこでとある国が考えた。
我々が協力し合えば相手がいかに強大な軍事力を持っていようと倒せるのではないか?と。
その国を攻め滅ぼしたところでまたそこから資源の奪い合いが始まるのだが、滅ぼさないことには始まらない。
その国__人斬り姫がいる国は、宣戦布告もなく世界中から攻撃を受けた。
※※※※※
最近僕達の食事の量が減った。
窓からは怖い顔をした兵士達がお城を出入りしているのが見える。
「何が起きているのか聞いても全く相手にされなくてな……私は自分の力のなさを改めて呪ったよ」
お姫様は自分は悪く無いのに何故か僕にすまないと謝った。
「おそらくだが……この国は他国から攻撃されている」
月明かりが寝室を照らす中、夜寝る前に布団の中でお姫様がポツリと言った。
攻撃……?
「今日城の外にいた兵士達が噂をしていた、もうこの国はだめなんじゃないかって、とな。これは提案だが……君だけでもこの国から逃げないか?」
……へ?
「力は無くても私は王族だ、見逃されはしないが君はそうじゃない。私に縛られずに自分の力だけで自由に生きていける」
……嫌だ
「君にとって私は枷だ、このままでは私と一緒に殺されるだろう……君はこれ以上私と一緒にいないほうがいい」
嫌だ
「私のことなら心配するな、もう会えなくなるだけだが私は私で精一杯足掻いてみせるよ。私だってまだ死にたくないからな」
嫌だ!
お姫様のその言葉に、僕は思わずお姫様の腕にしがみついた。
遠くに行かないでほしい、そういう思いが爆発したように、ぎゅっと。
「君……」
お姫様を困らせてしまうかもしれない。
でも、僕は……!
「!?、この音は……」
お姫様は上半身を起こし、刀を持ちながら窓の外を見て顔色を変えた。
「敵襲か……!」
て、敵襲!?
「君はこのまま布団の中に隠れていてくれ、いいな?」
お姫様の声がした途端に外から人々の声が聞こえてきた。
とても怖い声するってことはこの建物の中に誰かが入ってきたらしい。
僕は言われた通りに布団の中に隠れた。
やがてこの部屋へと人が入って来たのか声がした。
僕は怖くて怖くて堪らなかった。
目を瞑り、耳を塞いでからどれくらい時間が経っただろう。
とんとん、と僕は叩かれた。
布団をめくると
「怖くなかったか?」
肩で息をしながらも、血まみれになりながらもお姫様が立っていた。
「私は無傷だが……城まで攻め込まれている以上もう本当にこの国は終わりだろうな」
呟くように言うお姫様
その後ろには
刃物を持った人が一人
お姫様!後ろ!
僕はそう叫ぼうとしたけど、声が出なかった。
何で!?どうして!?
「がっ……!?」
「へっ……ざまあ……み……」
斬られたお姫様と斬った人はその場に倒れた。
お姫様!
僕は必死に声を出そうとするけれど、出なかった。
もしかしたら声の出し方を忘れてしまってる!?
「どうした……私なら……平気だ……」
血を吐きながら虚ろな目で言うお姫様。
いつか見た、死体の目と一緒だった。
「早く逃げろ……火を……放たれたらしい……君だけなら……まだ……」
そんなことどうだっていい!
一緒に逃げよう!
僕は……お姫様とずっと一緒にいたい!
いくら叫ぼうとしても嗚咽のような声が出るだけでお姫様に届かない。
お姫様は血で濡れた手で僕の頬に、初めて会った時のように優しく触れた。
「私のことはいいんだ……後で追い付くから……早く……!」
もうまるで死ぬ事が怖くないような言い方をするお姫様。
死にたくないって言ってたじゃないか!
名前だってまだ決めてもらってない!
「そう泣くな……私は……」
幸せだったよと言って、僕の頬から手が離れお姫様はくったりと動かなくなった。
部屋の中は煙と炎でいっぱいになっていった。
服が燃え、肌が焼け、歯が溶けていく。
僕の大好きなお姫様はここにいる。
僕が過ごした家はここにある。
※※※※※
共通の敵が倒れれば、人々は団結という言葉を失う。
各国々の王族達は権力を武器に戦い、滅んでいった。
一人の奴隷と一人の少女が持っていたものを知らずに。