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素晴らしき貞操逆転世界  作者: エイシ
第二部:二学年目
54/55

054話:【体育祭編】借り物競走

 借り物競走が始まった。

 観覧席まで戻ってきた俺は葵と真一の間に割り込んで一年生達の勇姿を見ることにする。


 ヨーイ、ドンの声と乾いた空砲で一斉に走り出す五人の走者達。

 因みに今回の『借り物競争』では走路に設置された借り物について書かれたカードを選手達が拾い上げ、そこに書かれているものをどこかから、または誰かから借りてきて所持したままゴールラインを跨げばゴールという競技である。

 カードが設置されている場所には放送委員が待機していて、逐一各選手が拾い上げたカードの内容を読み上げてくれるため、会場全体が一丸となって競技を楽しめる仕様である。




「みんな頑張ってるなぁ! でも、あのカードって何が書かれているんだろうねー?」

「うーむ、去年はなかった競技だから想像がつかないな」

「案外『熊のぬいぐるみ』とかかもね!」

「葵、おまっ……凄く可愛いくてファンシーな発言だが、もしそのカードを引いてしまった選手がいたら恐らく最下位確定だろう……熊のぬいぐるみなんて学校にあると思えねぇ……」

「うん。もっと手軽に手に入るものだと思うけどねぇ、あ、ほら丁度一年生がカード拾うみたいだよ……」



 真一の声で俺と葵が最初の“借り物”について注目する。

 カードの大きさはそれなりに大きく、そこに書かれている文字もカード目一杯に記載されているのだが、ここからではよく見えない。

 放送委員が読み上げてくれるのを待つ。



「えー、さぁ! 第一走者、拾ったカードは……『ナプキン』! 『ナプキン』ですっ!! おおっと、これはラッキーか!?」




 ウッ……


 な、なんというコメントのしづらさ……

 途端に俺達三人はうつむき無言になった。なんか、あれだ……気まずっ……


 しかし、そんな俺達の重々しさなんてブッ飛ばすくらいにすぐに会場には沢山のナプキンが投げ込まれ初めた。

 元々ナプキンなるものなんてそんなに見る機会はなかったのだが、グラウンドの上空を飛び交う大量のナプキンなど空前絶後見る機会はもうないだろう。


 そして、なるほどと納得する。確かに直ぐに借りられた、確かにこれはラッキーなのかもしれない。


 その後も続々とカードを捲り動き出す選手達。カードを大きく掲げたりしているため放送委員が読み上げる前に借り物がトラックに投げ込まれることも多々あった。



「さて、ハチマキにラインカー(石灰でグラウンドにラインを引くあれ)、メガネなどの小物が続きます! あっ、メガネは気をつけてください! メガネは投げ込まないように! んんー? 未だに動けないでいる桃組の選手、どうしましたかぁっ!? はいはい、カードを見せてくださいねぇ……おおっ! このカードは……『男子』! 『男子』のカードです! いやぁ、これは大当たりですね! さぁ男子を借りに行ってください!! 遠慮せずに、さぁさぁ!」




 な……んだと?

 『借り物』に男子が含まれていることにビックリしたが、どうやら女子達の驚きは俺以上だ。

 ワーワーと先ほどまであがっていた声援がピタリと止む。

 応援団も時が止まったのかのように一時停止している。

 そして、既に一位でゴールしていたナプキンの彼女も山のように抱えていたナプキンを全て取り落とし、大口を開けている。


 そして、しばしの静寂の後…… 




「う、うおぉぉ!? マジでっ!?」

「チクショー、私も出れば良かった!! 真一君! 真一君を小一時間ほど借りたかったぁぁぁ!!」

「ズルい、ズルいぞ! 私のナプキンのカードと交換してぇぇぇ!」

「そんなぁっ! 神はいたのか!!」

「私はあのカード絶対に引く、絶対にだ!!」




 大騒ぎが始まった。

 特に次の走者達は大きく叫んでいる。

 彼女達も次のレースであのカードを引きたいのだろう。

 と、そんな時だった……




「あのっ! せ、先輩っ!」




 ……えっ?

 ふと声を掛けられたためそちらを向くと、先程の『男子』のカードを引いた一年生がそこにはいた。

 オドオドとどこか落ち着かない様子。

 お、おやぁ……?


 あちゃーこれは参ったなぁ、俺には薫という……

「真壁先輩お願いしますっ!」

 ……ですよねー。


 少し浮かれた自分が恥ずかしい。

 真一は笑顔で後輩の女の子に「いいよ~」と軽く返した後、俺にも小声で「きっとすぐ祐ちゃんの番も来るよ」とウィンク混じりに言って颯爽とグラウンドに降りたって行った。


 後輩の女の子はリードしようと必死だがかなりテンパっている。何度も真一を見ては目が合う度に誤魔化すようにキョロキョロと周囲に視線を外す。

 しかし、真一は流石だ。女の子の一歩後ろからニコニコと付いて行き、しかも後輩ちゃんの制服の裾をチョンと掴むなんて小技も使っている。あれは俺もやられてみたいな……もちろん真一じゃなくて女子にだが。

 そしてゴール間際になるとその後輩ちゃんの手を取り掲げながらゴール。流石に後輩ちゃんは恥ずかしそうだが、密かにガッツポーズしてメッチャ喜んでいた。



 その後も大盛況で借り物競争は進む。

 同じ一年生の男子を借りる女の子もいたが、やっぱり真一は大人気で結局観客席に帰ってくることはなく、俺は頬杖しながら眺めていた。




「さてさて、大興奮の借り物競争は続いて二年生の部に入ります! さぁさぁ、男子のカードは一枚、どの選手がその幸運を掴み取るのでしょうか!?」




 おっ、走者にはさっそく塚本 梓ちゃんだ。

 彼女は俺達といつも昼飯を一緒に食べている塚本 雪人の双子の妹で美少女っちゃ美少女なのだが……

 ふむ、どうやら男子の借り物カードを引いたらしい。司会の人が盛り上げてる。ということは……




「べ、別に、男子とか借りるのはあれなので……えっと、ゆ、雪人! 早く来てよっ! あっ、違いますこれは兄で……」

「いいえ彼氏です! 夫です! ダーリンです! お待たせマイスイートハグゲバッ!?」

「な、何言ってるのこんな大観衆の中で!? い、いいから早く行こっ」



 しっかり殴っておいて手を繋いでゴールしてる……

 うん、あの兄弟は放っておこう。ゴールしたのにまだイチャイチャしてるし。もう、見てるこっちが恥ずかしいわ。




 そんなこんなでたまに葵が呼ばれつつも真一中心に借り物競争は盛り上がっていた。もう男子以外を引いてしまったやつは全く目立っていない。順位とか無視して、男子の借り物カードを選手が引いてからその選手と男子がゴールするまでの間が最も盛り上がっていたのだ。司会とかヤジやらが凄い。


 そんな中、神崎が引いたのはナプキンだった。真一が男子の借り物カードを引いた人が連れていく中、何を血迷ったのか観客席まで走ってきて俺に泣きながらナプキン持ってないかと聞いてきた。あまりの必死の形相が怖すぎて俺は知らない人のふりをしておいた。



 そして、とうとう薫の番……



 スタートラインで用意した応援団長の姿の薫はチラリとコチラを見る。

 なんだか俺も緊張してゴクリと唾を飲んだ。


 位置に付いて~、よーい……パンッ……!


 乾いた空砲が鳴り、借り物競争が始まった。

 その瞬間赤く長いハチマキがはためく。


 薫は俺と違ってけっこう運動神経がある。

 いや、俺もそこそこだろうけど薫のは才能とも言えるようなものだ。

 なんだろう、ヤンキーだからだろうか?

 兎に角俺が言いたいのは、薫は頭一つ抜きん出て速いってことだ!



 ぶっちぎりでカード置き場に到着した薫。

 直ぐに一枚カードを引く。

 ……

 ここから見た感じ『ハチマキ』の文字が見える……



 と、思ったら捨てた!?

 薫は直ぐに拾ったカードを捨てると新しいカードを引き始めた!

 えぇ!? いいのそれ!?

 捨てては拾いを続けること三度。とうとう『男子』のカードを引き当てた薫は嬉しそうな笑顔でそのカードをこちらに向けて掲げていた。




「あ、あのーカードを引き直すのは……」

「あぁん? なんか文句あるのか?」

「ひぅ!? え、えぇっと……さ、さぁ男子のカードを引きました! 次はどの男子が選ばれるのかぁぁあ!?」




 あちゃー……

 俺は指名される前にグラウンドに飛び出ると薫に走り寄り、この愛すべきバカの頭を体育祭パンフを丸めてポコンと叩いた。




「お前なぁ、ルールは守れ!」

「す、すまん……どうしてもこのカードが引きたくて……」

「はぁ、すんません。こいつの分も謝罪します」

「えっと、えぇ、次から気を付けて下さいね! さぁ皆さん、引き直しは次からしっかり禁止ですよー! もう使えませんからね~!」




 ブーイングの中、俺達はひっそりとゴールに向かう。



「お前なぁ、せっかく応援団長やって良いイメージ着いたんだからその清廉さを無くようなことしちゃダメだろ」

「すまんってば、でもなんか皆こぞって男借りてるしこの流れに乗れば俺も祐樹を借りれるかなって……だけど、やっぱ恥ずかしいなハハハ……」

「……っ!」



 頬をポリポリと掻きながら恥ずかしがる薫はなんだか新鮮だった。

 久しぶりの金髪姿を見たからだろうか?

 俺は何故か無性に胸が高鳴り、それ以上薫に言葉も出せずグラウンドの端っこに引っ込んでしまった。


 しかし、そんな甘酸っぱい雰囲気も直ぐに終わる。




「祐樹君、私と走って貰えませんか?」



 丸で何処かの物語に出てくる王子か何かのように、優雅に右手をその巨大な胸へと押し当てつつ、委員長が俺へ左手を差し出してきた。

 よくよく見ればその胸の谷間に埋もれているがあれは男子のカードだ。

 どうやらいつの間にか委員長が走る番になっていたらしい。

 それで俺か? ……真一じゃなくて俺?

 な、んだと……!? ほほう、委員長流石、通だねぇ~俺を選ぶとは!




「あ、あの、祐樹君、早く手を取ってくれると嬉しいかな、格好つけたけどけっこう恥ずかしくてさ……」


「お、おう! ごめんごめん……」



 なんだろう、こんな風に手を握られるとコイツ俺のこと好きなんじゃねえか? って勘違いしちゃうんだけど。

 そう言えば、神崎は視線が合うだけで気が合うって勘違いするって言ってたな。うん、勘違い野郎にはならないようにしよう。

 そんなこと考えていたら走りながら小声で委員長が話し掛けて来た。




「さっきの話なんだけど、祐樹君、これで大分目立ったしもしかしたら何か体育祭中にアクションがあるかもしれない」


「あ、あぁ……もしかしてさっき俺が見ちゃった喫煙の……?」


「そう、少し注意しておいてって言おうと思ったの」




 そう言いながら繋いだ手を上げつつゴールする俺達。

 委員長は丁度良かったと男子の借り物カードを空いている方の手で指差していた。




「まぁ、私自身こうしてみたかったんだけどね。じゃあまた後でね! 祐樹(・・)君」



 そう言うと、委員長は薫の目の前でわざとらしく俺の名を呼んで離れていった。

 グヌヌと若干怒っているっぽい薫が視界の端に映っていたが、俺は委員長の呼び方が苗字から名前に変わっていることに気付いて少し混乱していた。

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