005話:真一と時計塔
ここ聖桜花学園は大きな敷地を持つマンモス高校だ。
去年までは完全女子高校だったのたが、今年から共学へと変わり、まだまだ少ないものの男子生徒も入学した。
そんなこの学校で一際目立つものがある。
それが──『時計塔』だ。
広場のようなところにドンッと建てられた時計塔は学園の中でも頭一つ飛び出ていてどこからでも望めるランドマークである。
何時でも学園の中において時刻を示し、定時になると鐘を持って時の区切りを知らせる役割を与えられている。
基本的に塔内部には何もなく、螺旋階段が上へ上へと続くのみだ。
細い階段で、学生は危険なので実際上には上がれない。
俺、宮代祐樹は今まさにそんな塔の入口、エントランスに立っていた。
色々と物が置かれて軽い物置みたいになってはいるが、まぁまぁの広さを持っている。
それにしても先に入って行ったはずの葵が見えない、上に行ってしまった様子もない……どこだ?
「あっ! んぅぅ……」
え?
なに、この悩ましい声……?
俺の童貞脳が反応してしまう。
真一とやら、もしかしてこの時計塔の中でムフフなDVDでも見てやがるのか?
いや、時計塔の中にテレビがあるようには思えないけど……
ふぅ、仕方ないなここは俺が確認してみるか……全くダメじゃないか学校にそんなもの持ってきちゃ……ヌフフ……
声の聞こえた方へ近づいてみると上へ上へと延びる階段の裏側、螺旋階段の下のスペースにつけられた扉の奥から聞こえてきていた。
なんだこの扉……葵はこの中に入ったのかな?
ゆっくりその扉を開けると、なんとそこには地下への階段が続いていた。
おぉ、ナニコレ!?
秘密基地みたいだな……
時計塔に地下があったのか……
若干ワクワクするな、これは!
俺はゆっくり階段を降りる。
細く狭い階段を降りきると、葵が見えてきた。
階段の終点、その先にはまたドアがある。ふむ、あの部屋がゴールかな?
葵はその部屋の中をドアの隙間から覗いていた。
顔は真っ赤だ。息も荒い。
なんだこいつ、どうした?
もしかして、真一君、そんなに凄いの見てるの……?
俺は葵の上から中を覗いてみた。
時計塔の地下にあるその部屋の中では、黒髪の男の顎を黒髪よ女が取り、口づけをしていた。
「……」
「もう私ヤバい……! ねぇ今日はいいでしょ? ……ッ!!」
「ダーメだよ」
学ラン黒髪少年に迫る、黒髪セーラー服女子……
因みに、勢い余ってか目が血走っている。
そしてそんな血走った目のセーラー服ちゃんが、少年の肩をガッと掴むが、その手はピシャリと払われた。
「ほら、葵達が来たみたいだ」
黒髪の少年と目が合った。
どうやら俺達に気が付いていたみたいだ。
彼はこちらを見るとニコッと笑った。
あれが真一……?
男の俺から見ても美形だ。
髪は黒く日本人らしいと言えばそうなのだが、顔はとても端整なものだった。
「ん? はぁ……残念」
「僕もだよ……」
二人は再び軽いキスを交わす。
ゆっくり名残惜しそうに体を離すと彼女はバックから財布を取り出した。
「じゃあねっ! ハイこれ……!」
「皐月さんいつもありがとっ、これはサービス……」
金を受け取った男子生徒はそう言うと女子生徒の頬にキスをした。
爽やかに微笑む少年に嬉しそうに笑顔を返す少女。
部屋の中にはそんな光景が広がっていた。
……え?
いやいやいや、今お金渡してなかったか……???
「もう、また頼むよ真一……」
「おーけー皐月さん。待ってるね……」
そう言うとその女性、皐月さんとやらは帰るのかこちらに向かってくる。
「お、おい葵! どうする!? おい葵っ!?」
どういう状況かわからないがここはやっぱり知らないふりをすべきではないだろうか?
まさに今来たばかりで何が何やらといった感じでやり過ごそう!
と思って、慌てて葵に小声で話しかけたが、こいつ……
葵は真っ赤になって目を回していた……
いや、他人のキス見ただけでこれ!? どんだけウブなんだよお前!!
ガチャ。
「「あ……」」
「ふーん……へー、二人ともなかなか良い男ね! 今度相手になってくれる?」
「ちょっと皐月さん! 僕というものがありながら何してんの!?」
「あはは、冗談だよ。私は真一だけだから……じゃあね! 君達もまたねぇ!」
えーと……
なんだろ、わからないけど俺はとりあえず大歓迎ですよ!
じゃなくて、やっぱりこの男子生徒が『真一』か……
黒髪で二重、端整な顔立ち……
葵が言っていた通りイケメンだ。
俺が普通系イケメンならばこいつは王道系イケメン。
うん、いかに俺が普通かと思い知らされるほどのイケメンだった。
えーと葵はまだ顔が赤いし、とりあえず無視でいいや。
「えっと君が真一君?」
「あぁ、そうだよ宮代祐樹君! 僕は真壁真一、真ちゃんと呼んでくれて構わないぞ、祐ちゃん!」
「ゆ、ゆうちゃん!? まぁいいか……それで今のって?」
「ん? あぁ、皐月先輩に僕の時間を買ってもらったのさ。いわゆるデート料? ほらここの学費結構するからさ……でも先生達には秘密だよ?」
そういって真一は五千円のお札で自分の顔をピラピラと扇ぐ。
あっ因みにこの学園の学費はまぁボチボチだ。私立だしな。
ウチは両親共働きだからそこまで苦ではないけど、学費がキツいってことも生徒によっては、まぁあり得るだろう。
それにしてもこの世界、最高なんじゃね?
男がデートでお金もらえるとかあるのか、ホストみたいなあれか? 俺は未だに童貞まっしぐらなわけで、どうやってそんな金を稼ぐ手段に辿り着くのか、そこまでの過程が全くわからん。
てか、高校生でそんなことするのは不健全な気がする。
まぁよくわからんから口出しはしないけど。
「あっ、僕、男も大丈夫だから。祐ちゃんはカッコいいから四千円にまけてあげるよ」
「い、いや、そういうのいいから……」
「あっ、もちろん葵も四千円にまけるよ?」
「いや、僕もいいから!」
「でも、顔真っ赤だよ?」
いつの間にか復活したのか葵。
確かにまだ顔は真っ赤に染まっていた。
「あっ!! 違っ、ちょっと僕、今日はもう帰るね! サイナラ!!」
「あっ、オイ!」
おい、なんだこれ……葵といい真一といい、こいつら若干不安だぞ……?
てっきりイケメンが集まった良い感じのグループかなんかかと、某フラワーよりお菓子みたいなやつの某G4みたいな感じのグループがあって、なんと俺も今日からその仲間入りってイメージだったんだけど、女を嵌めて金を巻き上げる怪しいグループなんかじゃないだろうな……
「あはは、大丈夫だよ! 僕だけだからこんなビッチなのは。ただ、昼休みくらいはカッコいい男だけに囲まれて休みたくてね、葵ともう一人、雪ってやつで、いつも時計塔の前でご飯食べてるんだ。君もどう?」
「えーと……話したかったことってそれ……?」
「うん!」
「……考えておくよ、お、俺もそろそろ帰るわ……」
「あっ、もし来てくれるんなら祐ちゃんの新歓パーティだね。お金も入ったし!」
なに!?
その金使うんか!? 学費はっ!?
んー、若干この真一ってやつは信用ならんが五千円って大金だ。少し迷う。
とりあえずその日俺は真一から尻の穴を隠すように手を尻に当てて時計塔地下の部屋から退室した。
あぁぁぁ。すっげー疲れたぁ……
なんだこの世界。
楽しいと言うか、たぶん男にはそれなりに良い感じの世界なんだろうけど、疲れた。
女の子が下品だし、可愛い女の子とパン買ったし、女番長に呼び出しくらうし……
とりあえず帰ろう……
帰り際、コンビニに寄る。
週刊誌やらのグラビアが全て半裸の男になってる。
何も楽しくない。
さらには、成人向け雑誌の表紙も男だ。汁だらけの。
吐き気しかおきない。
ただ、一番くじってやつで当たる景品もアニメの男キャラばかりになっているが、なかなかにカッコいいのも数体あった。
ビキニパンツ着させられた男のフィギュアもあったが、うーんまぁそういう世界なんだろう。