8日目 お喋りした日
魔術院で働く者には専用の通行証がある。魔術院の塀と門には紋様が刻まれていて、許可なく入った者には組み込まれた魔術による制裁がその場で下されるらしい。わたし専用の通行証が出来上がった頃、ヨームさんの部屋もだいぶ綺麗になった。
そして、セレンさんのところに通うのが日課になっていた。魔術をかけてもらった対価の、お喋り。
セレンさんは主に二階を使っている。
彼女はこの建物で生活しているらしく、執務室から寝室まですべて二階にある。建物から一歩も出ないこともざらにあるらしい。肌が白いのは日光を浴びていないからか。
一歩も出なくていいくらいだから、彼女には身の周りのことをしてくれる使用人がついている。でも、ひとりかふたりくらいしか見ない。
ヨームさんが言っていたように、魔術師以外は風当たりが強いから人数が少ないのかとも思ったけど、なんだか違う理由な気がする。使用人といっても、呼べば来るけど呼ばない限り姿を見せない。
言われていないこと――気を回してお茶を淹れたりとかが、ない。淡々と言われたことだけをする。セレンさんと距離を置いているかのようだった。
魔術師でないことで差別する人もいるらしいけど、セレンさんはたぶん魔術師かどうかで態度を変えないだろう。吉野くんかどうかで違いはありそうだけど。
わたしも吉野くんの話で釣って交渉したわけだし。
交渉しておきながら、話すことなんてそんなにないんじゃないかとちょっと焦っていた。しかしセレンさんのところにいるのは一日一時間くらい。吉野くんの話以外も大丈夫だった。まあ、主に吉野くんの話だけど。
吉野くんにはちょっと悪いとは思う。でも、セレンさんとわたしが話している間自由の身なので、それはそれでうれしいらしかった。セレンさんは仕事中であれ、吉野くんをそばに置きたがるのだという。
「四六時中一緒にいたら嫌になりますよ」
ソファで向き合いながら、諌める。テーブルの上には煎餅のような焼き菓子とお茶。吉野くんが用意してくれたものだったりする。
「わたしは一緒にいたい」
「セレンさんがよくても吉野くんはだめなんです。セレンさんと吉野くんの価値観は違います。一緒に過ごしたいなら、吉野くんの気持ちも尊重しないと」
ガールズトークというよりお説教だ。
「トシヤはどうして嫌なんだ」
む、と口をとがらせる。ちょっとかわいい。
「セレンさんのことが嫌いなわけじゃないですよ。ただ、ずっと一緒にいると自由に行動できないでしょう? 吉野くんだってひとりで考え事したりしたいんです」
たぶん。
「……そう」
セレンさんは神妙そうに返事をする。
理解はしてくれたのかもしれない。話せばわかるのだろう。話せるようになるまでが大変だったけど。
もう、彼女を怖いとは思わなくなっていた。