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ダークネスライト  作者: 京 ゆう
第一章 訪れる衝撃
31/42

漂った少年

 ここで、ある少年の話をしよう。

 都会から少し離れたところで暮らしていた少年の話だ。

 繁栄した文明に振り回されながら人々は働き、幼子ですらその文明を学んで将来に夢見る。

 そんな世界で生まれた少年は、温かな家族に恵まれて見失っていた。


 将来という見えない不確定なものを目指すことが無意味に思え、流されて生きていれば何処かへ辿り着く。

 そう思っていた。


 事実、少年は努力というものをしたことがない。ただ、周りと同じように学び、運動すれば周り以上の評価が得られた。そして、人が集まってくる。


 目的を持たなくとも、その時その場の流れで世間的に有名な高校へ入れた。何の努力もしていない。ただ、いつもと変わらない学校生活を送り、試験があるから受けただけ。


 努力してこの高校を目指していた学生が入試に落ちて泣いている、少年にはその理由がわからなかった。


 努力しなければ受からないかもしれないところなんて、どうせ受からないとわかっているのに、無駄なことしてるな。

 そう思っただけ。


 高校に通いだしてから数ヵ月後、試験に落ちて泣いていた学生を見かけた。

 他校の制服に身を包み、友人や先輩達と楽しそうにつまらないことを話して笑っていた。


 羨ましい。ただ、小さな思いだった。


 少年の高校は勉強が全てである、今勉強をどれだけするかで将来は決まるという考え方だ。

 だが、それは退屈だと思った。

 高校では食事中以外は朝から夜まで勉強し、帰ったら食事して風呂に入って寝るだけ。

 遊ぶ時間も休む時間も同級生と話す時間も無い。

 少し話したとしても同級生は成績や勉強のことばかり。


 まるで、この高校は一種の会社のように思えた。

 生徒という商品を輩出し、世間の評価を高め、多くの生徒を集めて学費という利益を得る。そんな歪んだ学校に思えた。

 

 だから、ある日見かけた学生が羨ましく思えた。


 こんな勉強ばかりしてれば、頭の良いやつは変人が多いわけだ。人間関係ってのを学んでないんだから。


 そう思うと自分や同級生が哀れに思えて、この高校に通う意味とは何だろうと考える。

 将来の為?確かに成績が良い方が見た目は良いかもしれないけど、人間関係が下手なやつなんて邪魔だろう。それに、今勉強していることなんて社会で使うのは三割もないだろう。無駄な知識を蓄えることに何の意味がある?


 流されて生きて来た少年には意味など見つからず、迷走するばかりだった。


 将来など考えずに周りが押し出した波に揺られて生きて来た少年に答えなど見つかる筈もなかった。だから、少年は考えることをやめた。考えず流されて生きるのが楽だったから。


 時間と人の波に漂って何気ない日々を送る。

 世間的に優秀と言われる高校なだけあって勉強のレベルは高く、教師も妙なプレッシャーをかけてくる。

 勉強は普通にしてれば着いていけるし、教師に対しても変人が多いとは思うくらい。

 そんな日々が進んで行く。


 ■■■と、教師が一人死んだ。


 体育会系のうるさい教師で、言葉はよく聞こえないし、意味がわからないことで有名な人だった。

 高校から帰っている時に背後から撃たれたらしい。今朝、血溜まりに浮かんでいるのを発見された。


 校内は騒然となった。教師が一人死んだのだから当然のことだろう。

 しかし、授業は平然と行われた。


 死んだ教師の穴は他の教師が埋め、いつもと変わらない時間に修正される。

 教師も生徒も教師が死んだことなど、本当はどうでもよかったのだ。それが、授業の下手な体育会系の教師であれば尚更。もっと良い教師はいくらでもいるのだから。


 少年は歪んでると思ったが、それだけだ。周りの流れに揺られて少年は変わらない時間に戻る。


 ■■■と、教師が死んだ。


 頭が良くて、プライドの高い。偏差値の高い大学を卒業したと自慢し、生徒に上からものを言う。そのくせ、教えるのが下手な教師だった。

 体育会系の教師と同様に、高校からの帰りに背後から撃たれたらしい。深夜に、血溜まりに浮かんでいるのが発見された。


 校内は騒然となった。二人目の教師が死んだのだから当然のことだろう。

 しかし、いや……やはり、授業は平然と行われた。


 死んだ教師の穴は他の教師が埋め、いつもと変わらない時間に修正される。

 この高校で働きたい教師は多く、既に体育会系の教師の穴は埋められていた。


 そして、教師も生徒も人が死んだことなど、本当にどうでもよかったのだ。それが、プライドが高くて頭が良いだけの授業が下手な教師であれば尚更。もっと良い教師はいくらでもいるのだから。


 再び歪んだ学校に、変わらない時間が訪れる。


 世間はこの事件を取り上げない。裏で買収されているのだ。

 こんな事件で騒ぎになれば、校務が滞ってしまう。

 生徒も保護者も伝えることはない。授業が受けられなくなるかもしれないからだ。勿論、そこには裏金が動いているが。


 ■■■と、教師が死んだ。


 しかし、日々の流れは変わらない。

 教師がいつの間にか一人、また一人と別人に変わるだけ。


 ■■■と、教師が死んだ。

 日々の流れは変わらない。

 ■■■と、教師が死んだ。

 日々の流れは変わらない。

 ■■■と、教師が死んだ。

 日々の流れは……変わりだす。


 以前から働いていた教師、生徒や保護者が不安を抱くようになった。


 生徒と、教師が死んだ。


 偶然、少年が高校に行くのを親に止められた日だった。


 校舎の上下階に致死性の有毒ガスが撒かれ、中階は爆弾で吹き飛ばされた。しかもガスは可燃性だった為に連鎖的に爆発し、温度を急速に上げて校舎を溶かして歪めた。


 犯行時間は三十秒。

 避難する時間などありはしなかった。


 校舎内での生存者は二人。

 高校の校長と教頭。


 校長室と教頭室にいた二人だけが助かった。

 それは、二つの部屋が異様に頑丈に造られていたからだ。

 ミサイルに爆撃されようと全く問題ないほどに。

 まるで、この事件を予想していたかのように。


 たったの三十秒で生徒と教師が死亡し、校舎は歪んだ。


 壮絶で悲惨な事件は世間に広く知られた。

 そして、今までに教師数人が殺されていたことが表沙汰になり、隠蔽して平常通りにしていたことが問題になった。

 校長と教頭は責任を問われ、吊し上げられた。


 それが犯人の狙いだった。


 後日、自首した犯人は、高校の卒業生だった。

 必死に勉学に励み、努力して卒業した。

 その後、有名な大学に進学し、さらに努力を積み重ねた。

 感情が薄れ、理論的にばかり考えるようになり、人間関係が苦手になった。

 苦労して大企業に就職し、必死に努力して会社に貢献し、それでも昇格はできなかった。

 そして知った。会社と母校の裏側。


 数年ごとに改築、最新機器の導入を理由とし、企業と結託して横領。

 生徒の学力を高め、より優秀な人材を輩出している。それは事実であるが、やはり裏がある。

 大企業の社長や投資家、大病院の医師の子女が多く通っていた。その子女は保護者の寄付という裏金によってテストの結果も何も関係なく、成績上位者とされる。

 そこに努力など関係ない。

 一般の生徒は目立たせる為の飾りでしかなかった。


 会社も同様に、金によって昇格し、地位が決まっていた。


 努力など無意味だったのだ。


 犯人は歪んでいた。

 歪めたのは高校であり、社会だった。

 歪んだ犯人は、歪んだ考えで、歪めた高校で学んだ知識を用いて、二種類の有毒ガスと爆弾、更に特殊な銃を作った。


 一般人と、教師が殺されようと隠蔽する。


 一般人はいたことすら隠蔽され、闇に消された。


 そうした歪みを、隠蔽できない形で現した。


 生き残ったが故に精神的に追いつめられた校長と教頭は責任を押しつけあい、死亡した教師達にまで責任を押しつけようとした。


 世間が高く評価した高校の歪んだ実態が晒された瞬間だった。


 責任から散々言い逃れようとした校長と教頭は、天井に縄で吊りさがることで逃げ出した。


 少年は、同級生が死んだことが辛いだろう、精神的に回復するまで高校に通わなくていい、と言われて家に引きこもるようになった。

 勉強は、高校を思い出すということでしなくてもよく。

 テレビには連日、歪んだ高校の歪んだ姿が映されるから見せないようにされる。


 同級生のことなど少年にとっては、毎日顔を会わせる身近な他人でしかなかったのだが。


 少年はあまり余った時間で読み始めた漫画や小説にはまり込む。


 召喚さえされれば、流れで勇者になって人々に讃えられる。


 そう思った。


 ある日、少年は光に包まれて消えた。


 目の前の景色が広々とした不思議な様式の空間。

 異世界に召喚されたのだ。と理解した時、高揚した。


『ようこそお出でくださいました。勇者様』


 少年にはここから始まるのは、ハッピーエンドに向かう一つの流れに思えた。


 発展した文明も、高度な勉強も必要のない世界。

 心を踊らせて新たな日々に思いを馳せる。


『私はこの国の王女、アンブレシア=クムラクトムです。気軽にアンとお呼びください!』


 可愛らしい女性だった。

 部屋を移り、勇者召喚ものの定石を踏む説明をされる。

 魔王の討伐。やはり、そうでなければ。


 その為に少年は鍛練することになった。

 勇者としての力があるだけに、一般の兵士よりは高い能力を持っていた。

 日々鍛練を繰り返して、戦うことに順応していく。


 そういう風に見せかけた。

 必死な努力。そんなものはする必要はない。勇者という流れに身を任せれば、いつか魔王なんて倒してハッピーエンドになる。


『魔王を倒すにはある武器が必要です』


 ある日、王女がそう言った。

 その武器は神話とともに語り継がれ、今も最強の武器として現存している。


 イズナシリーズ。

 人々を救い、神となった人物が産み出した武器。


 魔王を倒す為には、手に入れなければならない。


 少年は王女と数人の仲間を連れて旅に出ることになった。


 武器がどこにあるか、いくつかは判明していた。


 カルン王国。メンクスト国。ヴァグラム国。聖国メラヒュニ。魔国アリュヒナータ。聖域トルウタス。

 この五つの国と聖域には、一種類ずつ武器があるが、魔王討伐の為と要請しても請け合ってもらえなかった。


 あと判明しているのは、白の女神というギルドのマスター、メリサが所持している武器。


 曰く、穢れなき純白の姿は美しく。

 曰く、闇の中でもその輝きは失われず。

 曰く、一振りで絶望を斬り裂く。

 曰く、世界をも斬り裂く。


 曰く、神の宿りし刀である。


 それを聞いて少年の心は決まった。

 神刀を求めて白の女神のギルドを探す。

 しかし、見つからなかった。


 神刀を所持するメリサを捜して、情報を集める。

 情報は手に入った。

 情報をもとに移動する。


 旅の途中、何度か盗賊が現れた。

 平和な世界で暮らしていた少年は、人を殺すということに躊躇った。

 初めの何度かは仲間が倒したが、ある日少年は人を殺した。

 背後から襲いかかられ、咄嗟のことだった。

 幼稚に構えていた剣を振るった。

 盗賊は両断され、遅れて気づいた鮮血が慌てて溢れる。


 少年は勇者の力、強さを理解した。


 そして、人を殺した。その事実は少年の精神を殴り付けた。

 何度も何度も思い出しては嘔吐する。

 食事が通らない日々が続き、殺した時の手応えがあまりなかったことに本当は殺してないのでは、と現実逃避を始める。


 そんな少年の様子を見て、仲間が励ます。

 時に言葉で。

 時に身体で。


 少年は、欲に任せて王女や仲間の女性を貪ると気を落ち着かせることができた。


 盗賊が現れては、精神を強くする為と殺し、王女や仲間に励まされる。


 そうして、少年の心は歪んでいき、気づかないうちに作られた流れから抜け出せなくなった。

 だが、漂って生きてきた少年には、それも一つの運命の流れで。何より、考えなくていい状況は気楽で心地良かった。


 王女や仲間に、悪人だと、殺さなければならないと言われれば殺した。善人だと、助けなければならないと言われれば助けた。

 そこに少年の意思はない。……いや、あったのかもしてない。しかし、王女や仲間のする事には意味があり、正しいことであると信じた。


 情報をもとに旅を続け、ついに少年は白の女神のギルドマスター、メリサと出会った。

 ごく自然に佇む畔で、群れる子竜を撫でていた。木漏れ日が、メリサと少年達の間に境界を設ける。まるで、油を拒絶する水のように。

 流れに落ちた一石が、流れに歪みを生み出した。けれど少年は気づかず、メリサの微笑みに見惚れた。それが哀れみとも知らず。


 少年の仲間が境界を越えた。


 微風が頬を撫でる。

 境界の先に仲間はいない。

 奇妙な静けさが包み込む。


「今日は、帰りなさい。森の機嫌を損ねる前にね♪明日、火山の古城で待ってるから。あ、お仲間は森の外ね♪」


 少年は帰ろうとした。勇者だからとか、使命感とか、縛り付けていたものから解放されたような、軽やかな思いで帰ろうと思った。

 しかし、王女や仲間が絡めた鎖を引く。


「そう言って逃げるつもりでしょう?ようやく見つけたのです。イズナシリーズ、最強の神刀を渡してください!」


「魔王を倒すために神刀がいるんです!」


「勇者にこそ神刀が必要なんだ!」


 そう叫ぶ王女と仲間達。

 少年は違和感を感じた。

 少年は焦っていた。冷たい何かが見下ろしている。

 それでも少年は消えた仲間を心配して、早く外に向かいたかった。

 なのに、神刀を渡せと叫ぶばかり、誰も仲間のことを心配していない。

 冷たい何かが少年を冷静にし、違和感を覚えさせた。


「はあ~、優しくしてあげてね♪」


 ふっと世界が輝いた。少しの暑さの中に不快感を思わせる冷たさを感じたとき、視界は開けて森の外に立っていた。

 それは神秘的な何かによる現象。けれど、少年は早くこの場を離れたかった。


「なあ、みんな大丈夫か?」


 その日、宿で少年はそう言った。


「大丈夫ですよ!」


「何の問題もありません!」


「明日こそは、神刀を!」


 王女と仲間は口々にそう言った。

 しかし、少年には狂気じみた何かを、その飾り付けられたような目の奥に感じた。

 そして同時に、王女や仲間は、少年を縛っている鎖が緩んだように感じた。


「勇者様、さあこちらに」


「今日はお疲れでしょう?」


「私たちが癒して差し上げましょう」


 とても自然で魅惑的な誘惑。

 少年は、とても自然に歪んだ誘惑を疑いもせず、そのまま流される。


 歪んだ流れを流される勇者は、正しき流れを見つけようと手を伸ばした。が、それを王女は許さない。仲間は許さない。


 少年は知らない、食事に混ざっているものを。

 少年は知らない、王女や仲間の思いを。

 少年は知らない、その行き先を。

 少年は知らない、自身の辿り着く場所を。

 少年は知らない、召喚された浅ましい理由を。


 翌日、伸ばした手を切り落とされた少年は、歪んだ思いに流されて火山の古城へ辿り着く。


 火山を登り、古城前にいたのは二人の人物。


 一人は、この場所に呼び出した、メリサ。

 ギルド白の女神、ギルドマスターにして、冒険者ギルドのマスター。神に愛され、千年を生きる大賢者。


 赤と黒の服装と対照的な白い髪が、日の光を受けて美しく靡く。

 その光景は、本来の少年ならば思わず見惚れてしまったことだろう。

 しかし、少年は歪んでしまった。歪められてしまった。


 少年と王女、仲間達は神刀を求めて卑しくも鳴く。


 もう一人の人物が、神刀の本当の持ち主とも知らずに。


 気づけば少年は、揺られていた。暗く、木と鉄の臭いのする籠の中。

 ゆらゆら揺れて……ガタガタと。

 ゆらり、ガタガタ…………。

 ゆらりゆらり、ガタッ…………。

 ゆらゆらガタリ、ガタガタ…………。


 そうして漂った少年


 ──朝桐(あさぎり) 晴也(はるや)は、奴隷へと流れ着いた。



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