029話:バカ野郎
俺は荒れた。
荒れまくってやった。
別に誰かに仕返しするとかってつもりはないけど、学校に行くのが面倒になった。
家では妹が煩いし、親が帰ってきた時にグチグチ言われるので準備して家は出る。
しかし、俺はその足で町をブラブラとしていた。
失恋は時間が忘れさせてくれるとか言うけれど、そんな気はしなかった。
元々悪い点なんて見あたらなかった唯は俺の記憶の中でどんどん美化されていったんだ。
だからこそ忘れられない。
それに、別れも納得出来るものではなかった。
最後に交わしたのは『またね』という言葉。
俺は心の何処かでその言葉を信じて止まなかった。
これは二人の仲が終わった訳じゃない。
何か連絡が取れれば……
思い出す度に結論はいつも同じだった。
学校をサボってゲーセンに行く。
金がなくなるけど、無心でゲームしていると時間が過ぎるのも辛くなかった。
「チッ、負けちゃった。次どうすっかな……」
「……あのさ、君一人?」
「……そうですけど」
なんだこの人。
格闘ゲームをやっていた俺は、丁度負けてしまったその瞬間に話しかけられた。
そこにいたのはちょっと背の高い細目の女性。
歳上っぽい落ち着きを持っていた。
話しかける機会を伺っていたのかもしれない。
だけど、そんな気遣いをした上で、学校に行けとか注意されるのはウザい。
俺は適当な返事だけを返した。さっさとあっち行け。
「サボりかい? ふーむ、学ランのまま昼間からゲームセンターに来るなんて相当な不良か、いや、でも君見たことないし失恋でもしたのかい?」
「……どうでもいいでしょ」
なんで判るんだ……
俺の体から失恋の哀愁オーラが漏れでているのだろうか。ならば仕方ない。
「ご飯でも行こうか! 奢ってあげよう!」
「は……? ……まぁいいか……」
どうせ暇だし。
その時の俺はそんな気分だった。
特に何も考えていなかった。こんな世界では女の人が声をかけて男を食事に誘うんだろう。そのくらいの気持ちだった。
立ち上がり、言われるがままに着いていき外に出てみれば、もう三時だった。
そういえば昼飯も食べてなかった。
うん、ご飯でも食べよう!!
折角だからタップリ食ってやろう!! 奢りらしいし!!
少し元気が出てきた気がする。
「じゃ、近くのファミレスでいいかな? あっ、これ私の車だから! 大きいでしょ!」
そう言って後部座席のドアを開けてくれる。
俺は「何処でもいいです」と言って乗り込もうとする。
足を車にかけたその時だった。
「オイ!! 宮代!? テメー何してんだ!?」
「え? ヒッ!?」
俺が驚くのも仕方がない。此方にオーガが迫ってきていた。
間違えた、それは『石橋 薫』だった……
「……テメーちょっと来いっ!!」
ヤバイなんかキレてる……
俺は石橋を怒らせたようなことをした覚えはない。
しかし、石橋はその鋭く凶悪な眼光で車のドアを開けてくれていた女の人を一睨みすると、直ぐに俺の腕を引っ張り歩きだした。
「痛いっ! ちょっ、なんだよ石橋、なんか俺がしたか!?」
「いいから来いっ!!」
よくわからんが抵抗してはいけない気がする。
とりあえず落ち着いて貰ってから話し合おう、そうすればきっと分かり合えるはずだ。
ひたすら歩く。何処に連れていくのかと思えばいつぞやのように特に目的もなく歩いているようだった。
俺は黙って付いていく。と言うか、腕を引っ張られているので付いていかざるをえない。
そうしなければ腕がもがれてしまうかもしれないからだ。
いつの間にか川原に来ていた。
石橋は急に立ち止まる
俺は次の行動を待つ。
因みに右腕は捕まれているので、急に殴られそうになったら左腕で防ぐかクリンチをするつもりだ。
クリンチというのはボクシングにおいて、殴られないように相手に抱きつく行為だ。実際は俺もどうやるのかわからない。
俺は石橋に対してならば女性とか関係なく躊躇せずにクリンチ、つまり抱きつくことが出来ると考えている。
「誰だよ、あれ?」
「はっ……?」
「……宮代、お前学校サボって今日一日何してた?」
なんだ?
もしかして委員長と魂が入れ替わったのか?
サボりについて説教でも始まるのだろうか?
「別に。ゲーセン行ってたけど?」
「それで、さっきの女は……?」
「いや、知らない人。ご飯奢ってくれ……」
パンッ!
一瞬何が起きたか分からなかった。
しかし、すぐに左頬が熱くなった。
石橋は俺をビンタしたのだ。
「男に手を出すのは最低な女だけどな……お前にはこれぐらいしないと気がすまないんだよっ!!」
「え……はっ?」
何がなんだかわからない。
因みに俺は石橋の攻撃を全く防げなかった。
やはりクリンチに持っていくとか考えるだけ無駄な抵抗だった。
「知らねーやつの車にホイホイ乗ってんじゃねぇよ!! お前危なすぎんだよっ!!」
「……あ、あぁ……」
理解できた。
俺は知らないやつの車に何の疑いもなしに乗ろうとしていたんだ。
そのままファミレスに行くと思っていたが、そうならない可能性もあったんだ。
「で、でもそんなの石橋に関係なくないか?」
「は?」
「あ、いや、すいません。いや、でも……」
「宮代、お前どうしたんだよ!! ここのところ変だぞ!?」
「……はぁ、失恋だよ失恋! 原木唯に失恋したんだ! 付き合ってたつもりだったんだけど、ちゃんと別れも言われることなく転校、そんで別れたの。分かった? だからもういいだろ? 俺は帰……」
パンッ!
「痛ってぇなぁ!!」
二度目のビンタに流石にキレた。
なんだこいつ、俺の左頬ばかり叩きやがって、俺の左頬に恨みでもあるのか?
俺は恨みを込めて石橋を睨む。
……
……え?
……涙?
……石橋は、泣いていた。
「な、なんだよ! なんでお前が泣くんだよ!!」
「ウルセェ!! バカやろぅ!」
「は、はぁ!? バカじゃねぇよ!」
「バカ野郎だ! バカだから、次は頑張ろうって言ったじゃねぇかよ……!」
「え?」
「もう赤点取らないように頑張るんだろぉ!」
「あ……」
そう言えば夏休み前にそんなこと言ったかもな……
「でも、そんなの石橋に関係ないだろ!」
「関係あるっ! 一緒に頑張るんだろ! 学校、来いっ!!」
石橋の目は赤く充血して、そこから涙がポロポロと流れている。
なんでこんなに泣くんだ、俺は戸惑う。
「……な、泣くなよ!」
「ウルセェ! 汗だ! 気にするな! それよりも明日はちゃんと来いっ! 明後日もその次もちゃんと来いっ! 失恋がなんだ! バカ野郎! だからバカ野郎なんだっ!!」
「バカ野郎じゃねぇって! さっきからバカ野郎しか言ってないぞ! しかもお前こそなんでこの時間にここにいるんだよ!? まだ学校あるはずだろ!?」
「早退だバカ野郎! お前のせいだ!!」
「は、はぁ!? 俺のせいにするなし! てか、お前もサボりじゃねえか!」
「お、俺はいいんだ! 俺も、バ、バカだから、少しなら……」
「……く……くく……ハハ……ハハハ! なんだよそれ……?」
「わ、笑うな! 笑うなぁ!」
「はぁ……ちょっと久しぶりに笑ったわ!」
「ん? そうなのか? なら、もっと笑ってもいいぞ! と、特別にだ!」
「明日から……ちゃんと行くよ、学校」
「おう! 来い! 失恋の時ってどうすればいいのか、その、よくわからないけど、でも話とか聞くし、兎に角俺に頼っていいぞ!!」
「頼りになるな、石橋は……」
「ま、まぁな!」
涙でボロボロの笑顔でクシャッと笑顔になる石橋。
夏休み前に見せてくれたファミレスでの笑顔なんかよりもずっと良い笑顔だった。
「なんだ、良い笑顔出来るじゃん」
「っ!!」
少しだけ心が晴れた気がする。
唯のことを忘れられたとかではないけれど、とりあえず明日から学校に行こうか。
それから、笑顔を誉めたら石橋は真っ赤な顔で、しかも今度はグーで殴ってきた。痛い。何故だ。