001話:ここは貞操逆転世界?
“貞操”とは?
辞書を紐解けば、それは……
『女として、妻として正しい操を守ること。また、男女が性的関係の純潔を保つこと。』
とある。
しかし、どうしたことだろう、朝いつも通りに起きたはずの今俺がいるこの世界ではその考え方が百八十度反転してしまっている。
異変に気付いたのはいつもより朝早く起きて、クソでもしようと洗面所に行った時だった……
……
「あ~もう! 夢鼻血しちゃったぁ……寝巻きガビガビだよぉ……最悪、はぁ」
洗面所のノブに手を掛けた瞬間中から最近生意気になってきた中二の妹《春香》の声が聞こえてきた。
はい? つーか、夢鼻血ってなんだよ? ホワッツムユメハナヂ???
黒髪清楚系なくせに、この生意気な妹は俺と洗面所で鉢会おうものなら『ガァーーー!!』っと凄い勢いで小言を言ってくる。
だがしかし、俺はクソしたいので気にせずそのままドアを開けた。
「うーっす、おはようさん。つかお前夢鼻血ってなんだよ」
「お、お兄ちゃっ!!! ~~~っっっ!!!」
あり? 妹の手には最近いつも着ていた白い寝巻きが握られている。
真っ赤な血のようなものが所々に付着している。
しかも手洗いしていたのかビショビショだな。
……つか、妹の顔が赤い。真っ赤だ。茹でダコ状態になっている。
これはヤバいやつか? うん、ヤベーやつだな……
「お、俺トイレ!!」
俺は咄嗟にトイレに逃げる。
騒ぎ立てるかと思ったのだが、トイレのドアの外の妹は無言でドタドタと洗面所から走り去っていった。
なんだったんだろうか? 妹の様子がおかしかった。しかもあのパンツはなんだ?
うーん……
色々考えてみたが、わからない。わからないものはしょうがない。
俺はクソと不自然さを一緒に便器の中へ流してしまった。
……
次に異変に気付いたのは朝食を終えて妹と一緒に家を出た時だった。
「お、お兄ちゃん!! 朝のあ、あ、あれは秘密にしてください!」
「あぁん? あれ?」
「あの、朝から鼻血の……」
「ん? あー、あれな! ……あぁ? なんだったんだあれ?」
「っ!! い、イイの!! とりあえず黙っておいてくれる!?」
「えーどうしようかなぁ?」
俺はニヤニヤと妹を見る。
なんか知らんがこれは珍しく俺が優位な雰囲気だ!
「ちょ、ちょっとぉ!!」
「あ、ヤベ、バス来るわぁ! じゃーなー!」
「絶対、絶対に言わないでねぇぇぇ!!」
ウヒヒ! なんか知らんが妹の弱みを握ったようだ!
ちょっと得したぜぇ! 今度この弱みを振りかざしてスペシャルチョコパフェでも奢ってもらうかな。
俺はいつも通りにバスに乗り込む。
向かう先は今年から共学になった聖桜花学園。
そこは、男女比率が一対九なんて夢のような高校だった。
しかし、俺を含め今年から新入生として入学した男どもはこの環境に未だに全く慣れていない。
女子の入学希望者が多いせいで、俺のクラス内の男女比率も女子三十人近くに対し男子はたったの三人だ。
俺《宮代 祐樹》と、メガネでオタクの鈴木、それからカレー大好きのぽっちゃり山田だ。
言っておくが俺はこれでも同学年の男たちの中では、中の上くらいの顔立ちの自信がある。いや、もしかしたら上の下くらいかもしれない。
しかしながら、俺がクラスでその鈴木、それから山田の二人と仲良くなるのは必然な訳で、そんなイケてないグループに属していたらモテる訳もない。
「はぁ……」
つい溜息が漏れてしまったその時だった。
いつも同じ高校に通う、多分先輩の女生徒二人の会話が耳に入ってくる。
片方は茶髪の肩まで伸びたショートカット、もう片方は黒髪でポニーテールの女の先輩。
けっこう可愛くて今までもよくチラ見していた先輩だ。
俺はいつも他愛のないことを話すその二人の先輩の会話を聞きながら登校するのが日々の日課だった。
「ねぇねぇ、知ってる!? 佐藤武が前田縁と付き合ってるらしいよ!!」
佐藤武も前田縁も二人ともまだ若いがバリバリ売れっ子のけっこう有名な芸能人だ。
へーあの二人付き合ってたんだー……
「うっそ、ホント!? うわー、私も一度で良いから武くらいの男と付き合ってみたいわー、良い筋肉してそうだよねー、抱き心地良さそう」
はっ?
俺の聞き間違いだろうか?
今あの女子高生、『抱き心地良さそう』とか言いましたよね……?
俺はつい振り返り、後ろの席に座る二人をガン見してしまった。
抱き心地ってなんだよ……いつも筋肉人形を抱いてんのか???
「バッ! ちょっと声大きいって! ほらあのイケメン君がこっち見てんじゃん!!」
「あぁ、あの子良いよねぇ~手振っちゃお! あっホラ振り返してくれた! 私に気あるんじゃない!? あれ!?」
「うっそ! 違うっしょ、絶対私だよ! つか、私が前から目付けてたんだから手出さないでよね!!」
ひらひら~。
俺はにこやかに笑顔で手を振った後再び前を向いた。
……あっれー?
なんだこれ、モテ期ってやつか?
二人はヒソヒソ話しているつもりなんだろうが、丸聞こえだ。
イケメンって俺か? 俺だよな??? は、はは……ははは!!
か、顔が、顔が嬉しすぎて崩れるぅぅぅ!!
俺は笑いがこみあげていた。
だけど、俺の思っていたモテ期とはちょっと違った。
それは学校に着き、教室に入ってからハッキリと認識することができた。
……
ガラッ
教室のドアを開ける。
いつもだったら机に直行だ。
バスはいつも早めのやつに乗るから鈴木と山田が来るまで俺は机に突っ伏している……はずだった。
「お、おはよう宮代……君!!」
「おはよう!! 祐樹!!」
二人の女子生徒にいきなり挨拶をされる。
一人は金髪ストレートで小さな……うん、少しロリっぽいのほほんとした女の子、原木唯。
そして、もう一人は黒髪ショートカットでボーイッシュな女の子、神崎麗。
ちなみに呼び捨てにしてきたのは神崎の方。なんだこいつ馴れ馴れしい。
「えっと……おはよ?」
なんだ、それにしてもよく話したこともないはずの二人にいきなり挨拶をされた。
もしかして、やっぱりモテ期なのか!?
「うはー! 朝から男と話した! 今日は一日良い日になるかも!」
「ねっ! ねっ! これが青春だよね麗ちゃん!」
ちょっとした不自然さがあった。
なんだろう何か引っかかる……
その理由を席についてから俺は理解した。
椅子に座ると何故か俺の周りの前後左右さらには斜めの位置の八方の席の女子は既に全員が座っていて不自然にソワソワとしていた。
ホームルームまでの時間は皆ペチャクチャとおしゃべりに励んでいるはずなのに、チラチラとこちらを見ながら、そわそわと席についている。
まだ、入学してそんなに時間が経っていないがこんなことは初めてだ。今は友達を出来るだけ作る時期じゃないのか? それなのに君達はなんだ、俺の周りに魔法陣でも展開するつもりか?
なんなんだ? さすがにモテ期ってレベルじゃない気がしてきた。
そんな時だった。
教室の後ろにたむろしている不良スケバングループの会話が俺の耳に聞こえてきた。
「おぉ! マジ!? 写真集なんてよく手に入ったね!!」
「でしょー!? もう胸とか厚いし、こう腋毛とか良い感じだよね!」
「えぇ、腋毛はないしょっ! ウケる!」
「いやでも、これ見て! ほらパンツがちょっと見えてる! パンチラだよパンチラ!!」
「あははは!! ちょっとマジ変態発言!!」
……俺は次第に理解し始める。
ここは……男女の価値観が逆転している。
貞操逆転した世界なんだ……!!!
俺はどうやら普通に朝起きただけで、違う世界に迷い込んでしまったようだ。
そこは、魔法もなければ勇者も魔王もいない世界。
それどころか、普段と変わらない日常で、場所も日本で、家族や友人たちにも特に変わりわなかった。
ただ俺は、貞操だけが逆転した不思議な世界に紛れ込んでしまったんだ。