041話:二年生
「起立、礼……着席」
席に再び尻をつけた後、俺はぐでっと机の上にだらしないポーズで顔を伏せた。
春休みが明けて二日目の学校もこれで終わりだ。新学期と言うものの、新入生の頃のような新鮮味はない。
この教室には見知った顔が幾つもいた。
実際、今さっき号令をかけたのは委員長こと谷口 夏帆。このクラスでも再度委員長に立候補してその地位を得ている。いったいどれだけ内申点を稼ぐ気なんだ……
常に品行方正、真面目で誠実、頭も良いのだ。彼女の学校からの評価は既に上限を振り切っているのではないだろうか?
その外見にしても、容姿端麗だ。一年の頃より伸びた髪をお団子のようにまとめ、前髪をピンで止めている。黒髪と相まって清楚系美少女なのだが、更には大きすぎるその胸もギャップということでプラス要素だ。
他にも前のクラスから一緒の女子と言えば、先ほど睨……見つめてきている石橋がいる。
石橋 薫。目付きは悪いが、不良は卒業している。もう金髪もやめて黒髪だ。目の悪さとセーラー服からスケバンのイメージは抜けないが、俺が長髪が好きなせいか長くストレートな艶髪でいてくれている。
そう、彼女は何を隠そう俺の彼女なのだ。付き合ってもう三~四ヶ月。そろそろ倦怠期と言われる頃かと思うが最近は彼女のほうから熱烈なアピールを受けている。
「ねぇ、祐樹君さっきから石橋さんが怖いんだけど……?」
「ねぇー、祐ちゃんへの視線がいつも以上にヒートアップしてる気がするよー? 妬けちゃうよね~」
「妬けるな切実に」
担任の先生の計らいでこのクラスの男子の席は固められている。ありがとう佐藤先生。佐藤先生は優男だった。
因みにこのクラスの男子は俺と俺の右隣の席に座る真壁 真一、それから左隣の三日月 葵。
真一は俺と同じ黒髪だが眉目秀麗、その立ち振舞いや顔立ちは日本人の平均レベルを遥かに越えた王子様だ。多分この学校ナンバーワンのイケメンで万人が振り返るほどの愛嬌と笑顔と優しさをばら蒔いている。
一応言っておくと、なんと言うか……その中身は混沌としている。カオスである。両刀使いであり、複数の女性と関係を持つような乱れた私生活を送っているので、友達ではあるもののそれ以上にはなりたくない。主に俺の貞操を守るため。
一方、葵の方は背も小さく小動物のよくな男子だ。保護欲を掻き立てる可愛さを持ち合わせるヤツで、弱々しさも合わさって男の娘ってヤツに近いと思う。色白で顔もキレイだ。年末に呉服屋で会ったりしてから少し距離も近づいた気がする。ちなみに髪を伸ばして胸に膨らみがあればかなり良い感じの女子に見えると思いますはい。
まぁそんな二人の他にも昼飯を一緒に食べてる塚本 雪人って友達もいるんだが、そいつだけは別のクラスとなった。まぁ、本人は双子の妹と同じクラスになれたことでテンションマックスで喜んでいて昨日はウザイくらいだったが。
とりあえず、その昼飯のメンバーが三人集まったことが悪い。この学校では特に真一のせいで昼飯を共に食べる俺達四人の話が広まっており、同じ学年では知らぬものはいないくらいなのだ。なので、このクラスに固まった俺達男子は黄色い目で見られ、そのおかげで我が愛しの石橋さんにメチャクチャ監視されている。
あ……もう一人見知ったやつがいた。
えーと、神崎 麗。
あー……ただのバカだ。
「ねぇ祐樹見た!? 今私のこと見たよね!? ボーイッシュなショートカットの黒髪と華奢な体ながら健康的な日焼けあとを持つこの超絶美少女麗ちゃんから溢れでる美貌はやはり抑えられないかぁ……まぁしょうがないからチラ見だろうがガン見だろうが視か……」
「それはしない」
「もうー照れちゃって! いやぁ恥ずかしがる男子ってヤッパ良いよねぇゲヘヘ。所で兄ちゃん今日はどんなパンツ履いてるの? ハァハァ」
「は、パンツ? ピンクのハートいっぱいのやつだぜ」
一年も付き合ってやっと慣れてきたが、こいつはオヤジだ。
本当にどうしようもないセクハラオヤジである。
だがここ最近は俺もようやく意趣返し出来るようになってきたのである。
「な、なぁ~にぃ~? ……な、なんだかとっても可愛いじゃん祐希……じゃああれだ、そんなに可愛いなら私のパンツと交換しよう。因みに私は今日パンツは履いていないので必然的に祐樹にはノーパンになってもらう! あっ、しまった! 想像したら鼻血がっ」
ダメだ。
まだこいつには付いていけなかった……
さて、神崎のセクハラは凄く変に感じるし、実際変なのだが、実はこの世界では貞操が逆転しているのだ。
簡単に言うと女子が肉食系で男子が草食系なのだ。
逆転と言っても全部が全部反対になっているわけではなく、男が女らしく振る舞うこともない。
ただ、色々と変わってしまった所もありたまに困惑することもいまだにある。
だけど、去年は色々とあったけれど……
それでも、良い友達に恵まれ、彼女も出来たのだ。
これで不平不満を言っていたらリア充爆発の呪いを受けて爆散してしまうだろう。
ということで、神崎も鼻血の処理にトイレへ行ったので下校前に石橋に話しかけてやるか。
睨みつけているようだが、あれでも俺に気づいてほしいというサインなのだ。
最近分かったのたが石橋は元不良の癖に人見知りが激しく、けっこう内向的で典型的な内弁慶だ。何かしらの大義名分がなければ他人に話しかけることも出来ない。しかも硬派なせいか、はたまたただ恥ずかしいだけなのかは分からないが、普通に男子とも会話できない。そう言えば俺も去年呼び出しくらった時はビビった。
舎弟的な役割だった茜ちゃんともクラス分けで別れてしまいボッチになってしまっている。
「よっこいせ……石橋ー。そろそろ帰るかー?」
「お、おう!」
帰る準備万端だったのかトトトと早足で近付いてくる。
こう言うとこは可愛いと思う。
「じゃあ僕も帰ろっかなー。また明日ねー祐ちゃん」
「あっ、じゃあ僕も! 祐樹君のお父さんのお弁当、明日も楽しみにしてるね!」
「おーう」
葵の言う、俺の父さんの弁当と言うのは父の手作り弁当である。
そんなことやる人じゃあなかったのに、貞操逆転してしまったせいかオネエになってしまったのだ。
父もそろそろ出張なのでそれまでは自由にさせたいと思う。というか『やめろ』と言うと半泣きされてキモい。
……
「でさー、そこで……」
「へぇー」
どうでも良い会話。
去年の夏休み明けから続けてきた俺達の関係は今では彼氏彼女なのだが、その前からよく一緒にいることが多かった。
というか、二人して落ちこぼれだったため頑張って放課後に勉強したりしたのだ。
そんな日々はそれなりに授業についていっている今となっては懐かしいが、居残り勉強した後の一緒に下校する習慣は今でも残っていた。
「あれ? 石橋さん……?」
ふと、石橋の名が呼ばれ振り返る。
そこに居たのは、トゲトゲ頭の男子だった。
俺と同じ学ランを着ているのだが、たぼついていて不良な雰囲気が出ている。
よく見てみれば、眉も剃ってるし、手をポケットに入れたその格好も威圧感がある。もしかして、石橋の昔の友達……?
「お前……誰?」
あっ、友達違うんだ。
じゃあ誰?
「一年の沢井 陸ですっ! ヤッパ石橋さんっすか!?」
「あ、あぁ……私は石橋だけど?」
「わたし……? あの、『金髪の悪魔』の石橋さん……っすよね?」
「て、てめぇ! その名前出すんじゃ……」
「どうしちゃったんすか!? 金髪は、金髪はやめたんすか!? 俺、自分の芯を持ってて、しかも男にはてを出さない強い石橋さんと祭さんに憧れて自分のチーム作ったんすよ!? ……つか、そいつ誰っすか? まさかソイツにすけこまされて……」
てか、『すけこまされて』ってなんだよ……
あぁ、でも確かに金髪止めさせたのも、私って呼ぶように強制させたのも俺だったな……
「えっと、確かに俺が……」
「はぁ? チゲーよ! こ、こ、コイツとは別になんでもねぇし!! 全部俺……じゃなかった私が自分で決めてやってんだよ!! コイツはあれだ相談役だから!」
「……相談役? なんすかそれ?」
いや、俺も初耳だよ?
そうなのだ。石橋は俺と付き合ってるってことを何故か秘密にしてるのだ。多分恥ずかしいんだと思う。
まぁ、薄々真一辺りは気づいているが、元から仲良かったし今の石橋のクラス内の友達は俺だけなのでバレてないっちゃバレてないのかもしれない。
「そ、相談役は相談役だよっ! あれだ、俺はこの学校のトップを狙ってんのよ、ふ、フフ……そう、もう不良には飽きちまってよぉ」
焦りのせいで一人称が戻ってるどころか、なんか凄いこと言い出してるぞ……
止めた方がいいのか? なぁこれ止めた方がいいのか?
「はぁ? 何言ってんすか石橋さん……学校のトップ取るってテストで一位でも取るつもりっすか? 今まで不良やっといて舐めてんすか? あんたや俺みたいな人種がそんなことできるわけ……」
「オイ、石橋がなんでテストで一位取るのが無理って言えるんだ? お前、石橋の今の成績知ってんのか?」
「あ"ぁ? てめぇは黙ってろよっ! 今は石橋さんと話してんだ!!」
石橋はとうとうこの前の三学期に平均点も取れるようになってんだぞ?
陸だっけ? こいつ舐めてんのか?
だが、一応石橋と話したいらしいから黙ることにする。
別に怖いからじゃない。そんな訳では決してない。
「ふぅ……テストで一位なんて取れるわけねぇだろ?」
「は? じゃ、じゃあ、どういうことっすか? 学校のトップって……」
「き、聞いて驚くなよ? 実はな……俺は生徒会長狙ってんだよ!! そ、そのために髪も黒くしたし勉強も頑張ってる、真っ向からこの学校と勝負してんだ……!!」
「「……え……えぇぇぇぇ!?」」
驚愕。
何言ってんだこいつ?
あ、ダメだこれ。
目が泳ぎまくってる。
よく思えば言葉も震えまくってた。
限界だ、テンパってる……
「そ、そう言うことだから! オイ、行こうぜ石橋! バスに乗り遅れちまう!」
……その日から石橋が生徒会長になるための俺達の必死の毎日が始まった。




