039話:【冬休み編】除夜の鐘
はい!
というわけでね、大晦日ですねぇ!
いやー、もういくつ寝るとお正月なのかねぇ、いや、もう寝ないで正月迎えるよってね。
今年は色々あったけど、正に動乱の一年だったなー。
貞操が逆転して色々と女性が大胆になり、男性の草食化が進んだ世界にいるわけだけど、そんな世界で俺は彼女が出来たりもして……
「お兄ちゃん。何ブツブツ言ってるの?」
若干引き気味にマイシスター春香さんにそう言われた。
実際何かおかしいと感じているのは俺だけであり、他の人からすればこの世界が普通でありデフォなのだ。
実際に男女の役割が完全に逆転した訳ではないし、例えば日本の歴史はキチンと元の世界のままなぞらえている。
義経×弁慶の愛の物語とか、信長の男なのに肉食系すぎて大うつけと呼ばれたこととかちょっと色々と言いたい所はあるがまぁ筋は変わらない。
そもそも、細い男が多い世界だがそれでもなんとか女には筋力で勝っているのだ。
しかしながら、元の世界でもそうだったが今のご時世女性の社会進出はかなり進んでいる。この世界では元々『主夫(家を守り、子育てや炊事洗濯掃除など家事に従事している男性)』と言う存在が過去からある程度存在していたようだが、現代においては最早それが普通でありトレンドと化している……
因みに先日お邪魔した石橋家の父親も主夫だった。何か、凄い気の効くプロ主夫だったのだが、あれが普通なのだろうか?
さて、俺は男としてヒモ生活はどうかと思うところなのだが、この世界の『ヒモ』の定義とはパートナーの男性を働かせ金銭を貢がせたり、その男性に養われている情婦を言うそうだ。
「ほら祐樹、難しい顔してると可愛い顔が台無しだよ? それよりほら、早く朝御飯食べちゃいなさい! せっかく母さんが作ったんだから暖かい内に食べないと!」
青髭を生やした、まだまだ若々しい黒髪の男性にそう言われた。
若く見えるだけで、彼はもう四十代の良い年な訳なのだが。
そう、この世界で一つ問題があるとすれば、それは年末と言うことで両親が帰ってきたことだ。
いや、帰ってきたのは問題はない。
久しぶりだから顔を見れて少しホッとした部分もある。
しかし、しかしだ。
何故か父さん──宮代 颯太──にオネエ入ってる気がするのだ。
別に前から頑固オヤジという訳ではなかった。
ただ、俺の中での父さんは物静かな雰囲気で朝に新聞とコーヒーを読んでいるイメージだったのだ。その役目が完全に母と逆転していた。
もう、お父さんったら……とか言いつつ母はコーヒーを飲みつつ俺に甲斐甲斐しく世話を焼く父を諌めている。
多少は人格が変わった人もいたなと感じていただけにこれだけ急変した両親に心も体もついていかない。ついていけない。
「ほら、なんならアーンしてあげようか? あっ、落としちゃった! あちっ!」
「ハハハ、もうお父さんは可愛いなぁ。朝から興奮しちゃうなぁ、春香は弟と妹どっちが欲しい?」
「やめてよ、もう!」
母さん──宮代 鈴香──がいつもの穏やかな笑顔と雰囲気で下ネタを唐突に喋り始める。本当にやめて欲しい。
そして、父さんは父さんで全く可愛くない。少しは若く見えるがそれでもオッサンはオッサンな訳で可愛さより気持ち悪さが際立つ。
さすがに絶句したままだと居たたまれなくなったので、朝食を口の中に詰め込んだ後は頭を冷やすためにも家を出ることにした。
朝食は白飯と卵焼きにウインナーや味噌汁と言った特に変な所もない普通の物だったが、それでも俺のよく知る母の作ってくれた味だった。
色々と変な所が変わってしまった世界で、その変わらない部分を少しだけ、本当にほんのちょっぴりだけ嬉しいと思えた。
……
ピローン……
福袋のため今から店に並ぶ人々を見たり、年末でもやっているジャンクフード店で昼飯を食べたり、閑散とした古本屋で立ち読みして時間を潰していたら携帯が鳴った。
なんだぁ? フライングアケオメか? 流石に早すぎだろ~、と思ったら石橋からだ。キリッ。
『今日の夜、一緒に除夜の鐘と初詣に行かないか?』
あー、家族で紅白見ながら年越し蕎麦もいいけど、たまには初詣とかもいいかな?
両親、特に父さんにどう接すればいいかちょっとまだ答えが見つかってないし。
『いいよ』っと……ポチっと送信。
ピローン。
『やった! 祐樹の着物姿楽しみっ!』
早いな……三秒で返信来たよ……
えーっと……
……えっ!?
着物とか持ってないけど!?
なんで着てくる体で話が進んでるんだ!?
俺は急いで妹にメールで確認する。
この世界では貞操逆転に伴って、たまに常識が変わってしまっているのでそういうことは妹に聞くようにしている。
妹になら俺が常識外れと思われても別に良いからだ。元からたまにゴミでも見るかのような視線が向けられていたので慣れている。貞操逆転してからは目も合わせてくれないことも多いし。
とりあえず、妹からの返信によると、お祭りや初詣では着物を着た男性が女性より多いのは当たり前だとのこと。
カッコよく見て欲しいんじゃない? てか男の気持ちなんてわからないよ!! と半ギレで返ってきた。どうした妹よ? 彼氏に振られたのか? と返信したら、特に何も返ってこなくなった。ふぅ、やれやれだぜ。
とりあえずここは駅前。それなりに色々な店があるので着物を置いてある店がないか探してみた。
……
あった。やっと見つけた。
少しだけ通りを外れた所にある呉服店。
古そうだが、漆黒に塗られた木造建築はかなり立派な店構えに見える。
入り口には初詣用男性着物レンタル有り! と大々的に書かれた看板が立っていた。
女性用についての記述は申し訳程度にオマケでついていた、やはりこの世界では女性より男性のほうが着物を着るらしい。
とりあえず中に入ってみるか。戸に手をかけたその時だった。
ガラッ……
不意に戸が開かれ、中から色白で目元がパッチリとしたショートカットの美しい女性が……
じゃなかった。男じゃん、しかも……
「……葵?」
「……宮代君?」
三日月 葵。俺と同じ高校でいつも昼飯を一緒に食べる間柄の男子だった。
一瞬女子と間違えるほどの端正な顔立ちをしているが俺はホモではないので特にそこに興味はない。
「もしかして宮代君も着物?」
「『もしかして』ってことは、もしかして葵も着物を見にきたのか?」
正直言えば、俺は興味半分、愛しのつり目元ヤンへの期待に応えるのが半分と言った気持ちなのだが、まぁ着物を見に来たと言えばそうなるのだろう。
「いや、えっとここはおばあちゃんの家で今日は手伝いをね……」
「ん? おぉ、よく見たら『三日月呉服店』。へぇー! なんか葵って由緒あるお坊ちゃんって感じなんだな。因みにレンタルの金額は……え〞っ……五、五万……クソ高ぇ……」
高校一年生の身分で諭吉さんを五人も保持しているわけがなく、また、その値段の高さに驚かされる。
こいつは石橋には着物初詣を諦めてもらって、何か別の方法で……
と思い始めていた時だった。
「おばあちゃんに安く出来るようにお願いしてみるよ!」
何てこった、正に鶴の一声。
あれよあれよと言う間に五万円が五千円に値引きされた。
お友達価格としても九割引きはやり過ぎな気がする。
しかしながらそんな五千円でさえ学生には大金だ。
流石にここまでやってもらって今さら断るとは言えず、俺の財布の中身は霞となって消えていった。あれ? 俺の財布が随分軽いな、あはは……
明日になったらあのオネエ父さんにお年玉をねだろう。
「はい、準備できたよ! 宮代君にはこの灰色のでどうかな!? 黒の羽織つければけっこうシックだし、落ち着いてる感じで似合ってると思うよ!」
「あっ、俺ってやっぱ落ち着いてる感じが似合うのかぁ! 良いよね灰色とか黒って、なんかクールで孤高って感じが!」
「えっと……茶色とかあさぎ色とかは初めて和服着る人にはお勧めしてないんだよね……やっぱり最初はえっと、こういうのが良いかなと……」
「ふぅーん? 気を使ってくれたってことか? 別に友達なんだしズバッと言っていいぞ、初めてなんだしとりあえず一般的なやつ着とけってな~。そんなこと言ったら葵はピンクとか似合いそうだよなハハッ」
「えっ!? ホント!? いいよね~ピンク! そうそう、ピンクの女性用和服けっこう揃えてるんだけどあんまり見る人いないんだよ~女の人ってあんまり和服着ないからさぁ……浴衣とかもあるんだけどねぇ……」
和服を渡され試着室に案内されながらもピンクの和服の話に何故か花が咲いた。
少しだけ、夏のことを思い出しそうになったけれど、そんな回想さえ挟めないほど凄い食い付きで葵が女性用の服の話をしてくる。
確かに俺も女性にはもっと和服を着て欲しいと思います!
だって、この世界では舞妓さんが『男』なんだぜ!?
ふっざけんな! チクショーバカヤロー!
この前テレビで見て驚愕したのだ。江戸時代から脈々と受け継がれているという歌舞伎のような白塗りメイクの男性がお座敷遊びしてくれるんだと。世の女性の憧れなんだと。
「いいよなぁ和服。女の子も舞妓やれば良いんだよなぁ、和服で白塗りしてかんざしさして、唐傘なんか持ったりしてさぁ……ところでこれ、どう着ればいいの?」
「えっ!? えっとね……」
「葵、お友達でもお客様はお客様だ。お前にその格好を許してやってるんだからせめてここにいる間はしっかり仕事をこなしなさい」
「……はい。失礼します」
「お、おぉ、助かる」
店主のお婆さんに言われてそれなりに広さのある試着室に葵が入ってくる。
多分あれが葵の祖母なのだろうが、公私分離というかけっこう厳しそうだ。
「ほ、本当は男性のお客様には男性の店員が着付けをするんだけど、今日は僕の友達ってことでちゃんと面倒を見させてもらう約束しちゃったからごめんね……って! な、な、な、なんて格好をしてるの宮代君っ!?」
突然慌て出す葵。
なんて格好かって?
いや着物を着ようと四苦八苦しているだけだ。
何故か帯が思ったより長くて苦戦していた。
「宮代君、し、し、下着は!?」
葵が目を泳がせながら聞いてくる。
顔がトマトのように真っ赤だ。
一応、声をひそめてはいるもののかなりテンパっている。
「は? 下着? いや着てるぞ? ほれ、お気に入りのトランクス。あっ!! ま、まさか……和服着るときは下着脱ぐとか言わないよな!?」
「ちょっ、ちょっと!! いいから! パンツ見せなくていいから! 違うよ! シャツだよシャツ!」
はぁ?
まさか、田舎の小学生が夏休みにプール行くときに着る、あのランニングシャツみたいなもののことだろうか?
短パンにいやに似合うが、その格好で虫取りに行こうものならば蚊による被害必須のあのランニングシャツのことたろうか?
そのランニングシャツとブリーフならば小学生中学年で卒業したが、よくよく思えば妹が乳首を隠せうんたらと言ってたな。
普通は着るものなのかもしれない。
「あー着てこなかったわ。でも、このままでも大丈夫だろ? 男同士だし気にしねえよ。それよりこの帯がどうすりゃいいのか分からんのよ! どうすりゃいい?」
「わ、わ、わ分かったから! ちょっと向こう! 向こう向いて!」
俺は促されるまま背中を見せようとしたのだが、その瞬間何か見てはいけないものを見てしまった気がした。
それは葵の鼻から真っ赤な液体が流れていた幻覚だ。
いや、幻覚だよね。
まさか女の子!? にしては胸もないし、学校の制服も男物だ。
男……ならなんで鼻血を? いや、大丈夫だろ……大丈夫だよね?
今、俺、葵に背中を向けてるけど、大丈夫だよね?
そんな不安な時間が流れるなか、スッと俺の腰に葵の手が延びてきた。
「ヒッ!」
「あっごめん、帯結ぶから少しだけ苦しいけど我慢してね?」
「へ? ぐえ!!!」
……
杞憂だったらしい。
着付けは上手くいき、その後暫く話したあと葵には感謝と別れを告げ、五千円を渡した。
しかし、戸を開け和服の晴れ姿で一歩外へと踏み出したその時に、一人の男とぶつかった。
いつの間にか外が真っ暗だったせいかぶつかるまで全く分からなかった。
「あたっ!」
「……っ!」
なんだ今日は? 男運が高すぎる気がする。
そろそろ女の子とも出くわしたい……等と言うと石橋に殺されるので思うだけで留めておく。
てか、着物まで着たんだから石橋にもそれなりに頑張ってもらおう。ぐへへ……
「って、君大丈夫か?」
「あっ、えっと、はい……」
いつまでたっても俺のことを見つめて、いや見ているのは俺の着ている着物か?
とにかく店前に尻餅をついたまま立ち上がらない少年に手を差し伸べてやる。
「もしかして和服?」
「あっと、その……」
「あれ? 和服レンタルしに来たんじゃないのか?」
「そ、そう、です……」
「やっぱりそうか! お前も初めての和服な感じか? イヤーよかったな! 丁度着付けまでやってくれる友達がいるんだよ! オーイ、葵~お客さんだぞー」
少年を葵に任せて俺は石橋と待ち合わせする。
いつの間にか家に帰ることもなく、すっかり時間が経ってしまったため家に一報すると今日は泊まってきてもお母さんには上手く言っておくよと父からメールが来た。
父さん……語尾にハートを使うなぁぁぁ!! ウゲェェェ!!