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ダークネスライト  作者: 京 ゆう
第一章 訪れる衝撃
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孤独な人と孤独な神

 ──千年

 その年月は、崩壊する絶望のみの世界での、孤独と苦しみの年月。


 時計塔イベントクリアによる世界の崩壊から、イズナはたった一人生き続けていた。

 生きる。その選択をしたのは死の覚悟に割り込んだ思い出によってだった。


 『お願いするときはちゃんと!』

 メリサの口癖。そういうわりに、俺はメリサからちゃんとお願いされた覚えがない。


 『最後まで諦めないでっ!目を開けて見てなくちゃダメ!!』

 これも口癖だ。よくギリギリの戦闘になったときは鼓舞するために叫んでたっけ。


 『生きて!』

 それはこっちの台詞だ。お前らを犠牲に生きられると思うか?


 閉じた瞳の奥を過ぎる思い出に意識を沈めていた。

 一寸先は死のゲームをやっていたんだ、楽しい思い出ばかりじゃないのは当然。けど、楽しい思い出もある。同時に面倒事の思い出があるのはメリサのせいだろう。いや、ミントさん達に困らされたこともあったか。あの人達は遠慮というものを知らないから、まったく……。

 大変だった、苦しかった、辛かった、悲しかった。

 けど、楽しかった、充実していた、満足だ。

 思い残すことはな……、いやあるか。飯を食べに行くんだった。

 ………諦めるには、早いか。


 落下する中、開けた瞳に映り込んだ漆黒の刀。瓦礫を蹴って飛び、必死に手を伸ばした。落ちてくる瓦礫が身を打ち付けて変な音がして、細かな破片が刺さったり切られたりした。

 なんでこんなことしてるんだ。目を閉じてあのまま死んでいれば楽だったのに。どうせ生きても辛い思いをするってわかってるのに、なんで辛い思いをして生きようと足掻いているんだ?

 まったく……、仲間なんて作るもんじゃない。


 メリサの最後の言葉を叶えるため、生きられる限り生きようとした。


 だが、世界はその決意を打ち砕くかのように変化する。

 崩壊する世界はモンスターを強化、進化させ、容赦なくイズナを殺そうと襲い掛かった。

 蠱毒の世界と表現するのが正しいかもしれない。しかし、果たして猛獣の中に一匹の貧弱な小動物が放り出されて生き残れるだろうか。

 手にあるのは、今までの経験と知識、二つの武器だけ。常識が非常識に変わる世界では、当然それらが全て役に立つわけではない。無能ではなく、無意味になってしまったのだ。


 そんな世界に抗い続けて、千年の時が過ぎた。


 容姿が次第に変化を見せると同時に、精神は磨り減った。

 他者との会話がないため言葉を忘れ、書くことのない文字を忘れた。

 いつからか日記を書き始めたが、いつしか忘れ。

 自分の顔も名前も覚えていない。

 自分以外の人の存在を全て忘れ、ただ頭に残った言葉を守った。


『生きて!』


 それでも、千年は長過ぎたのだ。


 百年の間は揺らがなかった覚悟は、二百年が経過した頃には、死んでもいいのではないのか、死ねばみんなと会えるのではないかと揺らぐ。

 三百年経つと、何故こんな世界で生きなくてはならないのか、生きて意味があるのかと思い悩む。

 四百年で思い悩むことに疲れたが、生きることをやめようとは思わなかった。

 五百年で全てを忘れた。その原因は、激化した生存競争にあるだろう。生き残るには無駄な知識を捨て、死闘を勝ち抜く知識を得る必要があった。脳と身体の全てが戦闘に特化しなければならなかったのだ。

 忘れないために日記を残してはいたが。いつしか書くことが無意味だと感じてやめ、その存在すら忘れたから自分が何者なのかを忘れた。その結果、言葉と文字を忘れた。

 千年が経つ頃には磨り減った精神はついに無くなり、思い想うことを辞め、行動の原動力に生きることだけが残る。

 唯一残った生存本能によって、まさに化け物モンスターへとイズナを変えた。

 人の姿でありながら化け物モンスターとなり果て、ついに願いを忘れてしまった。

 もともとその願いも、言葉を忘れてから、意味が理解できなくなっていたのだ。


 だが、縛るものがなくなって、死ねるようになっただけで、死んで絶望の世界から逃げ出すという選択肢はない。

 生存本能は、死を拒絶するものであって、死を望むものではないからだ。唯一残されたものが、唯一の逃げ道を塞いでしまった。

 終わった世界で人でなくなり、イズナという名のただ、世界が消滅するか死ぬまで生きる化け物となった。名など既に覚えてはいないのだが。


 それは最強の獣の許されざる死を意味した。

 ──はずだった。


 未来を変えたのは、神だった。


 ゲーム世界の名残で寿命がなく不老だとしても、人が千年もの間生きられるわけがないと、何もせずに崩壊する世界を放置していた神だった。


 いや、すぐに死ぬだろうと、イズナを放置していたと言った方が正確だ。

 いくらイベントの攻略者といえども、世界を壊すために異常な速さで成長を続けるモンスターに敵うはずはない。

 けれど、生き残った。モンスターを倒し続けたイズナはモンスターと同じ速さで力を身につけた。

 身につけたが故に千年間、戦い続けの絶望の世界にたった一人生き残った。

 神は目の前の人間に涙を流し、何度も償いの言葉を掛ける。

 たとえ、どんなに遅かろうと。

 目の前の人を──。いや、最早人とは呼べない、異形の者を嘆き続ける。


 右足は逆に折れ曲がり、左足は骨が剥き出しになって垂れ下がっている。左足の代わりなのか、太ももに大鎌が突き刺さったまま肉と同化している。

 腹は抉れて細く、折れた肋骨が突き出す。

 左肩の関節は外れ、ゆらゆらと揺れる腕には手が無い。右手の指は全て折れ曲がり、腕の骨の一本がそとに突き出していた。それを支えるために固定した刀は、長い年月で同化している。

 頬の皮膚は無く、剥き出しになった肉は奥歯まで裂けている。

 零れ落ちそうなほど大きく開いた左眼はきょろきょろと周囲を警戒して動いている。耳は無くなり、穴が空いているのみ。

 伸びた髪から覗くのは、割れた頭蓋骨と脳。


 人と言えるか問われれば、万人が否と答えるだろう。

 生きているのが不思議な姿。それでも生きられたのは、イズナがモンスターを食べていたからだった。

 モンスターの養分を吸収した身体は、容易に壊れることはない。

 即ち、その肉体は人でありながら人ではない、モンスターに近いものとなっていたのだ。


 人から変わり果て、異形の者になってまで生き残ったイズナに神は驚愕し、己の選択がこうさせてしまったのだと後悔と自責の念を抱いて涙を流した。それがどれほど無意味で烏滸がましいことであっても、そうする以外に感情を表せなかった。


 自我があったのは五百年だけだったとはいえ、その五百年を生きるなど、どれほど強い決意があったのだろう。並みの精神力では、おそらく一年ともたないだろう。それほど過酷だったのだ。

 だが、並みの精神力、という言葉には誤りがある。実際は、精神が壊れていたからだ。

 友を、仲間を、師を失う度にイズナの心は壊れていった。

 幸か不幸か。それが要因の一つなのだから、なんとも皮肉なものだ。


 神は己のできる唯一の償いを行うことにした。

 イズナを哀れに思い、己の無力を嘆いた神は、自らの神としての力を代償に、心を癒し暖め、失ったものを思い出させ、一つの願いを叶えて新たなる世界へと送る。それが唯一できる償い。

 神は願った、この者の未来が幸あるものになるように。


 しかし、イズナの願いは予想外なものだった。

 初めて神は、笑って見せた。

 その目から、初めての嬉し涙を流しながら。


 『お前も一緒に来い』

 イズナは願った。己のための願いでも、仲間への願いでも、神への復讐の願いでもなく。神もともに、世界を移ることを願った。


 たった一人の人間に手を差し伸べたために本来なら神としての力を失い、新たな生命へと循環するはずだったが。知ってか知らずかイズナの願いによって、戸惑いながらも別の世界での生を手に入れた。

 手を差し伸べたはずが、たった一人の人間に、手を差し伸べられていたのだ。


 願った理由はイズナが千年の孤独を知り、神もまた世界が誕生してから孤独だったと知ったからだった。

 そして、この世界があと数百年で消滅すると知ったからだった。

 イズナを救おうが見殺しにしようが、神は虚空に残されることを知ったからだった。

 けれど、イズナは知らなかった。

 彼女と出会うのは、──二度目だということを。


 足下の世界を虚空から眺める一人と一つの塊。


 共食いにより進化を続け、一つとなったモンスターは世界ごとイズナが破壊した。

 それができたのは、イズナが世界の半分以上のモンスターを狩ったため。

 本来、共食いを行ってモンスターが完全に進化し、別の世界を作るために消滅するはずだったができなかった。


 自分が壊した世界が消滅していく様を眺めるイズナに元神は、この世界の真実を話した。

 驚きはしたが、どこかそんな予感がしていたイズナは取り乱さなかった。


「そういえば、終焉の者達を全員倒してたよね?」


「ああ、結構強かった」


「一人で勝てる強さじゃなかったはず、なのに………」


 イズナはサカマとアカサの仇を取り、力を手に入れるために一人で十の終焉の者達を倒していた。単独で勝てるものではなかったが、イズナは急速に力を手に入れ、打倒していたのだ。


「あ、忘れてた、限界まで力を抑えてて。向こうの神様にバレちゃうと面倒だから。でももし、危ないことに巻き込まれたら遠慮しなくていいよ」


「わかった。面倒事はごめんだし、事情があるんだろ。その辺の説明はまた向こうでしてくれ」


 終焉の者達を倒していたから世界がすぐに消滅しなかった事実と、世界を壊したイズナは神にも近い力を手にしたことを知らない。伝えるつもりは元神になかったが、後者はいずれ知ることになることは明白だと考えていた。


「願いは本当に良かったの?」


 何度目の問いだろうか。不安気な声を漏らす元神に、溜め息交じりにイズナは目を向ける。

 だが、訊くのも当然だろう。少し考えて、そう言ったのだから。もっと他の願いがあって迷っているのなら、元神としてはその願いを選んでほしいのだ。


「まだ聞くか?どうせなら世界をくれとか言ったほうが良かったか?」


「それはちょっとぉ、他の神様との問題が………。っ、私の代わりに?」


「頭を読む能力は健在か」


「同時に多数は無理だけど、神としての力が無くなっただけだもん。………ははっほんと、やさしいね!」


「人の頭を勝手に読むんじゃない」


 素っ気なく足下に目を移したイズナが何を考えているのか、読まなくてもわかった元神は小さく笑った。


「家で待ってるね!」


 家?移動できるほうは俺が持ってるから、昔買ったマイホームのほうか。なんで知ってるんだ?って、元神だから当然だな。世界中を見て、多少なりとも管理していたらしいし。

 そう考えると神って覗きとかストーカーと一緒じゃないか?


「一緒じゃないよ!!」


「今のは心の盗聴だろう」


「むぅ、向こうに行ったらあまりしないようにするもん!」


「あまり、か。まあいいや。じゃあ」


 足下の世界が完全に消滅したのを見届けて、イズナの視界は闇に包まれた。


 次第にぼやけた視界がクリアになって、愛用の投影型パソコンが目に入る。掌サイズのキューブで、すべての教材データが入っている。パズルのように組み替えることで様々なソフトを入れることができる便利なものだ。

 久しぶりの部屋、まったく何も変わっていない。ベッドの上に読みかけの漫画が放り投げられ、机の上に炭酸の抜けた飲みかけのシーラムネ。海のミネラル配合とかいう、ほのかに塩味のするラムネだ。あまり美味しくないから少しずつ飲んでいた。

 懐かしむには時が経ちすぎて、自分の部屋なのだが、同時に他人の部屋のような感覚を覚える。なんとも不思議な感じだ。

 千年をともに過ごした装備は、ただの部屋着になっている。肌触りの違和感が凄い。


 俺が千年も目覚めなかったとは思えない。というか、本当にそうだったのなら、俺は骸骨か。

 元神が言っていたとおり、データの世界は消滅する直前を繰り返している。

 窓の外から車の走る音に子供の遊び声、鳥のさえずり。

 久々に敵を警戒も、血の臭いも殺気もない平和な世界。


『ログアウトを開始します』


 懐かしい世界を眺め、感傷に浸る暇もなくサテラコアから無機質な声が聞こえ、何もない目の前に〔ログアウト〕の文字と、下にゲージが浮かぶ。


「まさか、この世界がすでに崩壊してた、なんて………」


 崩壊までの数日を繰り返してきた世界も、あと数日で終わるらしい。詳しくは聞いてないが、なんでも人間が進んだものを求め過ぎた、と。

 技術の進歩は破滅を招くこともある。それが成功か失敗かなんてものはどうでもよく、結果は破滅。これだけだ。

 古きものこそ価値があると、気づけなかった愚かさだとも言っていた。だが、科学が突出して発展したこの世界では進むことこそ至高だった。振り返る人も立ち止まる人もいなかったんだ。その時点で未来は決まっていたのかもしれない。


「そろそろか」


 ゲージが100パーセントになると、プツッという音で視界が再び真っ暗になった。

 元神は俺をどんな世界に連れて行くのか。メリサ達と同じ世界だとは言ってたけど、俺が千年もあの世界で生きてたから、向こうも千年経ってるだろう。

 はてさて、しぶといメリサは生きているのか、死んでいるのか。生きてたら物凄いシワシワのババアだ。目の前で指さして爆笑してやる。死んでたら、お参りくらいしてやるさ。

 あと、サカマとアカサは結婚したのかとか気になる。子孫を見つけたら、恥ずかしい話しをしてやろう。

 コトミとクァルもいい関係に思えたがどうなったのやら?クァルが尻に敷かれているのは想像できる。

 騒がしい三人組もどうなったか。みんなの生きた道筋を辿っていくのも良いかもしれない。やることはいっぱいだ!


「ぅ……おっ、ここが新しい世界!!」


 閉じた瞼の向こうが明るくなり、ゆっくりと目を開く。

 緊張と興奮気味に叫んだ俺の声は、清々しく心地の良い風に攫われた。

 それから大きく一呼吸して、周囲を見渡して考える。


「んで……、ここどこ?」


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