003話:学校生活な一日
さて、やはり全てが逆転してしまったらしい。
あぁ、ここでの全てというのは“全ての男女の貞操観念”ってことなんだけど。
あーそうだな、例えば……
「オイ、宮代! シャツのボタンちゃんと閉めろよ。女子達がジロジロ見てるぞ!」
「あ、あぁわかったよ鈴木……」
……こんな具合だ。
この聖桜花学園はなんと男女比率が一対九。
女子ばかりの学校に俺達男子がポツンと存在している。
これは謂わば男子高校に女子が数人いる状態なのだ。
俺達クラスの男子は狼に狙われる子羊なのだ。
また、俺達のこの高校はなんと女子がセーラー服だ。
対となるように、今年から入学した男子生徒達の制服は学ランだった。
『セーラー服萌え』ならぬ、『学ラン萌え』という言葉がそこかしこで囁かれるそんな世界で俺は制服のボタンどころかシャツのボタンまで開け広げてしまっていたのだ。
鎖骨や胸辺りが見えるているのだろうか?
つまりはその状態はいわゆる胸チラに近しい行為になるらしい。
鼻の下を伸ばした女子達が俺達を、いや俺の開かれた胸辺りをジロジロと見ていた。
そそくさと、俺はボタンを閉める。
「はぁ、マジで女子ってスケベだよなぁ、ちょっと視線が怖いわー……」
いや、お前は大丈夫じゃない鈴木?
第一ボタンどころかホックまで閉めだした鈴木はガリガリでアゴが割れてるあたり、こんな世界でもモテそうにない。
いや、女子の趣向まで変わってたら知らんけど、俺は好き好んで鈴木に手を出したいとは思わなかった。
「俺は暑いからもう上着脱いじゃいたいけどな!」
おデブな山田の一言に周りの女子がピクリとする。
いや、どんだけだよ……山田の脱衣に反応しちゃうって……?
あぁ、でも男子高校だったらこんな感じなんだろうか?
もう、女なら誰でも良くなると聞いたことがある。
確か学食のおばちゃんにさえ淡い恋心を抱くとか……
うえぇ……
よく清掃してるオジサンを校舎で見かけるがあんなのに可愛い女子が惚れちゃうんだろうか?
なんか想像すると……いや、想像できないわ……
よくわからん世界だが、授業は平常通り進み俺はなんとか昼休みを迎えた。
ただ、俺はいつも昼は買い食いだ。今日も普段通りパンを買いに購買へ行こうとしたその時に、異変は起きた。
「あっ、み、宮代君! パンを買いに行くの?」
「えっ? そうだけど……」
目の前にいる彼女は原木 唯。金髪の女子高生。
と言っても教室の後ろにたむろしているような女ヤンキー石橋とは違う。
彼女はもっとのほほんとして天然っぽい感じだ。
クラスの中でもトップファイブに入るくらい可愛い、天使かもしれない。
世界が変わる前はよく遠くから見守っていた物だ……
しかし、何故か今は声をかけられるほどの仲になっている……
あれ? 俺達ってそんな仲になったの? いつ?
「じ、実は私もパンを買いに行くのだよ! 良かったら一緒に……」
「あ、あぁ、いいけど……?」
原木の顔は真っ赤だ。
なんだ?
いや、それより教室内の視線が集まってる……
てか、静まり返って誰も彼もがジッと俺達を凝視している……!!
「じゃ、じゃあ、さっさと行こうぜ!」
俺はさっさと教室を出た。
あれ以上注目されたら気まずい。
まるで教室内で告白でもされているかのような場面だった。
……いや少し違うか。
先の『男子高校に女子が数人いる状態』を踏襲するならば、このクラスで数少ない男子生徒に声をかけるというのは、男子高校の一生徒が数少ないクラスの女子に声をかけることに匹敵する!
しかも二人でパンを買いに行くことに気安くOKを出されるという結構良い感じの対応されたら、他の男子達は羨むであろう……
告白とまではいかないが、たぶんそんな感じだ。
「み、宮代君! 宮代君っていつもパンだよね!?」
「まぁな、両親とも出張が多いし、妹は給食だからな……そういう原木はいつも弁当じゃなかったか?」
「え!? う、うん。よく、知ってるね」
ヤベ、俺が今まで密かにお昼を食べる原木をジロジロ見守っていたのがバレたか!?
いや、よくわからんが大丈夫、引かれていないし大丈夫な気がする。
原木は俺の横を歩いているが、落ち着かない様子でモジモジしながら話を続けた。
「ちょっと面倒になっちゃってさ……私も明日から宮代君と同じでパンにしようかなぁ」
「そうなのか? まぁ弁当の方が良いと思うけど……」
栄養的にも、金銭的にも……
親からはそれなりに生活費渡されてるけど、食費がなければ遊びやお菓子なんかに使える金が増えるからな!
「そ、そ、そうだよね! 冗談冗談! やっぱり宮代君も料理ができる女らしい子のほうが好きだよね! 宮代君も困ったら言ってね、私お弁当作るの上手いからさ! えへへ……」
あーこれは多分、ケンカが強い男らしいのが好きだよねみたいな感じだろうか?
そんで、困ってたら助けてやるから言えよみたいな……
あれ!? 今サラリとお弁当作ってくれるみたいな流れじゃなかった!?
ダメだ、イマイチまだこの世界の感覚が掴めん。
とてつもないチャンスだったのかもしれないが、俺は原木に愛想笑いしか返せなかった。
そんな訳で原木とは適当な話をしつつ、俺は飲み物とパンを買い、教室に戻った。
ガラッと扉を開けて入ったあとは、スタスタと鈴木と山田が集まっている席に着く。いつもの三人だ。
俺がさっさと歩いて行ってしまう後ろでは原木の「あっ……」という何かを言いたそうな声が聞こえたが無視だ。
この教室内でこれ以上原木と何か起きると面倒なことになりそうだし。
「宮代っ! お前、原木さんに何かされた!?」
ワクワクした顔で鈴木が聞いてくる。
オイ、お前は三次元には興味なかったんじゃないのかよ!?
「別に? 一緒にパンを買ったけど?」
「えぇ!? それだけかよ!? 原木さん可愛いけど何か変なことされなかった!?」
「カッコいいと特だよなぁ、パン買って貰ったんだろ?」
変なことって……どんなことだよ……俺をそんなにか弱い女子みたいに見るな。
そして、カレーパン食ってる山田、このパンは自腹だ。
だが、基本的に山田は食の話しかしないので今は無視だな。
「鈴木、特に変なことなんてされてないけど」
「お前、顔は良いからなぁ……気を付けろよ!? まぁ原木さんくらいなら付き合っても良いと思うけど!」
ヒソヒソ声で伝えてくる鈴木。
お前何様だよ!?
原木“くらい”って随分上からだなぁ……
遠くの席では、原木が女子達に囲まれて俺の話をしていた。めっちゃ優しかったとか、男の良い匂いがしたとか聞こえてくる。
「おいー……唯、このむっつりやろう! これを機に祐樹にお近づきになろうって魂胆だろう!?」
「や、やめて、むっつりなんかじゃないよ!!」
「えぇ? さっきは祐樹の胸元ガン見してたじゃーん! まぁ私も見てたけどヒヒヒ」
「もう麗ちゃん、ちょっと静かにっ!! この話は終わり! 私トイレ!!」
原木と仲が良い神崎麗が下品な笑いで原木をからかう。
原木はそんな神崎から逃げるようにトイレへダッシュした。
この神崎もクラス内のトップファイブに入るほど可愛いのだが、ボーイッシュな性格のせいか、この世界ではなんだかオッサンっぽくなっていた。
……そして、なんだか俺も恥ずかしい。全くもってやめてほしい。
長かった授業も終わり放課後……
ふわーっと一あくびをした後、俺は帰ろうとしたんだ。
鈴木はアニメ研究会、山田は調理部とやらに入っているけど、俺は帰宅部だからな。
しかし……
「オイ! 宮代っ! お前ちょっと付き合えよ!」
俺を呼び止めたのは原木なんかよりも長い金髪で鋭い目を持った、このクラスの女番長、石橋 薫だった。
こいつも可愛い、クラスの中でもトップ……(以下略)
ただ、問題はこいつが色々と非行を重ねていることだ……
うぁぁ……もしかしてピンチではないのだろうか……
まさか先日の件でしょうか……な、名前は借りましたが、お、俺、なんも悪いことしてないっす!!!