"もの"の役目
知らないからといって何も分からないわけじゃない。
暫くすると誰かが耳を塞いでいる僕の手に触れた。
目を開けると
「い……生き延びたぞ……」
肩で息をして汗を流したお姫様が優しく笑っていた。
血だらけで。
「うわあああああああっ!?」
「これは返り血だ、私は無傷……と言っても無駄か……」
また僕は腰を抜かしてしまった。
「姫様、その奴隷に死体を運ばせてください」
大臣がお姫様に言う。
え?死体?
恐る恐る周りを見るとそこにはさっきまで泣いていた人が血溜まりの中に倒れていた。
もしかしてこの人はもう……
僕はお姫様に生きて欲しいと思った。
だからといってあの人が死んでいいなんで微塵も思わなかった。
何かが僕を締め付けるような感覚がして気持ち悪い。吐きそうだ。
「早くしろ、ああなりたくないのならな」
大臣が僕に言葉をぶつけてくる。
お姫様とは違う、今まで僕が関わってきた大人達と同じ冷たい声で。
「姫様、準備が終わり次第次の方をお連れします」
「分かった……頼んだぞ」
お姫様は僕に申し訳なさそうな顔をして、建物の中にある扉を開けてその部屋へと入って行った。着替えるのかな?
とにかく僕の役目はこの死体を外に運び出す事だ、痛いのは嫌だから殴られる前にすぐ運びにかかる。
得体のしれない不快感から逃げるために、できるだけ死体の様子を見ないよう足を引っ張って入り口まで持っていく。
運び終わる瞬間、ちらりと見ると死体の目と僕の目が合った。
僕と変わらない、死んだ濁った瞳が僕を見つめていた。
いつかは僕もこうなるだろう、でも今の僕は生きているのかな?
外まで運び終えると数人の兵士達が話していた。
「よかったよかった、無事死んでくれたな」
「今の言葉、公の場で言うなよ?まあ必要のない処理に困るお偉いさんを処分できるっていうのは俺達の国にとってもここの国にとってもどちらかにプラス要素があるけどな」
運び終わって建物の中に入る時に背中で聞く
「それにしても真剣を使った決闘なんて頭いいよな、この剣術の廃れた時代に」
「ここの姫様は捨て石だがそれでも簡単には国交はしないって感じじゃないか?」
僕には……よく分からないな。
この後、僕は全部で十二人分の死体を運ぶ事になった。
感情が分からないという表現は難しいです。