009話:金髪の貴女
「あれ!? おーい! 宮代君!」
日曜の昼下がり、俺は駅前のショッピングセンターの中にある靴屋に来ていた。
林間学校では登山するらしいので、しっかりとした靴を買いに来たわけだ。
そんなところへ誰かが声をかけてきた。
振り返るとそこにいたのは金髪で背の低い原木唯だった。
俺の後ろに走り寄りちょこんと立っている。
「お? 原木も登山用の靴を買いに?」
「あぁ、えっとそうそう、用事があってついでに!」
「今日は他の女子は一緒じゃないのか?」
「うん、今日はお母さんと一緒だから! でも、夕方まで別行動だから今麗ちゃんを呼んでるんだ!」
「そっかぁ……」
うっ……会話終わっちゃった。
こういう時って何を話せばいいんだろ……
麗ちゃんってのはたぶんいつも原木と一緒にいる神崎麗のことだ。
早く来い神崎。女子と二人きりだと、こう言う時に何を話せばいいのかわからん!!
……まぁいいや、靴選ぼ。
「じゃ靴選ぼうぜ」
「う、うん!」
ふんふんふーん。せっかくだし、地味なやつよりそれなりにカッコいいのがいいよなぁ。
……って、あれ!? なんで一緒になって見てるの!?
俺がしゃがみこんで靴を選んでいると、原木はその左隣で腰を曲げて俺が触る靴を見てくる。
てっきり同じ靴屋にいるけど、別行動して帰りに挨拶するくらいだと思ってたんだけど……なんだこれは???
「カッコいいねそれ!」
「あ、あぁ」
「コッチも宮代君似合いそうだよ!?」
「お、そっちもいいねぇ!」
明るい茶色の靴を選ぶ原木。
登山用ってけっこうブーツっぽい感じで重いみたい。
トレッキングシューズってやつ?
よくわからないが原木お奨めの一品は試着してみるとピッタリだった。
けっこう見た目も良い感じで、普段の外履きとしてもいけるのではないだろうか?
「おぉ! なかなか……って、原木は自分の選ばないのか?」
「えへへ……実はもう買ってあるのだよ」
「え? じゃあなんで靴屋に……?」
「いや、麗ちゃん来るまで暇でブラブラしている予定だったんだけど、宮代君を見つけて……迷惑だったかな?」
「えぇ!? いや全く迷惑なんてことは!! つかむしろ良い靴を選らんでもらって感謝というか……!」
「そっかそっか、なら良かったです!」
「あ、良ければ、いっ、一緒に神崎来るまでそこら辺見て……」
「あぁぁぁ!! 唯! なんだこれは!? なんなんだこれは!?」
神崎だ。
あいつの声とこの元気いっぱいの勢いは神崎だ。振り返らなくても分かる。
それにしても、俺が頑張って原木を誘おうとした瞬間の登場……
こいつもしかして狙ってやったのだろうか……?
「唯! なんで祐樹がいるんだ!? なんだこれは!?」
「いや、原木と俺はさっきばったり会っただけだから! ここに登山用の靴を買いにきた俺と偶然にも会っただけだから!」
「そう! それだけだから!!」
あたふたと俺と原木は弁明する。
怪しいなとか言いながらも神崎は納得してくれたようだ。
はぁ……それじゃ、俺は靴も買ったし帰るか。
と、思っていたら神崎に捕まった。
靴を選んでやったんだから今度はこっちに付き合えとのこと。
いや、選んだの原木だし……
まぁいいか暇だし。
そんなことを考えながら神崎達の後ろを歩く。
どうやら特にどこかへ行きたいということもないようで、当てもなくショッピングセンターの中をさ迷っていた。
すると突然、神崎が立ち止まる。
右手にあるテナントの店をボケッと見ていた。
原木は早く行こうと必死にそんな神崎の腕を引っ張る。
かなり慌てた様子だ。
なんだこの店……?
……全体的に紫がかった店内、マネキンはパンツ一丁で腰に手を当てている。
──『メンズランジェリー』
そんな黒い看板に書かれた金色の文字が目に入ってきた。
「ゆ、祐樹、林間学校用に何か買ってお……」
「買わねーよ?」
「……」
「……」
いや、買わないから!!
なんだよメンズランジェリーって!!
買わねーし、履かねーよっっっ!!!
誰があんな花柄ブーメランパンツなんて履くかよ!
俺はトランクス派だ!!
……あっ、ダメだこいつ全く動こうとしない。
もう無視しよ、無視。
「そう言えば原木の金髪って綺麗だよなー!」
「えっ……!!!」
俺はメンズランジェリーショップとやらの前に仁王立ちする神崎を真っ赤になって立ち退かせようと頑張っている原木に話しかけることにした。
原木の金髪はとても綺麗なのだ。石橋の金髪なんて色にムラがあり、根元は黒い。自分で染めてるのが丸わかりだ。
それに比べると原木の髪は一様に明るく染まり、よく見れば眉毛もしっかり染めていた。
「どこの美容院行ってるんだ?」
「あっ、えと、この駅の近くです。はい……」
なんだ? 男のランジェリーショップってのは女子にとってはそんなに恥ずかしいのか???
原木の顔は真っ赤になっていた。言葉もしどろもどろだ。
「へー……」
「おい、祐樹! 唯とイチャイチャするなっ!」
「うるせー、そんなことよりさっさと次行こうぜ次!」
「あっ、そう言えばクレープ食べたいな私! ねっ! 麗ちゃんクレープ食べに行こうよ! ねっねっ!」
「あー、まぁそれでいっか! ふふん、祐樹は男の子だからな! 私が奢ってあげよう!」
「えっマジかよ神崎! どうしたんだ!?」
「ちっちっちっ! 私を舐めちゃあいかんよ! 舐めてあげてもいいけどね!」
なんか知らんが神崎はウインクしながらそんなことを言っていた。
どうやらこの世界では女が男に奢るのが普通らしい。
いや、全部奢るわけではないけど、デートとかなら基本的に女が男に奢るのだと言う。
なんてこった……この世界では女の収入が男に勝っているのか!?
ついついそんな経済事情を考えてしまう俺だった。
「んで何にするの祐樹は?」
「あっ、チョコバナナアイス、クリーム多目で」
「祐樹は甘党だな~」
「宮代君甘いの好きなの!?」
「うん、まぁ好きかなぁ」
嘘ですメッチャ好きです! プリンとかチョコとか大好物です!
スイーツ万歳! 糖尿病なんて知らんがな! オラに糖を、糖を分けてくれ!
※良い子のみんなは節度ある量の糖を接取しましょう。
「へ、へぇー!」
「なんだぁ唯? 今から二月のこと考えてんのぉ?」
何か二人が話していたが今はクレープだ。
出来たてのクレープの熱でアイスが溶けちまう!!
「あっ、オイ神崎! 金はちゃんと払うから!」
「え? うん、そうかい? 別にいいのに……律儀だなぁ祐樹は」
こんな世界でも俺は俺だ。
そろそろこんな世界にも慣れてきたけれど、別に俺が変わる必要はないと思う。
今まで通りに暮らすだけだ。
女性には優しくされるかもしれないけど男として優しくする。
金だって払ってもらうことなんてない。
クラスの中では女子が多いけど接し方とか今までどうり、特に変える気は持っていない。
そうさ、とうとう今年の春から高校生かぁって……
彼女とかできたりするのかな? とか、学園祭楽しんじゃうんだろうか? とか……
そんなこと考えながら聖桜花学園に入学したんじゃないか。
世界が変わろうが関係ない、俺は後悔の無いように俺の生き方で今を楽しもう……!
「あっ! 隙あり~!!」
パクッ!
「……っ!!!?!?」
「あっちょっと麗ちゃん!! 宮代君の!!」
考え事をしていたらクレープをかじられた。
許すまじ神崎!!! 糖分の恨みは怖いぞ!?
そんな俺のゲキおこな姿を見たせいか原木が自分のを食べてもいいよと言ってくれた。
ありがたく一口もらう。うん美味いっ! あぁ原木、お前マジ天使!
その時は全く気付かなかったが、原木はクレープを通して俺と間接キスをしたことになったようで、顔を赤らめていた。