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10日目  誕生日の話をした日

「そういえば、明々後日吉野くんの誕生日ですよ」

 セレンさんと話している間、吉野くんは別室に逃れている。

 こちらに来て十日目。日本では十一月の半ばかと考えていたときに、ふと吉野くんの誕生日が近いことに気づいた。こちらの世界もだいたい時間の流れは同じくらいのはずだし。


「誕生日は祝うと聞いたが」

「無事に年を重ねておめでとうとお祝いするんです」

「どう祝う?」

「ちょっと豪華な料理と、ケーキと、プレゼントを用意するんですよ」

「プレゼントとは、どういうものを贈るんだ?」

「吉野くんが欲しそうなもの、とかですかね」

「何が欲しい?」

 質問攻めがつらくなってきた。

 難しい。欲しいものって何だろうと考えながら、お茶をすする。あ、と気づいた。


「日本の味、ですかねぇ。恋しくなるものですね」

 たとえばこのお茶ひとつとっても、味わったことのないものだ。爽やかな匂いだけど、渋みと苦みがちょっとある。

 料理はなんとなく和食に似ているものの、やはり別物だ。米っぽいものはあるけど、炒めたり何か混ぜたりしないと変な匂いがする。大豆がないのか、醤油、味噌、豆腐の類は一切ない。

 こんなにご飯が恋しくなることがあるとは思わなかった。


「わたしにはどうにもできない」

 むう、と頬を膨らませたセレンさん。たまに仕草が幼い。

 日本に帰してくれれば解決する。けど、セレンさんは吉野くんを帰したくない。そもそも魔力が溜まってないから無理だけど。

「トシヤが望んでいるなら、叶えてやりたいが」

「吉野くんは何でも喜ぶと思いますよ」

「何でも?」

「何をあげたら喜んでもらえるか、セレンさんが考えて選んだものなら何でも。自分のことを考えてくれたその気持ちを、吉野くんは喜ぶと思います」


 セレンさんは自分でプレゼントを選ぶことに決めたという。

 さて、わたしはどうしようか。




 真っ先に考えたのは、和食をつくることだ。

 しかし、プロの料理人でもない、人並みにしか料理のできないわたしが、知らない食材の中から適切なものを選びレシピなしに作れるのだろうか。無理だろう。

 お菓子作りは好きでやっていたから、ケーキなら作れるかもしれない。こちらでは甘味自体あまり目にしていないから、材料になるものがあるのか不安だけど。調理は厨房を間借り――させて、もらえるだろうか。

 物を贈るのが無難なんだろうけど、買うお金がないし。――お金。材料費! 忘れてた。

「クルミ様?」

 書類を渡したまま動かないわたしを、ヨームさんが覗きこむ。


「ヨームさん、あの」

 どうしよう、お祝いとか言ってる場合じゃなかった。

「明々後日、吉野くんの誕生日なんですけど」

「はい」

「お菓子を、作ろうと、思ったんですけど」

「はい」

「厨房の食材を、見せていただいても、良いでしょうか」

「はい」

「あと、その、もしよろしければ、食材を使わせていただきたくて」

「構いませんが、ある物だけで足りますか?」


 足りないだろう。

 見てみないとわからないけれど、屋敷の食事は甘味が出ない。甘味なんてセレンさんのお茶菓子でたまにあるくらいだ。

 ごめん、吉野くん。プレゼントは気持ちだけです。

「やっぱり良いです、ごめんなさい」

「明日なら外出にお付き合いできますが」

「いえ、結構です。ありがとうございます」

 ぺこぺこと頭を下げる。もっとよく考えてからにすれば良かった。


「……仕事の手伝いをしていただいているので、お返しにと思ったのですが」

 え、と顔を上げる。手伝いというか、雑用というか、本当に微々たるものなのに。

「それとも、直接紙幣をお渡しした方が良いのでしょうか」

「えええ、受け取れません。というか、手伝いというか邪魔しにきてるというか――」

「では、明日街に行きましょう」

 あれ。話は終わったと言わんばかりに、ヨームさんは書類にかかる。

 丸めこまれたのだろうか。

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